ザワザワザワザワザワザワ…
「・・・何よ…今の…」
ここBoBの予選トーナメント出場選手の待機場所の一画は騒然としていた。そのざわめきの原因は言うまでもなく、上条と餓丸の中継されていた試合映像を鑑賞していた同じBoB参加プレイヤーとギャラリーの面々だった
「勝った?ただの拳が…銃に…?」
先ほど自分の第一回戦を勝利で終えたシノンも中継映像で上条当麻の試合を目の当たりにしていた。最初は理解できなかった。しかし、その光景が現実であると受け入れるやいなや、信じられないものを見たかのように驚愕した
「あり得ない…あり得っこない…そんなこと…そんなことあってたまるもんか…そんなのを認めたら…私がこの世界にいる意味はどうなるのよ…!」
シノンは上条の強さに歯噛みしていた。ギリギリと音を立たせながら自分の歯を食いしばり、まるで親の仇のようにトーナメントの駒を進めた上条のアバターネームを睨みつけていた
「・・・ああ…いいよシノン…その君の気丈さと強さが…僕を魅了させる…君の理解者は僕だけだ…」
「ああ…やっぱり僕は…誰よりも…君が欲しい…」
そして、誰の耳にも届かず、誰が発したかも分からないそんな闇の囁きは、会場の喧騒と人垣の中へと静かに消えていった…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シュンッ!
「ふぅ…戻ってきたってことは…まだ二回戦の相手が決まってないのか…そういうことなら一息つくかn…」
「・・・・・コー…」
「ん?うおわぁっ!?」
一方、見事に勝利を収め、待機場所へと帰投した上条だったが、自分が待機場所を騒がせている張本人だとは知る由もない。そして続く二回戦が始まるまでどこかに腰を下ろそうと振り返って辺りを見回すと、いつの間にか自分の右斜め後ろに、自分より一回り背丈の大きい黒ずくめのマントを被ったプレイヤーが立っていた
「な、なんだよお前!?ビックリしただろうが!」
「・・・おまえ、本物、か?」
「・・・・・はい?」
黒いボロボロのマントに身を包み、その顔面に自らの素顔を隠すフェイスマスクを着けたプレイヤーは、マスク越しにギョロリと光る赤い眼光で上条を見据えながら、ノイズが混じったような物々しい声で上条に問いかけた
(・・・何だコイツ…いつの間に後ろにいたんだ?振り返って目で見て気づくまで気配が全くしなかった…)
「・・・『本物』ってどういう意味だ?ってか誰だよお前」
「試合を、見た。拳を、使ったな」
「・・・それが何か悪りぃのかよ。別にルール違反でもなんでもないだろ」
「もう一度だけ、聞く。お前は、本物、か?」
「だからその『本物』ってのはどういうことかってさっきから聞いてんだろ」
(どういうことだ…まさかコイツは…俺のことを知っている?だとしたら…いつどこで会ったんだ…それとも、俺が覚えてないだけ…?)
上条は決して怖気づくことなく、真っ直ぐな目で相手と話を続けた。そしてそんな彼の目を見ると、ボロマントのプレイヤーは右手を振ってメニューを呼び出し、ウインドウを操作してFブロックのトーナメント表を開いた。そしてその中の一部を拡大し、ウインドウを上条に差し向けた。するとそこに表記された[Kamiyan]という名前を指でなぞった
「この、名前。その、『右手』。お前、本物、か?」
「ッ!?!?」
(間違いねぇ…コイツは俺の右手がなにかを知ってる…!学園都市の人間?それとも魔術師か?まさか…俺と同じ…『SAO生還者』なのか…!?)
そう思考しながらも上条らフェイスマスクの赤い眼光から目を逸らさなかった。すると、ボロマントは答えようとしない上条の様子を見ると、表示したトーナメントの画面を閉じた。すると…
ピコンッ…スッ…
「ーーーーーッ!?!?」
(あれは…『笑う棺桶』!?SAOの殺人ギルド…『ラフィンコフィン』の刺青…!!)
ボロマントの包帯でぐるぐる巻きにした右腕がゆっくりと降ろされていく。しかし、その手首だけが何かを避けるように包帯が巻かれていなかった。そう、その手首には『笑う棺桶』の刺青が彫られていたのだ
「質問の、意味が、分からないのか」
「・・・ああ、分からないな。生憎上やんさんはバカでな。大学の課題もいつも提出期限ギリギリだ」
あくまで気丈に振る舞っていた上条だったが、目の前のボロマントのプレイヤーの異様な威圧感と笑う棺桶を目にした動揺から、ついにその頬を冷や汗が伝った
「ならばいい。だが、名前を騙った偽物か、もしくは本物なら、いつか必ず……」
「殺す」
「ーーーッ!?」
ザッ…ザッ…ザッ……
ボロマントのプレイヤーはそう言い残すと、上条から視線を逸らし、彼の横をゆっくりと通り過ぎていった
(チラッと見えただけだが…あの手首の刺青…間違いない。アイツはSAOでラフコフのメンバーだった…そして俺の名前を知っている…)
ボロマントのプレイヤーが自分の元を離れた後、上条は一回戦開始前に座っていたボックス席に再び腰掛け、先の出来事を頭の中で振り返っていた
(だとしたら…アイツはラフコフの中でも、麦野や一方通行、クラディールみたいなゲームを別のアプローチでクリアしようとしてたヤツらとは違う…本当にただ人を殺すことだけを求めてあのギルドに入った…正真正銘の『殺人鬼』だ)
かつて上条は、SAOをクリアする為に、殺人ギルドに入っていた麦野達と腹を割って話し合い、共に戦った。しかし上条は、麦野達のようなラフィンコフィンがもつ裏の顔だけが真実だと思い込んでいたのだ。だがそうではなかった。彼らラフィンコフィンの表の顔は、ゲームクリアを最低の方法で妨害し続ける、最低の殺人集団でしかないのだから
「でも待てよ…だとしたら…今回の死銃事件の真犯人は今のヤツなんじゃ…」
「真犯人って…探偵ごっこにでも興じてるつもり?」
「どぉわあ!?」
「へえぇっ!?」
「あ…なんだシノンか…ビックリさせんなよ…」
「な、なによ…私の方こそビックリしたわよ…」
「そ、そうか…すまん…」
急にシノンがボックス席の後ろから声をかけてきたため、上条は大声をあげて驚いた。しかし、シノンもシノンで上条の声に驚いたようで、上条はそれに対し素直に謝罪した
「・・・ねぇ、どうしたのよ。今のアンタの顔、もの凄く怖いわよ?」
「え?そんな顔してたか?」
「・・・そうね…まるで『人殺し』の顔でも見たみたいな…そんな顔…」
「・・・シノン?」
シノンの見立てはある意味では間違っていないと上条は思っていた。しかし、それよりも上条はそう言った彼女自身の顔が、なぜか酷く哀しそうだと感じた
「ふんっ、なんでもないわよ。それよりあなた、何よさっきの試合?拳で戦うなんてどういう了見?」
「ん?あ、あぁ…まぁ別にいいだろ。何もルール違反じゃないんだし何より勝てたんだから」
「良くない!あんなのは私たち誇り高きGGOプレイヤーに対する冒涜に他ならないわ!!」
「は、はい!すいませんごめんなさいでした!」
シノンは上条の目の前に自分の人差し指を突き出してそう言った。上条はそんな彼女の迫力に、思わず硬直して開口一番に謝罪した
「いい!?確かに戦闘スタイルはあなたの勝手よ。それは認めてあげる。だけど覚えておきなさい!ただの拳が銃に敵うはずなんてない!私がそれを証明してあげる!だからあんたは黙って決勝まで勝ち残りなさい!!」
「しょ、承知しました…」
「ふんっ!」
そう言って荒々しく鼻を鳴らすと、シノンはスタスタとどこかへと歩き去ってしまった
「ははは…なんかさっきのボロマントよりシノンの方がよっぽど怖いかもな…でも、ありがとよシノン。おかげで分かったよ。今は一先ず、このトーナメントを勝ち進むしかない。じゃないと、俺はこのまま死銃事件の真相を追うことも出来ないんだからな」
上条はそう決意を改め、席を立ち上がった。そして今度は、銃と鋼鉄が支配する仮想世界で、その右手の拳を固く握り締めたのだった