とある魔術の仮想世界[3]   作:小仏トンネル

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第24話 チェイス

 

「シノン!大丈夫か!?無事か!?」

 

「か、上やん…」

 

「抱き上げるぞ!今はハラスメントコード押すとかいう冗談はマジでいらないからな!」

 

 

そう言うと上条はシノンのヘカートを右肩に背負い、彼女の身体を二本の腕で抱え上げ、砂煙の中を走り始めた

 

 

タッタッタッタッタッ!!

 

「はぁっ!はあっ!はぁっ!」

 

 

上条は死銃を撒くことだけを考え懸命に走り、スタジアムの方を離れメインストリートへと走っていく。しかし、いくら上条が筋力スキルを最優先で上げているとは言っても、右肩にヘカートをぶら下げ脱力しきったシノンの体重を持ち上げながら速度を保って走り続けるのは不可能だった。次第に息が切れ始め、その苦しそうな表情から上条の必死さがシノンに痛いほど伝わってきた

 

 

「もう、いいよ…上やん。私を…置いていって…」

 

「はぁっ!はあっ!断る!…ッ!?」

 

プシュン!!!カァンッ!!

 

「クソッ!もう追いついて来たってのかよ!?」

 

 

シノンの懇願を即答で否定するやいなや、背後から飛んで来た一発の銃弾が上条の頬を掠め、通りの商店のネオン看板に命中した。ほとんど無音で撃ち出されたその弾丸は、間違いなく死銃の「沈黙の暗殺者」による狙撃に間違いないと上条は確信していた

 

 

「何か…何かないのか…!もっと早く逃げる方法は…!……あっ!あれなら!!」

 

 

逃走方法を模索する上条の目に止まったのは、ストリートの道端にあるレンタル乗り物屋だった。そこには数台の朽ち果て現役を引退した三輪バギーと、その中でも辛うじてまだ動きそうな一台のバギー、そして馬を型どった四足の機械仕掛けのロボットホースが置かれていた

 

 

「馬は…無理よ。踏破力が高いけど…扱いが難しすぎる。でも、かといってその三輪バギーも乗りこなせる人なんてほとんど…」

 

「舐めんなよ、俺が何度吹寄の操縦する暴走車に乗ったと思ってんだ!それに比べりゃこんな三輪車!可愛く見えるぜ!」

 

ピコンッ!!

 

 

そう言いながら上条はシノンをリアステップに降ろし、その隣にヘカートを置いた。そして運転席に跨るとタッチパネルに右手を乱暴に押し付けた。するとその瞬間、クレジット決済が完了し三輪バギーのエンジンがかかった

 

 

ブルルルルルルンッ!!!

 

「よし!行くぞシノン!しっかり捕まっt…!?どわああああああ!?!?」

 

ギュロロロロロロロ!!!!!

 

 

しかし、エンジンをかけるやいなや、三輪バギーは車輪の摩擦熱で煙を上げながらスタートダッシュし、上条はバギーのハンドルの暴れっぷりに必死に抵抗していた

 

 

「クッソ!言うこと聞けっ!このやろっ!」

 

ギキキュッ!ギュリリッ!ブウウウウウウウウンッ!!!

 

 

バギーは上条の言うことを聞かずに暴れ回り、車体が右往左往する度にタイヤが道路と擦れ合う甲高い音が鳴り響く。上条が暴走するハンドルを力で押さえ込むと、ヨロヨロと頼りなく揺れながらバギーは辛うじて真っ直ぐ走っていると言えるレベルになり、上条はそこで一度ブレーキをかけた

 

 

「よし、このままだぞ…このまま…シノン!お前の狙撃で馬を壊してくれ!そしたら死銃はもう俺たちに追いつけない!」

 

「!!!わ…解った…やってみる…」

 

 

未だに震えが残る両腕で、隣に置かれたヘカートを抱えると、その銃口を30メートルほど先の金属馬に向けた。そして、トリガーに指をかけると緑色の着弾予測円が表示され、馬の横腹にフォーカスさせる。そして、そのまま引き金を……

 

 

ガチッ…

 

「・・・え?」

 

ガチッ…ガチッ…

 

「な、なんで…なんで…!?」

 

 

しかし、引き金を引こうとしたシノンの指には固い手応えがするだけだった。シノンは間違いなく引き金を引いているつもりだった。しかし、彼女の思いとは裏腹に彼女の指はトリガーを引くのを拒んでいた

 

 

「・・・引けない…トリガーが…引けない…!」

 

 

その固い手応えは自分の指がトリガーの先で硬直する感覚そのもの。シノンの指は、トリガーに触れてすらいなかった。例え指先にどれほどの力を込めようと、その指とトリガーの隙間は埋まらなかった

 

 

タッタッタッタッタッ!ギラン!

 

「「!!!!!」」

 

 

そして、ストリートの曲がり角から黒いマントが飛び出してくると、赤い眼光で二人を睨みつけた。もはや上条とシノンには一刻の猶予も残されていなかった

 

 

ガシッ!!

 

「あっ!」

 

「シノン!掴まれ!振り落とされるぞ!」

 

ギャリリリ!ブオオオオオンッ!!!

 

 

上条は死銃の姿を視認するなり、シノンを前向きに座り直させ、バギーのハンドルを懸命に手前に絞り、エンジンを蒸した。そして唸りを上げるようにタイヤから摩擦による白煙が上がると、二人を乗せたバギーはそのまま走り出した

 

 

ブロロロロロロロロ!!!

 

「・・・逃げ…切れる…」

 

「まだだ!気を抜くなよ!」

 

「えっ………ッ!?」

 

パカラッ!パカッ!パカラッ!

 

 

上条は手元のミラーで死銃がこちらを追いかけて来るのが見えていた。しかし、彼に何が見えているのかシノンは分からない。そして後ろに振り返った彼女が見たのは、扱いが難しすぎてほとんど乗れる者がいないという馬を見事に乗りこなし、自分たちを追従してくる死銃の姿だった

 

 

「なんで…なんで!?…追いつかれる…!もっと…もっと早く!逃げて!逃げてぇぇぇ!!!」

 

「クッソ!早すぎだろアレ!こっちはまだ満足に真っ直ぐにすら走れねーってのに!つーか馬がバイクより早いって理屈的におかしいだろ!?」

 

ブロロロ!キキッ!ギャリ!ブルン!

 

パカラッ!パカラッ!パカラッ!

 

 

シノンは上条の背中に抱きついて目を瞑り、震えるような声で彼に逃げるよう叫んだが、死銃の乗る馬の踏破力は上条のおぼつかない運転で走るバギーとは比べ物にならず、どんどんその距離を詰めていった

 

 

スッ……ガチャッ!!

 

「!!!ぁ…あぁ….ぁぁぁ…!」

 

 

後ろを気にして振り返ったシノンが見たのはあり得ない光景だった。なんと死銃はただでさえ扱いの難しい馬に乗っているにも関わらず、手綱から片手を離し、死をもたらすハンドガンの銃口をシノンに向けてきたのだ

 

 

パシュンッ!!

 

「!?嫌あああっ!?」

 

バンッ!フォンッ!

 

 

シノンのに頬に向かって赤い弾道予測線が伸びた。シノンは恐怖で硬直する身体をなんとか動かし、数秒と間を置かずに襲いかかってきた死の銃弾を紙一重で避けた。しかし、死銃の追撃はそれだけでは終わらなかった

 

 

バンッ!カンッ!バンッ!カンッ!

 

「あっぶね!?こっちはただでさえ下手クソな操縦で車体が左右に不規則に揺れてんだぞ!?それで車体に銃弾当てるってどういう命中率してんだよ!?」

 

「やだ…やだよぉ…助けて…助けて…!」

 

 

立て続けに死銃の放つ銃弾が上条達に襲いかかる。その弾は上条達自身には掠りもしないが、彼らの乗る不規則に揺れる三輪バギーの車体には必ず命中していた。そして上条の背中に縋り付くシノンは、まるで赤子のように身体を縮こませながら震えていた

 

 

「・・・シノン…聞こえてるかシノン!」

 

「・・・ぇ?」

 

「このままだと絶対に追いつかれる!お前がアイツを狙撃してくれ!」

 

「む、無理だよ…出来っこない…」

 

「当たらなくてもいい!牽制してくれればそれでいいんだ!」

 

「・・・無理…あいつは…あいつは…!」

 

「なら運転を変わってくれ!俺がその銃を撃つ!」

 

「!!!そ、そんな…ヘカートは…もう一人の私…私の分身…私以外の…誰にも扱えない…」

 

 

そう言うとシノンは、上条の身体から手を離し再び自分の分身であるヘカートを構えた。そしてその銃口を追従してくる死銃に向け、スコープを覗き込み、狙いを定める。しかし…

 

 

「・・・撃て、ない…」

 

 

シノンは掠れた声でそう囁いた。どうしても彼女の指はヘカートのトリガーに届かなかった。まるでヘカートの方が怯える彼女を拒んでいるかのようだった

 

 

「撃てない…撃てないの。指が…動かない…私もう…戦えない…」

 

「いや!撃てる!戦えない人間なんかいない!戦うか、戦わないか、その選択があるだけだ!!」

 

 

シノンが最大のライバルと認めた上条が叫ぶ声は、どこまでも真っ直ぐだった。彼の言葉はいつも、まるで弾丸のように人々の心を撃ち、多くの人の在り方を変え、救ってきた。しかし、そんな彼の言葉でさえも、今のシノンの心の壁を撃ち砕くことは出来なかった

 

 

「なら…私は戦わない方を選ぶ…だって…もうこれ以上辛い思いはしたくない…この世界でなら強くなれると思ったのは…ただの幻想だった…」

 

バシッ!!

 

「!?!?!?」

 

 

突然、シノンの凍りついた右手を、あらゆる幻想を殺す右手が包み込み、シノンは思わず閉じかけた瞼を見開いた。バギーの運転シートに座っていたはずの上条は身体を反転させ、左手だけでハンドルを取りながら右手を懸命に伸ばしてシノンの右手を強く握っていた

 

 

「なら、俺がその幻想を壊してやる。俺が一緒に撃ってやる。シノンは1人で戦ってるんじゃない。だから頼む…一度だけでいい!この指を動かしてくれ!」

 

「!!!!!」

 

 

真っ直ぐな眼と真剣な表情でシノンにそう訴えた。一丁の銃を二人で撃つなどシステム的にどうなのかと迷うシノンだったが、彼の右手は凍りついたシノンの指をゆっくりと動かしていき、ついにその指がトリガーに添えられた

 

 

ギュロロロ!ブゥンッ!ギャリッ!!

 

「だ、駄目…こんなに揺れてたら…照準が…それに…このままじゃバギーごと横転して…」

 

「それでいいんだよ」

 

「・・・え?」

 

ブワッ!!!

 

 

瞬間、シノンの身体が宙に浮かび上がった。いつの間にか唯一ハンドルを握っていた上条の左手は、シノンの腰回りを優しく抱き抱えていた。そして上条は二本の足にその身体に宿る全ての筋力を集中させ、思いっきり運転シートを後ろに蹴ってシノンと共に宙へと飛び上がった

 

 

ガゴォン!バァンッ!ガラァンッ!!

 

「!?!?」

 

 

ハンドルを握っていた主と氷の狙撃手が飛び去ると、制御を失ったバギーが派手に横転し、轟音を立てながら後ろに転がっていった。当然彼らの背後を追従していた死銃は自分に襲いかかってくるバギーをマスク越しの赤い目で認識するなり、目に見えて動揺していた

 

 

(・・・なぜ、この状況でそんなにも冷静でいられるの…?)

 

 

身体が浮いた刹那、シノンは自分の右手を取り、自分を抱えて飛ぶ少年に心の中で問いかけた。しかしすぐに、その問いを自分で否定した

 

 

(・・・違う。冷静とか、そういうことじゃない。この人はただ全力なんだ。自分に言い訳せず、『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする』…それが…そんなこの人の在り方こそが…この人の強さなんだ…)

 

(私が上やんと同じように出来るとは到底思えない…でもせめて、今は…今だけは…!!!)

 

「撃て!シノン!!!」

 

「!!!!!」

 

ドゥンッッッ!!!!!

 

 

シノンの指が今度こそ間違いなくヘカートのトリガーを引いた。上条は右手を添えただけだった。最後にはシノンが自らの意志でその引き金を引いた

 

 

カンッ!!

 

 

『冥界の女神』の異名を持つヘカートから放たれた銃弾は死銃に掠りもせず、無情にも先ほどまで2人が乗っていた三輪バギーに命中した

 

 

「・・・・・外した…」

 

 

シノンは口中で小さく呟いた。しかしそう呟いた直後、弾丸が命中し三輪バギーに空いた穴から、小さな炎が見えた。そう、ヘカートが放った銃弾は先ほど上条達が乗り捨てた三輪バギーの燃料タンクに風穴を開け、鉄の擦れ合う火花を散らしたのだ。そして死銃の馬が転がりながら襲いかかる三輪バギーを飛び越えようとしたその瞬間…!!

 

 

ボウッ…!ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!

 

 

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