「・・・あのー、シノンさん?もう大丈夫でしょうか?」
「・・・もう少し…このまま…」
「はいはい…」
あの後ひたすら泣き喚いたシノンはようやく溢れ出る涙が止まり、足を投げ出して洞窟の地べたに座った上条の膝あたりに横たわっていた
(・・・いやしかしまぁ、よっぽど辛かったんだろうな…あのクールなシノンがここまで…これは多分その反動なんだろ…せめて今ぐらいは大目に見てやるか)
そう思いながら、上条はため息を吐いて脱力しながら洞窟の天井を仰いだ。目線だけを周囲に配り、衛星スキャンがまだ近くにないことを確認すると、再び視線をシノンの方へと戻した。すると、しばしの沈黙の後、シノンが口を開いた
「・・・上やん…私ね、現実で…」
「・・・ん?」
「人を、殺したの…」
「・・・・・」
上条自身もそんな気はしていた。なにしろシノン本人が「自分は人殺しだ」と、そう言っていたからだ。何かの間違いであって欲しかったとは思っていた。しかし上条自身も彼女を全く信じず、何も考えず、何も受け止めずに、泣いていた彼女の手を握った訳ではない
「・・・五年前、東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で…報道では銃の暴発で死んだってなってるけど…本当はそうじゃない。その場にいた私が、無我夢中で強盗の拳銃を奪って…犯人を撃ち殺した」
そしてシノンは、今日まで自分の脳裏に焼き付いて、ひと時も頭から離れず、誰にも語ったことのなかった『鮮血の記憶』を語り出した
「・・・シノンが口にしてた五年前ってのはそのことか…」
「うん。私が11歳の時だった。私それからずっと、銃を見たら吐いたり倒れたりしちゃうんだ。テレビや漫画とか…手のジェスチャーでピストルの真似をされるだけでもダメ…銃を見ると…目の前に私があの時撃ち殺した男の顔が浮かんできて…怖いの…ものすごく怖い…」
「それに…あの死銃が持ってたハンドガン…あの『54式黒星』が…実際に私が撃った拳銃と同じなの…だからどうしようもなく…何よりも怖いと思った…」
(・・・そうか…それがきっと…シノンの…朝田詩乃のPTSDの原因…)
「・・・でも、この世界でなら大丈夫だった。シノンでいる間は、銃を見ても、手に持って撃っても、発作は全く起きなかった」
「だから思ったんだ。この世界で一番強くなったら、きっと現実の私も強くなれる。あの記憶を、忘れることが出来るって……」
「なのに…さっき死銃に襲われた時、発作が起きそうになって…現実の私に戻ってた…だから、私は戦わないとダメなの…アイツと戦って、勝たないと…シノンがいなくなっちゃう…」
「死ぬのは、そりゃ怖いよ…でもね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも辛いんだ。死銃と…あの記憶と戦わないで逃げたら…私きっと前より弱くなっちゃう。だから…だから…」
記憶を蘇らせ、彼らの狂気の沙汰を思い出し、不意にシノンの身体を寒気が襲った。深く身震いした。すると、上条が自らの口を開いた
「俺も…シノンと同じだ…」
「・・・え?」
「俺も1人、人を殺したことがある」
「!!!!!」
暗い顔でそう告げた上条に、シノンは驚きを隠せなかった。先に自分に救いの手を差し伸べた彼も、自分と同じだったのだ。そして暗い顔をそのままに、上条は独白を続けた
「俺は…ある男と戦った。そして激闘の末に…勝った。そしてある世界を…ゲームを終わらせた…そのゲームの名前は…」
「『ソードアート・オンライン』」
「・・・知ってたのか」
「VRMMOをやってるプレイヤーの中じゃまず知らない人はいないわ。それに、小萌先生が言っていたずっと高校に通ってなかったっていう諸事情…思い浮かべてみたらそんなの簡単だったわ」
「・・・ああ。そして俺は、SAOから生還して、あの世界で生き残った全ての人を解放した…」
「だけど、それは一人の男の命と引き換えなんだ。SAOを作った茅場晶彦を影で操っていた真の黒幕…『アレイスター=クロウリー』を…俺は倒して…殺した」
「・・・・・」
「確かに聞こえはいいだろうさ。黒幕を倒して、残る全ての人を救った。でも…俺がアレイスターを殺したことに変わりはない」
「それはなにもその時に限った話じゃない…俺はずっと…ずっとそうして来た…現実でも仮想世界でも…敵がいれば…目の前に何かが立ち塞がれば、この右手を闇雲に振り回して…相手をぶん殴って…強引に道を開いて来た」
「他にやり方なんていくらでもあったはずだ…なのに俺は…その方法しか選んで来なかった…」
「その右手の拳だけで敵味方問わず片っ端から救い上げる俺を、根っからのヒーローだって言うヤツもいた…だけど、そんなのは一方的な見方でしかない。やってることは所詮はただの喧嘩だ。それが本当に正しいかどうかなんてのは、火を見るよりも明らかだ…」
「・・・そ、そんな…それじゃあ…私は…私…」
それでは自分の今までの努力の意味がないと、上条の言葉を聞いていたシノンはそう感じてしまった。これからもずっと、あの記憶に怯えながら生きるしかないのかと、そう思っていた。再びシノンの心を冷たい闇が包み込もうとしていた。しかし、その闇を祓うかのように、上条の真っ直ぐな目がシノンを見つめ、彼女の心を照らした
「でも、それでも俺は…俺の在り方を変えないし、変わらない」
「!!!!!」
ヒーローという自分を否定してなお、上条当麻はその道を曲げなかった。それこそが紛れもない彼の強さだ。上条当麻は「ヒーロー」だからその強さがあるわけではない。変えたくないものが、変わらないものが彼の中にあるから、自分の信じた道を突き進むことができる
「アイツは…死銃だけは絶対にぶん殴ってでも止めないとダメだ。殺してでも止めるとか…そういう話じゃないんだよ」
「終わらせなきゃいけないんだ…もうこれ以上、仮想世界で誰かが死ぬなんてのは誰も望んじゃいない。あの悲劇はSAOで終わったんだ」
「だから、俺がこの手で決着をつけなくちゃならないんだ…それがあの世界を…SAOの世界をこの右手で生き抜いた…俺のやるべきことだ」
「・・・上やん…」
「・・・シノン、聞いてくれ。お前に話しておかないといけないことがある…なんで俺がこのゲームを始めたのか、なんで俺が死銃を追っているのか…その全てを、シノンに話す」