とある魔術の仮想世界[3]   作:小仏トンネル

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第32話 幻影の一弾

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「コォー…コォー…」

 

 

上条は攻めあぐねていた。先程から戦況はさして変わらず防戦一方だ。HPは危険域に差しかかり始めているにも関わらず、逆転の一手を生み出せずにいた

 

 

「ッ!うおおおおおおおお!!!」

 

ダンッ!ブォンッ!!

 

「クソッ!」

 

「無駄だ。そんな非力な拳は、オレには届かない」

 

ガキィン!!!!

 

「チェック・メイト」

 

 

絶え間無く突きを繰り出す死銃のエストックが、上条のビームシールドの丁度中心に突き刺さった。謂わゆるそこは攻撃を防ぐ為のレーザーが展開する中心であり、ただの機械仕掛けの鉄の塊だった

 

 

バキイイイィィィンッッッ!!!

 

「どわあああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

死銃のエストックがビームシールドの中心を一際強く押し込み、上条は後方へと突き飛ばされた。エストックに突かれた黒い円盤には特大の穴が空き、中の電子構造ごと抉り取った。たちまちシールドは本来の機能を失い、薄い光の盾は跡形もなく消失し、残された黒い破片が砂漠に散らばった

 

 

「クソッマジかよ…!固すぎだろそのエストック…!」

 

「クク、ク。こいつの、素材は、このゲームで手に入る、最高の金属、だ。宇宙戦艦の、装甲板なんだ、そうだ。ク、クク」

 

「ちきちょう…ここまでかよ…!」

 

「さぁ、これで、終わりだ」

 

 

死銃の掲げたエストックの鋼の切っ先が怪しく光る。もうダメか、と。最悪のシナリオが上条の頭の中で描かれたその瞬間…

 

 

「ッ!!!」

 

 

上条の頭の中で何かが閃いた。上条の両手はシールドを失った今手持ち無沙汰であり、右腰に装備した拳銃を握るという選択肢が浮かぶ。しかし、彼の腕前ではその銃弾が必ず当たる保証はない。だからこそ、彼の脳裏に浮かんだのはつまるところその逆転の発想………

 

 

「死ねっ!!!」

 

「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

ギギギギギギギギギィィィ!!!!!

 

「!!!!!」

 

 

上条は分かっていた。確かに自分の立場は窮地であることに変わりはない。しかし、彼のエストックではまだ4分の1は残る自分の体力をその一撃だけでは削りきれない。だからこそ死銃はそれに続いて連撃を繰り出す。では、その連撃を防ぐために最初の一撃で攻撃の手を止めるにはどうするか。答えは一つ。自分の胸を貫く最初の刺突を下手に避けようとせず、突き立てられたエストックを『両手で掴む』だけだ

 

 

「なにぃっ!?」

 

 

上条の予想外の行動に死銃も動揺を隠しきれなかった。そしてエストックを引き抜くかこのまま押し込んで切り裂くか決断しかねていた彼の左肩を…

 

 

 

 

 

 

 

赤い弾道予測線が照らした

 

 

 

 

 

 

 

「!?!?!?!?」

 

「ッッッ!!!!!」

 

ダンッ!!!

 

 

『弾道予測線』。それは銃のトリガーに手をかけた瞬間に発生する。その予測線見た死銃は、次に襲って来るであろう銃弾をかわそうとエストックから手を離して飛び退いた。しかし、そんな彼の行動を含めて上条は一瞬で全てを悟っていた。今こうして自分と一緒に戦っているシノンの意図を理解した時には、彼が手離したエストックを砂地に投げ捨て、飛び退いた死銃を追って砂を蹴っていた

 

 

(この予測線による攻撃は…シノンが経験と閃き…闘志のあらん限りを注ぎ込んで放った…『幻影の一弾』!!)

 

 

それは『予測線そのもの』による攻撃。この予測線に従って飛来してくる弾丸はない。しかし、この赤い死線の後には必ず自分に銃弾が飛んで来るという『幻想』を標的に見せる。それはありとあらゆる心理をフル活用し、シノンが放った最後の一弾

 

 

(このラストアタック!『ファントム・バレット』を無駄にはしない!)

 

 

この機を逃せばもう2度と予測線によるフェイントは通用しない。これが正真正銘、最初で最後のチャンス。一歩、また一歩と砂を蹴って上条は後ろに飛び退いた死銃を追う

 

 

ジジッ!ジジジジジジ!!!

 

「くくっ、くくくくくっ…」

 

 

しかし、死銃は追撃を逃れようとその黒いマントが持つ『光歪曲迷彩』でその姿を消していく。彼がマスクの下で勝利を確信しほくそ笑んでいるのは想像に難くなかった

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」

 

 

しかし、上条当麻は止まらない。死銃の身体は透明になっても、足場が砂地である限り、足跡はどう足掻いても消せはしない。その軌跡の唯一の手がかりである足跡を懸命に追い続ける。そして、その右の掌を限界まで伸ばし横薙ぎに振るった

 

 

ピキイイイィィィィィン!!!!!

 

「!?!?!?!?!?」

 

 

あらゆる幻想を殺すその右手が死銃の光学迷彩マントに触れたその瞬間、死銃の姿が再び鮮明になった。そして上条はもう一度強く固く、その拳を握りしめた

 

 

「いいぜ…テメエらが自分以外の誰かを殺すことでしか…自分の存在を証明出来ないって言うなら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、そのふざけた『幻想』をぶち殺す!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

バッキイイイイィィィィッッッ!!!

 

「おおおおおおおらあああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

ベキバキボキベギィッ!!ドゴッシャアアアアアアアアン!!!

 

 

上条のありったけの力が込められた幻想殺しが死銃の顔面を捉えた。バキバキと音を立てながら死銃のフェイスマスクに亀裂が走る。そして、雄叫びと共に全身全霊の闘志を込めたその右手の拳を振り抜き、死銃の身体を砂地に叩き伏せた

 

 

「はあっ…はあっ…はあっ…」

 

「・・・まだ…終わら、ない…終わらせ、ない…」

 

「オレ達は…必ず、お前を…」

 

[DEAD]

 

 

上条の渾身の右拳を喰らった死銃はついにそのHPが底をつき、バキバキに割れたフェイスマスクの赤い眼光が色を失い、死を宣告する表示がその身体の上に浮かんだ

 

 

「・・・いいや…終わりだよ死銃…もうあの世界は終わったんだ…もしもまだ諦めないって言うなら、俺は必ずお前達の前で戦う。そして…何度だってその幻想をぶち殺してやるさ」

 

ザッザッザッザッ…

 

 

上条は死銃の死体に向けてそう言い残して彼に背を向けると、月明かりに照らされる砂漠へと踵を返して歩き始めた。そして彼の視線の先では、自分と共に最後まで戦ってくれた最高の相棒が自分を目指して歩いてきていた

 

 

ザッザッザッザッ…ザッ…

 

「ふふっ…」

 

「あははっ…」

 

ゴツッ!!

 

 

自分にとっての相棒が目の前に迫ると、二人はどこか気恥ずかしくなったのか、少しだけお互いに微笑み合うと、軽くその拳をぶつけ合った

 

 

「・・・終わったな、シノン」

 

「うん。ありがとう、上やん」

 

「ははっ。なに、こちらこそ。さて…そろそろ大会の方も終わらせないとな…」

 

「うん、そうだね」

 

 

すると上条はBoBのライブ中継カメラに自分達の音声が拾われないようにとシノンに顔を寄せ、彼女の耳元で静かに話し始めた

 

 

「死銃が倒れた今、シノンの部屋にいた死銃の共犯者も今頃はどこかに行ってるはずだ」

 

「・・・うん」

 

「だからログアウトしてももう危険はないはずなんだけど…念の為すぐに警備員に連絡した方がいい」

 

「え?で、でも…警備員に連絡してなんて説明するの?」

 

「あ゛っ…えーっと…黄泉川先生…が今も警備員の支部で仕事してるとは限らないし…まぁ俺が個人的に連絡するってのも手だけど…でもまさかここでシノンの住所とか聞くわけにはいかないしな…」

 

「・・・いいわ、教えてあげる」

 

「えっ?い、いやでも…」

 

「だってなんかもう今更って感じするもの。私自分から昔の事件のこと他の誰かに話したの、上やんが初めてだったから…」

 

「・・・それもそうだな…俺もあんな風に話したのは…シノンが初めてだった」

 

 

少しだけ笑いながら上条がそう言うと、心に迷いが生まれない内にと思い、シノンは一歩踏み出して上条の耳元で囁いた

 

 

「私の住所は…第七学区の………」

 

 

アパート名から部屋番号まで自分の住所を教え終わると、シノンは上条の耳元から顔を離した

 

 

「なんだ、あの高校の女子寮に入ってるわけじゃないんだな…ってそりゃそうか。まぁともかく第七学区だってんから都合がいいや。俺も同じ第七学区からダイブしてんだ。あのデカい病院なんだけど…分かるか?」

 

「えっ!?ほ、ほとんど目と鼻の先じゃない!」

 

「ああ。だからいっそ、ログアウトした後に俺がそっちに行くよ」

 

「えっ!?い、いや悪いわよ…それは…いざって言うときはシュピーゲル…新川君も近くに住んでるから…黄泉川先生に連絡してくれれば…」

 

「・・・・・」

 

「・・・上やん?」

 

「んっ?あ、いやなんでもない。分かった。そういうことなら俺はとりあえず黄泉川先生に連絡するよ。すぐに警備員を向かわせっから」

 

「うん。分かった」

 

「さって…ともかくログアウトするならBoBを決着させないとな…どうするシノン?元々そういう約束だったけど…」

 

「って言ってもあなたもう全身ボロボロじゃない。そんな人に勝っても全然嬉しくないわよ」

 

「お、おっしゃる通りで…」

 

「まぁ、そういうことだから。次のBoB本大会まで勝負は預けておいてあげる」

 

「あ、あはは…でもじゃあどうやって終わらせんだ?どっちかのHPが0になんないと大会は終わらないんだろ?」

 

「第一回BoBは、二人同時優勝だったんだって」

 

 

そう言うとシノンは腰につけたベルトポーチに手を突っ込み、ゴソゴソと中から何かを探し始めた

 

 

「同時?相討ちってことか?」

 

「まぁ…そんなとこかしらね」

 

「?????」

 

 

シノンの言葉に首をかしげる上条など気にも留めず、シノンは彼の右手を掴んでそのまま手の平を開かせた

 

 

「その理由は、優勝するはずだった人が油断して『お土産グレネード』に引っかかったから」

 

「お、オミヤゲグレネード…?」

 

「はいこれ」

 

ポスッ…ピッ!ピピピピピピピ…

 

「・・・What's!?!?」

 

 

上条が聞きなれない単語を復唱していると、シノンの手から何か黒い球体が手渡され、そのスイッチが押された。いかにも爆弾らしき起動音とカウントダウンの音から、それがプラズマ・グレネードだと察知するのに時間はかからなかった

 

 

「ちょ!?えっ!?おっ!?く、クソッ!こ、こんな不幸があってたまるk…!」

 

「んふふ〜♪わあああああ〜!!♪」

 

「・・・へ?」

 

「んふふ〜♪」

 

 

手渡されたグレネードを投げ飛ばそうとした上条を見ると、そうさせまいとシノンは上条の身体に抱きついて、両腕を彼の背中でしっかりと固定した

 

 

「・・・不幸d」

 

DOOOOOOOOOOON!!!!!☆

 

 

[第三回 バレット・オブ・バレッツ

WINNER Sinon & Kamiyan!」

 

 

お決まりのセリフが口にされるほんの数秒手前でグレネードが大爆発を引き起こした。そして二人の優勝者を祝うテロップが銃と鋼鉄の仮想世界を駆け巡った

 

 


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