とある魔術の仮想世界[3]   作:小仏トンネル

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第33話 狂人

 

「もう…馬ッ鹿みたい…」

 

 

BoBを終え現実世界へと帰還したシノンこと朝田詩乃は、自分の部屋に侵入していたであろう死銃の潜入者が自分の部屋に侵入していないものかと部屋中を探し回ったが、それらしき痕跡が見られないのが分かると、深いため息を混ぜながらそう呟いた

 

 

ピンポーン!

 

「ひゃっ!?」

 

 

妙に古めかしいチャイム音が鳴り響き、詩乃は自分の心の中の不安がまだ拭い切れていないこともあり、その音にビクリと肩を震わせた

 

 

『朝田さん、居る?僕だよ、朝田さん!』

 

「・・・新川君?」

 

『あの、どうしても優勝のお祝いが言いたくって、駅前でケーキ買って来たんだ』

 

「ほっ……」

 

 

訪問者の正体が自分が信頼を寄せる数少ない友人であるシュピーゲルこと新川恭二だと分かると、シノンは安堵の息を吐いてドアのロックを外した

 

 

ガチャッ!キイッ!

 

「ごめんね、ちょっと色々あってすぐに出られなくて。さ、入って」

 

「お、お邪魔します…」

 

 

最初は初めて入る詩乃の部屋に気恥ずかしそうに上がった恭二だったが、そのまま玄関にいるのも筋違いだろうと、詩乃は恭二をリビングへと招き入れた

 

 

「あの…BoB優勝、本当におめでとう。凄いよ朝田さん…シノン。とうとうGGO最強のガンナーになっちゃったね」

 

「でも、僕には分かってたよ。朝田さんならいつかそうなるって。朝田さんには、誰も持ってない本当の強さがあるんだから」

 

「あ、あはは…ありがとう…」

 

 

詩乃は恭二の言葉をどこかくすぐったく感じ、照れ隠しに縮めた首を小刻みに動かしてそう答えた

 

 

「でも、まぁ一位タイだし…アイツがいたからこその結果って感じでもあるから…」

 

「・・・あんな男のことなんか気にする必要ないよ、朝田さん」

 

「・・・え?し、新川…君…?」

 

 

そう呟いた直後、恭二が纏う空気が露骨なまでに豹変した。恭二の顔は下を見て俯いているためその表情を伺うことは叶わない。しかし、不気味すぎるにも程があった。目を合わせている訳でもないのに、ただ彼と同じ空間にいるというだけで、詩乃は背中から冷や汗が噴き出して止まらなかった

 

 

「言ってよ…アイツのことなんてどうでもいいって…嫌いだって…」

 

「きゅ、急にどうしたの新川君…?」

 

「あ…朝田さんは、優勝したんだから…もう十分強くなれたよ。もう発作なんて起こらない。だからあんな奴は必要ないんだ…僕が、ずっと一緒にいてあげる。僕がずっと…君を、一生守るから…」

 

ガバッ!!!

 

 

恭二はうわ言を言うように口を動かすと、まるで亡霊のようにゆらりと立ち上がった。そしてそのままベッドに腰掛ける詩乃に歩み寄り、突然両腕を広げると、容赦のない強さで詩乃を抱き竦めた

 

 

「ひっ!?」

 

 

たまらず詩乃は鋭く息を呑んだ。彼の抱きしめる強さに息を呑んだのではなく、ただただ彼の腕の中が気色悪いと感じたからだ。言葉にできない喉の渇きが詩乃を襲い、全身の血の気が引いていくのが自分でも感じ取れた

 

 

「し、しん…か、わ…く……」

 

「朝田さん…好きだよ。愛してる。僕の、朝田さん…僕の、シノン…」

 

ギュウウウウウウウ!!!

 

「や…やめっ…やめてっ!」

 

ドンッ!

 

「うわっ!?」

 

 

恭二が詩乃の耳元でまるで呪うようにそう囁きながら、詩乃を抱く腕の力を強める。息苦しさと得体の知れない彼への恐怖からたまらず詩乃は彼の身体を突き飛ばした

 

 

「・・・ダメだよ、朝田さん。朝田さんは僕を裏切っちゃダメだ。僕だけが朝田さんを助けてあげられるのに、他の男なんか見ちゃダメだよ…」

 

「し、新川君…」

 

 

恭二は再びのらりくらりと立ち上がった。そして未だ衝撃が抜けずにへたり込む詩乃に近づいていき、おもむろに自身を包む上着のジャケットに手を突っ込んだ。するとその手には、奇妙な白銀の『何か』が握られていた。そして、それを詩乃の脇腹に突きつけた

 

 

「ッ!?し、新川…君…コレ…!?」

 

「動いちゃダメだよ、朝田さん。声も出しちゃいけない。これはね、『無針高圧注射器』って言うんだ。中身は『サクシニルコリン』っていうお薬なんだ。これが体内に入ると、筋肉が動かなくなってね。すぐに肺も心臓も止まっちゃうんだよ…」

 

(!?!?…そ、それは上やんが言っていた現実にいる死銃の共犯者の犯行方法と…同じ…!)

 

「でも大丈夫だよ朝田さん…怖がらなくていいよ。これから僕たちは…一つになるんだ。出会ってからずーっと溜め込んできたこの気持ちを…今、朝田さんに全部あげる。優しく注射してあげるから…だから、何も痛いことなんてないよ…心配しなくていい…僕に朝田さんの全部を任せてくれれば…」

 

(確かに、新川君なら…病院の息子だから薬を入手出来ないわけじゃない…でも、それは…つまり…)

 

「新川君が…もう一人の…死銃…?」

 

 

脇腹に押し付けられた注射器の冷たい感触を肌に感じ取りながら、詩乃は震えた声で恭二に問いかけた

 

 

「・・・へぇ、すごいね。流石は朝田さんだ。その通り、僕が死銃の『銃弾』だよ」

 

「!!!!!」

 

「とは言っても、大会前は僕が『ステルベン』を動かしてたんだけどね…」

 

「ステル…ベン…?」

 

「朝田さんも見たでしょ?あの『54式黒星』を扱ってたアバター名…『Sterben』。アレはドイツの医療用語なんだ…その意味は…」

 

「『死』だよ…患者さんが亡くなった時に使う言葉なんだ…」

 

「!!!!!」

 

 

恭二は嬉々とした表情でそう告げた。まるでその『死』を目の前にいるシノンへともたらすように、怪異に満ちた瞳で彼女を見つめていた

 

 

「でも、今日だけは現実側の役をやらせてもらったんだ…だって、朝田さんを他の男に触らせる訳にはいかないもんねぇ…いくら兄弟だとは言っても…」

 

「きょ、兄弟…?昔SAOで殺人ギルドに入ってたっていうのは…新川君のお兄さん、なの…?」

 

「・・・ははは、流石に殺人鬼の兄弟だって分かれば少しは怖くなっちゃうよね。でも、安心して…朝田さんを独りにはしないから…」

 

 

もはや狂気の沙汰などという範疇ではなかった。歪んだ愛も理性も何もかもが狂った恭二の腕が、詩乃の着ているトレーナーの中に侵入し腹部に触れると、その生温かい手の平で彼女の腹部全体を撫で回し始めた

 

 

「ひゃっ!?ま、まだ間に合うよ新川君…!やり直せるよ…予備校行ってるんでしょ…お医者様に…なるんでしょう…?」

 

「・・・医者ぁ?」

 

 

詩乃はもうとっくに水分を失い渇ききった舌と喉をどうにか動かして恭二に問いかけた。しかし、その問いに対し恭二は朦朧とした声で自分の夢だと語った職業の名を呟くと、次第にその語気を荒げ始めた

 

 

「そんなの…そんなのもうどうだっていい!親も学校の奴らも…あの目障りな教師共も…どうしようもない愚か者ばっかりだ!!僕はGGOで最強になれれば…それで良かったんだ!!なのにあのゼクシードのクズが!AGI型最強なんて嘘を…クソがッ!GGOは僕の全てだったんだ!現実の全てを犠牲にしたのに!!それを…それをアイツはぁぁぁぁぁ!!!」

 

「だ、だから…だからゼクシードを殺したの…?」

 

「ああそうだよ…死銃でGGO…いや、全VRMMOで最強の伝説を作るための生贄に…アイツ以上に相応しいヤツはいなかったからねぇぇぇ!!!」

 

「これでもう…こんな下らない現実に用はないよ…」

 

 

荒くなっていた恭二の声が再び囁くような不気味な声に戻る。そして詩乃の顔に自分の顔を更に近づけた

 

 

「さぁ、朝田さん…一緒に『次』に行こう。二人でさぁGGOみたいな…ううん、もっとファンタジーっぽいやつでもいいやぁ。そういう世界でさぁ、生まれ変わって夫婦になって、一緒に暮らそうよ!一緒に冒険して、子供も作ってさぁ!楽しいよきっと!さぁ…僕と一つになろう朝田さん…」

 

サワ…サワサワ…

 

「ひうっ!?」

 

「ああ、朝田さん…あぁ綺麗だ。すっごく綺麗だよ…僕の、僕の朝田さん…ずっと好きだったんだよぉ〜…」

 

「やだ…嫌だ…やめて…お願い…」

 

 

恭二の左手が詩乃の横髪に触れ、そして生々しい手つきで彼女をサワサワと撫で始めた。ここまで醜い愛情表現があり得るのかと疑うほど、恭二の詩乃に対する愛情表現は一方的だった

 

 

「学校で朝田さんの話を聞いた時からずっと…ずっと好きだったんだよ…」

 

「・・・・・ぇ?」

 

「好きだった…憧れてたんだ…本物のハンドガンで悪人を射殺したことのある女の子なんて…日本中探しても朝田さんしかいないよ…!本当にすごいよ!言ったでしょ…朝田さんには本当の強さがあるんだって」

 

「じゃ、じゃあ、君は…あの事件があったから…私に声をかけたの…?」

 

「ああ、そうだよもちろんじゃないか…だから僕は死銃の伝説に『54式』を選んだんだ。朝田さんは僕の憧れなんだ…愛してるよ…誰よりも…」

 

「そ、そん、な…」

 

「ふふふっ…ふふふふふふふふふふふふふふ…あはは、あはははは!あははははははははははははは!!!!!」

 

 

眼前に死を突きつける少年は、かつて詩乃が唯一が心を許せる友人であった。過去の出来事とPTSDに悩まされていた自分に、学校で優しく声をかけてGGOを勧めてくれた恩人だとも思っていた。しかし、それすらも見透かされ、こうなる未来を当時から予見していたのだと思うと、シノンの純真な心は汚濁で染っていき、その瞳は色を失っていった

 

 

 

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