とある魔術の仮想世界[3]   作:小仏トンネル

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第13話 紺野木綿季

「・・・・・」

 

「・・・ミコトさん、ここ三日ぐらいずっとあの調子ですね」

 

「そうね…ユウキさんが突然ログアウトした後、スリーピング・ナイツのメンバーとも連絡が取れなくなったって…一体どうして………」

 

 

昼下がり、いつものようにホームで紅茶とお菓子を嗜むシリカとリーファであったが、その視線の先には窓の近くにある椅子に腰掛け、窓の桟に寄りかかりながら特になにをするわけでもなく、ぼんやりと外を眺めている美琴がいた。その姿はまるで魂のない抜け殻のようで、ユウキと突然の別れを経て3日、ALOにログインしてからずっとそんな調子だった

 

 

「ちょっと上やん、そんなとこでぼけっと座ってないで励ましてあげなさいよ。ミコトもアンタだったらなんか話すかもしんないし、なにより腐れ縁みたいなもんでしょ?」

 

「それ言うならリズも同じだろ。リズでも無理なら俺でも無理さ」

 

「そ、そりゃそうかもしんないけどさ…」

 

「それに、そろそろだと思う」

 

「・・・は?そろそろ?一体なんのことよ?」

 

シュンッ!シュンッ!

 

「あ、お兄ちゃんにアスナさん」

 

「こんにちはリーファちゃん」

 

 

リズが上条にそう聞いたところで二つの光のベールが現れ、ALOにキリトとアスナがログインしてきた。そして挨拶を交わすリーファとアスナを横目に見ると、キリトは美琴の方へと歩いていった

 

 

「・・・?キリトさん……」

 

「ミコト、話したいことがあるんだ。ちょっといいか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで?話ってなにかしら?」

 

 

それからキリトとアスナ、そして美琴の3人はログハウスから少し歩いた先にある湖のほとりにあるテーブルに着いていた

 

 

「・・・紺野木綿季」

 

「・・・こんの、ユウキ?」

 

「それが彼女の…ユウキの本当の名前なの」

 

「!!!!!」

 

 

キリトが話の皮切りに発した人の名前らしき言葉を美琴が聞き返すと、キリトの横に座るアスナが口にした言葉に、美琴は思わず目を見開いて驚愕した

 

 

「な、なんでキリトさんたちがユウキの本当の名前を…!!」

 

「実は俺たちは昨日、俺たちの方の現実世界のある病院を訪れていたんだ」

 

「びょ、病院?…………ッ!?」

 

「・・・ああ、どうやら察しはついたみたいだな。木綿季のいた病院は『横浜港北総合病院』。そこは俺たちの世界の日本で唯一『メディキュボイド』の臨床試験を行ってる病院なんだ」

 

 

美琴はスリーピング・ナイツのメンバーを初めて見た時に直感していた。あのギルドのメンバーは皆、常人と比べて明らかに『VR慣れ』していることに。何気ない仕草、表情、挙動、その全てが現実の人間そのものであった。そしてその理由が今、キリトの一言によって嫌でも分かってしまった

 

 

「・・・ずっとメディキュボイドでダイブしっぱなしなのね」

 

「ええ」

 

「その…具体的にはどれくらい?」

 

「・・・三年間」

 

「さんっ!?!?」

 

 

アスナが口にした年月に美琴は思わず喉を詰まらせた。自分がSAOにいたのは2年と約半年。つまりユウキはそれよりも長く、仮想世界で生き続けていたのだ

 

 

「・・・キリトさんはなんでユウキがそうだって分かったの?」

 

「きっかけはあのデュエルだ。俺はあのデュエルの中でユウキの完成された動き、圧倒的な反応速度、そして何より常軌を逸した強さ、それを肌で感じて分かった。ユウキはきっと、途方も無い時間をこの世界で過ごしていたはずだって。だったら可能性はそれしかないだろう…ってな」

 

「そう…まぁ私でも分かったんだもの…キリトさんに分からないはずないわよね。それで…ユウキは一体なんの病気なの?」

 

「・・・『後天性免疫不全症候群』」

 

「・・・は?え、AIDS?そ、そんな…!エイズなんてもうとっくのとうに処方される薬を飲めば完治する病気じゃn……ッ!?」

 

 

美琴が言いかけた言葉の先が分かったキリトとアスナは、静かに首を横に振った。そしてそれを見た美琴も、冷静に考え直し自分の発言の間違いに気づいた

 

 

「そっか…それは私の住んでいる世界が…超能力を科学で解明できるほど…技術が…文明が発達してるから…」

 

「ええ。残念だけれど、まだ私たちの世界の医療技術ではAIDSは進行を遅らせたり、症状を和らげることは出来ても、完治させることまでは出来ないの」

 

「で、でも!だからっていくらなんでもそんな…!メディキュボイドを医療転用できるほどの技術があるならエイズだって処方される薬を飲んで健康管理を徹底してれば感染前とほとんど変わらない生活を送れるはず…!」

 

「違うんだミコト。不運なことにユウキが感染したエイズウイルスは薬の効きづらい『薬剤耐性型』だったんだ」

 

「!!!!!」

 

「それに、メディキュボイドだってミコト達の世界と違って一つの医療法として確立されたわけじゃないんだ。あくまでもまだ臨床試験段階。日の目を見るのもきっと…まだ先の先だ」

 

「じゃ、じゃあなんで…なんでユウキはメディキュボイドの治療を…」

 

「『日和見感染症』を防ぐためよ」

 

「ひ、日和見感染症?」

 

「身体の免疫力が低下して、普通では容易く撃退できるはずのウイルスや細菌に冒されてしまうことを日和見感染症というんだ。木綿季は小学四年の頃にエイズが発症し、それが原因でニューモシスティス肺炎という感染病を発症して入院生活が始まった。それが三年と半年前の話だ。そしてそれから病院の中で他の感染症にも感染した」

 

「・・・だからメディキュボイドに頼ったのね。メディキュボイドは精密機械である上に予め長期運用を見越した構造だから普段から空気中の塵や埃、細菌やウイルスなんかも排除された滅菌室に入れるから……」

 

「ええ。木綿季君の担当の『倉橋先生』もだからこそメディキュボイドの運用を打診したって言ってたわ。それにメディキュボイド仮想世界に行っている間は現実の痛覚が遮断される。日常的な苦痛からも解放される。そのことを医療用語で『クオリティー・オブ・ライフ』と言うの」

 

「・・・でもそれは詰まるところ…」

 

「そう。治らないことを前提として、残された日々をいかに充実させるかに重きを置いているということ。メディキュボイドによる治療もいわば『ターミナル・ケア』…終末期医療の一環よ」

 

「・・・ユウキはもう長くないのね。だからあのギルドは解散…スリーピング・ナイツの『スリーピング』…『寝たきり』って…きっとそういう意味だったのね…」

 

 

美琴は自分が疑問に思っていた全てに納得がいくと、悲しげな表情のままに俯いた。そしてそんな美琴を一瞥するとキリトは深く息を吐いてもう一度口を開いた

 

 

「それでミコト、俺たちは主治医の倉橋先生からユウキのミコトに対する伝言を預かって来ているんだ」

 

「で、伝言?」

 

「今から預かってきた未開封のメールをそのままミコトさんに転送するわ」

 

ピロリンッ!

 

 

アスナは自分のウインドウを開いて操作すると、倉橋から受け取った未開封のメールをそのまま美琴に宛てて転送し、美琴は即座にそのメールを展開した

 

 

[ ミコトへ

 

この前は急にいなくなったりしてごめんなさい。

 

ミコトさえ良ければ今日の午後4時、ボクたちが初めてデュエルしたところに来てください。そこで改めてお話しよう

 

Yuuki ]

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっ。来てくれたんだね、ミコト」

 

「・・・・・」

 

 

ユウキのメールを読んだ美琴は、そのメールの指示通り、夕暮れの日差しに包まれた孤島に二人きりで落ち合っていた

 

 

「いやー、ビックリしちゃったよ。急にボクの病室の前にミコトの知り合いの二人が来てたんだもん。もうバレてるんじゃないかと思ったら肝が冷えたよ。あはは」

 

「・・・ユウキ…その、私…」

 

「ボクの両親はね、2年前に他界したんだ。お姉ちゃんも、一年前に…病気で死んじゃった」

 

「!!!!!」

 

「お姉ちゃんはスリーピング・ナイツの初代リーダーだったんだ。それはもうすっごく強かったよ。ボクなんか目じゃないくらい」

 

「それに、スリーピング・ナイツは最初は9人のギルドだったんだ。でも、もう今はボクを入れても6人…3人もいなくなっちゃった」

 

「だからね、シウネーたちと話し合って決めたんだ。次の一人の時には、ギルドを解散しよう、って。でもその前に最高の思い出を作って、姉ちゃんたちに胸を張ってお土産にできるようなすごい冒険をしよう、ってね」

 

「・・・・・」

 

 

夕暮れに照らされたユウキの横顔は、言葉では形容しきれないほど綺麗で美琴は思わず見惚れていた。しかし、横顔の輪郭だけで分かるほどその表情は憂いに満ちていて、悲しみが隠しきれていなかった

 

 

「ボクたちが最初に出会ったのは、『セリーンガーデン』っていう医療系ネットワークの中にあるVRホスピスなんだ。病気はそれぞれでも大きな意味では同じ境遇の人同士でVRの世界で話し合ったり、遊んだりして最期の時を過ごそう、っていう目的で運営されてるサーバー……」

 

「ごめんねミコト…本当のことを言えなくて。ボクたちのギルドが解散する本当の理由は、みんなが忙しくなるからじゃない。長くても三ヶ月って言われてるプレイヤーが二人もいるんだ。だから…だからどうしても、ボクたちはここにいたんだっていう証を残したかったんだ」

 

「・・・・・」

 

 

ユウキの話を聞いていて、いつでも笑顔を絶やさなかったスリーピング・ナイツのメンバーが美琴の脳裏に浮かんだ。そして、話している様子から嫌でも分かってしまった。もう長くない二人のうちの一人が、紛れもなく自分の目の前にいることを

 

 

「でも中々上手くいかなくってね。1人だけ手伝ってくれる人を探そうって相談したんだ。反対意見もあったよ。もしボクたちのことを知ったらその人に迷惑をかけちゃうからって。あはは、今思えば本当にその通りになっちゃったよね…本当にごめんねミコト。もしよかったら、今からでもボクたちのことは忘れて……」

 

ガバッ!

 

「・・・ふぇ?み、ミコト?」

 

 

それ以上ユウキの口から言葉を紡がせまいとするように、美琴はユウキを優しく抱きしめた。そしてそのまま深く自分の胸元に抱き寄せると、静かに、しかしそれでいてとても重い願いの込められた一言を発した

 

 

「そんなの無理よ」

 

「!!!!!」

 

「迷惑なんて私一言でも言った?嫌な思いになったことなんてこれっぽっちもないわ。私、ユウキ達と出会って、その手伝いが出来てすごく嬉しかった。だから今でも私の気持ちは変わらないわ。スリーピング・ナイツのメンバーになりたいって…そう思ってる」

 

 

まるでどこかの平凡な少年のようだった。美琴の目と言葉は、彼にも負けないほどにどこまでも真っ直ぐでユウキの心に突き刺さった。ユウキは美琴の気持ちを思い知らされると、心から安心したように笑った

 

 

「ああ…姉ちゃんと同じ匂いがする…暖かいお日様の匂い。ボクこの世界に来てミコトと出会えて…本当に嬉しいよ。今の言葉でもう十分…十分すぎるよ。これでもう…ボクは何もかも満足だよ」

 

「・・・本当にそう思ってる?もっとワガママ言っていいのよ?」

 

「そんなワガママなんて…みんなに迷惑だよ」

 

「何言ってんの。たったの一度しかない人生じゃない、少しくらいワガママ言ったって誰も怒らないわよ。もし怒る人がいるとしたら私が黒焦げにしてあげるから安心しなさい」

 

「えへへっ、変わらないなぁミコトは」

 

「ふふっ、お褒めの言葉として受け取っておくわ」

 

「本当に…本当になんでもいいの?」

 

「ええ、なんでも言って」

 

「じゃあボク…もっといっぱい友達が欲しいな。ホスピタルネットワークの人たちだけじゃなくて…両手の指じゃ数えきれないくらいの…最高の友達をいっぱい!」

 

 

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