「・・・平和ねぇ…」
ALO統一デュエルトーナメントからおよそ一ヶ月が経った。もう長くはもたないと言われていたユウキは奇跡的とも言える頑張りを見せ、その後もミコトを含めた7人で29層を攻略するなどの目覚ましい活躍を見せていた
「・・・ずっとこんな日々が続いてくれればいいのに…ね」
御坂美琴は第七学区の公園でヤシの実サイダーを飲みながら、ゆっくりと流れていく雲を眺めていた。しかしその頬には一筋の涙が伝っており、まるでこれから訪れる何かが分かっているかのようだった
「あ゛っ!おい美琴探したぞ!今さっきALOにダイブしたらキリトから連絡があって…って…な、泣いてんのか?お前…」
「うん…大丈夫。なんとなく、そんな感じがしてた」
「・・・そうか…っし!とにかくだ!俺ももう一回家に戻ってダイブし直す!お前も急いでALOにダイブしろ!場所は分かってんだろ!?」
「うん、大丈夫」
「よ、よし!じゃあ後でな!」
ダダダダダッ!!
それだけ言い残すと、上条は美琴に背を向けて全速力で走り出した。そしてその後ろ姿を見届けると、缶に残ったヤシの実サイダーを一気に飲み干し、自分の頬の涙を拭った
(ええ、決意はもう予め決めてたじゃない。絶対に涙は見せない。ユウキに負けないくらいのとびっきりの笑顔で…次の世界への旅立ちを見送るんだって…ユウキにもそう宣言したもの、間違ってもこんなところユウキには見せられないわ!)
「スゥーッ……黒子ぉーーー!!!」
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「やっ、ミコト。約束、覚えててくれたんだね」
「忘れるわけないじゃない。でも、本当によかったの?せめて最期の時くらい…機械の外で…」
「もぉーっ、何度も言わせないでよ。ボクにとってここは機械の外も同然だし、なにより…ボクはここから次の旅に出たいって思ったんだ」
「・・・そっか」
その後、美琴は全速力で自分の寮へ戻りALOにログインした。そしてユウキとの約束の地である24層にある小島の大きな樹の下でユウキに会った
「・・・ねぇミコト、会ってすぐでなんなんだけど、少し横になってもいいかな?」
「・・・もちろん。なんだったら私の膝でも使う?ほら、おいで」
「んー、じゃあお邪魔しようかな」
ポスッ……
「・・・はぁ、やっぱりミコトの身体はあったかいなぁ…姉さんと同じ…お日様の匂いがする」
「ふふっ、お日様の匂いって…ユウキ本当にお日様の匂いなんて嗅いだことあるの?」
「う、うるさいなぁ!そういう表現だってば!水差さないでよもう!」
「あははは!ごめんごめん」
「もう…あっ、そうだボク渡さないといけないものがあるんだった」
「渡すもの?私に?」
「うん。コレ、受け取って」
そう言ってユウキが差し出したのは、筒のように丸められた一枚の紙だった。その紙を美琴が受け取った瞬間、まるで美琴の掌に染み込んでいくように一枚の紙は薄くなっていき、やがて消えていった
「・・・ユウキ、これ…」
「うん。それがボクのオリジナル・ソードスキル。その名前は…」
[マザーズ・ロザリオ]
「『マザーズ・ロザリオ』…その技はきっと…ミコトを守ってくれるから…」
「・・・ありがとう、ユウキ…約束するわ。いつか私がこの世界を離れる時が来ても、その前にこの技は誰かに伝える。あなたの剣は…ずっとこの世界で生き続けるわ」
「うん…ありがとう…なんだか変だな…痛くも苦しくもないのに…なんか力が全然入らないや…」
「・・・・・」
美琴は段々と安らかな表情に変わっていくユウキを見て、思わず目頭が熱くなった。しかし、涙腺に伝わっていく熱を、必死で唇を噛みしめる痛みでなんとか誤魔化した。仮想世界では涙を堪えることは出来ないと分かっていても、意地でもユウキの前で涙は見せまいという美琴なりの決意の表れだった
「ううん、大丈夫よユウキ。きっと少し疲れただけ。休めばすぐによくなるわ」
「そっか…じゃあ少し…目を…」
「「「ユウキ!!!」」」
ユウキが美琴の膝の上で静かに目を閉じようとした瞬間、スリーピング・ナイツのメンバーがバタバタと足音を立てながら2人に駆け寄っていき、ユウキの周りに座り込んだ
「・・・なんだよ…みんな、最期の見送りはしないって…約束だったじゃんか…」
「勘違いすんな、見送りじゃねぇよ。喝入れに来たんだよ」
「ジュン…」
「あんまウロウロしてねぇで待ってろよ。俺たちもすぐに行くからな」
「・・・ふふっ、何言ってんの…すぐ来たら怒る…からね…」
「・・・うっ、くっ…くそっ…」
あまりにも弱々しい声でそう言うユウキを見たジュンの頬を、一筋の雫が伝った。そして掌で必死に涙を拭う彼の表情を隠すようにノリが身を乗り出し、ユウキに話しかけた
「ダメダメ、ユウキはあたしらがいなきゃなんにも出来ないんだから!ちゃんと大人しく…ま…まって…ひっく…待ってて…ね…ぐすっ…」
「・・・ダメですよ、ノリさん。泣かないって…約束…したじゃ…ないですか…」
そうノリを叱るシウネーの声にも嗚咽が混じっており、その瞳には涙がたまっていた。しかしそれは他のメンバーも全員同じで、もはや美琴以外の誰一人として涙を我慢できていなかった
「もう、仕方ないなぁみんな…ちゃんと待ってるから…なるべくゆっくり…来るんだよ…」
目を閉じながらその表情に笑みを浮かべた言ったユウキの頬にも、同じように涙が伝っていた。妖精の大地に吹く風がその涙をさらい、新たな草木の養分になるように、ユウキの涙を遠くへと運んでいった
「・・・ねぇユウキ…空、見て?」
「・・・空?」
ゴオオオオオオオォォォォォォ………
「・・・うわぁ…すごい…」
美琴にそう言われ、夕暮れに染まった空を見上げたユウキが目の当たりにしたのは、広大な空を埋め尽くす無数の妖精達だった。上条たちのパーティーを始めとし、各種族の領主が各々の種族の妖精を引き連れながらこちらへ飛んで来ており、その数は数百、数千にすら及び、我先にとユウキ達のいる小島に降り立っていった
「すごい…本当にすごい…妖精たちがあんなにたくさん…」
「ごめんね、ユウキは嫌がるかもしれないって思ったんだけど…私がみんなにお願いして呼んでもらったの」
「嫌だなんて…そんなことないよ…でもなんで…なんでこんなにたくさん…夢でも見てるのかな…ボク…」
「・・・ユウキ。あなたはこの世界に降り立った最強の剣士よ。あなたほどの剣士はもう2度と現れない。そんな人を寂しく見送るなんて出来るわけないじゃない。だからここにいるみんな、心の底から祈ってるのよ。ユウキの新しい旅が、ここと同じくらい素晴らしいものになりますように、って」
小島に降りることのできた妖精は、世界最強の剣士を前に跪き、その項を垂れた。空に佇む妖精も胸の前で手を組み、心からの祈りを捧げていた
「・・・嬉しいな…ボク。すごく嬉しいよミコト…」
「そう…よかった」
「ずっと…ずうっと考えてた。死ぬために生まれたボクがこの世界にいる理由はなんだろうって…沢山の薬や機械を無駄遣いして周りの人を困らせて…自分も悩んで苦しんで…その果てにただ消えるだけなら…今この瞬間にいなくなりたいって…ボクはなんで生きているんだろうって…何度も何度も…そう思った…」
「でもね、ようやく答えが見つかった気がするよ」
そう答えたユウキの瞳には、誰よりも輝かしい光が宿っていた。その底なしの笑顔は、見ている人全ての心を暖めてしまうほどに柔らかな表情だった
「意味なんてなくても…生きていていいんだって…だって、最後の瞬間がこんなにも満たされているんだから…こんなに沢山の人に囲まれて…大好きな人の腕の中で…最高の旅を…終えられるんだから…」
「・・・ユウキ。私、必ずもう一度あなたに会いに行くからね。どこか違う場所、違う世界できっとまた巡り会うから…その時には教えてね。ユウキが見つけたものを…約束だからね」
「・・・うん。ボク、がんばって…生きた…ここで…生きたよ…」
そうしてユウキはその笑顔を崩すことなく、ミコトの腕の中でゆっくりと目を閉じ、安らかな眠りについた
「・・・ねぇ、アンタ」
「・・・どうした、美琴」
「ユウキは…もう眠った?」
「・・・ああ、気持ち良さそうに眠ってるよ」
「もう…目を開けたりしない?」
「・・・ああ、大丈夫。もう見てない」
「じゃあ…もう…泣いてもいい…?」
「・・・・・ああ」
「・・・ひっく…んくっ…うわあああああああああああああん!!!わああああああああああああああああああああああああああ!!!!!…………」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あら、ミコトさんもここにいらしてたんですか」
「あっ、シウネーさん」
数日後、美琴は再び24層の小島にある大樹の元を訪れていた。そしてその大樹の先を見上げながら今は亡き最強の剣士に思いを馳せていたところ、同じく小島を訪れたシウネーに声をかけられた
「あれからなんだか、ログインして時間があるとどうしてもここに来ちゃうんですよね」
「ふふっ、実は私もなんですよ」
「あはは、でも正直に言うと、ユウキはああいった性格だし、しつこく来すぎるときっと困っちゃうだろうから普段は控えてるんです」
「では、今日はどうして?」
「力を貰いに来ました」
ビュオッ!!
美琴がそう言った直後、一際強い風が吹き込んだ。小島に咲いた花弁が舞い上がり、シウネーは思わず目をふさいだ。そして次にその視線を上げた時には、見覚えのある顔ぶれが空に佇んでいた
「おい美琴ー!早くしろ置いてくぞー!」
「他の奴らに乗り遅れちゃうわよー!」
そこにいたのは、美琴と馴染みの深いパーティーメンバーだった。文字通り世界の垣根すらも超えて集まった仲間たちであり、美琴にとってもユウキ達にとっても大切な仲間たちが空を泳いでいた
「ああ、なるほど…確か今日は次の層の攻略に行かれると…」
「はい。ボスに挑むつもりです」
「大丈夫ですか?かなりの強敵で大手ギルドが連敗していると聞きましたが…」
「はい。だからそのために少しだけ力を貰いに来たんです」
「なるほど、そういことでしたか」
「じゃあ私、そろそろ行きますね。あんまり長居すると置いてかれちゃうし…なによりユウキに怒られちゃうから」
「・・・ええ。頑張って下さい」
「はい、それじゃあ」
ブワッッッ!!!
(ユウキ…私、あなたから数えきれないほど多くのものを貰ったわ…ううん、今でももらってる。だからその分、多くの人に伝えていくわ。私たちが見たものを、私たちが得たものを。そして、いつかきっと…ユウキにも届けに行くから…待っててね)
春の訪れを感じる風を切りながら、妖精の世界に降り立った最強の剣士に託された技の名前を胸に刻み、美琴は誰よりも真っ直ぐな目で、これ以上ないほど清々しい笑顔を浮かべながら、背中の翅を広げ、ユウキのいる道へと続いて行く大空に飛び立っていった