「・・・SAOが始まった当時、僕は高校一年生だった。学園都市のどこにでもあるような高校に通う、なんの特徴もない無能力者の『どこにでもいる平凡な高校生』だった」
上条に言われた上里は、静かな口調で話し始めた。その表情は見るからに悲しげで、話すことが苦痛で仕方ないのだと見ているだけで分かった。しかし、それでも上条は話を止めることはせず、上里もまた口を開き続けた
「いつもと変わらない日々を過ごす中で、僕はテレビでSAOとナーヴギアのニュースを見た。そしてそのニュースを見て思った。『これをやれば平凡な僕も、少しは変われるかもしれない』…ってね」
「そしてダメ元で抽選に応募して…当たった。それはもう飛び跳ねて喜んで学校の友達に自慢しまくったよ。SAOとナーヴギアが世に出るその日を今か今かと待ち詫びた」
「そしてサービス開始の初日、僕は君らと同じようにゲームの中に囚われ、次の日から僕は始まりの街に引きこもった。なにがあろうと開放される日を待つと決めこみ、一歩も街から外には出なかった」
「そして始まりの街に穴蔵を決め込んで約1ヶ月が経った。君ならこれがなにを表す月日か分かるだろう?」
「・・・アインクラッド第1層の攻略か」
「そう。僕も情報屋の発行してる新聞を読んでアインクラッド第1層の攻略の事実を知った。そしてその記事を読んでいて思ったんだ。『この死んだら終わりの世界でも、強く戦って生きている人がいるんだ』ってね。そして僕は『平凡な自分を変えるためにこの世界に来たんだ。だったらせめて、この世界では強くあろう』と思い立ち、始まりの街を出る決意をした」
「始まりの街から出た僕はモンスターと戦いまくった。そしてアインクラッドの攻略が第10層に到達した頃には、最前線の攻略組と肩を並べられるまでに強くなった」
「そして最前線が20層まで進んだ時、当時まだソロだった僕は情報屋から手に入れた情報をツテに、アイテムを求めて11層のダンジョンを練り歩いていた」
「そこで10頭ほどのモンスターに襲われているプレイヤーの集団を発見した。見るからに覚束ない戦闘で、見かねた僕は助太刀に入った。下層のモンスターだったこともあって、特に苦戦せずに気づけば全部片付いていた」
「そして助けた五人組は僕を命の恩人だと言って、街に戻って食事を一度奢ってくれた。
その五人組は現実で同じ高校のパソコン研究会のメンバーで、SAOでは『月夜の黒猫団』というギルドを結成していた」
「そのギルドのリーダーは、僕にギルドに参加しないかと持ちかけてきた。でも彼らとのレベル差は歴然だった。だけど僕は彼らのアットホームな雰囲気を羨ましいと思い、自分が爪弾きにされないようにレベルを偽り、自分が攻略組の一人であることも隠してギルドへの参加を決めた」
「そしてギルドのメンバーは僕の加入もあって、着実に強くなっていった。僕もあっという間に彼らの輪に打ち解け、みんなと仲良くなっていった。そしてその中でも特に仲が深まったのが……」
「・・・ユナか」
「ああ。ユナは範囲内全てのプレイヤーにバフを掛ける『吟唱』スキルを使っていた。毎晩どこかの層の転移門に行っては自分の歌を披露していた。僕はたまたま、彼女と出会う前に第8層で彼女の歌を聴いていたんだ。とても綺麗な歌声だったことを覚えていた。忘れられるはずがなかった。死んだら終わりのあの世界で、他のなによりも美しいと感じた彼女を忘れられるはずがない。そしてその彼女がとなりにいてくれることが…なによりも幸せだった」
(・・・そうか、だから俺も聞き覚えがあったのか…きっとどこかの層の転移門で…ユナの歌を聴いてたのか…)
「元気で優しくて、いつでも可愛い笑顔で歌っていた彼女に…僕は恋をした。でも、他のギルドのメンバーもいる手前、それを伝えることはできなかった。だけど僕の気持ちは変わらず、彼女を好きなままだった」
「それから月日が経ち、僕たちのギルドは攻略組に勝るとも劣らないほど強くなっていた。加えて僕たちのギルドがずっとホームを買うために貯めていた貯金が、ついに目標金額に到達した」
「そしてリーダーが始まりの街でホームを買いに行っている間、残った僕たち五人で狩りに出て少し稼ごうという話になった。だけどそこで、当時の最前線の28層の一つ手前の27層の迷宮区に行こうという話になった。僕は少し反対の意はあったが、今の彼らのレベルなら大丈夫だろうと思い、五人で27層の迷宮区へと入った」
「案の定、僕らは特に問題もなく迷宮区を進むことが出来た。月夜の黒猫団に入った後も、フロアボスとは戦ってはいなかったけれど、こっそり夜中に抜け出して最前線のダンジョンで密かに上げていた僕のレベルも一役買い、迷宮区のモンスターを手当たり次第に狩っていった」
「そしてメンバーの一人が、迷宮区のとある隠し扉に気づいた。攻略組である僕ですら知り得なかったその隠し扉には、一つのトレジャーボックスがあった。嫌な予感がして止めようとした時には既に、メンバーの一人がボックスに触れていた。そしてその瞬間、部屋に仕掛けられたトラップが発動し、出入り口の扉を塞がれ、無数のモンスターが湧き出した」
「僕らはすぐに転移結晶による脱出を試みた。だけどその部屋は『クリスタル無効化エリア』だった。仕方なく僕らは武器を取って応戦したが…まるで終わりの見えないモンスターの数に押され始めた」
「そして…死んだ。一人、また一人…もう一人と死んでいった。そこで僕は初めて誰かが死ぬ瞬間を見た。初めて間近で見た『死』に、僕は恐怖でどうにかなりそうだった」
「最後に残されたのは僕とユナの二人だけだった。ともかくどうにかしてユナを守り抜くために彼女のそばに行こうとしても、無数のモンスターが肉壁となって僕の行く道を塞いだ。そしてモンスターたちの隙間から僕が垣間見たのは…HPが尽きて光の粒となって消えた…ユナの最期だった」
「・・・・・」
俯きながらユナの最期を語った上里は、両手の拳を強く握りしめていた。その肩は抑えきれなくなった感情とともに震え、瞳からは一筋の涙が溢れ落ちた
「僕が見ている目の前で…ユナは無数のモンスターに囲まれながら、斬られ、刺され、穿たれ、殴られながら…死んでいった。どれだけ痛かったか、どれだけ怖かったかなんて想像できなかった。形容できないほどに惨たらしく、まるでその命を弄ばれるように彼女は…死んだ」
「僕は大切な人を失った怒りと悲しみで我を忘れ、ただ闇雲に剣を振り回しまくった。そして気づけばモンスターはいなくなり、部屋には僕だけが残されていた。僕だけが…生き残ってしまった」
「そして町に戻ってギルドのリーダーにみんなの死を伝えた。リーダーはありったけ僕を罵倒すると、アインクラッドの外壁から飛び降りて…彼らの後を自ら追った」
「そして僕は本当に一人になった。その日から再び安全地帯に引きこもって、SAOが終わるまで戦場に出ることはなかった」
「毎晩寝ようとしたけど、どうにも寝られなかった。いつも目を閉じて頭に甦るのは、黒猫団のみんなとユナの最期ばかり。みんなと過ごした楽しかった時間なんてものは…後悔と懺悔の気持ちでいつからか思い出せなくなった」
「自殺もほぼ毎日のように考えた。夕暮れ時には必ずアインクラッドの外壁の上に立った。でも、出来なかった。後一歩で死ねるのに、どうやってもその一歩が出せなかった。このまま惨めに後悔と罪の念を引きずりながら生き長らえろという、みんなの怨念のようなものが足を引きずって……いや、違うな。それもあったとは思うが、死ぬのがどうしようもなく怖かった。みんなを見殺しにしておいてなお、僕は自分の命が惜しかった」
「そうして生きる屍となって二年を過ごして気づけばSAOは終わっていた。後は今日になるまで成すがままさ。僕はSAOでユナとお互いに教え合った本名を頼りに、彼女の父親である教授の元へ行った。そして教授のコネで大学に入り『ユナ再生計画』を実行に移した」
「これが僕の過ごしたSAOだよ。今思えばなんとも愚かだった…変わりたいと思って始めたVRゲームは、筆舌に尽くしがたい後悔を僕に残しただけだった。誰も救えない…誰も救われない…こんなことだったら僕はずっと始まりの街に…いや、それ以前にSAOを始めることもなく、今まで通りの『どこにでもいる平凡な高校生』のままでよかったんだ……」
「・・・・・」
上条はただひたすらに上里の辿ったSAOを頭の内側で想像していた。そして彼の辿った軌跡を思い浮かべた末に、一つの結論にたどり着いた。『或いは自分が、彼と同じ道を辿っていたかもしれない。そして或いは彼こそが、ソードアート・オンラインという物語の主人公になっていたのかもしれない』と
「・・・やっぱりお前は間違ってるよ、上里翔流」
「・・・は?」
だからこそ上条は、彼が間違っていると言うことができる。上里翔流が辿った物語は他人からすれば、失ってしまった大切な人を取り戻すために闘う悲劇のヒーローの物語に見えるだろう。だが上条当麻は、彼が悲劇のヒーローであることを善しとすることはできなかった
「具体的には二つ。俺は救えるものはどんな形であれ全て救ってきたって言ったな。それは違う。俺にもあの世界で救えなかった人はいた。第一層のボス戦で…俺の腕の中で死んでいったヤツがいた。ソイツは俺に、ゲームを必ず終わらせてくれと願って、死んだ」
「だけど本当は…俺が最初っからこの右手を隠さずに戦っていれば、もっと簡単にボスを倒して、ソイツは死なずに済んだかもしれない。その事実を突きつけられた俺は、お前と同じように戦場を離れ、安全地帯に引きこもった」
「だけど25層で多くの人が死んだと聞いた時、怖くなったよ。自分が死ぬことがじゃなく、自分の知らないところで自分の大切な人が人知れず死ぬのがな。だから俺は、自分の守りたいものを自分で守るために、もう一度街を出た。SAOを終わらせてくれと…そう俺に願って死んだやつとの約束を守るために」
「・・・もう一つの間違いはなんだ?」
「お前はユナを失った。だけど間違いなく、お前はユナを助けたんだ。お前の話ならその11層でモンスターに囲まれた時、お前はユナを助けた。死んだら終わりのデスゲームで、自分の命の危険を顧みずに月夜の黒猫団を助けた。ユナ達にとって、その時のお前は紛れもなくヒーローだったんだよ。そしてその結果は、お前に勇気があったから起こった結果だ」
「はっ、そんなの…あの時の僕はユナ達を取り囲んでいたモンスターより僕の方が一回り強かっただk…」
「そういう意味じゃねぇよ」
「ならどういう意味だって言うんだよ!?僕はただ、あの時は助けられると思ったから助けただけだ!一番肝心な最期の時に彼女を助けようと伸ばした手は、僕が弱くて臆病だから届かなかった!それ以上でも以下でm…!」
「お前が始まりの街を出てモンスターと戦う勇気があったから、お前は強くなって最初に出会ったユナを助けられたんだろうが」
「!!!!!」
「確かにユナを助けた時のお前は強かったかもしれない。でも、初めはみんな等しくレベル1の弱虫から冒険を始めるんだ。お前だって始まりの街で引きこもってた頃から強かったわけじゃないだろ。お前は自分が変わりたいと思ったから、自分も強くなって、SAOに囚われたみんなを助けたいと思ったから始まりの街を出たんだろ!!」
「いいかよく聞けルーキー、一つ教えておいてやる。『どこにでもいる平凡な高校生』ってのはな、困っているヤツを見ちまったら最後、たったそれだけでいつでもヒーローになれるヤツの事を言うんだよッッッ!!!」
それは当たり前の感情なのだろう。人を助けたいなんて、誰もが思わず考えることなのだ。それができない。やろうともしない。そんなのはもう平凡ですらない。始まりの街を出たその時から、上里は間違いなく誰かにとってのヒーローになっていたのだ
「だから上里、今のお前は間違ってる。お前はユナのヒーローじゃない。ユナはこんな形で助けなんて求めてると思うのか?違うだろ。ユナはお前に、誰かを守るためのヒーローであってほしいと願ってるんじゃねぇのかよッッッ!!!」
「・・・笑わせるなよ、上条当麻」
上条の言葉は確実に、上里の心に突き刺さり、彼の心を揺らした。しかしそれでもなお上里の在り方は変わらなかった。渇いたように笑いながら上条を見据え『世界を手放す右手』を彼に見せつけた
「そんなのは所詮、感情論だ。そんな綺麗事を並べてもユナは帰ってこない。僕がユナを死なせてしまったのは、あの時の僕に…どこまでいっても『平凡』の域を出なかった僕に力がなかったからだ。もう一度立ち上がってからは何もかもを守り抜いた君のような『特別な力』がなかったからだ」
「だけど今は違う!ここにその『力』がある!今度こそユナを守るための力が…彼女を救えるだけの『力』がある!僕はSAOに囚われたみんなのヒーローである必要はないのさ。僕はユナさえ助けることが出来れば、どれだけ生きる人を犠牲にしようが構わない!それこそが『理想送り』を手にした僕の出来る、最大限の彼女への救いと贖罪だ!!!」
上里の悲劇は確実に、上条の心に突き刺さり、彼の心を揺らした。しかしそれでもなお上条の在り方は変わらなかった。どこまでも真っ直ぐな眼で上里を見据え『世界に縋りつく右手』を彼に見せつけた
「・・・なら、やっぱりお前は悪だよ上里。今のお前は平凡でもなんでもない。誰かの犠牲の上に成り立つ救いなんて、そんなのは誰も求めてなんかない!その目でよく見ておけよ上里翔流。誰もが笑って終われる最高のハッピーエンドってやつを、今から俺が見せてやる!!!」
バギリッッッ!!という小気味のいい音が地下駐車場に反響した。それは上里の右手が当てられた首の関節が、思いっきり鳴らされた音だった。今まで決して鳴ることのなかったその音は、上里の剥き出しの敵意を表していた
「・・・ああ、それは結構。善か悪かなんてのはどちらか一方から見た時のものでしかないからね。君からしたら僕は悪でいいし、僕としても君は悪にしか見えない。それに、もちろん僕は君が嫌いだ。だって嫌いじゃないはずがない。反吐が出そうになるほど押し付けがましい理想論を掲げて、シミったれたこのクソみたいな世の中に満足しているかのような顔でヘラヘラと笑う。気色の悪いヒーロー像を気取って、汚らわしい右手を無闇やたらに振り回すだけの偽善者である君を、殺したくなるぐらい嫌いだ。まぁそういうことだからさ……」
「もう、小細工はナシだ」
「ああ」
「「オーディナル・スケール 起動」」