ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか 作:猫屋敷の召使い
巧はいつもよりも早く起床した。現在の時刻は午前二時。まだ辺りは真っ暗だった。
いつも通り裏手の空地の中心に陣取り、ポーション一式を用意すると『仮想組手』を始める。
「『解放礼儀』」
開いた左手。握った右手。それらを合わせて45度の礼を5秒間行う。
実際には存在しないが、巧の眼にははっきりと映っている天野博士を見据える。
「……よろしくお願いします」
真剣な表情で軽く頭を下げてくる巧を微笑みながら見つめる天野博士。
『いい戦意です。思わず
「構いません」
『……なんですって?』
彼の思わぬ一言に微笑を崩して、驚いた表情へと変化する。その呟きを無視して巧は言葉を続ける。
「それを相手にすることこそが、今の俺には必要なんです」
『……死んでも知りませんよ』
「覚悟の上です」
『…………………………』
真剣な眼差しを巧にだけ視認できている存在へと注ぐ。
目を見つめ、彼の覚悟が本物だということを理解した幻影の天野博士は無言になると、拳を突き出してくる。
そして、巧は一戦だけ組手を行った。だが、その一戦は陽が昇るまで終わることはなかった。
巧は地面に倒れながら陽が顔を見せて白み始めた空を見上げる。
彼を見下ろし、最初と同じように微笑を浮かべながら、弾んだ声音で話しかけてくる。
『いやはや、ここまで強くなっているとは……』
「でも、負けましたよ。やっぱり強いですね、天野博士は。いつか殺しますけど」
『口の減らない子ですねぇ』
そういって幻影の天野博士は笑う。それに釣られて巧も笑ってしまう。
『頑張って下さい。応援していますよ』
「そりゃどうも。アンタも精々俺に殺される前に死ぬなよ」
『おお、怖い怖い』
お茶らけて口にしたそれを最後に幻影が消える。
巧も幻影だと分かっていても、声が聞こえるし、実際に対峙して話しているように感じてしまう。それほどまでに
力に。
技術に。
自身を上回る敵に。
そして、より上に。より高みに。
そう望んだ。そう、求めた。
「……あー、やっぱ強ぇわ、あの人は」
改めて、自分の目標を再認識した。初心に、戻った。
あれが、最初に憧れた人物と武術。その後の自分の人生を決定づけたもの。自分に最も影響を与えたもの。
それが、天野博士であり、彼の使う『
それを実感する巧。
「……『元素功法』」
大気中の元素を取り込んで、体内で再構築させた体を治癒させる。砕けた四肢が治っていくのを感じながら、自身に視線を向けている人物に目を向ける。
「…………………………」
「それで、ベル。何の用かな?」
首だけを傾けてベルの顔を見つめながら尋ねる巧。
口をポカンと開けていたベルだったが、ハッと息を呑むと慌てたように両手を左右に振りながら話し始める。
「い、いえ、タクミさんがいつものように修練してるようだったので、その、観察を……」
「そっか。念のため聞くけど、ためになった?」
「いえ、あんまり……」
目を伏せ、肩を落としながら落ち込んだ様子のベル。だが仕方ないだろう。それほどまでに天野博士相手の戦闘は油断できない。手を抜くなど以ての外だ。そんな隙を見せてしまったら最後、刹那の内に身体中の骨を粉みじんに砕かれてしまうだろう。それゆえに全力でぶつからなければいけない。その際の速度は今のベルではまだ目で追うことは不可能だ。
そのことを理解している巧は苦笑を浮かべながら口を開く。
「だろうね。拳とナイフじゃ立ち回りが違うよ。それ以前に目で捉えられなかったんじゃない?」
「はい……」
そのうえ戦っている相手すら見えてないだろうし、参考になることなんて何一つないよねー。
巧はそんなことを考えながら、よっと!と跳び上がるように立ち上がると、ベルに向かって歩み寄りながら話しかける。
「これからダンジョンに行くんだよね?」
「そ、そうですけど……」
「じゃあ、先に行ってて。シャワー浴びてから向かうよ。すぐに追いつくから」
「わ、わかりました!」
そういってベルは走り去っていく。笑顔で手を振りながら見送った巧はグゥー!と背中を反らす伸びをする。そして、息を吐きながら身体の力を抜く。
「……あの人、本当に『仮想組手』の幻影だよね……?会話が成立したり、俺が体験したことのない実力まで発揮してるけど……。実は幻影じゃありませんでした、なんて落ちはないよね……?」
自分で考えていて背筋に謎の寒気が走る。巧は首を振ってその考えを振り払うと、ポーション類を片付けて手早くシャワーを浴び、急いでベルを追いかける。
そして、彼は見た。目撃してしまった。
「僕……ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」
「シル・フローヴァです。ベルさん」
建物の物陰に隠れながら二人の様子を密かに眺める巧。もちろん気配を隠しながらだ。そしてベルが立ち去ると、物陰から顔を半分出して、
「見ぃーちゃった、見ぃーちゃった……」
「っ!?」
突然聞こえてきた声に、バッ!と勢いよく声が聞こえてきた方へと振り向くシル。そんな彼女をニヤニヤしながらも、微笑ましいものを見たという風な眼で尋ねる。
「なぁにぃ~?一目惚れぇ~?一目惚れなのぉ~?」
「あああああの、その、これは、違くて……!?」
「何が違うのぉ~?俺とか扉を軽く開いて覗いてる彼女達にも分かるように説明してぇ~?」
「っ!?」
巧の言葉を聞いて『豊饒の女主人』の扉の方に視線を向けるシル。扉は少し開いていて、いくつもの目がシルを見つめていた。
「っ!?っ!??っ!?!?」
顔を真っ赤にしながら声にならない音を連発するシル。
「あっ。弄り過ぎちゃった。衛生兵ー!衛生兵―!!早く連れてってー!」
「ミャーに任せるニャ!」
「任せた!」
キャットピープルのアーニャが跳び出してきてシルを攫って行く。そんな彼女の去り際に巧が告げる。
「俺も今夜お邪魔するから食材の準備よろしくー!」
「暴食モンスターが来るニャ!食材の貯蔵は十分かニャー!?」
巧の言葉を聞いて騒がしくなる店内。その音を聞きながら彼はベルを追うために人気のない通りを歩いてダンジョンへと急いだ。
「~~~♪」
巧はいつも通り、晴れやかな笑顔で鼻歌を歌いつつ、ひらりひらりと小躍りをしながらダンジョンへと向かう。
その後、無事にベルに追い付いた巧は、ダンジョンで彼の雄姿を見守る。
「―――そうそう。短刀は小回りが利くけど、リーチが短いからねー。不利だと思ったら逃げるのも全然有りだよ。本来は集団戦でもそこそこ有利なはずなんだけどね」
1階層で六匹のコボルトに追われているベルを追いかけながら静かに呟く。
そのまましばらく観察していると不意打ちによって先頭のコボルトを刺殺すると、そこからは流れるように次々と倒していった。
「ふ~~っ……勝てたぁ」
「おつかれー」
動かなくなったコボルトの群れの横で、ペタンと地面に腰を下ろしたベルへと近付く巧。
「この数は初めてだっけ?」
「はい……」
「それにしては良い判断だったよ。不利だと思えば自分が有利な状況に誘導する。それが瞬時に判断できるならね?」
「ありがとうございます」
「じゃ、俺は剥ぎ取りしておくから、ベルはあっちのお相手をしてあげてよ」
そういって通路の奥を示す巧。その奥からは―――
『ウオオオオオオオンッ!』
『ガアアッ!!』
―――数体のモンスターがこちらへと向かって来ていた。
それを見て思わず口の端を引き攣らせるベル。
「……れ、連戦?」
「うん!あっ、バックパックは預かってあげるね!」
巧はベルから黒いバックパックを奪うように掠め取ると、コボルトの死体に近付いていく。
「ちょっとぐらい休ませてくださいよ!?」
「俺に追い付きたいんじゃないのー?」
「っ!」
彼が言っていた決心のことを口に出して、ベルを燃え滾らせる巧。
ベルもそのことを言われて覚悟を決めたのか、向かってくるモンスターへとナイフを構える。
「その意気や良しー」
巧は貫手で魔石を取りだしながら奮戦するベルを眺める。その後、半日に亘って狩りを続けた二人。
巧たちは地上に帰還して換金すると、ホームへと帰還して【ステイタス】の更新をする。ベルが更新をしている間に巧はシャワーを浴びる。
『―――僕、今日は敵の攻撃を一回だけしかもらっていないのに!』
巧がシャワーを終えて出ると、何やらベルの騒ぐ声が聞こえてきた。その声を不思議に思いつつも、のんびり腰まで伸びている長い髪をタオルで拭き、地球でいうドライヤーのような魔石器具で乾かしながら何があったのかを尋ねる。
「どうしたのー?」
「あっ!タクミさん!これ見て下さ―――」
ベルは慌てた様子で【ステイタス】の用紙を巧に見せようとしてくる。その行動に巧は驚き、すぐに目を閉じてさらにその上から手で蓋をする。
「わわわっ!?流石に団員同士でも【ステイタス】の詳細な数値は見せない方がいいって!?」
「ご、ごめんなさい!?で、でも僕の【ステイタス】の上昇値がおかしくて!」
「それに関しては俺も分からないよ!?そもそも俺自身普通の上昇値を知らないから!ヘスティア様の方がそういうのは詳しいよ!多分!そのヘスティア様も分からないなら俺にも分からないから!」
「うっ……それは、そうですけど……」
「なら、素直に成長を喜びなよ!それよりもほら!次は俺の更新なんだからシャワー浴びて来て!」
「は、はい!」
もちろんベルの異常な成長の理由は知っているが、嘘を吐くのはお手の物といった風に、息をするように嘘を言う。
だが、彼の言葉を信じたベルは素直にシャワーを浴びに行く。
それを見た巧は一息つき、完全に乾かしきった髪を一つに軽くまとめて邪魔にならないようにすると、ベッドでうつ伏せになる。そしてその上にヘスティアが跨り、【
見るからに、不機嫌です、といった表情を浮かべているヘスティアに、つい苦笑を浮かべてしまう巧。
「………」
「ふふっ。不機嫌そうだね?」
「……ふん」
誰とも知らぬ人物の影響で発現したスキルで著しい成長を見せるベルを見て、正体の分からぬ人に向かって怒りを募らせるヘスティア。その件の人物は現在自身の下にいるのだが。とはいえ、巧が影響を与えたのなら、ヘスティアも口うるさく言うことは無いのだろうが。
「昨日も言ったけど、嫉妬は見苦しいよ?子供はどうせいつかは巣立ちをするんだから、いちいち気にするのは大変だよ?」
「それは、そうだけど……」
「なら、ヘスティア様も素直に成長を喜ぼう?主神として、さ」
「………そうだね。……でも今日は許さない」
「一日ぐらいなら可愛いもんだよ」
巧は不機嫌な主神に声をかけて宥める。
彼の言葉を素直に受け入れるヘスティアだが、頬を膨らませて拗ねてしまう。だがそれも今日一日だと思えば可愛いものだろう。そもそもスキルが発現したのは巧の影響なのだが、巧はそれを黙っておく。彼が話さなければその事実が表に出ることは無いだろう。
ヘスティアは彼の背中の【
「はい。写しだよ」
「はーい」
タクミ・カトウ
Lv.2
力:E428→B703
耐久:F311→C670
器用:D554→A879
敏捷:D592→S925
魔力:I0
頑強:I
巧はヘスティアから用紙を受け取ろうとするが、彼女が用紙を持つ手を中々放してくれない。そして彼女は笑顔を浮かべ、そのまま巧の顔に自身の顔を近づける。
「時間がある時にじぃーっくりとッ!話を聞かせてもらうからね?」
「………はい」
いつもは見ない上昇値に流石に黙っていられなかったようだ。しばらく更新もせずに放置していたのもあるとは思うが。
成長は喜ばしいが、今の言葉によって一瞬で気分が落ち込んでしまった巧。
主神が最近、自身の担当アドバイザーのエイナに似てきて、少し悲しく感じる巧だった。
「それじゃボクはバイトの打ち上げがあるから、それに行ってくるよ。タクミ君はベル君と仲良く豪華な食事でもしてくると良いよ!」
「あっ。そうなんだ?じゃあ、はい。お金」
「………………あ、ありがとう……」
「うん。気をつけてねー」
まだ少し機嫌がよろしくない主神にお小遣いをあげて見送りをする巧。それをしっかりと受け取ると、ベルがシャワー室から出てくる前に地下室から出て行く。
そのすぐ後に、ベルがシャワーを浴び終えて出てくる。そして部屋の中を見渡して、先ほどまでいた人物の姿がないことに気が付くと、首を傾げながら巧に尋ねる。
「あれ?神様はどうしたんですか?」
「バイトの打ち上げだって。親睦会みたいな感じじゃないかな?」
「そう、ですか……」
先ほどの更新の際のヘスティアの態度を気にしているのだろう。明らかに不機嫌そうな態度で突き放されたら、嫌でも気にしてしまう。
そのことを分かっている巧は、何とも言えなさそうな微妙な表情を浮かべ、彼を安心させるように優しい声音で話す。
「大丈夫だよ。明日になれば機嫌も直ってるって!それよりも早く行こ!そんなくらい顔でご飯食べに行くのはマズいよ!」
「……そうですね!……ところで、シルさんって人がいるお店、知ってますか?」
「もちのろんだ!シルは以前行った『豊饒の女主人』の店員だよ!これでも常連だからね!店員は把握してるよ!」
行くぞベルよ!と彼に告げながら財布をもって出かける用意をしている巧。ベルも急いで支度を済ませ、まだ乾ききっていない髪から水滴を落としながら彼に付き従う。
今日の巧メモ
・人として:人の恋愛は見ていて楽しい。
・武人として:やっぱ初心って大切やな!
・研究者として:出番なし!だが裏では……?
次の投稿ですが、遅れるかもしれません。来週の水曜日の18時に投稿が無ければ察してください。遅くても二週間以内には投稿します(予定)!
出来るだけ来週の同じ時間に投稿できるよう頑張りますが、リアルの、言ってしまえば学校の方のテストがおそらく近いからです。勉強の方を少し本腰を入れてやらないといけないので、執筆が片手間になってしまいますので、そこのところご理解願います……。
以下クレジット
「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken