ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか 作:猫屋敷の召使い
巧は次々と運ばれてくる料理を刹那の間に平らげて、自身の食欲と胃袋を満たしていく。胃に侵入した料理は瞬く間に消化されて、彼の身体に栄養として吸収されていく。一部の栄養は非常時に供給する用に貯蓄される。
眼前で繰り広げられるその光景を引き攣った笑顔で眺める神ロキ。
「……くっそぅ。判断早まったかもしれへんなぁ……」
「悔め悔めー。軽はずみで俺に『奢る』なんて言った自身のスカスカな思考と口をー」
神ロキの呟きにニヤニヤと笑いながら告げる巧。それに悔しそうに歯噛みしながらも、自分自身が招いたことであるため、何も言えずに押し黙ってしまう。その周囲の面々も彼の所行に目を丸くしている。
「……ダンジョン内では、あそこまで食べていたか?」
「少なくとも量は普通だったと思うがの。食べているものは別としての」
「……本当に
「あの量の料理が一体何処に消えていってるんでしょう……?」
「本人も分かってないんじゃないかしら?」
「凄い食べっぷり。ロキ、奢るなんて言ってたけど、大丈夫かな?自分で払うんだよね?」
「……どうだろう?」
それぞれ思ったことを口々に言う一同。それを気にせずに次々と料理を頬張る巧。離れた席で食事しているベルを気にかけながらだが。そんな彼は変わらずシルと談笑を続けていた。しかし、こちらのことを窺っている様子から食事は終わって、巧のことを待っているのだろう。巧もそのことは分かっているが、中々に食材の貯蔵とミアが粘ってくる。延々と料理が出続けてくる。
「まだ余裕あるの?」
「まだまだ余裕はあるニャ!ついにあの胃袋モンスターも限界かニャ?」
「いや全然。もう出てきたのは食べ終わったから次はまだかなー、って」
「ニャー!?そんニャ馬鹿ニャー!?」
「アーニャ!口じゃなくて手と足を動かしなッ!!」
「ニャー!?」
ミアの余裕がなさそうな怒声とアーニャの猫の鳴き声のような悲鳴を聞きながら、新しく出された料理を食べ進める巧。そんな中、ベートが何かを思い出したように巧に声をかける。
「なあ、お前が5階層でミノタウロスを倒したときにいた白髪。あれ、お前んところの団員か?」
「そうだよー。まだまだ駆け出しもいいところだけどねー」
美味しい食事によって多少機嫌を良くした巧はその問いに答える。
「普段はアイツと一緒に潜ってるのか?」
「うん。彼が冒険者としてモンスターを倒して、俺が彼のサポーターをしてる」
ベートの問いに、名前を出さないように気を付けながら会話を続ける巧。その答えに顔を顰めながらさらに質問を続ける。
「なんであんな雑魚と一緒に潜るんだ?」
「……どういう、意味かな?」
巧はベートの言葉に目つきを鋭くさせながら問い直す。そんな巧を鼻で笑って酒のせいで紅潮させたベートは話を続ける。
「ハッ!野郎のくせに泣くわ泣くわ。泣き喚くような情けねえヤツだぞ。モンスターを前にして震え上がる奴がいたら、足手まといだろ?なら一人で潜った方が―――」
「―――それ以上、その煩わしい口を開くようなら、俺も我慢はできないぞ、犬っころ」
テーブルを囲んでいた【ロキ・ファミリア】の面々が一瞬で距離を取る。神ロキもリヴェリアとガレスが自分達の後ろに移動させられている。酔っていた者も瞬時に酔いが醒めて臨戦態勢へと移行している。
原因は巧が無差別に放った殺気だろう。それにより身の危険を感じた一同はすぐに戦闘できるように動いたのだ。
そのため、全員が巧のことを睨み付けて警戒している。少しでも攻撃するような動作を行えば、一斉に攻撃されるだろう。巧がもしも、予備動作を見せるような
酒場全体に広がったそれは、周囲の客も気づき巧の方を振り向く。
その光景に気づいた巧はハッとすると、息を一つ吐いて殺気を霧散させる。
「……駄目だな。どうも最近は感情の制御ができないなぁ……」
頭を押さえながら誰にも聞こえないように呟くと、巧は席を立ってミアに声をかける。
「ミアさーん!追加の注文打ち止めでー!食欲なくなっちゃった!」
「……はいよ。また来な」
「はーい!ベルー!勘定済ませたら帰るよー!」
もう名前を隠すことすら面倒になった巧は、カウンターの方に向かって叫ぶと、フィン達のことを視界に入れないようにしながら出入り口に向かい始める。
彼は歩きながらフィンに声をかける。
「一生関わらないことを祈ってるよ、フィン・ディムナ」
「……彼にはしっかり此方から言い聞かせておく。もう次が無いようにしっかりね。どうか、それで許してくれないかな?」
フィンが汗を流しながら巧に言葉を返す。それを不機嫌な表情のまま、口を開く。
「かかっ!そいつの心根なんぞ言い聞かせた程度で治るものかよ」
フィンの言葉を嘲笑って、首だけを後ろに向けて彼のことを睨み付ける。
「一度
「っ!?」
自身のことを見つめてくる、その彼の黒い瞳を見たフィンは、僅かに震え始めた右腕を左腕で押さえつけて、どうにか震えを止めようとするも、それが治まることはなかった。
「……ハッ。冗談にきまってるだろう。先の提案で
そんな様子を心底つまらなさそうに一瞥して鼻で笑うと、追いついた白髪の少年と共に酒場を出て行く。
彼が出ていった後もしばらくの間、【ロキ・ファミリア】の面々は動くことが出来なかった。
「……あれがLv.2やと……?ハッ、冗談やないで……」
酒場の出口を見つめながらロキが未だ震えが治まらぬ身体に、汗を溢れさせながらそんなことを呟く。
『豊饒の女主人』を出た巧はベルを連れてホームとは逆方向へと、苛立たしげに歩いていく。その様子に戸惑いながらも大人しくついていくベル。しかし、やはり何処へ向かっているのかが気になり、彼に問いかける。
「あの、タクミさん……。一体何処に向かってるんですか?」
「ダンジョン」
「えっ!?」
巧の答えに驚きの声を上げるベル。その声にも反応せず足を進める巧。
ベルは目の前を行く巧に遅れないようについていきながらも、戸惑いを隠せずに聞き返す。
「な、なんでですか……?」
「ベルの修練のためと俺の我が儘。あの犬っころに言われっぱなしは個人的に気に食わない。だから計画を前倒す。多少無茶はさせるが、死にはしない。体力の限界を自覚させたいだけだ」
「えっ!?で、でも僕今はまともな装備ありませんよ!?」
「……嫌だ、とは言わないんだな?」
巧の言葉に嫌な顔ひとつせずに、ただ驚くだけのベル。そんな彼に微笑を向ける巧。
普通ならば、そのようなことを言われれば罵声の一つや二つぐらいぶつけたくなるはずだ。だが、それすらもない。
その心意気を嬉しく思い、口元が緩んでしまう巧。
「その気概があれば十分だ」
「え、えっと、本当に行くんですか……?」
「当たり前だろう。むしろ俺がついてる分安全だぞ?それは保障する。それに、自分が本当に強くなっているのか不安に感じているのではないか?」
「………………っ」
巧の言葉に思わず息を呑むベル。まるで心の奥底まで見透かしているかのような物言いだった。
だが、実際疑問を抱いていたのは事実だ。
たしかに、巧との組手によってモンスターの動きはよく見えるようになっていた。だが、それ以前にも何度も戦ってきた相手だ。その動きに慣れたのだろうという考えがベルの頭の隅に残っていた。そのうえ、現状でも巧の攻撃は見えず、避けることすらも出来ていない。でもそれは、ベルの成長に合わせて巧が速度を上げているからだ。見えなくても、避けられなくても仕方のないことである。
「それを実感させるためにも、今日は6階層に潜ってもらう。当然一人でだ。ああ、俺はベルの見えないところで見ているから安心しろ。すぐに助けられる範囲にいる」
「で、でも……」
それでも、小さな不安が拭い切れないベル。そんな彼に優しい声音で話を続ける巧。
「大丈夫だ。お前にはもう、6階層でやっていけるだけの力が備わっている。自信を持て。それでも不安ならば、6階層で一度だけ戦ってみるといい。それでお前が無理だと思うのならば、引き返そう」
「……分かりました」
巧の言葉に押し切られたような形になったが、ベルはその提案に頷く。
そうして二人はダンジョンの中へと進んでいく。道中のモンスターは全てベルが倒していく。その死体を巧が魔石を打ち砕いて灰へと変える。ドロップアイテムが出ると仕方なく回収していく。二人には物理的な距離があり、会話もない状況のまま、6階層へと進出する。
ベルは不安と緊張が入り混じった表情を浮かべながらも、6階層の通路を進んでいく。ゆったりとした足取りで一歩、また一歩と慎重に歩いていく。気配を探り損ねないように。集中したまま進んでいくとついに、モンスターと遭遇した。
「……ッ」
少々身体を反応させるが、大きな物音は立てない。向こうはまだこちらに気づいていない。視界に映るのは大きな蛙のモンスター、フロッグ・シューターの背中。知識として知ってはいても実際に対峙するのは初めてだ。
その身体を捉えて武器をゆっくり構える。
「ッ!」
相手に気づかれる前に一息に駆けてナイフを一閃。そしてすぐさま後ろに飛び退き、そのまま目の前のフロッグ・シューターを見つめ続ける。
「…………………………ふぅ」
フロッグ・シューターが完全に沈黙したのを確認すると、息を一つ吐きだすベル。しかし、警戒を解くようなことはしない。安全だと分かりきっている場所以外では気を抜くな。巧から散々言われたことだ。それを忘れでもしたら帰ったときに巧に何を言われるか知ったものじゃない。
ベルはその死体を放置し、先へと進む。自分が去った後、巧が処理してくれると理解しているから。だから自身は戦闘に集中する。
その後も慎重に足を進め、遭遇したモンスターを倒し続けるベル。そして数十体のモンスターを倒し終えたベルはふと気づいた。
(……これだけ動いたのにそこまで疲れてない……?それにモンスターの攻撃もよく見えるし、避ける方向も感覚的にだけど理解できてる……)
初めてのモンスター相手でも、落ち着いて対処できており、冷静に判断してから回避行動を取れている。以前までとは感覚が違う。心に余裕がある。そう感じた。
(強く、なれてるのかな……?)
そう思うと、自然と短刀を持っている手に力が入る。しかしすぐに弛緩させて柔軟に動かせるようにする。
その後も6階層の探索を続け、モンスターを倒していく。
疲れも時間も忘れ、ただひたすらに。そしてある時、パタリと地面に倒れて動かなくなってしまうベル。
「……ふむ。やはり一夜は戦闘を続けられるだけの集中力と体力が身についてるか。重畳重畳。喜ばしいことだな」
倒れたベルに近付いた巧は、よいしょ、と声をあげながら肩に担ぎ上げると、ホームに帰還するために移動を始めた。ベルがモンスターを倒しながら進んでいたおかげで、帰り道にはモンスターの影はほぼなかった。そんな静かな帰路の途中でベルが目を覚ます。
「あ、れ……?」
「……起きたか。流石にいきなり倒れるとは思わなかったぞ」
「えっ!?あっ!?す、すいません!自分で歩けます!」
「無理するな。突然意識を失うほどに体は疲弊している。今は黙って運ばれていろ」
「……はい………………」
意識がはっきりしてきたのか、足に力が入らないことに気が付いたベルは力なく返事をして巧に身を任せる。
「今回の事で自分の活動限界は知れたか?」
「……はい。少しだけ」
「今はそれで十分だ。それと成長は実感できたか?」
「それはもう、すごく理解できました!」
巧の言葉に興奮したように返事をするベル。そんな彼に呆れたように息を一つ吐くと、咎めるような視線を向ける。
「だが、それに満足して研鑽を怠るなよ?ましてや驕るなど以ての外だ。もしそのような事態になるのなら、その性根を徹底的に叩き直す。覚えておけ」
「は、はい……」
巧のドスの利いた声に怯えたように声を震わせながら返事をするベル。彼の反応にククク、と含み笑いをしてしまう巧。その笑い声を聞いたベルは顔色を青くする。
以降はダンジョンを出るまで会話も無く、ただ静かな空気が二人を覆い続けた。そんな空気のまま、街の外気が二人に触れ始める。すでに夜が明け、周囲が白み始めていた。
「予想以上に長くなり過ぎたか……」
巧は少し反省した風に声を溢す。そこから駆け足でホームへと向かう。肩に担いだベルに負担がかからないようにしながら。そして、廃教会の前まで着いた巧は中の気配を感じ取って溜め息を吐く。中には部屋の中央を行ったり来たりする気配が感じ取れ、渋々ながら足を進め、ドアノブに手をかけて押し開ける。
「ただいまー」
「遅い!こんな時間まで一体何処に行っていたんだい!?」
中に入って主神に声をかける巧。ヘスティアもすぐに反応してみせ、怒声を上げる。それに疲れたような表情をしながらも答える巧。
「デリカシーがないなぁー。朝帰りだよー?それぐらい察してよねー」
「ななななぁっ!?」
巧の言葉で赤面するヘスティア。それによって何を想像したのかは手に取るようにわかってしまう。そんな彼女を見て、クスクスと笑う巧。
「冗談だよ。ベルと二人でダンジョンに行ってたんだ」
何時の間にか眠ってしまっていたベルをベッドへ横たえると、ソファにドスッと乱暴に座り込む巧。そんな彼にヘスティアは紅潮した顔のまま、巧を問い詰める。
「な、なんでこんな時間に行ったんだい!?」
「ベルの成長のためー。この時間なら他の冒険者はほとんどいないから、上層でも気配探知が楽なんだー……」
ぐでーん、とすっかり力を抜き、背もたれに身体を預けてリラックスしている巧が、荒く聞いてくるヘスティアとは対照的に静かに答える。
「ベルは、強くなるよ。きっと。だからその手助けをしてあげてる。立ち止まるようなら背中を押して。不安になったのなら、その種を取り除く。そういうことをしてるだけだよ」
「………………」
「ヘスティア様も、ベルを助けてあげてね?俺は、こんなだからさ」
ブンブンと拳を握った手をヘスティアによく見えるように振る。それだけで彼女は彼が何を言っているのかを理解した。
巧は武器も使わなければ、ましてや防具さえも身に着けない。本当にその身一つでダンジョンに潜って、モンスターを倒す。冒険者としては異質で、人としても正気の沙汰とは大半の者は思わない。だが、それで今の今まで生き残り、Lv.2へと【ランクアップ】まで果たすという実績を上げている。そのうえ困ってる人を見たら、なりふり構わずに首を突っ込んでいく。今では少しベルやヘスティアを優先するようにはなったが、根本的な部分は何も変わっていない。
だが、だからこそ、ヘスティアは彼に何もしてやることはできなかった。何か、自分にやれることは無いかと模索するも、結局思いついたことは一つだけ。少しだけでも家計が楽になればと始めたジャガ丸くんの屋台のアルバイト。しかし、それも巧の稼ぎから見たら雀の涙程度だ。結局、彼のために何かをしてやれたと、胸を張って言えることなど一つもなかった。その気持ちは巧も理解している。
だからこそ、それを、自分ではなくベルにやってくれ、と巧はそう言っているのだろう。
ヘスティアは歯を食いしばり、拳を握りしめる。が、すぐに力を抜いて、ゆったりとした足並みでソファに近付くと巧の右隣に腰を下ろす。
「……タクミ君は、何かないのかな?」
俯き気味に隣に居る巧に尋ねるヘスティア。巧は彼女の様子に気づきながらも、いつもと同じ声音で言葉を返す。
「……俺は、眷属にしてもらっただけで十分だよー。あのままどこの【ファミリア】にも入れなかったら野宿する羽目になってただろうしー」
疲れてるのもあるのだろうが、力が全然入っていないだらしのない、けれども満面の笑みで答える巧。
その答えに溜め息を吐きながらも、ヘスティアも苦笑に近い表情を浮かべながら、巧の方へと倒れ込む。ちょうど彼女の頭が彼の膝に乗るような形で。
「……シャワー浴びてないから匂うかもよ?」
「……別に気にならないよ」
すんすん、と鼻で空気を吸って巧の匂いを嗅ぐヘスティア。そんな主神の様子に、今度は巧の方が苦笑してしまい、彼女の頭に左手を乗せると、ゆっくり動かして撫で始める。そのまま動かしながら右手で主神の髪紐をほどいて手櫛で軽く梳かす。そうして、寝やすいように軽く整える。
「じゃあ、おやすみなさい、ヘスティア様」
「……うん。おやすみ」
優しい声音で告げられた言葉に安心したように微笑み、目を閉じると静かに寝息を立てる。巧は傍に置いてあった毛布を手に取ると、彼女に掛けて自分も眼を閉じて休息をとり始める。
いつもならば、起きる筈の時間に眠りについた一同。
陽が昇り、通りに人の姿が見え始める頃に、三人はそれぞれ眠りについたのだった。
だが、残念ながら。この二時間後に十分な休息をとった巧は目覚めると、ヘスティアを起こさないように密かに抜け出すと、日課の修練を始めたのだった。
今日の巧メモ
・人として:タダ飯おいちい。
・武人として:つい漏れちゃった(殺気)。
・研究者として:……あれ?もしかして今回出番ない?
次話は来週の水曜日の同時間です!
今回もクレジット無し!早く技だしたい!