ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか   作:猫屋敷の召使い

26 / 51
第二六話

 巧は『ヴィリーの宿』を出る前にヴェルフにローブを被せる。

 

「わぷっ!?な、何しやがる!?」

「それ一応被っといて。君は魔剣を打たないとしても『クロッゾ』なんだからさ。その容姿が知られてないとも限らないし」

「……悪い。そういうことか」

「いいよ。言い寄られるのは嫌いでしょ?」

 

 行くよ、と告げて歩き始める二人。そんな二人の姿は傍から見ればローブを着た冒険者とサポーターに見える。周囲からはあまり不思議がられずに街中を歩く。

 そして路地の中に差し掛かった時、巧がヴェルフに声をかける。

 

「……上に上がるよ」

「……ああ」

 

 巧はヴェルフは抱えて建物の上まで跳び上がる。その場所は街をある程度一望でき、中央の広場もよく見えていた。

 身体を伏せて建物の影に隠れるように身を潜ませる。

 

「……しばらくはここで待機かな」

「……これ、バレねえか?」

 

 伏せた体勢のままヴェルフが心配そうな声を上げる。その声を拾い上げた巧が言葉を返す。

 

「俺がこの周囲に溶け込ませてる。傍に居る限りこの街の冒険者に気づかれることは無い。気づく可能性のあるフィンたちはここまでは来ないだろうしな」

「……ならいいけどよ」

「それと、俺の戦闘を邪魔しないでね?」

「俺の実力じゃ介入すらできねぇよ」

「そうか?じゃあヴェルフ、最後に一つだけ」

「なんだよ?」

「死にそうになったら魔剣を使え」

「っ!?」

「お前が魔剣を嫌いなのはわかっているが、命には代えられない。このバックパックの中にヘファイストス様から伝言と一緒に預かっているものが入っている。お前が打ったものだ。伝言は『意地と仲間を秤にかけるのは止めなさい』だそうだ」

「なんで、お前に……?」

「……お守り代わりだ。俺も時機を見て、お前に渡そうと思っていたがな。だけど、今だけは、お前に託す」

 

 巧の言葉に思わず息を呑んでしまうヴェルフ。

 

「そこまでやばいのか?」

「俺も出来れば地上に帰りたいものだな。好奇心に従って命を落としたくはないし。過去にそんな奴を山ほど見てきたからこそ、そうなりたくないと考えてしまうのだろうな」

「……………」

 

 無表情の巧を顔を見て、頬に流れる一筋の汗をヴェルフの目は捉えていた。

 彼にはそれが冷や汗なのか何なのかは分からなかった。だが、巧の眼と表情が尋常ではない事態だということを物語っていた。

 

「出来る限り守るつもりでいるが、ヤバいときは使え。自分の身を守るために使え。決して誰かを殺すために使うなよ?」

「……わかった」

「もしはぐれたらボールスの傍に居ろ。あいつは生存能力が高いからな」

「おう」

 

 そんな会話を屋根の上でしていると水晶広場に冒険者たちが集められる。

 

「……女も運び屋もいるな。運び屋は【ヘルメス・ファミリア】のルルネ・ルーイか」

 

 巧の視線の先には顔を青白くしている犬人(シアンスロープ)の少女と全身型鎧を着込んだ冒険者風の人物がいた。しかし、見るのは一瞬にしてすぐに全体を俯瞰する。

 そんな巧に隣に居るヴェルフはあまり驚きはせずに話しかける。

 

「ここからよく見えるな」

「五感はそこそこいいからな」

「そんなレベルじゃないだろ……」

 

 それからしばらくして広場で騒ぎが起こる。そして巧の目は広場から逃げるように立ち去るルルネと、それを追いかけるアイズとレフィーヤの二人。更にそれを追いかけるように動く全身型鎧の人物を捉えた。

 

「―――動いた」

「行くのか?」

「まさか。行くにしてもまだ早いさ。まだ、泳がせるよ。今乱入しても無駄に被害が増えるだけだからね」

 

 巧はヴェルフの顔を見ずに返事をする。今度はそんな彼がヴェルフに尋ねる。

 

「ねぇ」

「なんだよ?」

「怖くない?」

「……怖いさ。死ぬかもしれないんだからな」

「……そっか。ま、死んじゃったらヘファイストス様にももう会えなくなっちゃうもんねー」

「なっ!?なんでそこでヘファイストス様が出てくるんだよ!?」

「えっ?好きなんでしょ?」

「そ、そんなわけあるか!?」

「なに?気づかれてないと思ってたのー?バレバレだよー?」

「~~~~~~~~~~っ!」

 

 巧にそんなことを言われてヴェルフは顔を自身の髪色のように真っ赤に染める。巧はそんな彼を見てクスクスと笑う。

 

「さて、そろそろ気を引き締めようか」

「くそ……お前にいつか仕返ししてやるからな……」

「楽しみにしてるよー♪」

 

 本当にその時を心待ちにするかのように弾んだ声で話す巧。ヴェルフは口を閉じて気を紛らわすように広場の集団に目を向ける。

 と、その時。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 街に食人花のモンスターが多数出現し、破鐘の叫び声が響き渡る。

 

「っ!?」

「来たねぇ。味方はモンスターか。ならやっぱり調教師(テイマー)かぁ。ま、保険なしで此処まで来ないよねぇ」

 

 突然のモンスターの出現に驚愕するヴェルフに対し、巧はまだ笑みを崩さずに余裕を持っている。

 

「……ここまで、分かっていたのか?」

「可能性は考えてた。仲間がいるか、調教師(テイマー)、それ以外の三択まで絞って絞り切れなかったけどね」

「……それを伝えていれば―――」

「状況は変わったかも、って?それはないよ。なったとしても事態が早くなるか悪化するかのどちらかだ。何も知らずに冒険者が一箇所に集まってるこの状況が最善なんだよ。情報はできるだけ制限して隠すのがね。もし知らせてたら、その機微に襲撃者が気づいて動けば何が起きてもおかしくはなかったからね」

「………………」

 

 巧の言い分にヴェルフは少し納得してしまう。それに起きたことをとやかく言っても仕方ないと割り切って、目の前の事態に集中する。

 

「『解放礼儀』。……じゃ、行くよ」

「ああ」

 

 いつも通り開いた左手に握った右手を合わせて45度の礼を五秒間行った後、ヴェルフを抱えて屋根から飛び降りた巧は街を駆ける。

 

「『摩擦熱切断手刀』」

 

 通り過ぎる際に食人花の首を斬り落としながら、目的の襲撃者の元まで駆け抜ける。

 

「―――前方ッ!」

「―――見えてる!」

 

 ヴェルフが鋭い声を上げる。その声で巧は彼とバックパックを放り投げて、レフィーヤへと迫っていた全身型鎧の人物に突っ込んでいく。

 

「ハッロー!!挨拶として一発どうぞッ!!」

「ッ!?」

「『臨界パンチ』ッ!!!」

 

 ドンンッ!!と大きな爆発を起こしながら後方へと飛んでいく全身型鎧の襲撃者。爆発による衝撃で襲撃者の鎧は一部が砕けていた。巧はそれを見ながら殴った手を振る。

 

「かったいなぁ、もうッ!ヴェルフ!回復薬類を出しといて!手ぇ砕けた!」

「ハァッ!?嘘だろ!?」

「マジ!さっさと用意しといて!!」

 

 ヴェルフに指示を出しながらも眼前の女性から目を離さない巧。

 

「お前、あの時の奴か」

「そのとおーりでーす!お元気でしたー?俺は貴女の顔をぶん殴ることだけを考えていたよー!!それにしても全身型鎧にハシャーナの顔の皮を被ってるっていう予想通り過ぎてちょっとつまらなく感じちゃってる俺がいる?みたいな?あはははー!!」

「………………」

「顔の皮膚は毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の体液による防腐作用を利用したのかな?それでも長時間は持たないよねー?一日ぐらいー?」

「………………」

「ねぇー?俺ばっか喋ってたらつまんないよー?会話しようよー!ほらほら!」

 

 巧は一気に話しかけるが、女性からの反応はない。その様子に巧は肩を落とし、二人を静寂が二人を覆う。

 

「前回と違って、今回は始末させてもらおう」

「やれるもんならやってみろよ、クソ女。そんなお飾りの防具なんて捨ててよぉ?」

 

 巧がそう口にすると女性は鎧を手で砕いて脱ぎ捨てると、地を蹴って巧の眼前に迫ってくる。

 

「バーカ。『テレポ遠当て』」

「ッ!?」

 

 女性の腹部に衝撃が走り、再び後方へと吹き飛ばされる。彼女は何が起きたのか理解できておらず、巧のことを睨むが彼は依然と笑みを浮かべている。

 

「あはは!そんな面白い顔をしてどうしたんだ?」

 

 ケラケラと彼女の顔を見て面白そうに笑い声を上げる巧。そんな彼を見て警戒する赤髪の女性。

 そこにヴェルフがハイ・ポーションの入った瓶を彼に投げる。

 

「タクミ!高等回復薬(ハイ・ポーション)だ!」

「悪いな!」

「っ!」

 

 巧が瓶を受け取った瞬間、女性は再び加速して姿を消す。今度は巧を無視して後ろにいる三人を狙うようだ。だが、そんなことは巧が許さなかった。

 

「『虚喰掌握』」

「っ!?」

 

 だが、既に瓶の中身を飲み干した巧が左の掌を強く握りしめて圧縮し、重力崩壊を引き起こして引力場を作り出して女性を引き寄せる。

 しかし女性もすぐに長剣で応戦しようと斬りかかってくる。

 

「フッ!」

「『臨界パンチ』ッ!」

 

 巧は斬りかかってきた女の攻撃を原子核分裂させた拳で迎え撃つ。

 そして、長剣と拳が接触し、

 

「なっ!?」

 

 長剣の方が爆砕された。

 流石にこれには、女の顔も驚愕一色に染められた。

 誰が思うだろうか?拳を斬ったと思ったら、剣の方が爆砕されていたなど。

 普通は思わない。拳と剣ならば、剣が勝つ。多くの者がそう思うだろう。だが、彼は普通ではなかった。彼女は、彼を侮ってしまったのだ。

 一月前は尻尾を巻いて逃げ出した人物が、今自分の目の前に立ちはだかり、苦戦を強いられている。

 

「『共振パンチ』!」

「っ!」

 

 巧の次の攻撃に嫌な予感がした女性は引力を振り切って、後方へと大きく飛び退く。それを見た巧は心底悔しそうに顔を歪める。

 

「んー!残念ッ!せっかく魔石を砕こうと思ったのにー!」

「お前……私の正体に気づいているのか?」

「あっ、やっぱりあるんだ?魔石っぽい気配するし、そうかもなぁーっていう仮説でしかなかったけど、マジでモンスターの特性を持っちゃってるんだー?」

 

 鎌をかけられた。そう理解した女は苦い顔をすると、いつでも動けるように前傾姿勢をとる。そして巧のこと見据えながら言葉を吐き出す。

 

「……お前はここで殺す」

「言ったはずだぜ?やれるもんならやってみろ、ってさ?」

 

 女性の殺意が滲む言葉に、巧は不敵な笑みを浮かべながら挑発する。

 だがそこで、巧の横に金の髪を靡かせながら降り立つ少女がいた。

 金髪金眼の少女、アイズは前方の女性を見ながら隣にいる巧に尋ねる。

 

「……あの人がハシャーナさんを?」

「ああ。その通りだよー。武器は壊したけど、身体自体がめっちゃ硬い」

「……下がってて。後ろの人たちを守って」

「……なら、お言葉に甘えさせてもらおっかな」

 

 アイズにそう言われて素直に後ろにいるヴェルフたちがいる場所まで下がる。

 

「ヴェルフー、普通のポーションちょーだい」

「ほらよ」

「あんがとー」

 

 巧は渡されたポーションを飲み干す。そこにレフィーヤが近づいてきて彼に話しかける。

 

「あ、あの……助けてくれてありがとうございます」

「お礼は良いから早くアイズの援護をしてあげて。流石に一対一(タイマン)じゃ勝ち目薄いと思う」

「えっ!?わ、分かりました……!」

 

 巧の言葉を聞いたレフィーヤはすぐに数歩前に出て詠唱を始める。彼女の足下の石畳に山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開する。

 

「……なぁ、どうだったんだ?」

「なにが?」

「勝ち目はなかったのか?」

「無理だね。この街を更地にしてもいいなら分からないけど」

「やめてくれ」

「だからやってないっしょ。それに今一つ盛り上がらないしつまんない。周りの雑魚でも倒そっか」

 

 ヴェルフとそんな会話をしていると、レフィーヤの詠唱が終わる。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

 撃ちだされる光の矢。矢というよりもビームに近しい魔法の威力を見た巧の第六感が警鐘を鳴らした。

 

「―――あっ、ヤバいかも」

「はっ?」

「ヴェルフ、ルルネ・ルーイ。退避するよ。摑まってて」

「うおっ!?」

「わわっ!?」

 

 二人を両脇に抱えて巧はその場から大きく逃げ去る。咄嗟に抱えられた二人だったが、巧の服をしっかり摑んでいる辺り、流石冒険者と言ったところだろう。

 巧が飛び去った直後、魔法は女に直撃した。ただし、彼女が自ら突き出した左腕にだが。

 彼女の腕が魔法を受け止め、雷鳴に匹敵する拮抗音が発生して光の飛沫が上がる。

 その光景を目の当たりにしたヴェルフとルルネは戦慄する。

 

「……あれは勝てねえな」

「……た、助けてくれて、ありがとう……!」

「……あー、衝撃に備えろー?」

「「えっ?」」

 

 漆黒の籠手(ガントレット)が砕けた女の細腕は微塵も揺るがず、魔法を受け止めている。次の瞬間、魔法を押し返して腕を力任せに振って、軌道をずらして斜め前の壁に叩きつける。

 

「「っ!?」」

「『爆風キャンセリング』!」

 

 水晶の爆砕とともに衝撃波が起こる。が、巧は襲い掛かってきた衝撃波を、正拳突きにより発生する衝撃波の波形を爆風と合わせることで、衝撃を相殺した。

 上手くいったことに安堵の息を吐く巧。そして後ろにいる二人を見ると、衝撃に備えて腕で顔や頭を守っている状態で固まっていた。二人はいつまで経っても来ない衝撃を不思議に思ったのか、辺りを見渡し始める。そこで巧はようやく声をかける。

 

「平気?」

「わ、悪い……」

「た、助かった……?」

「はぁ……戦闘に関しては本当に予想できないなぁ……」

 

 巧は戦闘の方に目を向け直す。すると突如、

 

『―――ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』

「「っ!?」」

「なんだ……?」

 

 叫喚が響いた。

 戦闘地点から離れたせいで三人には何が起こっているか理解できなかった。巧にさえもだ。そこで、一つ思い当たることがあった。

 

「っ!ルルネ・ルーイ!お前は何を運んでいた!?」

「えっ!?え、えっと、緑色の宝玉だ!中に不気味な胎児みたいのが入ってるやつ……!」

「宝玉……?胎児……?」

 

 巧は思考を張り巡らせる。だが、思いつくことは何もない。少なくとも自身が調べた情報にはなかった。ギルドが隠している情報にもなかった未知の代物だ。そんなものを巧が知るわけがない。

 

「わ、私も詳しくは知らないッ!ただハシャーナから受け取ったものを地上に運ぶように、黒ローブの奴から依頼されただけなんだッ!」

「そんなことは理解できている。それにしても胎児……胎児か。いや、でも―――」

 

 巧の脳裏に50階層で対峙した女体型のモンスターが思い返される。

 

『アァァァァァァァァ!!』

「「「っ!」」」

 

 巧が思考に没頭していると、再び声が響く。三人はその声が聞こえた方へと一斉に顔を向ける。そちらには何かが飛来して瀕死の食人花のモンスターにぶつかるのが確認できた。だが、三人の中で巧だけは、何が飛来したかがはっきり見えた。それは不気味な胎児だった。そしてそれがモンスターに寄生したのも理解できた。さらに、次に何が起こるのかも。財団で多くのオブジェクトを見て、知っているからこそ、ああいったものが寄生した後に何が起こるのかを、すぐに思いついた。

 

「ヴェルフ!ルルネ!すぐにこの場から退避しろ!出来るだけ遠くに!いや、フィンたち第一級冒険者と合流しろッ!!」

「あ、ああッ!!」

「わ、分かったッ!!」

「俺もレフィーヤ・ウィリディスを起こしたら追いかけるッ!!」

 

 そういって巧は前方に跳んでレフィーヤが倒れている場所まで急ぐ。そうして倒れている彼女の傍まで来ると、声をかける。

 

「おい!動けるか!?」

「は、い……!なんとか……!」

「ならフィンやリヴェリアと合流しろ!!少々厄介なことになるかもしれない!!」

「なぜ、貴方の言う事を聞かなきゃ―――」

「今は文句を言わずに黙って動け!!死にたいのか!?」

「……ッ!」

 

 声を荒げている巧の必死さが伝わったのか、レフィーヤはその場から即座に退避する。

 そしてモンスターに執拗に狙われているアイズと合流する。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン!アレは一体なんだ!?」

「分からない……!宝玉の中の胎児が寄生した……!」

「チッ!なら、あの宝玉はモンスターを変異させるものの可能性が高いか……!魔力に反応しているのか、精霊に反応しているのか、或いはその両方か……!?」

「っ!?なんで、それを……!?」

「生憎、俺の近くにも精霊の血を継いでる奴がいてね!気配が似通ってるんだよ!」

 

 二人がそのような会話をしている最中、寄生されたモンスターは別の食人花のモンスターを捉えると容赦なく食らいついていく。

 二人が驚く中、何体ものモンスターが折り重なり繋がっていく。

 そして羽化を遂げたかのように、モンスターの体皮を破った女体の姿を金と黒の瞳が捉えた。

 

「アレで変化は終わりかっ……!?」

「分からない……!でも周囲にモンスターはいない……!」

「ならば、これ以上後ろに下がるのもマズいし、あの獲物は俺がもらうぞ……!」

「えっ……!?」

 

 驚きの声を上げるアイズを無視して、巧は一瞬で女体型のモンスターの懐に入る。

 

「『臨界パンチ』ィッ!!」

 

 すぐに下から思い切り殴りあげる。

 

「打、ち、上、が、れええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げているが、そんなことなどお構いなしに上方向に力を加え続ける。スキル【矮躯怪物(ミクロス・テラス)】の補正も受けながら、上へ上へと持ち上げる。

 そして、グリーンドラゴン戦の止めの時よりも大きな爆発を起こし、それが推進力となり、モンスターの巨体が宙へと浮く。

 巧はその隙に体細胞を活性化させる特殊な構えを取る。その際に、筋繊維のみならず筋肉の動きによってドーパミンやアドレナリンに代表される脳内物質の分泌をも自在に操作する。

 

「『剛力・羅漢の構え』!」

 

 それにより、彼は獣の如き剛力を得る。それを終えると、地面に落ちている石を出来る限りポーチに詰め込んで、一個だけ手に持つ。

 巧はモンスター目掛けて跳躍する。そしてすぐに手に持っていた石を地面に向けて全力で投げ、それを踏んで全力で跳躍する。

 

「『二重反作用空歩術』!」

 

 わずか一秒にも満たない時間でその動作を終え、その動作を繰り返すことで宙を跳んでモンスターに接近する。

 

「『摩擦熱切断手刀』ッ!!」

 

 迎撃のために巧に向けて動かされている足の触手を、高速で擦りつけた手刀で斬り飛ばしながら、二重の反作用によって加速した状態で接近していく。十本以上の足を迎撃に使ってくるが、その尽くが切り落とされるか、彼の足場にされるだけで全く意味を成しえていない。

 そうして女体型の身体に手が届く距離まで巧が迫る。彼は両拳を腰だめに構え、細胞を原子核分裂させ―――

 

「『臨界パンチ』・乱打ァッ!!」

 

 ―――対・天野博士用に考えていた戦法を解放した。

 天野博士は一撃の威力が伝承者随一の人物だ。『共振パンチ』を一発でも受けてしまえば、共振現象はもちろんのこと衝撃波が発生して全身の骨が砕けることなど普通だった。

 一撃の威力で敵わないのであれば、それに相当するだけの回数の攻撃をその攻撃に当てて相殺してしまえばいいという、脳筋思考の下で生まれた戦法。これは多くの習得者が集まって導き出した答えであった。しかし、それを実現できる者はいなかった。なぜならこの理論はあまりにも非現実的であったからだ。天野博士は他者の追随を許さない圧倒的な剛の力と、他の伝承者に勝るとも劣らない敏捷さを保有していた。この理論の実現には天野博士を大きく上回る速度が必要だった。そのため、これは机上の空論にすぎなかったのだ。今この時までは、だが。

 巧は神の恩恵(ファルナ)とスキルのサポートを受けて、今その戦法を実現させていた。

 だがもちろん、これには大きな欠点もあった。

 

 身体が、持たないのだ。

 

 普段よりも数段速く動かし、高威力の奥義を多数回使用する。つまりその回数だけ負荷がかかり、体力の消耗も急激に早くなるということだ。

 短期決戦型の戦法。ただ敵を倒すためだけに考えられ、自身のこと、倒しきれなかった時のなどは眼中に無い無謀な戦い方。

 それをいま、巧はやっていた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

「アアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!?」

 

 幾度となく撃ち込まれる拳が大爆発を起こしながら女体型の身体を削っていく。

 巧は自身を奮い立てる喊声(かんせい)を、女体型は痛みを訴える悲鳴を、それぞれ街の上空で上げる。

 徐々に、徐々に、モンスターの身体が、上へ、上へと、浮き上がっていく。

 天井に生え渡った18階層を照らす数多の水晶。その一部分へと、街の外周部の上空へ、ズレていく。

 巧も、モンスターから離れずに、上に上がっていく。

 そして、もう既に女体型の足は初めの頃よりも少なくなっており、満足に動かせているものは十本をきっていた。

 しかし、そこで女体型が力を振り絞り、女体の上半身を巧にぶつけることで彼を下へと叩き落す。

 無理やり身体を動かしたとは思えない力で吹き飛ばされた巧は、地面目掛けて高速で落下していく。

 重苦しい風を切りながら、小石をどうにかして取りだす。

 

「ぐっ……!?『二重、反作用、空歩術』ッ……!!」

 

 激しい空気抵抗の中、空中で体を動かして落下方向とは逆方向のベクトルに石を投げて減速を促したうえ、その石を無理やり蹴る。

 だが、その一度が限度だった。

 多少弱くなったものの、それでもかなりの勢いで落下してきた彼の身体は、激しく地面へと叩き付けられ、何度もバウンドする。それが治まると、そのまま地面へと倒れ伏せたまま動かなくなる巧。地面には赤い染みが広がっていっていた。

 

 その光景があのモンスターの力の強さを物語っていた。

 

 それを見ていた誰もが、彼が死んだ、と思った。

 

 しかし、それは間違いだった。

 

「…………………………っ………………」

 

 ピクリ、と彼の指が僅かに動き、身動ぎをするように体全体を動かし始める。

 

「――――――ぐ、うぅっ………ッ!!」

 

 何とか、地面に手をついて、体を起こそうとする。そして、彼の第一声にその場の全員が驚かされた。

 

「―――あは、は……」

 

 微かに聞こえた、笑い声のようなもの。だが、ただ息が零れただけかもしれない。しかし次の瞬間、勘違いではなかったのだと全員が理解させられた。

 

「あははははははははははははははははははッ!!!」

 

 彼は、今にも死にそうなボロボロの身体で、歓喜の声を、欣悦の声を、狂喜の笑い声を上げる。

 

「いいないいないいな!!最ッ高にいいなァ!!?おいッ!!?実に倒しがいがあるじゃねえかよッ!!」

 

 四肢の骨が砕け、全身から血を流し、それでもなお自身の両足で地面を踏みしめ、血に濡れた顔に笑みを浮かべる巧。それどころか体を気遣うことなく大声で愉快そうに、上機嫌に、今の状況を心の底から楽しんでいた。

 この身体の状態。本来ならば確実に死んでいる筈の負傷だ。

 では、生死を分けたものは何なのか?

 それは、効果が分からなかった発展アビリティ『頑強』にある。この発展アビリティは別に基本アビリティの『耐久』に補正を加えるものではない。これは巧も感覚的にそれを理解し始めていた。

 では、その効果はどういったものなのか?ということになる。

 この発展アビリティの効果は端的に言えば、()()()()()()()、というものだ。しかし別に不死と言うわけではない。ただ少し、他者よりも多く血を流せる。多く骨が折れても平気というだけだ。痛みはある。足が折られたら立ち上がれないかもしれない。

 

 だが今回はそのおかげで助かっている。

 

 そのおかげで、生き残っている。

 

 そのおかげで、歓喜できている。

 

「それで良いッ!!それが良いッ!!それを超えてこそ先に行ける!!上に上がれる!!『元素功法』!!」

 

 大気中の微粒子や構成元素を選択的に消化器官に取り込んで、胃腸で吸収、血流に乗せて全身に送り込む腹式呼吸で、怪我を修復させる。

 身体を軽く動かし、傷が全て治ったことを確認すると、未だ上空にいる女体型に獰猛な笑みを向ける。その彼の笑みが見えたのか、女体型は怯えたように身体をビクンッ!と一度、大きく震わせる。

 

「―――アハ♪」

『―――ッ!?』

 

 巧は力強く地を踏みしめて、大きく跳躍する。まだ残っている石を後方に投げて足場とし、再び跳躍する。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

『ア、アアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』

 

 女体型は笑声を発しながら突撃してくる巧に向かって、来るなっ!とでもいうかのように咆哮し、残っている足で迎撃を試みる。

 

「『摩擦熱切断手刀』♪」

『アァッ!?』

 

 巧は楽しげな声を発しながら、それを両の手の手刀を踊るように振り回して全ての足を切断する。切断面からは夥しい量の血が噴き出す。巧は下へと落下していく切断部を足場にして更に跳躍する。

 

「『臨界パンチ』・乱打ッ!!」

 

 再び、街の上空で大爆発が連続して発生する。

 

 狂笑と悲鳴と爆音が、上空で鳴り、街全体へと響き渡った。

 




今日の巧メモ
・人として:汚物は消毒だー!
・武人として:たーのしー!
・研究者として:宝玉の現物を手に入れたい……。

 次の投稿も水曜日の18時でっす!

クレジット

「解放礼儀」は”aisurakuto”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「虚喰掌握」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振パンチ」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「爆風キャンセリング」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「剛力・羅漢の構え」は”blackey”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「二重反作用空歩術」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。