ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか 作:猫屋敷の召使い
37階層から巧は地上へ帰還する途中、24階層で少し足止めを喰らった。原因は分からないが、モンスターが溢れかえっていたのだ。その処理のために少々時間を取られたが、そのついでに最近供給の減っている素材もバックパックのちょっとした隙間に入るだけ回収して、今度こそ数日ぶりの地上へと帰還する。通行の邪魔にならないように屋根から屋根へと飛び跳ねて移動する巧。すでに日常の光景となり、ストリートを往来する人々も気にする者はおらず、悠々とギルド本部まで行って魔石やドロップアイテムを換金する巧。その後も回収した素材をそれぞれ対応する【ファミリア】に吹っ掛け、ではなく交渉していい価格で買い取ってもらった巧。しかしその金は大半が借金の返済へと消え失せるのだが。
そのことに意気消沈しながらも荷物をホームに置くと、神ヘファイストスの下に金を渡しに向かう。
「というわけで、ヘファイストス様。借金のうち半分の一億ヴァリスです。どうぞお納めください」
「……何がというわけなのか分からないけれど……。ええ、確かに受け取ったわ」
「いえ。こちらこそ我が主神の無理を聞いてくださり、ありがとうございました。私も感謝しています」
「そう……。貴方達が納得しているのならそれでいいわ。こっちこそありがとうね」
「なんのことでしょうか?もしヴェルフのことを言っているのでしたら、彼は私のパーティメンバーですので、当然のことをしたまでですよ。貴女様にも協力いただいたのですから、それぐらいしないと私の立つ瀬がありません」
「それでもよ。彼はずっと一人だったから……」
「……それなら素直に受け取っておきます」
恭しく頭を下げてヘファイストスの感謝を受け取る巧。
「それでは、私はこのあと用事がありますので」
「ええ。また会いましょう。それとその口調、気持ち悪いわよ」
「……一応、借金をしている身なので、ご容赦を」
巧は彼女の言葉に頭を深々と下げながら、最後まで丁寧な口調を貫いてそこから立ち去る。
ヘファイストスはそれを困ったような表情で見送る。
「……あの子って、妙なところで律義よね。初対面の時は敬意も何もなかったというのに……」
ハァ、と溜息を一つ吐いた。
巧は神ヘファイストスに金を受け渡すと、ホームである教会へと帰る。
地下室の扉を開けて中に入ると、ベルが興奮した様子で彼に畳みかけてくる。
「タクミさん!タクミさんッ!聞いてくださいよ!」
「うん。聞いてる。聞いてるからちょっと離れて。近い。すごい近い。それと中に入れてもらえると嬉しいかな、うん」
「あっ!?ご、ごめんなさい!?」
「いや、大丈夫だよ。でも少し落ち着こうか」
興奮しながら迫ってくるベルを宥めながら、巧は荷物を置きに行く。そして、改めてベルに向き直って話を聞く。
「それで、どうしたの?」
「その、魔法が発現したんですよ!」
「おー!おめでとー!どういうものなの?もう確かめた?」
「あっ、いえ、明日ダンジョンに行ったときに確かめようかと……」
「そっか。なら気をつけてね。俺は多分一緒に行ってやれないだろうし。魔法のことは俺もよく分からないからさ」
「はい!」
巧の言葉に元気よく頷くベルだが、未だ興奮が冷めやらぬ様子だった。
「夕食はもう済ませちゃったのかな?」
「う、うん。ごめんよ。いつ帰ってくるか分からなかったからね……」
「いや、いいよ。何か適当に作って済ませるからさ。先に休んでいいよ」
巧は笑いながら二人にそう話し、キッチンへと向かって調理を行い、適当に食事を済ませると、寝支度を終えたらすぐに眠りについた。
が、小さな物音で目を覚ました。
その物音をさせたのは、ベルだ。
魔法が発現したのだ。嬉しさで舞い上がって、あのような興奮状態では明日まで待つことなどできなかったのだろう。
ベルが地下室から出て行くと、巧も起き上がり、気付かれないように後をつける。どうせ行先はダンジョンだ。たとえ見失ったとしても問題はない。
とはいえ、彼の子供のような行動に巧はため息を吐く。いや、彼も冒険者とはいえ14歳半ばの少年だ。ましてや英雄譚が好きな男の子。仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。
巧はベルを追い続けてダンジョンの中までやってきた。そしてベルに発現した魔法を目にする。
「【ファイアボルト】!」
その声でゴブリンに突き出した右腕から稲妻状の炎が、ゴブリンの身体を貫く。
(へぇ……。使い勝手がよさそうな魔法だな。さて、問題は現時点で何発撃てるかだが……)
特に止めるようなこともせずに、そのまま見守り続ける。魔法の行使回数を数えながら。
そして、計十四発を行使したところで5階層まで降りてきたベルに、巧は少し呆れながらも、未だ止めずにいる。
だが、数歩歩いたところでベルの身体が傾いていき、地面に向かって倒れていく。
「この阿呆が。目が覚めたら覚悟しておけ」
しかし、地面に完全に倒れ切る前に巧によって身体を支えられる。巧がそんなベルに一言溢すが、彼に聞こえていたのかは分からない。だが、僅かに表情が歪んだので、もしかしたら聞こえていたのかもしれない。
気を失ったベルは静かな呼吸音を鳴らしながら、身動き一つさせない。その様子に再び呆れて、息を一つ深く吐き出すと、その場に座り込みベルの頭を膝に乗せる。男の膝枕など嬉しくないだろうが、いつもの荷物を持って来ていない以上、これが一番寝かせやすい状態だろう。
「……
自身の膝に頭を乗せさせた白髪の少年を見ながら呟く。
「にしても、財団が懐かしいな……。果たして、本当に帰れるのだろうか……」
天井を見上げながら、少しだけ故郷に思いを馳せる。そしてふと、思い出したかのように
「―――――♪」
ダンジョンに似合わない音調の曲が響く。
楽しそうな歌声が、ダンジョンに響く。
「……?」
「どうした、アイズ」
二人の冒険者が5階層へと足を踏み入れる。上から降りてきて、ではなく下から昇ってきてだ。
【ロキ・ファミリア】に所属する冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインとリヴェリア・リヨス・アールヴだ。
深層域の37階層から約三日がかりで此処まで上がってきたのだ。
もうすぐ大した時間を要することなくダンジョンからの帰還を目前とした彼女達であったが、先頭を歩いていたアイズが足を止める。
リヴェリアは、優美な金の髪が流れるその後ろ姿に問いかけた。
「歌が聞こえる」
「歌……?」
その視線の先のルームには人影が見えた。歌はその影が発しているようだ。よく見れば、その人影は誰かを膝に乗せて寝させていた。そしてその人物が二人の存在に気づく。
「ん?あっ、やっほー。元気―?」
ひらひらと手を振って存在を主張してくる。二人はその声に聞き覚えがあった。
「お前は……」
「先日ぶりだねぇ、リヴェリアさんとアイズさん」
にこやかに笑いながら二人に話しかけてきたのは、18階層の騒動で危うく死にかけた冒険者の巧だと理解した二人。
「お疲れ様、というほど疲れてはいなさそうかな?」
「まあ、そうだな。そちらはどうしたんだ?その少年は……」
「初めて発現した魔法に興奮しちゃって、夜中に抜け出して魔法を試し打ちしてたみたいでね。追い付いた時には
笑みを浮かべながら巧は話す。嘘は吐いていない。触れられる距離についたのは倒れる寸前だからだ。
それを聞いたリヴェリアは呆れながらも感心していた。
「よくそこまで無茶をしたものだな……それに運が良い。倒れる際に仲間が間に合ったのだからな」
「無知ゆえの過ちってやつだねぇ……。多分
「……そういえば、前回会ったときは謝罪の一つも出来なかったな」
「……?謝罪?」
リヴェリアの言葉に巧は首を傾げながら聞き返す。
「酒場での一件だ。うちの馬鹿者が迷惑をかけた」
「ああ、あれ?えっ?今さら?」
今の今までそんなことを忘れていた巧が、律義な、いや、律義すぎる彼女に感心する。
「まぁ、あれに関しては俺が未熟だっただけだよ。あの程度の事で感情を乱すなんてねー……」
あれは不覚だったねー、と巧は軽く話す。
そんな二人の会話を黙って聞いていたアイズは、じっと巧のことを見つめる。その視線に気づいた巧は彼女に話しかける。
「……アイズさん、少しお話でもしてく?」
「……いいの?」
「良いも何も、そっちが話したそうにこっちを見てたじゃん」
「……リヴェリア」
アイズは困ったようにリヴェリアに視線を向ける。そんな視線を向けられた彼女は苦笑する。
「お前の好きにするといい」
「……うん。わかった」
そういったアイズは巧の横に座る。それを見たリヴェリアは頷いた。
「私は戻る。残っていても仕方ないだろうからな」
「うん。ありがとう、リヴェリア」
「ばいばーい」
ああ、と相槌を打ってその場を後にする。そんな彼女の後ろ姿を見送ると、巧はアイズに顔を向ける。
「それで、何を話そうか?」
巧は全く話題を考えていなかった。
突然の振りに少し困ったような表情を浮かべたアイズだったが、
「えっと……37階層の闘技場……」
「え?……あっ、もしかして見てたの?」
「うん」
「あちゃー……視線に気づかないほどに感情が荒んでたかぁ~……反省しなきゃなぁー……」
巧は頭を乱雑に掻いて苦笑を浮かべる。そんな彼の困ったような様子に、アイズは首を傾げてしまう。
「……?なんで、困ってるの?遠くからでも、すごかったよ?」
「いや、アレは、ちょっと、八つ当たりというか、憂さ晴らしというか、ね。あまり褒められるような行いではないからさ。少し苛立っていたからあんなことをしてたんだ。普段はあんなことはしないよ、絶対に。確かに修練として一歩も動かない、目を瞑るっていう制限は自分で掛けてたけどさ……それでもね。うー、恥ずかしぃー……」
巧は両手で顔を覆って顔を伏せる。手の隙間から見える彼の顔は仄かに赤く染まっていて、本気で恥ずかしがっているようだった。
そんな彼の話を聞いたアイズは驚き、目を見開く。
37階層の闘技場を遠目で眺めていたときは、そんなことをしているというのは確認できなかった。ただ入り口付近に彼のバックパックがあり、闘技場の中央部分でモンスターが群がっては、宙を舞っている光景しか見えていなかった。
アイズはまさかそのようなことをしているとは夢にも思わず、ただただ驚愕した。
「なんで……」
「……?」
「なんで、そんなに強いの?」
アイズはずっと考えていた疑問を口にした。その言葉を聞いた巧は更に困ったような表情を浮かべてしまう。
「以前も、君とは違う人にそんな質問をされたなぁ……」
「そうなの?」
「うん。いま暢気に俺の膝で寝てる奴がねー……」
巧は静かな寝息を立てているベルの髪を軽く撫でながら呟く。
「その時は、こう答えたよ。最初はただの武術への憧れ、強くなりたいとか、強さを求めたのは、学び始めた後だった。殺されかけて、殺されかけて、とことん死にかけて強くなった。恩師を殺し……じゃなくて、超えたいと思って更に強さを求めた。でも、こんな小さい身体だから、他より不利でさぁ……。人の数倍も努力したんだ。寝る間も惜しんで、食べる間も惜しんで……そのあと無理がたたって倒れちゃったけど……」
巧は少し懐かしむような表情をしながら話す。
「私も、死にかければ、強くなれる?」
「いや、厳しいだろうね。俺の場合は特殊も特殊。恩師が特別だったからそんな手法を取られただけだから。やっぱり地道にコツコツするのが一番だよ。あとは実戦経験を積むとかねー」
巧の話を聞いたアイズは顔を俯かせる。
「大丈夫。君は強くなれるよ。才能もあるし、いい仲間に恵まれてるから。自信を持ちなよ」
「……」
巧は最後にそう告げる。
と、その時。
「……タクミ、さん?」
「やっと起きたか。この阿呆が」
「えっと、僕、どうして……?」
「
「うっ……ごめんなさい……」
「反省しているならいい。さっさと帰るぞ」
巧はベルの頭を膝から降ろすと、すぐに立ち上がる。
「じゃあ、またいずれ話そう。アイズ・ヴァレンシュタイン」
「うん。また今度」
未だ状況をよく理解できておらず、困惑しているベルを巧は問答無用で引き摺るようにして連れていく。
それを静かに見送ったアイズも、ホームへ帰るために腰を上げた。そして外へと向けて歩き出した。
今日の巧メモ
・人として:ベルにはもっと先んじて教えておくべきだったかなぁ……。
・武人として:いつも冷静にとか言ってるのに、八つ当たりを見られるなんて……。
・研究者として:闘技場、無限湧きじゃなかった(´・ω・`)……。
インターンシップも終わり、ようやく一息つけると思ったら次は自動車学校が待っていた作者の猫屋敷の召使いです。
いやー、辛いね!休む暇がない!
でも頑張って投稿は続けるから、これからもよろしくお願いします!
クレジット無し!