ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか   作:猫屋敷の召使い

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第三三話

 北へと足を進め始め、断続的に姿を現すモンスターの行列を巧とアイズが殲滅する。

 アイズが多少なりとも疲労感を感じたのなら後ろに下がって、彼女の代わりに巧が前に出てモンスターの相手をする。その間にアイズは回復薬(ポーション)を飲んで体力の回復を行う。

 ルルネ達が今まで以上に緊張を纏い一歩一歩進んでいく中、巧だけはそんな気配を微塵も見せずに、冷静な足取りで奥へと向かう。アイズも感覚を鋭敏にさせて彼に続く。モンスターの気配も消え、一同の足音や装備の音しか聞こえなくなっていた。ルルネ達はその音が嫌に不気味に感じた。

 地図(マップ)を持つことなく、迷いなく進む巧に静かに付き従う形で岐路を行き、パーティが進行することしばらく。

 

「ここだ」

「えっ……?」

 

 巧に言われて眼前の()()を目にした冒険者達は疑問の声を溢す者や、息を呑む者と、反応は様々だった。

 

「言っておくが、断じて俺が道を間違ったわけではない。先ほど言った通り、このように道を塞がれている」

「……植物?」

「の、モンスターの一部だろうな」

 

 肉壁の中心には花弁が折り重なったような『門』、あるいは『口』のような器官がある。

 直径は大型級のモンスターでも優に通り抜けられるほど大きい。これが出入り口だとするのならば、開口する瞬間が訪れるかもしれない。が、巧が一夜ずっと見張っていたが、そんな場面が起きることは無かった。精々が一体のモンスターが壁を破って中へと進んでいったぐらいだ。そのあとすぐに壁は塞がってしまったが。中に入ったモンスターがどうなったかなど、容易に察することができた。

 

「実際に触れて、熱と鼓動のような律動を感じたから、生きているのは確かだ」

「うげっ……お前、これに触れたのかっ!?」

「勿論。今回の原因はこれなのだからな。何なのかを確かめるためにも簡単に調べる必要があったからな。まあ、触れる分には何の問題も無かった。流石に壊したら気づかれる可能性があったからやってはいないが」

 

 巧の言葉を聞いて、アイズは実際に腕を伸ばしてその壁に触れてみる。確かに彼の言う通りに、熱と律動が手の平越しに伝わってくる。

 

「さて、原因がこれなのは間違いない。だが、お前達はこの先に進む気はあるか?」

「……それ以外の選択肢はありません」

「……なるほど。調べた通り、随分と面倒な【ファミリア】に属しているものだな」

 

 アスフィの返答に巧が苦笑を浮かべる。

 

「壊して通る分には簡単だ。少し下の階層のモンスターでも破ろうと思えば破れる程度だ。だが、『魔法』に対する耐性がどれほどかは分からない。もしよければそちらで試してみてはくれないか?」

「そうですね。こちらも情報が欲しいので構いません。メリル」

 

 彼女に命じられ、小人族(パルゥム)の魔導士がパーティの前に出る。

 みなに見守られる中、巧よりも小柄な少女は小人族(パルゥム)用の短い金属杖(ロッド)を構え、詠唱を始めた。

 魔法円(マジックサークル)を展開する上位魔導士は、静かに魔法名を口ずさむと、大火球を放った。

 それは壁に着弾し、轟音と衝撃を撒き散らして炎上する。

 燃焼音を鳴らしながら、出入り口にあたる『門』の部分が完璧に燃え落ちた。肉壁は焼け焦げた跡を残し、ぽっかりと口を開ける。

 周囲の視線にアスフィが頷き、巧も特に何かを意見することは無く、パーティは列となって壁の先へ向かう。

 巧達は内部へ侵入した。

 

「壁が……」

 

 気色悪い音を立てて修復していく肉壁に、ルルネ達が振り返る。

 壁は時間をかけて完璧に塞がってしまった。

 

「どうせ壊せるものだ。気にするほどのことでもないだろう」

 

 巧が吐き捨てるように呟く。その言葉を理解したルルネ達は、慌てることは無く平静を保つことができた。巧はそんな彼らの様子を一瞥すると、周囲を観察し始める。

 内面は全面が緑壁と化していた。視界に入る全てが変貌していた。

 そして、巧は音の響き方がいつもと違うことに気づいた。壁の材質が違うからかもしれない、というレベルではなく、内部構造から違う音の通り方だ。普段とは違う構造へと変容している。

 そのことを理解し、障壁から漂う腐臭のこともあって、不快そうに眉を顰めていると、アイズが壁の一角に近付いて《デスペレート》と緑壁を斬りつける。それを巧も横目で見やる。

 いとも簡単に切れた割れ目の奥には石壁、24階層本来の壁があった。そしてすぐに『門』同様に傷が塞がっていく。

 

「……先に進むぞ。警戒しておけ」

 

 面倒臭そうな表情を浮かべた巧が、一同に声をかけると同時に奥へと進み始める。

 パーティ内の獣人達が漂う異臭に呻き声を上げる中、巧以外の誰もが緊張を隠せない。

 突如ダンジョンに出現した謎の緑壁の空間。紛れもない異常事態(イレギュラー)と、何より『未知』という名の領域に、自然と進む足は慎重になる。

 

「なぁ、怖い想像してもいいか?もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の胃袋(はら)の中を進んでるんだよな?」

『おい』『よせ』『止めてくださいっ』

 

 ルルネの恐ろしい独り言に、団員達から非難轟々の嵐が巻き起こる。

 縁起でもないことを言うなと口を揃える。しかし、巧は彼女の言葉に対して頷いた。

 

「その想像はあながち間違いではないかもな」

「えっ?」

「だが、此処が消化器官か、と言われればおそらくは違う。どちらかというと植物のような『枝』や『根』という方が正しいかもしれない。まぁ、何にせよ、この壁が俺達に対してどうこうしてくることは無いだろう。そういう意味では安心だ。化物の中に居るには違いないが」

『……』

「…………あぁ、なるほど。余計な発言だったようだな」

『全くだよッ!』

「配慮が足りなかった。今のは忘れてくれ」

『忘れられるかッ!!』

 

 ルルネの独り言を肯定した巧へと対象を変更して、非難轟々の嵐が浴びせられる。

 好き放題言われる巧は、そんな騒がしい声を流しながら周囲の警戒を怠らない。

 そんな中、巧は視界に極彩色の花を捉える。萎れて、もう動かないであろうそれが燐光を灯して光源となっている。

 

「分かれ道……もう既存の地図は役に立ちそうにありませんね」

「そのようだな」

 

 光量が頼りなく薄暗い通路を進んで数分。

 正面、左右側面、そして上方にも存在する計四つの通路を前にして、巧とアスフィは足を止める。

 巧が気づいた通り、内部構造は大きく変化していた。この通路を見るだけでも壁を貫通して存在しているだろう。

 

「……貴方はすでに分かっていたのでは?」

「……さて、なんのことだか。それよりも新しく地図を作成する必要があるな」

 

 アスフィの問いに、クツクツと含み笑いをしながら巧は答える。その態度がすべてを物語っているようにも思えたが、アスフィは深くは追求せずにルルネへと視線を向ける。

 

「ルルネ、地図を作りなさい」

「了解」

 

 団長からの冷静な指示に、ルルネは地図とは別の羊皮紙と赤い羽根ペンを引っ張り出す。

 そして迷いなく紙にペンを走らせて正確な地図を描いていく。

 

「……羨ましいものだな」

「何がですか?」

 

 地図作成(マッピング)をする彼女を見て、巧が一言溢した。その呟きを拾ったアスフィが疑問を問いかける。

 

「ああいった役割が行えることだ。俺のところはまだ構成員が自身を含めても二人しかいないからな。ああいう汎用的技術を持った者がいない。いずれは入れたい、もしくは覚えさせたいとは思っているが……」

「……貴方ができるのでは?」

「なぜそう思うのかは分からないが……まあ、できると仮定したのなら、俺しかできない、とも言える状況にしか変化しない。目をつけてる者達を含めても、おそらく現在、上手くできる者はいない。だが、それではまずい。お前も団長ならばわかるのではないか?ましてや、俺の【ファミリア】より断然大きいのだからな」

「……」

 

 巧の言葉にアスフィは押し黙ってしまう。全くもってその通りだったからだ。アスフィ自身が持っている『神秘(アビリティ)』ならば、一個人だけしか使えなくても問題はない。だが、汎用なもの。努力をすれば身につけられるものが、多数の中の一個人しかできなければ、その者が消えた瞬間に急変する。

 そのことを、この零細ファミリアの団長は理解している。アスフィはそのことに驚いていた。まだ、小さな【ファミリア】だというのに、既に未来を見据えて考えている。

 

「さて、俺は彼女の邪魔にならないようにするとしよう」

 

 右の道を選び、進み始めたパーティに巧は静かについていく。

 そうして通過した道筋に数度合流を繰り返しながら、一同は複雑な迷路を探索していく。

 モンスターの遭遇(エンカウント)はもちろんのこと、異様な静けさを保つ緑壁の迷宮に、幾人もが不気味なものを感じ始めていた頃だった。

 開けた通路の中心に、不自然に散乱した灰を発見する。

 

「モンスターの、死骸か?」

「ええ。間違いなさそうです」

「だろうな」

 

 散らばった灰の中から『魔石』の代わりに『ドロップアイテム』をアスフィは見つける。

 

「恐らく『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう」

「魔石だけ取って、ドロップアイテムは残す。ま、それだけでこれをやったのは冒険者じゃないと分かるな」

 

 二人の発言を皮切りに、パーティの空気が張り詰める。アイズやアスフィを始めとした察しのいい者達は既に得物を装備し、周囲を警戒していた。

 後衛の者達を守るように陣形を組み直し、アスフィ達は神経を尖らせる。その様子を見ていた巧は感心したように微笑を浮かべる。

 

「いい反応だ。だが、警戒する方向が違う」

『……?』

 

 複数開いている薄暗い横穴の奥、通路の前方、そして後方を警戒していた冒険者たちが巧の言葉に疑問符を浮かべる。しかし、彼の視線が何処に向いているのかを見ることでその意味を理解した。

 巧の顔は、天井へと向けられていた。そう。彼は先ほどからずっと、上方を警戒していたのだ。

 彼を見て気づいた者は、その視線の先を確認するために上を見上げる。その周囲の者達は、突然顔を上げた彼らに釣られて天井を見やる。

 そうして、ようやく全員が気づいた。

 遥か上方の天井をうぞうぞと這うモンスター達は、その極彩色の花弁からいくつもの粘液を滴り落とす。

 牙の並んだ大口を晒す食人花の群れは、間もなく天井から落下した。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 破鐘の咆哮と共に迫る敵を前に、アスフィは叫ぶ。

 

「各自、迎撃しなさい!」

 

 多数の巨軀の降下を回避し、アイズ達はモンスターに斬りかかった。だが、巧だけはモンスターを狩ることは無く、後衛を守りながら全体を俯瞰していた。

 

「そいつらの魔石は口の中だ。頭部を切り落としても活動を停止させるが、無理ならば魔石を狙う方が楽だ。今のうちにこいつらの相手を慣れておけ。どうせこれから嫌というほど()り合うんだからな。あぁ、後衛の護衛は任せてくれて構わない。なに、花弁の一つも触れさせはしないさ」

 

 後衛を狙って突っ込んでくるモンスターを殴り飛ばしながら、全体に聞こえるように()()しながらパーティへと告げる。

 

「さぁて、頑張って対処しきってくれよ?これぐらい出来なきゃ、少し不安すぎるからな」

 

 巧は、誰にも聞こえない声で最後にそう呟いた。




今日の巧メモ
・人として:できるだけ自分で対処できるように、戦闘には慣れてね?
・武人として:君らの実力を見せてくれ!
・研究者として:化物の体内だとしても消化されないなら別に良くない?


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