ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか   作:猫屋敷の召使い

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第四三話

 巧は街で彼女が好きな『ジャガ丸くん小豆クリーム味』を含めたいくつかを買ってくると、再び市壁の上へと戻ってきた。

 店で売り子をしていたヘスティアに色々と聞かれたが、何とか茶を濁してここまで戻ってきた。最近、構ってもらえず機嫌が悪いのだろうと考え、帰りに迎えに来ることを約束してその場を乗り切ったのだ。

 ただ軽食を買いに行くだけのはずだったのに、巧はそれ以上に疲れてしまっていた。

 巧がアイズの下まで戻ってくると、彼女は横になって静かに寝息を立てていた。それを確認した巧は、近くに腰を下ろして買ってきたジャガ丸くんを一つ貪る。

 そして一つを食べ終わる頃、寝ているアイズの表情が少しだけ変化する。呼吸も多少乱れた。よく見ていなければ気づかないほどの、よく聞いていなければ分からないほどの僅かな変化を、巧は理解した。

 それに気づいてしまった彼は面倒そうにしながらも、彼女の傍まで寄ると、その綺麗な金髪に手を伸ばし、そっと撫でる。まるで壊れ物を扱うかのように、母親が自身の子供にするかのように、優しく、ゆっくり、撫で下ろす。

 そのおかげかどうかは分からないが、表情も呼吸も元の穏やかな寝顔へと戻る。

 それを見て、巧は深い息を吐き出した。

 

「なぜこんな子守のようなことまでせにゃならんのだ……」

 

 引き受けたの、マズったかなー?

 もう終わりも近いというのに、今更ながら後悔がにじみ出てきた。

 それから少しして目を覚ましたアイズに、ジャガ丸くん小豆クリーム味を手渡し、互いに食べ終えると訓練を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 ベルはリリとのダンジョン探索を終えて、ホームへの帰路へとついていた。入り組んだ路地に入って、人目につかない道を進んでいく。

 

「ベル様」

「……?どうしたの、リリ?」

「ベル様は以前よりも格段に動きが良くなっていますが、何があったのですか?最近ダンジョンに行く前からボロボロなのが関係しているのでしょうが……」

「あ、あははは……」

 

 ベルは彼女に毎朝行っている鍛錬のことを話す。

 その鍛錬は巧主導で行われており、ダンジョンに行く前の怪我はその際に相手から受けた攻撃のものだということを伝えた。

 

「そ、そうだったんですか」

「うん。以前からタクミさんからは指導を受けていたけど、たまには別の人を相手にするのも新鮮で、どう動けばどういう反応をするのかっていうのが、タクミさん相手じゃわからなかったことがわかって良いよ」

 

 ベルは生き生きとした表情で語る。そんな彼にリリは少しだけ拗ねたような表情を浮かべる。

 

「どうしてリリには教えてくれなかったんですか」

「い、いや、朝も早いし、僕に付き合わせるのは迷惑かなって……」

 

 と、そこまで言ったベルは、不意に洒落たポール式の魔石街灯を見上げた。

 

(……壊されてる?)

 

 精緻な柱に吊るされている魔石灯は、鈍器で打ち壊されたかのように破砕していた。そして、背筋に悪寒を感じた。

 

「―――リリ」

「……?なんでしょう?」

「僕から離れないで」

「えっ……?―――ッ!?」

 

 リリが疑問符を浮かべた直後、二人を囲むように四つの人影が建物の陰から姿を現していた。

 闇に溶かしたような暗色の防具、暗色のインナー、暗色のバイザー。金属のバイザーで目と顔の上半分を覆っていた。

 

(タクミさんはいない。どうする?リリに助けを呼ばせに行かせる?……多分、逃げ切れない。なら―――)

 

 ベルが思考している途中で四人は同時に駆けだしてくる。

 

(―――迎え撃つしかない!)

 

 幸いにも相手の動きは捉えることはでき、自分と大して差がないことが理解できた。

 相手が駆けだしてくるのとほぼ同時に、ベルは《短刀》と《神様のナイフ》を抜き放つ。

 他より速く距離を詰めてきた女性冒険者に狙いを定める。

 

(相手が距離を詰めてくるなら、限界まで引き付けて―――)

 

 間合いに入って攻撃を放つ瞬間、一歩だけ踏み込む。

 

(―――最低限の動きで間合いの内側に入る)

 

 相手は順手持ち。対するベルは逆手持ち。両者のうち、間合いが短いのはベルの方だ。距離が縮まれば、動きやすいのは彼の方だ。

 懐に入ったベルは、《短刀》で相手を斬りつけ、腕を伸ばして力強く押す。それにより女性は後方へと飛ばされていく。

 それを遠のく悲鳴で確認したベルは素早く反転し、リリを自分の方へと引き寄せ、男性冒険者による長剣の突きを躱させる。

 リリの荷物で視界が狭くなっている男性冒険者に右足で足払いをかけ、バランスを崩した長剣使いを蹴り飛ばし、迫ってきていたもう一人の女性冒険者へと衝突させる。

 リリを背後にかばい、遅れてやってきた重装備の男性冒険者を待ち構える。

 

「はあぁッ!」

 

 気合の声と共に振り下ろされた大剣に対し、《神様のナイフ》を放つ。

 

(正面から受け止めたらだめ。狙うなら剣の腹を横から……)

 

 黒刃は紫紺の輝きを描き、ベルの狙い通り敵の剣の腹を真横から捉え、勢いよく打ち払った。

 

「はあぁっ!?」

 

 大剣がナイフで打ち払われたことに、男性冒険者は驚愕が隠せなかった。

 

(回し蹴りは相手から一瞬とはいえ目を離してしまう。使う時は慎重に―――)

 

 右足を軸に回転し、

 

(確実な隙を作ってからッ!)

 

 巧に散々打ち込まれて、身体で覚えさせられた回し蹴りを相手の顔面に叩き込む。

 

「ぐ、ぁっ」

 

 大剣使いは横手に飛び、その手から武器が零れ落ちる。その大剣が地面に落ちる前にベルはその剣を摑む。

 

「リリ、伏せてッ!」

 

 ベルとリリを中心に三角形を作りながら、先ほどの三人が今度は一斉に飛びかかってくる。

 

(大きな重量系武器は腕の力だけで振らず―――)

 

 脚で地を踏みしめながら力を籠め、腰を捻りながら、上半身で振る。

 

(―――全身で扱う)

 

 超重量の大剣を慌てて頭を下げるリリに気を配りながら、全力で振り切る。

 

「「「がっっ――!?」」」

 

 放った大斬撃によって飛びかかった三人の冒険者をこぞって吹き飛ばした。それを見ながら、ベルはすぐに大剣から手を放して、右腕を天に突きだす。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 上空に向けて炎雷を撃ち、その後牽制のつもりで四人の冒険者に数発放つ。そしてすぐにリリの手を取って駆けだす。

 今ので、巧が気づいて助けに来てくれると信じて、必死に走る。

 そして―――

 

「ハァッ、ハァッ―――!」

「はーい、お疲れさーん」

「タ、タクミさん……見てたん、ですかッ……!」

「いや?見慣れた魔法が見えたから。そんなことをしたからにはなんかに巻き込まれたんでしょ?とりあえず急いできたんだけど……違った?」

「い、いえッ……襲われ、ましたッ……」

「あーもう……ほら、まずはゆっくり呼吸して整えなさいな。話はそれから聞くから」

 

 巧が屋根から降ってきて、ベル達の救援に来た。

 二人は息を切らして限界が迫ってきていたところに、巧が追い付き合流を果たしたのだ。

 その後、息を整えたベル達から事の顛末を聞いた。

 

「襲撃ねぇ……」

「こんなこと、あるんですか?」

「大手ファミリアの間じゃ珍しくはないね。第一級冒険者を抱えるところは必ず一回は経験あるんじゃないかな?」

「……どうして僕達みたいな人が狙われたんでしょう?」

「あー、俺のせいかも。ほら、【ソーマ・ファミリア】とかでやらかしているから」

「じゃあ、今回のは……?」

「あくまで可能性だよ。ベルが誰かに目をつけられた可能性も捨てきれないから。こっちで詳しくは調べてみるけど、ベル達は知らない方が賢明かもよ?」

 

 巧はそう言って苦笑する。その声に少し苛立ちを覚えたのか、表情を顰めながらベルは聞き返す。

 

「なんでですか?」

「どの【ファミリア】か判明しても手が出せないかもしれないからだよ。下手に大きな【ファミリア】に目ぇつけられてるって分かったらベルは嬉しい?それなら相手が判明したら教えてもいいよ?」

「いや、怖いです。教えてくれなくて大丈夫です」

 

 巧の問いにベルは顔を青くしながら即答した。

 

「でしょ?ならこっちで調べるだけ調べておいてあげるから、下手に首を突っ込まないように。いいね?」

「「……」」

 

 二人は彼の言葉に素直に頷いて、共にホームへと帰還した。巧が先導し、それに二人が続く。

 そんな中、ベルは何かを感じたのか、バベルを振り仰いでいた。

 

「……この誑しめ」

 

 誰にも聞こえない小さな声で、巧は呟いた。

 

「いやー、それにしても襲撃されても大した怪我無く切り抜けられるなんて、成長したねー!」

「あ、はい。全部タクミさんに教えられた通りに出来たので……」

「ちゃんと自分で改良加えなよー?自分の動きやすいように多少なら平気だからさ」

「いえ、今は基本を大事にしたいので……」

「へぇ?だそうだけど、そこんとこどうなの、リリルカ?」

「……いや、リリに聞かれても分からないですよ……」

 

 他愛無い会話をしながら街灯が照らす通りを三人で歩いて帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬六日目。

 市壁の上にはアイズとベルの二人だけしかいなかった。

 アイズは巧の姿を探すように辺りを見渡すが、彼の姿は見えず、目の前にいるベルに尋ねる。

 

「……?彼は?」

「その、体調が優れないようで、少し後から来るそうです……それまでは僕と戦っていてほしい。教えることは学びにもつながるということ、だそうです……。えっと、僕なんかじゃ相手にならないと思いますけど、よろしくお願いしますっ!」

「……うん。わかった」

 

 アイズは《デスペレート》を鞘に収めたまま、短刀を抜き放ったベルと対峙した。

 無論、結果は目に見えていた。だが、互いに有意義な時間は過ごせたことだけは間違いなかった。

 

 

 

 巧は一人で静かに瞑想していた。

 今日、起きてからというもの頭痛や若干の意識混濁の症状が発生していた。疲れが溜まっているということだけでは説明できないものだった。

 この原因を巧は一人考えていた。

 まず、『犀賀六巳』による認識災害が完全に解けておらず、まだ残留している可能性だ。確かに実力としては奴の方が上かもしれない。それ故にこういった可能性が捨てきれないのも事実だ。

 もう一つは上記の認識災害を解く際に余計なものにまで干渉してしまっていた場合だ。『財団』に所属していたからには様々なものに触れてきた。それこそ記憶処理を受けなければいけないものや、日常生活に大きな影響のない認識災害がそのまま残っているものもある。それに干渉して今の症状を引き起こしているのなら、面倒この上ないだろう。はじめに、何に干渉しているのかを理解しなければならないからだ。それが分からなければ対処にしようがない。

 そして、巧はそこで行き詰っていた。

 

「―――はぁ」

 

 これ以上考えていても、答えは出ない。そもそも上記二つ以外の可能性も残されている以上、原因など分かるわけがない。

 そう結論付けた巧は、幾分かマシになった身体を軽く動かし、剣戟が響く市壁へと向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

「―――随分こっぴどくやられたな」

 

 生傷だらけで地面に倒れ伏し、ピクリとも動かないベルの姿がそこにはあった。

 

「君と()る時みたいに、しちゃったから」

「いや、いいよ。これぐらいボロボロになってくれた方が痛みに耐性もつくだろうし。というか俺もいつもこれぐらいになるまでしてるし」

 

 巧はベルを抱え上げて、巻き込まれないように端へと退()ける。

 

「んじゃ、やるか」

「……大丈夫?」

「ああ、問題ない。起きたときよりは断然マシだ」

 

 巧は自身の体調を心配するアイズに苦笑しつつも、静かに剣を構えた。それを見て彼女も、鞘に収めていた剣を抜き放った。

 もう、巧の技術じゃ彼女に勝つことはできないだろう。

 何年も剣を握って戦ってきた者。

たかが数か月しか剣を握っておらず数年のブランクがある者。

 最初こそ、対人戦の経験の差で巧が優位だったが、やはり剣の扱いは彼女の方が上手(うわて)だ。だからこそ、数日でその差が埋まり、優劣が逆転した。

 以前まではアイズが巧を糧にしていたが、今度は彼が彼女を喰らう。

 でも、彼は本来、剣を持たずして己の肉体のみで戦う。あまり身にはならない。それでも、いや、だからこそ、彼は楽しむ。物足りないと感じながらも、全力で挑む。

 

「もはや俺では敵いそうにないな」

「……()()でやればどうなるか、分からない」

「その時はお前も魔法を使うだろう?なら、その時は俺なんか相手にならないさ」

 

 刃毀れだらけの剣を眼前まで持ってきて、巧はじっとそれを見つめる。

 

「こういう風に剣を乱暴に扱わないと、お前の攻撃を防げないのだからな」

 

 最初はもう少しマシだったか。巧はそんなことを呟く。アイズは彼のそんな様子を見て申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 それを見て、巧は苦笑を返す。

 

「お前が気にすることじゃないと、前に言わなかったか?こちらもそこそこ楽しませてもらっているから問題ない」

「……うん。わかった」

「なら、続けようか」

 

 新しい剣を取りだした巧は、再びアイズと斬り合い始めた。

 両者の口角は、上に吊り上がり、笑みを浮かべていた。

 




 今日の巧メモ
・人として:「誑し」は才能だと考えるけど、この世界じゃ致命的だと思う
・武人として:……久しぶりに素手で殴りたい。
・研究者として:……なんで頭が痛いんでしょうねぇ?

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