ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか   作:猫屋敷の召使い

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第四六話

 巧が放った殺気は、同じ階層にいるベルやミノタウロスだけでなく、その上下数階層にさえもわたっていた。

 彼の殺気を感じ取ったモンスターは怯え、蜘蛛の子を散らすがごとく騒然とし、その姿を見えなくした。

 冒険者達も尋常ではない殺気に恐怖し、その日の探索を中止し、地上へと帰還し始めていた。

 だが、中断できない冒険者達がいた。

 

「なに、この殺気?普通じゃないわね」

「こんな上層でこんな殺気立つ必要なんかねェだろ。何処の雑魚だァ?」

「……」

 

 遠征を始めた【ロキ・ファミリア】の面々が、その気配に各々が反応を見せる。

 今は7階層まで降りてきて順調に遠征を行っていたところだった。

 

「先ほどの四人の話の直後にこれか。いよいよきな臭くなってきたね」

「……」

 

 【ロキ・ファミリア】団長のフィンが先ほど出会った四人の冒険者の話を思い返す。

 慌てた様子でダンジョンの奥から姿を見せた四人は、怯えた様子を見せながらも、フィン達に事情を話した。

 彼らによると9階層でミノタウロスを見かけ、更にはそれに襲われている白髪の冒険者の姿も見かけたということらしい。加えて、黒髪の小さな冒険者と【猛者(おうじゃ)】オッタルが相対している姿も目撃している。

 ミノタウロス、それに黒髪の冒険者が放った殺気に怯えた四人は慌てて地上へと帰還しているとのことだった。

 その話を聞いてからというもの、アイズはどこか落ち着きを無くしていた。

 そして、殺気に反応したのか、フィン達を置いてダンジョン内を駆けていってしまう。

 

「アイズ!?」

「何やってんだ、お前!」

「ちょっとあんた達、今は遠征中よ!?」

「……フィン」

「ああ、わかってる……隊はこのまま前進!当初の予定通り、最短距離で18階層まで進め!指揮はラウル、君がとるんだ!」

「は、はい!?」

「指揮……まさか、行くつもりか?」

「親指がうずうずいってるんだ。見にいっておきたい。それとも、君は残るつもりだったのかい、リヴェリア?」

「……フィンの勘が働いているなら確かだな。どれ、私も行かせてもらおう」

「はははっ」

 

 呆然とする【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の面々を残し、フィン達は9階層へと選考しようとしたその時。

 同行していた【ヘファイストス・ファミリア】の内、一人がフィン達に話しかけてきた。

 

「手前もよいか?」

「……椿?」

「この殺気には覚えがある」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】団長で上級鍛冶師(ハイ・スミス)でもあるLv.5冒険者、椿・コルブランドだった。

 

「あやつが何とやり合っているのか、個人的に興味がある。手前も一度しかあやつの実力を目にしておらんくてな。気になって気になって仕様がない」

「ああ、別に構わないよ。なら、行こうか」

 

 フィンとリヴェリアの二人は椿を加え、改めて9階層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は、巧が殺気を放った瞬間まで戻る。

 巧は殺気を放つと同時に地面を蹴って駆けだす。オッタルもそれに反応して静かに拳を構える。ボクシングのような上半身の前で両拳を構えるオッタルに、巧は真っ直ぐ、低姿勢の状態で接近していく。

 2Mを超えるオッタルが144Cしかない巧を押し潰すかのように、彼の頭上から拳を振り下ろす。巧はそれを躱してそのまま横をすり抜けようとするも、それを阻むために放たれた蹴りが彼の身体を吹き飛ばそうと襲い掛かる。

 巧は瞬時に脳内で、どうすれば躱せるかを計算するが、本能的に前方に向かえば危険だと感じ取り、後方へと飛び抜く。

 

「チッ……」

「……」

 

 巧は軽く舌打ちをすると、上着を脱ぎ捨てる。そして、オッタルに向けて吐き捨てるように言う。

 

「来るなら来いよ。俺を、殺すんだろ?そっちから来ない限り、俺は横をすり抜けようと画策するぞ?」

「……」

「【ロキ・ファミリア】は今日が遠征開始日だ。先ほどの殺気に対し、彼らはどう反応するだろうな?」

「……っ」

 

 巧が口角を上げて不敵に笑いながら告げると、オッタルは眉をピクリと少しだけ動かし、感情を僅かに顕わにする。

 そして次の瞬間には、巧の眼前にまで接近しており、拳を振り始めていた。

 

「『確率論的回避』!」

 

 脳細胞を活性化させて一時的に演算能力を高め、拳の軌道を予測し最適な行動をとる。

 巧は演算に従って目で追い、腕を上げて、オッタルの腕の側方に当てて逸らす。しかし、それだけでもかなりの衝撃が巧の腕に伝わってくる。それを表情に出すことなく、静かに痛感するが、オッタルは長年の経験と【ステイタス】の違いを熟知しているが故に理解する。

 オッタルの攻撃に巧は防戦一方となり、ただただ猛攻に耐える。

 だが、人とは慣れる生き物だ。

 最初の内は腕で逸らさなければ、防げなかった攻撃を徐々に受ける衝撃を軽減させていき、今ではもう身体捌きだけで、その攻撃を紙一重とはいえ受けることなく躱していく。

 

 ―――やっぱ、あのクソジジイが異常なだけか。

 

 巧は攻撃を緻密に観察して、天野博士の異常性を実感する。

 

 ―――何よりも先にあのジジイを収容するべきじゃねえのか?

 

 異世界に来て、そんなことに思い至る。そんなことにまで気づかないほどに自分は彼に心酔していたのかと、身の毛がよだつような考えを浮かべ、背筋に寒気が走る。それでも集中を切らすことなく、避け続ける。

 と、その時。オッタルの背後、巧から見れば正面の、ダンジョンの奥へと向かう通路に小柄な影が見えた。

 

「タクミさ―――ッ!?」

「リリルカ・アーデ。しばしそこで待て。生憎、今は手が離せなくてな。もしくはこれを持ってベルの傍で、あいつの勇姿を見届けてろ」

 

 そう言って巧は、オッタルの攻撃を何とか捌きながら、腰のポーチを器用に外してリリルカに向けて放り投げる。放物線上に飛んでいくポーチだが、不思議とオッタルには邪魔されることなく、真っ直ぐ彼女の手元に届いた。

 リリルカは軽くポーチの中身を確認すると、大切そうに胸に抱え込むとその場に留まった。

 巧はその様子を不思議に思いながらも、オッタルの方へと集中する。

 が、些か意識を逸らし過ぎたようだ。

 オッタルの痛烈無比の一撃が巧の顔面に叩き込まれる。

 その一撃で巧は広間の壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。その衝撃で壁は大きくひび割れて、一部が崩壊する。

 

「……防いだか」

「ハッ……!両腕の骨がやられてんのに『防いだ』?冗談じゃない。こういうのは『無謀』とか『馬鹿』、『向こう見ず』って言うんだよッ」

 

 巧の言葉にリリルカは彼の腕に視線を向けるが、両腕は力なく垂れ下がっているだけだった。

 その様子に彼女は理解した。

 『折れた』のではなく『砕けた』なのだと。

 当の本人である巧は普通に立ち上がり、腹式呼吸を行う。

 

「『元素功法』」

 

 大気中の微粒子や構成元素を選択的に消化器官に取り込む。今回はカルシウム、リンを選択する。ビタミンDは体内に溜めているものを使用して両腕の治癒を行う。そして逆再生のように骨が接合していき、すぐに元の状態へと戻る。

 

「流石に、余裕ねえなぁ」

 

 一言、そう溢すと地面を蹴ってオッタルに接近する。今度はオッタルも数歩前進して巧に襲い掛かる。そして、再び巧は防御を強いられる。

 巧は目の前の攻撃に集中する。たった一度の攻撃でかなりのダメージを受けた。彼も一応は人だ。痛みによって集中が途切れたり、長時間集中することはできない。今度はもう他に意識を割く余裕はない。

 たとえ、彼の後ろに二人の戦闘を見る者たちがいたとしても。

 

「……」

「うわ、なにこれ?どういうこと?」

「そんなの、私が聞きたいわよ……」

「なんであのチビが戦ってやがるんだァ?」

「これは……」

「ほう……」

「なるほどね……」

 

 口々に戦闘を目にした感想を溢す。それを聞いた巧だが、気にする余裕はなく、ただ避け続ける。

 しかし、ただ避けるだけの時間は既に終わった。巧は今までよりも一歩半多く下がると、半身に構えて右拳を腰に添える。

 そして―――

 

「『力学的反射拳』」

 

 ―――拳を、オッタルの攻撃に合わせて撃ち放つ。

 

「ッ!?」

 

 オッタルの拳の力が180度反転し、彼の上体ごと後方へと持っていかれる。

 何が起きたのか分からずに、オッタルはただただ驚き、目をむく。

 この奥義は、巧が元の世界にいた頃には完成されておらず、奥義書には記録されていなかった。

 だが。

 だが、だ。

 ()()()()は、存在した。

 その理論を基に、この世界で、巧一人で完成させた。

 『力学的反射拳』。この奥義は鋭い正拳突きを繰り出し、相手の攻撃の運動エネルギーの向きを逆転させることで、向きさえも反転させる奥義だ。

 しかし、これはカウンター系の奥義だ。それゆえにタイミングが重要になる。

 正拳突きで腕が伸び切り、威力が最大になるタイミング。その瞬間に相手の攻撃に合わせなければ、十全に威力を発揮させることができない。

 そのため、今の今まで観察に徹することで、最適化を行っていた。

 相手が攻撃してくれば、反撃を行える。攻撃こそ行えないが、ダメージは与えられるようになった。

 

 ―――少しは楽しくなってきただろう?

 

 巧は好戦的な笑みを浮かべ、オッタルを挑発する。

 彼もそれに応えるかのように攻撃が熾烈さを増す。

 巧はまさか、向こうが乗ってくるとは思わず、少しだけ驚いた表情を浮かべるが、すぐに笑みを深くし、攻撃に奥義を合わせていく。

 その戦闘を眺めていた一同は、驚愕する。

 

「おい。あいつ、Lv.2のはずだろ……」

「そのはずだけど……」

「じゃあ、なんで!あの猪野郎と対等にやり合えてるんだよ!?」

「そんなのわかるわけないでしょ!?」

 

 目の前の光景が理解不能なのか大声を上げて騒ぎ始める。しかし、もう半数はしっかりとその双眸で見つめ、視線を奪われる。

 その中の一人は、口をへの字に曲げて少しだけ惜しむ。

 

「ふむ。やはり勿体ないな」

「……?何がだい?」

 

 フィンは隣で口を開いたハーフドワーフの女性、椿に尋ねる。

 

「あやつのことだ。あれほどの技量を持ちながらにして、武器を持たぬ。遊びで持つことはあるのやもしれぬが、戦うために握ることはないであろうな。だからこそ、あやつの武器を打てぬのが、途轍もなく惜しい」

「……そうだね」

 

 フィンも巧には思うことがある。

 彼の使う武術には常識を破壊されるようなものも多くある。しかし、それらは全て無手によるものだ。おそらく武器を持ってもかなりの技量となるのは、身体捌きで大体は理解できる。

 だが、巧はそれを良しとしない。素手こそが性に合う。武器は嫌い。そういった我が儘のような理由一つで武器を捨て、その身一つで上に向かうことを決めた。

 いかに過酷な道でもそれをやめることはないのだろう。武器や防具を捨て、その身一つで全てに挑むのだろう。

 いつ死んでもおかしくない。そんな存在だ。

 だからこそフィンは、その無謀すぎる彼のスタイルを、少しだけ嫌悪している。命を投げ捨てているようなものだと。

 だが、いま目の前の光景を見せられて、それは勘違いだと気づいた。気づかされた。

 彼は必死に、生き残る術を模索している。

 防戦一方から攻撃の応酬に変化した戦況を見て、そのように感じた。

 

「だが、あやつは素手だからこそ強い。素手でこそ、輝けるのであろうな。あやつのために武器を打とうなど、無粋もいいところだ」

「……うん。僕もそう思うよ」

 

 二人は再び口を閉じ、目の前の戦闘に集中する。

 そして、もう一度。戦況は変わろうとしていた。

 先ほども言ったように、人とは慣れる生き物だ。それはオッタルも例外ではない。

 オッタルは拳を振るい、それに合わせてきた巧の拳を躱した。

 巧はそれに目を見開き、すぐに対応しようとするも、拳を打ちだした状態からでは、反応が遅れてしまった。

 しかし、辛うじて避けることに成功する。そのままオッタルの腕を掴むと、足を振り下ろす。

 

「『共振脚衝』」

 

 それによって巧の足下が大きくひび割れる。

 

「―――『時間差共振爆砕脚』」

 

 そこへさらに巧の両足が交互に振り下ろされる。

 ついに、地面は耐えきれなくなって崩壊し、下へと落ちていく。

 流石のこれには、オッタルも眼を見開き、その場から退避しようとするが、腕を力強く掴まれてしまう。巧の右腕がしっかりとオッタルの腕を拘束していた。

 そのうえ、謎の引力が邪魔をして、既に不安定になっている足場では上手く身動きができない。

 

「『虚喰掌握』」

 

 よく見れば、巧の左手が力強く握られており、重力崩壊による引力場が生成されていた。

 そのまま崩壊中の地面にいた二人は仲良く一緒に落ちていく。

 

「―――ッ!」

 

 かに思われた。

 落下の最中、広間が強烈な閃光に包まれる。

 その光は、巧の顔の前から発せられた。

 その原因は、巧が使用した閃光玉によるものだ。

 オッタルよりも上の位置に移動した巧は閃光による目つぶしを試みた。

 しかし、オッタルはそれを、目を瞑ることで凌ぐ。

 だが、これでいい。

 数瞬とはいえ、視界は、潰せた。

 

「『宇宙―――

 

 

 そして、左の掌を真っ直ぐ、視線の先にいるオッタルへと向けられ、

 

 

 ―――活殺』」

 

 

 左手から放たれた光の奔流が、彼の姿を飲み込んだ。

 




 今日の巧メモ
・人として:(ミミズがのたくったような字が書いてある)
・武人として:同上
・研究者として:同上

 どうやら巧君はメモを書くどころではないようですね。
 戦闘に関するネタバラシは次回で行いますので、質問されても返答できませんのであしからず。

以下クレジット

「確率論的回避」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「力学的反射拳」は閉じる”Project_YOU”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振脚衝」は”Indigolith”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「時間差共振爆砕脚」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「虚喰掌握」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「宇宙活殺」は”Mumyoh_hokuto”作「闘いの荒野で」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/a
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