休日に家で惰眠を貪っていると、よく母親にこう言われるのだ。
「高校一年生が休日に家でゴロゴロして、あんたの人生それでいいのか。やる事はないのかやる事は」
手に持った掃除機で「邪魔だ」と言わんばかりに俺を突いてくる母を寝起きの目で見てみると、片手にスマートフォンを持ってゲームをしている。
あんたこそ、いい歳こいてゲームかい。というか、掃除するかゲームするかのどっちかにしろよ。
「はいはい起きますよ……。てかまだそのパズルゲーやってたのかよ」
「明日からガチャイベントだから石を集めないといけないのよ」
若々しい笑顔で掃除の片手間にスマホゲーに熱中する母のスマホケースを見てみると、何故か
課金する気満々である。
「あんたもやる?」
「やらねーよ。そんなクソゲー飽きたわ」
俺もやってたけどそのゲーム、途中でインフレ起こし過ぎてつまらなくなったんだよな。
まだやってる友達もいるけれど、俺はもうやっていない。熱中していた時期もあった筈だけど。
「どーせ何もやる事なくて寝てるくせに」
「うるせーよ。なにかと新しいのやっては飽きての繰り返しで問題ない」
別にやる事がない訳じゃないし、完全に無趣味という訳ではない。
好きなゲームのタイトルはあるし、読んでる漫画もあるし、運動も嫌いじゃない。
───ただ、何かに深く熱中して続ける事はなかった。
「趣味の一つくらい持った方が人生楽しいわよ」
「趣味は読書とゲームです。……母さんみたく廃課金ゲーマーになるとか、父さんみたいにパチンカスになるよりマシだろ」
現在父親は休日の昼間からパチンコ屋にお出掛け中である。
俺が起きた時にはもう家に居なかったので、朝起きて直ぐに向かったらしい。
時計を見てみれば午後の五時だ。何時間パチンコに居るつもりなんだろうあの人は。
「お父さんはパチンカスだけど自分のお小遣いの中で遊んでるから良いのよ。チンカスには変わりないけど」
「自分の旦那をチンカス呼ばわりかよ」
そんな会話をしていると、件のチンカスが帰って来た。
「今日は五万勝ったぞ!! 焼肉にしようぜぇ!!」
「よくやったわチンカス!」
「なんで突然チンカス呼ばわりされてるの?!」
楽しそうな両親でなによりである。
あー、今日焼肉か。チンカス父さん最高。
「チンカス、小遣いくれ」
「なんで息子にまでチンカス扱いされてるの?!」
良いから金寄越せ。
「というか翔太お前、バイトの面接したんだろ?」
そういや、一週間くらい前にコンビニのバイト面接しましたね。
我が家のお小遣いはチンカスのパチンコの勝敗で決まるのだが、これが中々不安定で高校生にもなると足りないと感じてしまうのだ。
なので、一週間くらい前に近くのコンビニでアルバイトの面接をしたのだが。そういえば合否の連絡来てないな。
「まだ連絡ないし」
「自分で働いてお金を稼いでみると世界が変わるぞ。だから今回はお小遣い無しだ」
「いやその金働いて稼いだ金じゃなくて遊んで手に入った金だろ」
「パチンコは父さんの仕事ですぅ!!」
テメェの仕事は大工だろチンカス。
「……っと、電話?」
そんな会話をしていると、見知らぬ番号からスマートフォンに電話がかかって来る。
登録してないんだけど見覚えがあるその番号。出てみると、一週間前アルバイトの面接をしてくれたコンビニの店長さんの声が聞こえた。
「あ、どうも。……はい。……あー、はい、ありがとうございます。明日の朝ですか? あ、はい。大丈夫です。……はい。……はい、分かりました。ありがとうございました」
電話の内容は、採用が決定したので明日の朝から店に来て欲しいという趣旨。
どうやら合格していたらしい。自分でお金を稼ぐ時が来たようである。
「それはそうと金くれ」
「今の電話バイト先だよね? 受かったんだよね?」
それとこれは別。
「あ、私もお金ちょうだいパパ。明日からガチャイベントなのよ。愛してるわパパ」
「父さん泣きそうだよ」
我等ながら酷い扱いだ。
こうして俺と母さんは諭吉さんを一人ずつ手に入れて、父さんの金で焼肉に行き今日という日を終える。
いつまでもスマホゲーに熱中する母親と、パチンカスの父親。
それに対して俺は特にこれといった趣味もない。
いや、このくらいが普通なんじゃないですかね。
だってまだ高一よ?
そんな今を全力で生きる歳でもない。
人生なんて適当に生きてれば勝手に過ぎて行く物だ。
ある程度遊んで、ある程度勉強して、ある程度の高校大学をでて、ある程度の仕事について、ある程度の人と結婚とかして、ある程度の幸せな人生を生きる。
そんな物だろ。
そんな物だと思っていたんだ。
そんな程度の物だと思ってしまっていたんだ。
◆ ◆ ◆
「山田翔太君、ね。うん、これ着替えと名札。名札はここに付けて、着替え終わったら出て来てね」
コンビニの店長さんは制服を渡すと店に戻っていく。
今日からバイト開始な訳ですが。さっきレジ見たらなんかその……ギャルが居たんですよ。
ザ・JKみたいなギャルが。綺麗な茶髪の髪をポニーテールにした女の人。多分高校生かな。
年上か、同い年か。滅茶苦茶顔が可愛いんですよ。いや本当、一目惚れしそうだ。てかした。
バイト先の可愛い女の子と恋に落ちて、みたいなありがちな展開あると思いますかね?
……ないと思う。絶対にあの人彼氏とか居るでしょ。取っ替え引っ替えしてるでしょ。どう見てもギャルだもん。
ダメな偏見ですね。
そんな事を考えながら着替え完了。
シャツに薄水色のエプロンと、デカい名札。
山田翔太とか大きく書いてあるの恥ずかしいんだけど。何このザ・普通な名前。いや文句がある訳じゃないけど。
父親なんて山田剛三郎さんだし。母親は上から読んでも下から読んでも「やまだまや」さんだから。普通って素晴らしい事だと思ってるけど。
……逆につまらないのだろうか。いや、良いんだけど。
「着替え終わりました」
着替えを終えて休憩室を後に。
レジの辺りでは店長と、さっき見かけたJKが話している。
流石ザ・JK。店長と何気ない会話を弾ませていた。コミュ力高そう。友達になれるかな。
「お、山田君来たね」
はい、山田君ですよ。
「紹介しておくよ。彼女は今井リサちゃん。山田君より一つ上だったかな。仕事出来る子だから、色々教えてもらってね」
はい、色々教えて下さい!
「よ、宜しくお願いします」
本当はもっとこうガッツリ行きたいけど、ほら、相手ザ・JKだし。俺はチキン。鳥です。そこで揚げられてる鳥です。
「あー、そんなに固くならなくて良いよ。気楽にして、気楽にさ」
俺の緊張を解してくれようとしているのだろうか、今井さんは手を振りながらそう言ってくれた。コミュ力お化け。
「あ、あはは……。どうもです、今井さん」
「うーん、まだ固いな。リサで良いからね、山田君」
何この人俺を落とそうとしてるんですか。怖いんだけど。もう惚れそうなんだけど。もう惚れてるわ。
リサさんか……。リサさん……。リサさん……。
「それじゃリサちゃん、この後山田君のこと宜しくね」
え、ドユコト。
「あー、店長もう上がりでしたっけ。お疲れ様でーす」
店長帰るのぉ?!
と、という事はリサさんと二人きりでバイトですか。色々教えてもらう面目でお話し出来る訳ですか。
青春が来た気がする。
「はーいお疲れ。青葉も遅れて来るだろうから、リサちゃん叱っといて」
「あ、あははー……。言っておきます。お疲れ様です店長」
「お疲れー」
そう言うと店長は着替えてコンビニを出て行った。
なんだもう一人来るのか。いや、当たり前だろ。新人と一人でコンビニ回せる訳ないだろ。何を期待してる。
しかし、遅刻とはその青葉って奴はどんな奴なんだろうか。リサさんを困らせるなんて許さない。
「山田君はこの近くに住んでるの?」
さて、どうやって話し掛けたら良いものか。そんな事を考えていたら、リサさんの方から話し掛けてくれた。
一体どんな生活を送ったらそんなコミュ力が身につくのか。
「あー、えーと、はい。歩いて三分ですね」
「うわ、凄い近いじゃん。それなら簡単に通えて良いねー!」
うわ、凄いぐいぐい来るじゃん。好感度マシマシですか。
「あ、連絡先聞いても良い? 突然バイト来れなくなった時とか、代わってもらえないか聞きたいしさ」
何この人平然と連絡先聞いて来たんだけど。脈ありですか? 期待して良いですか?
と、とりあえず連絡先を交換しよう。ここから始まる青春に期待。
「も、勿論で───」
「ギリギリセ〜フ」
そんな俺の台詞を遮ったのは、のんびりとした口調で突然レジに入り込んで来た一人の女の子だった。
「いや、二分遅刻だよモカ」
「二なら、四捨五入すればゼロですよ〜」
灰色の髪をショートカットに整え、フードの付いたパーカーにショートパンツとボーイッシュな服装の少女はそのままの調子でリサさんに返事を返す。
遅刻者と言う事は、彼女が店長の言っていた青葉という人物だろうか。リサさんがモカと呼んでいたから、青葉モカ?
「いくらゼロに戻しても時間内じゃなかったら遅刻だよ、モカ」
「おー、リサさんに叱られてしまった。……申し訳ありません、二分余分に働くので、どうかご勘弁を〜」
「あっはは、調子が良いなぁもう。分かったからさ、早く着替えて来て」
「はーい」
ゆったりとした返事を返すと、青葉モカは休憩室に入っていく。まだ今朝方で客も来ていないとはいえ、そんな態度で大丈夫なのだろうか?
特に俺自身真面目ちゃんという訳ではないが、節度位は守る物だ。
「えーと、さっきの人は」
「あー、今のがモカ───青葉モカだよ。山田君とは同い年だね」
青葉モカ……。
「……よく遅刻するんですか?」
「え? あー、いやー、そんな事はないよ。たまーに、かなぁ」
リサさんは笑いながらそう返事をしてくれる。
少し多い程度だろうか。困った先輩がいるらしい。
「……ヒーローは、遅れてやってくる。モカちゃん参上」
数分後、ゆったりとしたペースで口を開きながら制服に着替えた青葉モカがやってきた。
彼女は俺を見るなり首を横に傾けて「知らない人が、レジに」と、俺を凝視する。
「モカー、昨日言ったじゃん」
「え〜、なんでしたっけ~?」
首を逆に傾けながら、彼女はハッとした表情になって口を開いた。
「あ、高木さん、若返りましたね」
「誰だよ」
「あっはは、えーと、他のバイトの人。……いやモカ、どう見てもそんな訳ないでしょ。高木さん六十歳だよ?!」
なんでそんな老人と間違われたの俺?!
「あー、そうでしたね〜。なら、ジョンソン・マッケンジー君?」
「誰だよ!! このコンビニ外人がいるのかよ!!」
つい口が開いちまったよ。てかなんだその格好良い名前の人。後で名簿見てみよ。
「モカ……その人誰?」
「架空の人物かよ!!」
なんだコイツ?! 怖い!! リサさんと別ベクトルで怖い!!
「もー、ほら、昨日帰り際に言ったじゃん。明日新人が来るって」
「あー、そういえば、そんな事言ってましたねー。……高木さんが」
その高木さんと俺を間違えるなよ!!!
「えーと、山田……しょーたくん。しょーくんと呼ぼう」
なんでいきなり愛称付けられてるの俺。
「なんなんですかこの人……」
疲れるんだけど。
「あ、柔らかくなった」
というかそこの人に揉みくちゃにされただけだと思う。
「えーと、あたしは青葉モカっていいまーす。ピチピチの、高校一年生です」
同い年ですね。タメ語でいいですか? いいよね? オッケー。
「よろしくどうも」
「よろしくどうも〜」
「で、モカ。なんで遅刻したの?」
挨拶を済ませた俺達の横で、リサさんはそんな質問をした。
二分だろうが遅刻は遅刻である。
「あー、えーとですね〜。スマホゲーのイベントが今日でして、夜中に全力で回してたら、そのー、ぐっすり?」
最低じゃねーか。
「そんなゲームなんかに本気になって何が面白いんだか。どーせいつかは終わるゲームなのにさ」
あ、いかん。親と話してる感じで言葉に出てしまった。
「いやいやー、今しか出来ないから、全力で楽しむのだよ〜」
今しか出来ない、か。
「別に、その手のゲームくらい後で幾らでも出てくるだろうに」
「んー、モカちゃん的には、このゲームが今ちょーエモいんだけどな〜」
なんでも変わらないだろうに。ってかエモいってなに。
「理由はともかく、今度から遅刻は気をつけなよ?」
「はーい」
軽い奴。
「よーし、それじゃ、自己紹介も済んだ事だし。お客さんがいない内にレジ打ちの練習しておこっか!」
流石リサさん、纏めるのもお上手ですね!
「しょーくん、何か分からない事があれば、このモカちゃんに聞くのじゃぞー?」
「いや、心配だからリサさんに聞くわ」
絶対にこの人真面目に仕事してないでしょ。……いや、しかしそれは流石に偏見か。
「んー、それじゃせっかくだからモカが山田君に教えておいてあげてよ。アタシは棚卸しやってくるからさ」
マジかよ。リサさんが良かったのに!!
「任されました〜。それじゃ、しょーくん、モカちゃんが手取り足取り、教えてあげますよ〜」
からかうような表情でそんな事を言う青葉モカ。面倒臭いからモカでいいや。
リサさんが商品のチェックをしている間に、モカはレジ打ちの仕方を結構分かりやすく教えてくれた。
態度は少しおかしいが真面目に教えてくれたので少し彼女の事を見直した所で、今日初めてのお客さんがやってくる。
「いらっしゃいませーっ」
「い、いらっしゃいませー」
リサさんがまず挨拶をしたので、俺も続いて挨拶をした。
モカも口を開いて挨拶をするかと思えば───
「……しゃーませー」
───なんだその挨拶は!!!
なんなんだコイツは。
それが、俺が青葉モカに抱いた初めての感情だった。
次回『青葉モカという少女』
ロトムがハイドロポンプを外したので書きました。後悔はしてないし責める気もありません。だって彼女に会えたのだから……。
さて、そんな訳で初めてのバンドリ小説になります。お手柔らかに楽しんで頂けると幸いです。