「ごめん山田君! その日はバンドの練習があって」
「
巴の妹──宇田川あこ──は、リサさんと同じバンドに所属しているらしい。
そんな巴の妹がバンドの練習の為にライブに来れなかったのなら、リサさんも練習があるという事で。
そんな彼女にバイトを替わってください、なんて言って了解が貰える訳がないのである。
「しまった……」
「本当ごめん山田君、モカのライブ行きたいんだよね。んー、どうしたら良いかなぁ」
リサさんは俺の為に真剣に悩んでくれているのか、腕を組んで唸った。いや、申し訳ない。
「あ、いえいえお構いなく。こちらこそ無理言ってすみません」
そんなに悩ませるのも悪いと思って、俺は両手を上げて謝る。
だがライブを諦めきれないのは事実だ。さて、どうするか。
「なんだいなんだい、痴話言かい?」
俺とリサさんが話していると、休憩室から出て来た一人の老婆がそう口走った。残念ながら違います!! 本当に残念ながら!!
「あ、高木さんおはようございまーす。山田君がどーしても来週の日曜日にバイトを替わって欲しいって話しててー」
そしてリサさんは華麗にスルー。もう少し反応してくれても良いんですよ?!
「そんな事ならわたしが替わっちゃるけ」
「え、えぇ? 良いんですか高木さん?!」
高木さんはもう六十過ぎだが未だに働いてる元気なおばあちゃんである。
そして、若者がバイトの日に用事がある時はよく替わってくれるとても優しい人だ。
「えーえー、どーせ老い先短いババァの時間なんざ好きにすればえー」
ただしブラックジョークが酷い。酷過ぎる。
「あ、あははー。高木さんが良かったら、替わってもらったら?」
「そうする事にします。高木さん、なんかデザート奢りますよ!」
「それじゃ、プリンパフェでも買ってもらおうかねぇ」
なんでそんなガッツリなんだよ。いや、良いけど。
本当に元気なおばあちゃんだ。
「五百二十円になりまーす」
笑顔で接客してくれるリサさんにお金を渡して、俺はプリンパフェを高木さんに渡す。
当店一押し商品ですよ。ずっと看板下がってるからね。
「あんやー、やっぱりプリンパフェは最高さね」
「お気に召していただき光栄にございますマドモアゼル」
「あっはは、山田君ドラマに出て来る執事さんみたーい」
楽しい職場だ。
「まぁ、なんだい。若者は遊んでなんぼさ。若い内に好きな事をしておかないと、わたしみたいに年を取るとこういう楽しみしかなくなるからねぇ」
「そんな寂しい事言わないで下さいよ」
しかし、一理あるか。
今だからやれる事っていうのも、あるのかもしれない。
「それに、おっ死んだらそれこそ何も出来なくなるからねぇ。その時後悔しないように、今を楽しみな」
「縁起悪いわ!!」
「もー、まだまだ長生きしてくださいよー。はい、これアタシからも奢りでーす」
さて、これで約束の日にライブに行く事が出来る。
今だからやれる、か。
そういう考え方もあるのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「ハーピー! ラッキー! スマイル! イェーイ!」
俺は……ライブハウスに居るんだよな?
「皆! 今日は集まってくれてありがとう。楽しい時間はまだまだ続くわ! 最後まで笑顔で楽しみましょ!」
ステージで歌って踊って跳ねまわる金髪の少女。
なぜかクマ(?)のキグルミまでステージの上に立ってるし、自分が何をしに来たのか分からなくなってきた。
ステージから落ちそうになった金髪の少女をキグルミが慌てて引き戻す。ギターを持ったイケメンと、ベースを持った元気な女の子、健気そうな水色の髪のドラム担当も皆笑っていて。
そんなお茶目なパフォーマンスや少女の明るさも相まって、俺も含めて観客は彼女の言う通り笑顔になっていた。
これも一つのバンドの形なのかもしれない。会場の雰囲気掴みはバッチリだろう。
しかしあの金髪の子、どこかで見た事がある気がするのは多分気の所為じゃない。
彼女達が去った後もライブは盛り上がり続けた。
掴みが良かった事もあり、観客の熱は初めから好調。次のバンドも、その次のバンドも熱は続く。
あっという間の小一時間。別に音楽が特別好きな訳じゃないけれど、やっぱりライブの雰囲気っていうのは楽しくて好きだった。
それで、次が
心臓が跳ねる。
今気が付いただけでさっきからそうだったのか、それとも彼女達の出番になったからなのか。
それは分からないけれど、とにかく気分が高揚していって。ステージをライトが照らした時、初めに視界に映ったのはモカだった。
「楽しそうだなぁ、やっぱり」
そんな彼女が巴と視線を合わせたかと思えば、巴とバンドの皆が頷きあって。
ドラムを叩く音が響く。釣られてギター、ベース、キーボード。
声を掛け合う訳でもなく、ただ自然に音が合って重なった。
やっぱり技術とかは分からないけれど、彼女達の演奏が俺は好きなんだろう。
迫力のある歌声に釘付けになって、リズムに乗って身体は勝手に上下に動いた。
本当に楽しそうに演奏する五人の中で、彼女はやっぱり笑顔で笑う。
楽しい時間は一瞬だ。
それを噛みしめるように、彼女達は全力で演奏する。
音が切れる瞬間、終わってしまうんだと思う余韻すら楽しくて。
ライブは本当に全体的に楽しかったのだけど、やっぱりAfterglowの演奏は俺の中で何かが違った。
その何かは分からなくて、少しモヤモヤする。
『しょーくん』
短文。
見覚えのある連絡の通知に、俺の心臓は再び跳ねた。
この前ライブに来た時は控え室とかに呼んでもらえるのでは? なんて思ったのだけど。
彼女が遠く感じて逃げたんだよな。いや、今も遠い存在だと思ってるんだけども。
それでも、なんだか今は彼女に会いたい気分なんだ。
『助けて』
ただ、次に送られてきたメッセージはそんな短文。
跳ねていた心臓が止まりそうになる。
「───は? どういう事? ……助けて?」
モカに何かあったのか?
バンドで張り切り過ぎて倒れるなんて話はよくある話だ。
そんな嫌な予感が脳裏を過って、俺は何も考えずに走る。
「───っ、モカ!」
控え室は何処だ。
ふと視界に映ったのは、一番初めに演奏していたバンドでドラムを叩いていた水色の髪の女の子。
「ちょっと君!」
周りをキョロキョロ見渡している彼女の前まで走って声を掛ける。
ビックリさせてしまったのか「ひゃぁ?!」と悲鳴を上げさせてしまった。
いや、ごめん。マジでごめん。でも今それどころじゃない。
「控え室って何処か分かるか?!」
「ぇ、えぇ、あーと、ふえぇ?!」
テンパってしまっている。流石に焦り過ぎたか、まだ何かあったって決まった訳でもないのに。
「えーと、私も今から、その、向かう所で……」
「あ、それじゃ、連れてってくれないか?」
「ぁ、ひゃい」
なんだこの小動物みたいな女の子可愛い。いやそうじゃなくて。
彼女に着いて行くと、スタッフルームという看板が立っている所に辿り着いた。……スタッフルーム?
「……ここ?」
「あ、違う。多分逆方向……で、その。あれぇ……? ふぇぇぇ~」
どうしてそうなる。
目を回している少女を他所に、俺はライブハウスのスタッフさんに控え室の場所を教えて貰った。
それで彼女を連れて控え室に。どうして俺が彼女を案内しているんだろう。
「あら花音、どこに行っていたの? もう帰りの準備は出来ているわ。家に帰るまでがライブよ!」
「ご、ごめんねこころちゃん」
で、どうやら彼女はバンドの仲間に合流出来たようだ。何故かクマのキグルミに頭を下げられる。キグルミ……暑くないですか?
そんな事より今はモカだ。あれ以降メッセージもないし。
ふと控え室を見渡すと、赤色の長い髪が見える。アレは巴だな。となると、あそこにAfterglowが居る筈。
急ぎ足で彼女達の元に向かうと、目を疑うような光景が広がっていた。
「蘭ー、この仕打ちは酷いよ〜?」
涙目のモカ。黒髪の少女が、ベーグルを片手にモカの頭を抑えている。
多分……モカはあのベーグルが食べたいんだろう。それを黒髪の娘が邪魔をしていると。
何が「助けて」だよ畜生。心配させやがって。
「……何してんだモカ」
「お、翔太じゃん。来てくれてありがとな」
無意識に出した声に反応して振り向いてくれたのは、衣装姿の巴だった。
お腹も出した露出の多い衣装が印象的で、俺は彼女のそんな姿に見惚れてしまう。
ステージの奥に居る姿を見るのと間近で見るのって、やっぱり違うよね。
「お、おぅ。こんにちは」
「なんで硬くなってんだ?」
お気になさらないて下さい。
「……っ、山田翔太?! アンタが……?」
巴と軽く挨拶をすると、モカを押さえつけて居た女の子が振り向いて低い声で唸るように口を開いた。
赤いメッシュの入った髪、何か不機嫌そうな表情がもうなんか怖い。え、怖い。てか、なんか怒ってない? 怖い!!
「ひぃっ?! は、はい。山田翔太と申す者でございます……」
「しょーくーん、ヘルプミー」
いや今助けて欲しいのは俺だからね。
「そんな睨むなよ蘭。翔太がビビってるぞー」
「……だって、この人があのショークンなんでしょ?」
なんで俺Afterglowのメンバーに周知されてるの。いや、何となく犯人は分かるけど理由は分からない。
なので、この女の子に睨まれている理由も分からないのです。
Afterglowのボーカル担当、美竹蘭。
歌声は迫力があって格好良いなって思っていたんだが、そんな彼女に睨まれるとなんか……蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「そーだよ! この前デパートでモカと翔太君がデートしてるの、私達が見たもん。ねー、巴」
腰に手を置いて自慢げにそう話すのは、ピンクの髪とメロンが特徴的なベース担当上原ひまりちゃん。
しかし、その言い方だと語弊があるんですけど。俺とモカが付き合ってるみたいになってるぞ?
「いや、デートっていうか……アレは」
そうだ巴、なんとか言ってくれ。
そんな俺の願いを知ってから知らずか、巴はモカや皆を見比べてから溜息を吐いて口を開く。
「デートだな」
なんでだよ!!
「ほらほらー! 言ったじゃーん」
「……で、デート」
蘭さんの表情が凄い引きつってるんだけど。まさか、俺を睨んでる理由と関係あるのか?
「ちょっと待って! まだそうと決まった訳じゃないよね?」
そんな最悪の雰囲気の中、声を上げたのは茶髪の大人しそうな女の子だった。
一生懸命な声で俺達の間に入るその娘は、ひまりちゃんと蘭さんに落ち着くように手を向ける。
「……なんか、あの、俺はお邪魔ですかね?」
モカが何をしたのか知らないが、何やら俺が居て良いような雰囲気じゃない気がした。
なので退散しようと思ったのだが、蘭さんが俺の手を掴んでそのまま睨んでくる。
いや本当に俺が何をしたんですか?!
「……じゃあ直接聞く。モカははぐらかすし」
おいモカ、お前は何を言ったんだ。
「モカとデートしてたって、本当?」
して、彼女からの問いはそんな簡単な質問。
デート、デートですか。いや、女の子と一緒に遊びに行く事がデートなら、アレはデートなんだと思う。
して、ここで本当の事を言って良いのだろうかと思う訳だ。別に彼女はモカの父親でもないんだから、怒られる事はないとは思う。
変に誤魔化すより、真面目に答えるのが正解な気がした。
「お、おう。してた」
「……っ?!」
俺の返答を聞いた彼女は、目を見開いて俺とモカを見比べる。
そして突然瞳に涙を浮かべたかと思えば、彼女は俺を押し退けて走り去ってしまった。
「ら、蘭ちゃん!」
茶髪の娘の声も届かず。
少し騒つく控え室で、俺はただ口を開けて固まってしまっていた。
◆ ◆ ◆
「説明しろ」
美竹蘭以外のAfterglowメンバーと共に、近くのファミレスに来た俺はモカにそう問い詰める。
視線をそらすモカは、気まずそうにゆっくりと口を開いた。
「えーと、そのー、蘭に……勘違い、されちゃって?」
「勘違い……?」
何を?
「今日さ、モカのバイト先のしょーくん……つまり翔太がライブを見に来てたって話をアタシがしたんだよ。そしたら蘭のやつ、誰だそのどこの馬の骨とも分からない奴はって」
モカのお父さんなのかな?!
「い、いや巴ちゃん?! 蘭ちゃんそんな事言ってなかったよ?!」
そう訂正してくれるのは、さっき声を上げた茶髪の女の子。
Afterglowのキーボード担当、羽沢つぐみちゃんである。
一生懸命な表情が可愛い。妹に欲しい。
「あー、そうだっけ。でも、そんな気迫だった」
「それは……否定できないけど」
出来ないんかい。
いやしかし、俺がモカと遊ぶ事に対してなんでそんな実の父親みたいな反応をするんだろうか?
嫉妬? いや、同性ですよ。いや、そういうのを否定する訳じゃないけど。
「も、もしかして私が……モカと翔太君がデートしてたって言ったから?!」
「それはー……あるかもな」
巴に肯定されて、ひまりちゃんが今度は涙目になる。
そんな彼女を見て慌てるつぐみちゃん。どうやら携帯電話で誰かに連絡を取ろうとしているみたいだけど、電話は繋がらないみたいだ。
しかし本当にどうして俺とモカが遊んでいただけでこんな事に。
「蘭を寂しがらせちゃったのかなー……」
ポツリと、俺のとなりでモカはそんな事を呟く。
それがどういう意味か、俺には理解出来なかった。
「……なんというか、バンドの雰囲気を悪くしてごめん」
それで、俺には結局打つ手がなくて、ただ謝る事しか出来ない。
これがアニメやドラマの格好良い主人公なら、パパッと問題を解決するんだろうけども。俺にそんな力はない。
「だ、大丈夫! 翔太君は何も悪くないよ!」
「そうそう。気にすんな、アタシ達の友情はこんな事で壊れたりしない!」
どこからそんな自信が湧いて来るのか。
しかし、なんだかそんな友情が羨ましくも思える。
「あ、明日になったら学校で会えるよね?」
「アタシが一緒に謝ってやるから、心配すんな」
「やっぱり私が悪いの……うぅ……」
友達を怒らせた事を気にするひまりちゃんと、そんな彼女を気遣う巴。
携帯の画面を見て、つぐみちゃんは件の彼女からの返信を今か今かと待ち続けていた。
こんな友達がいるって、なんか凄いなって。そんな場違いな事を思ってしまう。
「……あたしが蘭を、傷付けちゃったのかな」
そんな言葉が、短く漏れた。
次回『美竹蘭の憂鬱』
小ネタ。プリンパフェはモカとリサさんのバイト先の背景に写っている商品です。二人が働いてるコンビニってどんな場所なんですかね。