今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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美竹蘭の憂鬱

 特に代わり映えもない、いつも通りの月曜日だ。

 

 

 朝起きて、朝ごはんを食べて。

 騒がしい両親を見ては「新婚かよあんたら」と微笑ましく思う。

 

 学生の本分は勉強だというが、それなりに授業を受けて後はやっぱり遊びたいよね。

 ただ、昼飯を友人と食べる時に。俺はふと質問してみた。

 

 

「なぁ、大親友」

「突然なんだ気持ち悪いな」

 あんまりじゃないだろうか。あんまりだよ。

 

「俺と圭介(けいすけ)の仲だろ? な、大親友」

「キモいぞ。どうしたんですか山田君」

「他人のフリしないで?!」

 あとその如何にも最近の若者みたいな顔で敬語使うの止めろ。

 

 

「で、実際なんだ突然」

 昼飯のゴミを綺麗に畳んで折り曲げ、謎のアートを作りながら圭介が聞いてくる。

 いやお前がなんだ突然。そんな特技あったの?! そこそこの付き合いだが、知らない事もあるもんだな。

 

 

「例えばさ、俺がお前の知らない女の子とデートしてたらどう思う?」

「どうでもいいな」

 泣いて良いですか。

 

「俺は彼女居るし、特に羨ましいとも思わない」

「初耳なんだけど。羨ましいんだけど!!」

 え?! いつのまに?! 俺がバイトに青春を費やしてる間に何があったの?!

 

 

「って、俺が言うとお前はそう思う訳だ」

「……あー、あぁ。なるほど」

 嘘かよ。

 

「つまり、俺とお前ですら考えは違うのに。男の俺の考えを聞いて何になるって話さ」

「待って、なんで俺がこの質問をした意図を読んでるの? エスパーか何かなの?」

 こんな質問をしたのはやっぱり、美竹蘭の事が気になっているからだ。

 

 まだ昨日の話で、俺が知らない間に解決してるかもしれないけれど。

 彼女があんな行動に出た理由が俺には分からない。

 

 俺が何か理解したとして、何か彼女達の役に立てるかどうかといえば答えは否だけども。

 

 

 

「そんな質問をしてくるって事は、大体何かあったという事だ。それくらいは分かる。……ついでに、彼女がいる事は本当だ」

「マジかよ。羨ましい。リア充爆発しろ」

「お前な……」

 くそ!! 俺だって、俺だってなぁ?!

 

 

「さて、冗談抜きでアドバイスをするなら……そうだな。俺は友人がリア充になろうがどうでも良いが、一つだけ思う事はあった」

「一つだけ……?」

 どうでも良いのは否定しないんですね。

 

 

 

「最近、お前と遊べなくて寂しい」

「惚れてまうやろぉ!!」

「キモい」

 そういう流れじゃなかったかー。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 モカ達のバンド、Afterglow(アフターグロウ)は彼女達が中学生の時に結成されたバンドらしい。

 日曜日にファミレスで聞いた話である。

 

 

 彼女達が中学二年生の時のクラス替えで、幼馴染五人組の内一人だけが別のクラスになってしまった。その一人こそ、美竹蘭(彼女)だったのだとか。

 

 彼女は一人になったのが心細くて、授業に出なくなる程になってしまったという。

 そんな彼女を元気付ける為、また五人で居られる場所を作る為。そうして結成されたのがAfterglowという訳だ。

 

 

 

 ドラマかよ。

 

 

「モカ、遅刻」

「あー……うん。ごめんねー」

 仕事が終わってコンビニでバイトをしていると、モカが少し遅刻気味でやって来る。

 いつもなら遅刻しても言い訳を垂れる癖に、今日に限ってそんな返事をされると色々と察してしまった。

 

 

「あの娘は?」

「学校には来てたんだけど……。話してくれなかったなー」

 思っていたより悪い状況だな……。

 

 

「なんであんな事になったんだ?」

 正直、今でもなんで彼女があの時走り去ってしまったのかが分からない。

 

 確かに俺とモカはデートしてたんだと思う。付き合ってるとかそういう訳じゃなくて。

 モカと彼女が付き合っていた───とかなら、まだ理由は分かるけど。それは違うみたいだし。

 

 

「理由分かるか?」

「うーん、分からなくはないんだけどなー。蘭は気難しさんだからなー」

 困ったようにそう言うモカ。

 

 気にはしてるけど、そこまで深刻ではないって感じだ。

 

 

 俺が深く考える事でもないのかもしれない。

 

 

「しょーくんはさー」

「んー?」

 棚卸しをしながらなんとなく話を聞く。特になんともない、いつもの事だ。

 

 

「あたしの事、どう思ってるー?」

「と、突然なんだよ」

 変な事を聞かれてしまったので、俺はおにぎりを一個落とすくらいには動揺してしまう。

 そのおにぎりは後でスタッフ()が代金を払って美味しく頂きました。

 

 

「いいからー」

「……バイトの同僚、ってのは関係だよな。えーと、なんだ……友達、で良いのかな? あー、違う。俺は友達だと思ってる。モカがなんて思おうと」

 なんかその、恥ずかしいんですけども。

 

 

 モカはそんな事を思ってないかもしれないけど、俺にとって彼女は大切な友達なんだ。

 

 

 

「……そっか」

 ただ、モカはそう短く返すと俺から視線を逸らす。

 少し寂しげな表情が何故か印象的だった。

 

 

「えーと、大切な友達?」

「友達に大切も大切じゃないもあるかよ。……大切な友達だよ」

 それがどうしたというのか、彼女は顔を持ち上げてまた俺の目を見る。

 モカは普段から何を考えているか分からないが、今日は特に分からないかもしれない。

 

 

「それじゃー、そんなしょーくんに質問でーす。しょーくんの大切な友達のモカちゃんが、他の友達と遊ぶようになったら、しょーくんはどう思う? モカちゃんともう遊べなくなっちゃうんだよー?」

「そりゃ、寂しいよ」

 からかってるんだろうが、その手には乗らんぞ。俺が恥ずかしがってばかりだと思うなよ。

 

 

 しかし俺のそんな気持ちに反して、モカは「多分、それなんだよ」と呟いた。

 

 それで、やっと俺は理解する。

 

 

 

「俺にモカが取られて、Afterglowで───あの五人で居られなくなるんじゃないかって心配させちゃったのか?」

「うん、あたし的には多分そう。……だから、これはあたしが悪いのかなーって」

 一度本当に失いかけた幼馴染がまた離れて行くんじゃないかって、彼女はそんな心配をしてるんだ。

 

 

 そんな訳がないのに、なんて俺が思うのも変かもしれないけど。

 

 でも、やっぱりそんな訳がないって、俺は思えてしまう。

 

 

 

 だからやっぱりコレは俺が手を出すような問題じゃないんだ。彼女達に任せれば良い。

 ちょっと狡いかもしれないし、実際は俺も関係してるんだから何かしらした方が良いとは思うけども。俺にそんなラノベの主人公みたいなスペックはないです。

 

 

 

「しかし、しょーくんはモカちゃんが他の友達と遊ぶと寂しいんだねー」

 そんな事を考えていると、モカは突然得意げな表情で口を開いた。

 

「真面目な話の後で掘り出すなよ?! てか悪いかぁ!! 俺のハートは割とガラスなんだよ。些細な事で寂しいと思って死んじゃうんだよ!!」

「別にー」

 絶対馬鹿にしてるよね?!

 

 

「───あたしも寂しいし」

「え?」

「なんにもー。あ、お客さんだよしょーくん。モカちゃんはお花を摘んでくるので、接客宜しく〜」

「働けよ。……って、あー、Roselia(ロゼリア)の友希那さんか」

 ネコの形した肉まんが温まってるのを横目で見ながら、俺はレジに着く。

 

 

「いらっしゃいませー、ネコまん如何っすかー」

 何も変わらない月曜日だ。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「送ってこうか?」

「山田大尉、護衛を頼むでござるよ〜」

「軍人なのか侍なのかどっちかにしろ」

 バイトから上がる時間が被っていたりすると、モカを家まで送って行くなんて事もあったりする。

 

 

 ほら、一応女の子だしな。

 

 

「ネコまん一個奢ろうか?」

「モカちゃん的には十個くらいよゆーでいけるんだけどな〜」

「店長、ネコまん二個下さい」

「いけず〜」

「やらんぞ……」

 一応女の子だしな……。

 

 

 学業の後バイトをやっていれば、終わった時には夕焼けの時間なんてとっくに過ぎていたりもする訳で。

 外灯の下ではあるが、俺達はそれなりに暗い夜道を二人で歩いていた。いつものような、何気ない会話をしながら。

 

 

 

 ふと、視界に一人の少女が映る。

 

 

 

「……モカ」

 黒い髪に、赤いメッシュの入った女の子。

 

 少し俯いた表情で、美竹蘭はモカの名前を呼んだ。

 

 

 

「やっほー、お茶してくー?」

 そんな時間じゃないだろ。

 

「うん、そうする」

 乗るんですね!!

 

 流石長年の幼馴染……。モカの扱いが上手い。

 

 

「そ、それじゃ、俺はこの辺で───」

 とにかく、俺がいても邪魔そうなので、今日は二人に任せて帰ろうとしたのだが。

 振り向いて歩き出す俺の手を二人の手が掴む。

 

 なんでモカも掴んでるんだ。

 

 

「……アンタも、来て」

「……ひ、ひゃい」

 そうなるかぁ……。

 

 

 そんな訳で、俺達は近くの公園のベンチに三人で座る。

 真ん中にモカ、その左に美竹さんが座って、俺はモカの右側。

 

「……その、昨日と今日は……ごめん」

 外灯が照らすベンチの上で、彼女は少し口籠ってから口を開いた。

 

 

「あたしは気にしてないよー」

 凄い気にしてたと思うけど……。

 いや、ここでそれを肯定してもいい事はないか。

 

「あたしは、二人がその……デートしてたって聞いて。モカが、あたし達から離れて行くんじゃないかって気がして」

 それだけ大切な友達なんだろう。彼女は瞳を少し濡らしながら、俯いてそんな言葉を漏らした。

 少し大袈裟な気がするが……うん、それだけモカの事を大切に思っているんだろう。

 

 

 それは、彼女達のライブを見たから分かっているつもりだ。

 

 今この時を全力で楽しもうって表情が、とても伝わって来たんだから。

 

 

「でも、モカをあたしが縛ったらダメだよね。……いつかは皆、離れていくかもしれない。ずっと一緒なんて、難しいし」

 んー???

 

 

 ちょっと待って。なんでそこまで話が飛躍する。

 

 デートしたって言っても、俺達付き合ってる訳じゃな───いや待てよ?

 俺はモカと付き合ってないなんて一言でも言ったか? 昨日の会話を思い出す限り、答えは否だ。

 

 

 もしかして彼女、俺達が付き合ってると思ってるのでは?

 

 

「だから、あたしは山田がモカを幸せにするって約束してくれるなら、ちゃんと割り切るつもり」

 あぁぁ!! やっぱりだ!! 凄い勘違いされてる!!

 

 確かにデートって言葉を否定しなかった俺も悪いけど!! 凄い勘違いされてるぅ!!

 

 

 

「あー、そのー、蘭ー? ちょっと待───」

「モカは黙ってて」

「あちゃー」

 いやモカ頑張って?! ちゃんと説明して!!

 

 しかしよく考えれば、モカがちゃんと説明出来ていたら彼女もこんな勘違いはしなかった筈なんだ。

 モカがのんびり口調なのもあるが、多分彼女も頑固で話を聞こうとしなかったんだろう。

 

 

 だからってどうしてこんな事に……。

 

 

 

「山田……」

「はい、山田です……」

 どうしたら良いんだ。何を言ったら良いか分からないんだけど。いや、本当に。

 

 

「あたし達からモカを奪って、それでもモカを泣かせたら……あたしが許さない」

「蘭……」

 いやモカよ、感動してないで説明してくれ。

 

 

 あー、畜生。俺がなんとか言ってやるしかないのかよ。分かったよやってやるよ!!

 別に深い事とか言う必要はない。ただ思ってる事を言うだけだろう。頑張れ山田、それくらいやれ山田。

 

 

「あの、さ。ちょっと良いか?」

「……何?」

 そんな怖い目で見ないでください。

 

 

「俺、Afterglowが好きだよ」

「ちょ、本当にいきなり何?!」

 いいから黙って聞け。今から凄い恥ずかしい事言うから黙って聞いててくれ。

 

 じゃないと俺の心臓が持たない!!

 

 

「初めてライブを見た時……いや、昨日のライブもだ。Afterglowの───五人のライブを見てさ、凄い楽しそうだって思ったんだ。今しかないこの時間を、今だからこそ全力でやってるっていうか。……なんにも趣味がなくてさ、何かに全力で取り組む事なんて知らなかった俺は、そんな五人を見て、大袈裟かもしれないけど救われたんだよ」

 そんな言葉を、彼女とモカは顔を赤くしながら黙って聞いてくれた。

 

 なら、最後までちゃんと言おう。

 モカにだって言った事ないけれど、ちゃんと伝えようじゃないか。

 

 

「あの五人は、本当にあの場所が大好きなんだって。殆ど他人の俺だって分かる。……もしモカや他の誰かに好きな人が出来たりしたって、そんな簡単に壊れる物じゃないと思うんだ」

 綺麗事だと思うだろうか?

 

 確かにそうかもしれない。だとしても、俺はそう思った。どう思おうが勝手だろう。

 

 

「確かにバンド活動はいつまでも続けられる物じゃないかもしれないけどさ、Afterglowは───少なくとも俺が見る限りで皆は、あの五人で居るのが本当に楽しいんだろうなって感じだったよ。例えバンド活動を辞めたって、なんやかんやで五人が完全に別れ離れになる事なんてないって、そう思った。……だから、もっと自分の気持ちを信じろ。皆同じ事を思ってると思うぜ」

 言い切ってから凄く恥ずかしくなったが、言いたい事は言ったつもりだ。

 

 

 彼女達五人は、本当にAfterglowって居場所が大切だと思ってる。あの場所に居る()を本当に楽しんでるって、そう思ったんだ。

 

 

 

「皆同じ事を……? モカも?」

「当たり前じゃーん?」

「皆も……?」

「聞かなくても、蘭なら分かると思うけどなー」

 諭すような表情でモカは彼女に微笑む。

 

 

 彼女は少し涙目になりながらも、小声で「そっか、そうだよね」と納得してくれたようだ。

 

 

 

 彼女達Afterglowの友情はとても見ていて心地がいいんだよな。

 

 

 

「これからも、いつも通り(・・・・・)居られる?」

「そーだねー。いつも通り、だよ」

 さて、夜も遅いし帰るとしましょう。

 

 

 慣れない事をして疲れた。

 

 

「ねぇ、山田。一つ気になったんだけど」

「……あー、やっぱり?」

 さりげなーく伝えたつもりなので、ツッコミは入らないと思っていたのだが。

 

 世の中そんなに甘くないよね!!

 

 

 

「……山田とモカって付き合ってるんじゃないの?」

「違います」

 とりあえず即答する。

 

 全部勘違いだ。その事に気が付いた彼女の表情はみるみる真っ赤になっていった。

 

 

「いやー、だからー、そのー、蘭?」

「なんで初めにそう言ってくれなかったの?!」

 涙目で、顔を真っ赤にしてモカの肩を強く揺らしながら叫ぶ美竹蘭。

 

 恥ずかしさでどうにかなりそうな彼女を見てるのは、なんだか面白い。性格が疑われそうだが。

 

 

 

「いやー、いつも通りですなー」

「全然違う……っ!!」

 楽しそうで何よりです。

 

 

 良かったなと、俺はそんな事を思ってモカと目を合わせるのだが。

 彼女が少しだけ寂しそうな表情を見せてから笑ったのが、少しだけ印象的だった。

 

 

 

 そんな、少しだけいつも通りじゃない月曜日の話。




次回『ショッピングモールにて』

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