突然だか、出掛け先で知り合いの知り合いに会った時ってどうしたら良いか分からないよな。
友人の友人が友人であるのかという事は置いておいて、だ。
無視するのも悪い気がするし、目が合ってしまったら尚更である。
「は、ハロー」
「あ、山田。……うん、はろー?」
なんでハローとか言ったの俺。普通にこんにちはとかで良くない? 日本人だろお前は。
「今日はバイト休み?」
そして「はろー」と返してくれた黒髪に赤メッシュの彼女───美竹蘭は、近付いて来て首を横に傾けながらそう聞いて来た。
場所はいつかモカと来たショッピングモール。そして土曜日。青春を殆どバイトに割いている無趣味の俺にしては珍しく、お出かけ中である。……一人で。
「いや、夕方からなんだよ。バイトまで時間を潰そうと思って」
ただ、この通り夕方からはバイトなのだ。法律ギリギリくらい働いているので、半日以上フリーなのも珍しい。
かといってやる事もなく、何の目的もなしにショッピングモールに辿り着いて今に至る。
「そう」
納得したような素振りで返事をするのは良い。いや、これからどうするんだ。
偶然すれ違ったから声を掛けてしまったけれど、特に話の話題がある訳でもない。
「あたしも、夕方からバンドの練習だから。モカがその時間までバイトって事は……入れ替わり?」
俺が一人頭の中で悶絶していると、蘭がそう言って話題を振ってくれる。なんて頼れる人なんだ。
「そういう事だな。なるほど、その為のこのシフトって訳だ」
珍しく俺が夕方からって理由が判明した気がする。
バイトの後にバンド練習って、モカも大変だな。
「……そういえば、この間の話の続きなんだけど」
いや、よく考えたら最低な話題だった。
「ひぃっ」
「そんなにビビらないでよ……。変な勘違いして、その……なんていうか、ごめん」
目を逸らしながらそういう蘭は、なんだか恥ずかしそうである。
とんでもない勘違いをしていたから、当然といえば当然か。
「まぁ、ちゃんと説明しなかった俺も悪いんだけども。そもそもモカと幼馴染の蘭なら、あのモカが誰かに恋だとか、しかも俺なんかと付き合うとか……考えられないだろ?」
「……。……あー、うん。そうだね」
ふと遠くを見てから、目を逸らしながら彼女はそう言った。幼馴染に肯定されてるのだから間違いない。
適当な話題もなんとか切り抜けたし、ここいらでおいとまするとしよう。
確かに夕方まで時間があるが、その時間まで彼女と居られる程に俺のコミュニケーション能力は高くない。
いや、低い訳じゃないけど。そもそも住む世界が違うというか、そもそも友人の友人であって友人ではないというか。
「それじゃ、俺はこれで」
「うん。バイト頑張───」
「あ、蘭に翔太君じゃーん! こんな所で奇遇ー!」
話の区切りが付いた所で、蘭の言葉を遮って俺達の間に女の子が一人入って来た。
なぜこの絶妙なタイミングで現れたんですかね。視界に入るピンク色の髪からは、なんだかとても甘い香りがする。
Afterglowのベース担当、上原ひまりちゃんだ。
「あ、ひまり。おはよ」
「おはよー。蘭も暇潰し? 私も丁度夕方まで予定が無かったんだよねー。翔太君と何してたの?」
何もしてないですバッタリ会っただけです。
「今さっき偶然見付けたから、話してただけ。ね?」
「お、おぅ。その通り」
「えー、何々? なんの話してたの? あ、そうだ! 今からお茶しない?」
これが今時の女子高生のノリか。いや、俺も今時の男子高生だけども。
「おー、それじゃ楽しんで。俺はこの辺───」
「翔太君も一緒に、ね?」
目を輝かせて俺の肩を掴み、そう口にするひまりちゃん。
オーウ、さらば俺の平和なフリータイム。
◆ ◆ ◆
山田翔太は正直言ってモテない。
そもそも学校では目立たないし、隣に橘圭介とかいうイケメンがいるので高校ではイケメンの友人という印象しかないのだ。
だから女子と話す機会はあまりない。遊ぶ事がない事はないが、グループの一員としてとかそんな感じである。
よって、女の子とマンツーマンというか。むしろ女の子二人とこうファミレスでお茶なんて俺にはハードルが高いのだ。
モカとなら、彼女の性格上ネタに困らないのだが。普通の女の子とお喋りする技術なんて俺にはない。てか何を話したら良い。俺は何をしたら良い。
三人共ドリンクバーを頼んで、ひまりちゃんは追加でケーキを一つ。
俺と二人が向かい合う形で座って、注文を終えて直ぐにケーキが運ばれてくる。
直ぐに携帯を取り出したひまりちゃんは、少し触ってからその携帯を俺に渡しながら口を開いた。
「翔太君、写真撮って貰っても良い? 私のピースが映る感じで!」
SNSにでも上げるのだろうか。
言われた通りカメラを向けると、画面に大きなイチゴが乗ったショートケーキとピースサインの右手───それに大きなメロン(比喩表現)が二つ映る。
これこの状態でシャッター押しても良いんですかね。もう少しズラしてメロンが写らないようにした方が良いですかね。でもそうなると不自然か。いや、どうしたら良いんだよ!!
「どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもないですはい」
えーい、どうとでもなれ。普通にイチゴとピースとメロンを写して、俺はひまりちゃんに携帯を返した。
彼女は「ふふーん」と鼻歌を歌いながら、それをSNSに上げる。心配は杞憂に終わったようだ。
「それでー、なんの話してたの?」
そして当然のように嫌な話題を振ってくる。勘弁してください。
「いや、その……モカの話かな。アイツが今バイト中で、皆と練習の時間になったら交代するってシフトになってるって話をしてたんだよ」
「そっかー。モカといえば、なんでモカと翔太君はデートしてたの?」
いや、アレはデートではなくて───と言いたいのだが、実際はデートだったのだろうから否定は出来なかった。
しかしそのせいで蘭に変な勘違いをされる事になったんですよ。ほら、隣で蘭が顔赤くしてバレないように飲み物飲んでるよ。バレバレだけどね。
「あー、私も気になるかも」
冷たい飲み物で頭を冷やした蘭も、何食わぬ顔で話に乗ってくる。どうしてこんな事に。
して、モカと出掛けた理由を思い出してみると大変な事に気が付いた。
俺はモカに財布をプレゼントする為に、実質モカとデートした訳である。
結果としてゲーセンの景品を渡すという最低な結果になったが、話だけ聞いたら本当に付き合ってる男女のデートですよコレは。
「暇だったからその……げ、ゲーセンに行こうと思ってな」
よって、嘘を吐いてみた。罪悪感はあるが、また変な事を言われるよりはマシだ。
「なるほど、モカらしいって言ったらモカらしいかもね。翔太君とモカは良く遊ぶの?」
前のめりになってそう聞いてくるひまりちゃん。メロンが揺れる。視線のやり場に困るからやめて欲しい。
「ま、まぁ……そこそこ」
「ふぇ〜、モカが男の子とよく遊んでるんだってー蘭! そのまま本当に恋愛に発展したらどーしよー!」
女子高生特有のキャッキャッなテンションで、ひまりちゃんは頭の中にお花畑を作り出していた。
モカと恋愛だぁ……? ないない。絶対ない。そもそもモカがそういうのに興味なさそうだもんな。
「ひまり、山田が困ってる」
「えーっ。翔太君はモカの事どうとも思ってないの?」
「ひまり……」
どうとも思ってない───なんて事はないかもしれないが。これが恋愛感情なんて事はないだろう。
俺にとってモカは、とっても輝いて見えて近いのに遠い存在なんだ。
むしろ可愛いとか美人みたいな感情は、ひまりちゃんとかリサさんに向いてるしな。
「思ってない……かな」
だから、俺はそう答える。
肩を落としながら「残念」と呟くひまりちゃんの横で、何故か蘭が怖い顔で俺を睨んでいるような気がした。
何か悪い事でも言っただろうか。心当たりがない。
「別に、あたしはどうでも良いけど。……モカを不幸にする奴は、許さない。モカだけじゃなくて、皆だけど」
「もー、蘭ったら大袈裟だよー」
彼女にとってはそのくらいAfterglowの皆が大切なんだろうな。
その後、共通の話題というか主にモカの事やAfterglowの事を話している間に夕方に。
新鮮な話が聞けて楽しかったし、なにより蘭との蟠りも解消されたようで安心する。
ひまりちゃんは結構話上手で、俺と蘭が逐一反応するって感じだったがそれでも楽しくて。
気が付けばかなり長居してしまった。急いで行けば間に合うが、今からバイトだと考えると少し怠い。
「もーこんな時間。急がなきゃ!」
「ひまりが長話するから」
「蘭も聞いてたじゃーん!」
「と、とにかく会計済まして急ごうか。そっちもスタジオの予約とかあるだろ?」
急いで会計を済ませて、俺達はファミレスを後にする。
俺が着く頃にはモカとすれ違う時間だろうから、彼女と話す時間はあまりない。なぜか、そんな事が気になってしまった。
「どーする? モカ迎えに行く?」
「……。ん、山田も居るし行かなくて良いと思う。先に行ってよ。つぐみがもう着いたって言ってるし」
「早っ」
そう言いながら分かれ道。
「山田、モカが練習忘れてたら叩いといて。それじゃ、また」
そんな事を言って、蘭達はスタジオの方に歩いていく。
暴力は良くないですよ……。
ただ、任されたからにはモカがちゃんと練習に行けるようにしなきゃな。
そんな訳で、なんとか十分前にコンビニに辿り着いた。出入り口でお客さんとすれ違って、モカの「……しゃーしたー」が聞こえてくる。
「よ、お疲れモカ。お客さん丁度居ないし、今の内に上がれよ。今日練習だろ?」
直ぐに着替えて、俺はモカにそう告げた。まだ上がりの時間まで七分くらいあるが、お客さんも居ないし問題ない。
タイムカードは着替えてから押せば良いのである。良い子の皆は真似したらダメだぞ。
「いやいやー、ちゃんとお給料分は働かないとね〜」
しかし、モカはそんな事を言って俺の横のレジに立った。
モカが良い子だったので反省である。
「今は客居ないから、働く事もないがな」
「立ってるだけで、モカちゃんは働いているのだ〜」
「なんて楽なお仕事でしょう」
マネキンかよ。
「ふっふっふー、美少女が店員をやっているコンビニがあると近所で評判なんだよ〜?」
「それ、リサさんだわ」
「しょーくんが酷いよ〜」
無駄にリアルな泣き真似やめい。
「でも、今日バンドの練習だろ?」
「そうだけど……あたし、しょーくんに言ったっけー?」
首を横に傾けながら疑問を呟くモカに、俺は「今日ショッピングモールで蘭とひまりちゃんに会ってな」と事情を説明した。
「なるほど〜、しょーくんも両手に花で隅に置けないですなぁ〜」
「茶化すなっての。まぁ、モカのお陰でAfterglowの皆と話せるようになったのは嬉しい事だけどな」
今でも夢のようだとか思ってるし。
「モカ神様に感謝しても良いよ〜?」
「なんの神だよソイツは」
「パンを供える事で美少女の笑顔が見れます」
「ありがたいんだかありがたくないんだか」
モカがパン食べて笑顔になってるだけなんだが。
そんな事を話していると、時間なんてあっという間である。
しかし丁度モカが上がりの時間に、三人組の学生と思わしき男子達がコンビニに入ってきた。
モカはそれを見てレジの前に立つが、お客さんが商品を見ながら話している間に俺はモカに後ろから小声で話かける。
「あの感じは商品選ぶのに時間もかかるし、もう帰って良いぞ」
「……えーと、でも───」
「皆が待ってるんだろ? モカの大切な場所はここじゃなくて、Afterglowなんだから」
俺がそう言うと、モカは目を見開いて暫くしてからゆっくりと頷いた。
「それじゃ、アレだ。……ここは俺に任せて先に行け」
「あはは。それ、しょーくん死んじゃうよ〜」
「馬鹿野郎。最近は逆に生き残るフラグなんだよ。てかコンビニのバイトで死んでたまるか」
俺がそう言うと、モカは微笑んで休憩室に入っていく。
それで良いんだ。あの場所にいるモカは一番輝いていて、俺はそんな彼女が───
「───あたしの大切な場所、か~」
───見ていたいのだから。
次回『羽沢珈琲店にて』