今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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青葉モカという少女

「……っしゃーしたー」

「……その挨拶はどうなのよ」

 コンビニのバイトにも少しずつ慣れて来た。

 

 

 レジの打ち方を覚えたり、棚卸しのやり方とか、あと揚げ物類の作り方とか。肉まんの作り方とか。

 仕事を覚えてきたら後は接客に慣れるだけだ。この接客がかなり気を使うのだが、バイト先の先輩───青葉モカはこの態度である。

 

 ただ、不真面目に仕事をしているという訳ではなくて割と仕事は丁寧にこなしているのだ。

 細かい所に結構気付くし、商品の並べ方とか滅茶苦茶綺麗だったりする。そのギャップのせいで、俺はこの青葉モカという人物がよく分からない。

 

 

「どこまで言葉を崩せるかの、挑戦中なのだよ〜。しょーくんも、チャレンジしてみる?」

「しねーよ」

 怒られるわ。

 

「ふふーん、ならば、モカちゃんの不戦勝という事で」

「流石にそれは聞き捨てならないんだが」

 何? 勝負だったの?

 

 

「おー、しょーくん、やる気だね〜」

「見てろよ……」

 なんかコイツには負けたくないという感情が湧いて来るんだよね。なんでだろうね。

 

 

「あ、さっきコーヒー買って飲んでたお客さん、帰るみたいだよ〜。しょーくんチャーンス」

 彼女の話し方がゆっくりのんびりし過ぎて言い終わる頃にはお客さんほぼ外なんだが。

 

 まぁ、むしろその方が都合が良いか。

 

 

 見てろよ、最高に崩れた「ありがとうございました」を披露してやる。

 

 

「あ、し、ぁ、違、しゃ、さんしゃいん!」

 いや、ごめん。良い感じの言い回しが思いつかなかった。

 

「───ぷはっ」

 くそ……っ! 笑われた!!

 

 

「……ぶ、っ、ふふ、あはは、サンシャイン、サンシャインだって〜」

「うるせーよ……っ! ならお前がやってみろ」

「任せんしゃーい。モカちゃんパワーを見せてしんぜよう」

 そう言って数分後に俺のレジにお客さんが来て、タバコとコーヒーを買って行く。

 

「ありがとうございました」

 俺がそう言うとお客さんは商品の入った袋を持って店の扉を潜った。

 さて、モカ先輩はどんな崩し方を見せてくれるんですかねぇ?

 

 

「サンシャイ~ン」

「……っ、き、貴様」

 堪えろ山田君。まだお客さん居るから。扉の外でタバコ吸ってるから……っ!!

 

 

「……ぷふ、ふふ、サンシャイン」

「もうこのバイト辞めたい」

「えー、しょーくんが辞めてしまったら、モカちゃんはちょー寂しいよー?」

 まだ二週間くらいしか働いてないですけど。やっと皆に顔を覚えられたかな? くらいなんだけど。

 

 

 この二週間で一番驚いたのは、モカが俺と間違えた高木さんというご老人が女性だった事である。頭を抱えて蹲ったね。

 

 

 

「山田君この前もアタシと変わってくれたし、結構助かってるんだよねー。だから辞められちゃうとアタシも困るかなー」

 商品の補充を終えたリサさんがレジの方を見ながらそう言ってくれた。

 

 いや、そりゃ辞めませんよ。リサさんの為に働いてるような物ですからね!!

 リサさんとは連絡先も交換して、連絡も取り合っている仲である。良い進展だ。仕事の話しかしてないけど!!

 

 

「えー、リサさん、しょーくんと連絡先交換してたんですかー?」

 リサさんの話を聞いて、驚いた表情でしかしゆっくりと言葉を並べるのはモカ。

 そういえば彼女とは連絡先交換してなかったな。別に要らないけど。いや、仕事の話で使うかもしれないか。

 

 

「あれ? モカと山田君は連絡先交換してなかったの?」

「あー……はい。そうですね」

 する気がなかったからね。

 

「モカも連絡先教えてもらいなよ。山田君アタシに『いつでも替われるんで連絡下さい!』って言ってくれたしさ」

 それはリサさんの為ならって意味なんですよぉぉ!!

 

 

「おー、しょーくんは働き者ですな〜。なら、あたしも連絡先交換しておくことにしよーっと」

 まぁ、断る理由はないから連絡先は頂く事にする。

 

「これであたしも、しょーくんとバイト替えてもらえるようになった訳だ」

「言っておくがゲームするからとか遊びに行くからとかじゃ替わらないからな」

 正直青葉モカという女の子に対しての好感度は低い。

 

 色々適当だし、無茶苦茶だし、下らない事に夢中になる割には周りを見ていない、そんな女だ。

 同い年だが断然子供に見える。リサさんは一つ歳上だけど、それだけじゃ説明出来ないくらいしっかりしてるんだ。

 

 

 少しは見習えよって感じ。人の事言える人間じゃないけど、コイツよりはマシだと思う。

 

 

「流石のモカちゃんもそんな事で替わって〜、なんて言いませんよ〜」

「ならどんな時替わって貰う気だよ」

 この前、リサさんが替わって欲しいって頼んで来た時の理由は聞かなかったけどな。

 リサさんなら無条件ですよ、はい。

 

 

「そのー、ほら、バンドの練習とか、ライブの本番とか?」

「バンド……? ライブ?」

 えーと、あの、音楽の?

 

 

 ギターとかドラム並べてステージで歌う奴ですか。……コイツが?

 

 

「モカはねー、Afterglow(アフターグロウ)っていうガールズバンドでギター弾いてるんだよ」

 リサさんがそう言って補足してくれた。彼女が言うなら嘘じゃないんだろうけど。

 

 

 え? え? コイツが?

 

 

「マジか……」

「マジですとも〜」

 こんなふざけた奴が?

 

 

 どうせ適当にやってるんだろう。ゲーム感覚というか、遊びで。

 まだそんなに長い付き合いじゃないが、コイツは多分そういう奴だ。

 

 仕事を真面目にやっていないという訳じゃないが、態度からして真剣ではない。

 

 

 大体バンドなんてのは人生を遊んでるチャラい奴等がやる事だろ?

 まー、ピッタシなんじゃないですかね。

 

 

 

「この前は説明しなかったけど、アタシが山田君に代わってもらったのも急にバンドの練習が入っちゃったからなんだよねー。いや、本当にごめんね山田君」

 リサさんもバンドやってんのかい!!!

 

 え? バンド? 素敵な趣味だと思いますよ。

 

 

「えーと、二人とも同じ……?」

「あー、いやいや。アタシはRoselia(ロゼリア)っていう別のバンドでベースをやってるんだ」

 成る程。ベース、素敵ですね。

 

 

 

 しかしバイト先の先輩が二人、バンド活動をしているとは。

 これアレかなー、俺も音楽やり始めてリサさんとの距離が縮んで行く的な展開あるかな?

 

 今度ギターとか触ってみるか。友達が持ってたっけ?

 

 

「あ、そーだ! 今度RoseliaとAfterglowも参加するイベントがあるんだけど、山田君見に来てみない?」

 そして思い出したようにリサさんはそんな事を言う。

 二人のバンドか。確かに気になるな。

 

 

「その日バイトがなければ是非行きたいですね」

 バンド演奏なんてカラオケのプロモーション映像とかでしか見た事ないから、ちょっと楽しみだったり。

 

「……あー、その日アタシもモカも休みだから。……山田君バイトかも」

 しかし、困ったような表情でそう言うリサさん。

 

 

 そりゃそうじゃん。二人が休みだったら俺がバイトの確率が高い。行けないかも。

 

 

 

「うーん、高木さんに替わって貰ったらー?」

 別にコイツのバンドが見たい訳じゃないが。そうだな、高木さんに聞いておくか。

 

 

「休みに出来たら行きますよ、リサさん!」

「うんうん、是非観てってよ。Roseliaは最高だから」

「いやー、Afterglowも負けてないっすよ〜」

 それで、日付を聞いてみれば来週の土曜日らしい。後で高木さんに連絡しないと。

 

 

 

「それじゃ、アタシは上がるね。二人共お疲れ様ー」

「お疲れ様です」

「お疲れ様〜」

 少し時間が経って、リサさんは上がりの時間に。

 今が五時で八時半くらいに入れ替わりの人が来る訳だが、九時までは俺とモカの二人で働く時間だ。

 

 

 ……正直怠い。

 

 

 

「あ、そうだ肉まん作らなきゃ」

 この時間からは仕事帰りとか、遊び帰りの学生が多くて肉まんが売れるピークの時間である。

 出来上がるのに三十分程掛かるので、早く棚に乗るだけ肉まんを並べなくては。

 

 肉まんは四時間で廃棄だから、俺達が上がりの時間になって残っていたら処分しなければならない。

 だけどこの時間なら残るどころか足りなくなるのが肉まんだ。肉まん美味しいからね。

 

 

 

「えーと、八個八個」

「あー、しょーく〜ん、今日は肉まん二つくらいで良いと思いまーす」

 俺が肉まんの準備をしていると、モカが後ろからそう口を挟んでくる。

 いや、お前この時間だぞ。先週も肉まん八個作ったって足りなかったくらいなのに。

 

 一体どんな根拠があってそんな事を言うんだ。

 

 

「マニュアル無視はダメだろ。ほら、そこ邪魔」

 先輩だろうが関係ない。言われた事を言われた通りにやるのが仕事である。

 敷かれたレールの上を走ればそれで良いんだよ。少なくとも、俺は。

 

 

 

「え、あ、おうのーう……」

「何か文句でも?」

 肉まんをきっちり八個蒸し器に導入する俺を見ながら、彼女は慌てる振りみたいな素振りをしていた。

 

 何がしたいんだコイツ。

 

 

「あー、いやー、そのー、ですねー」

「とっとと言えよ」

「今日は、近くのパン屋さんがセールをやるらしいのでー、肉まんちゃんは売れないかもしれないのですよ〜」

 なんだそれ……。

 

 

「そんな事で売れ残ったとしても一個か二個だろ……。そのくらい問題ないと思うし、足りない方が問題だろ」

 世の中そんな物だと思うぞ。

 

 

「そうだと、良いんだけどね〜」

 そんな彼女の心配は杞憂に終わる───

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘だろ」

 ───そう思っていた。

 

 

 現在午後の八時五十分。深夜帯の人達が奥で準備をしているのだが、件の肉まんは俺の目の前に八個丁度並んでいる。

 

 そう、一個も売れなかったのである。五時から九時までの四時間。店に客が来る事はあれど、誰一人肉まんは買って行かなかった。

 

 

 

 なぜ……。どうして……。

 

 

 

 彼女の言う通り、近くのパン屋がセールをしたから?

 

 

 そんな事でこんな事になるものなのか……。

 

 

 

 

「うーん……」

 モカは俺に何も言う訳でなく、ただ蒸し器と睨めっこをする。

 言いたい事があれば言えば良いじゃないか。

 

 確かに店としては損失だが、俺はマニュアル通りにやったんだし。

 それに、たかが肉まん八個だ。

 

 

 

「……勿体ない」

 う……。

 

 

「おー青葉、山田君、もう上がって良いぞ」

 休憩室から制服姿で出て来た店長が声を掛けてくる。

 

 あ、やば、廃棄しないと。

 

 

「あー……すいません。肉まん八個廃棄しないと」

「ん、おい青葉。何個作ってんだ。客はお前じゃないんだぞー」

「あ、いや、これは俺が───」

 何故かモカが怒られだしたので、俺は間違いを正そうと口を開いた。

 

 確かにコイツは無茶苦茶な奴だが、今回悪いのは完全に俺である。

 

 

「いやー、すみません。突然肉まんが沢山食べたくなっちゃいまして〜。……全部買ってくんで、お許しを〜」

「───ぇ、ちょ、お前」

 俺を庇ってくれてるのか……? なんで……?

 

 

「しょーくん、しー……だよ?」

 はぁ……?

 

 

 

「……ったくしょうがない奴だな。一個廃棄にしとくから七個分の値段で買ってけ、青葉」

「はーい」

 ゆったりとした口調でそう返事をして、七個分の肉まんの値段を払うモカ。

 一つの値段は大した事ないが、七個も買うと四桁を超える値段だ。彼女はなんの躊躇もなくその金を払う。

 

 

 

 そして別に俺を怒る訳でもなく、ただ買った肉まんを美味しそうに眺めていた。

 

 

 

「あー、山田君。暇だったら青葉を家まで送ってやってやれよー。ほい、帰れ帰れ」

 店長にそう言われてから、モカと順番で更衣室を使って着替える。

 

 廃業ギリギリの肉まんが出す湯気は、普段見ている肉まんよりも小さく見えた。

 

 

 

「それじゃー、帰りましょ〜」

 着替え終わったモカはその内の一つを一瞬で食べてからそう言う。

 

 ……何も言わない気なのか?

 

 

 

「……ぐぅ。……お、送って行こうか?」

「……およよー? しょーくんは優しいのですな〜。はい、それでは行きましょ〜くん」

 いや、行きましょーくんってなんだよ。

 

 

 なんなんだコイツは。

 

 

 何を考えてやがる。

 

 

 

 ……分からん。

 

 

 

「お疲れ様でしたー」

「……れーしたー」

 店長に挨拶をしてコンビニを出ると、モカは肉まんを食べながら左の道に曲がった。

 我が家とは逆方向か。……まぁ、別に良いけど。

 

 

 その後は無言で───というかモカは三つ目の肉まんを食べながら歩いていく。

 

 なんと言って話を切り出せば良いのか。

 謝る? お礼を言う? そもそも彼女の目的が分からない。

 

 

 

 えーい、なるようになれ。

 

 

 

「あの……さ」

「どーしたの? しょーくん」

 いや、どうしたの? じゃなくて。

 

「……なんで、その……庇ってくれたんだ? その肉まん八個作るのを強行したのは俺なのに」

 これが一番意味が分からない。

 八個全部買おうとしたのも意味が分からないけど、俺を庇う理由はない筈。

 

 

「……つい?」

 だが、返って来たのはそんな曖昧な言葉だった。

 

 首を横に傾けて、とぼけるような仕草でゆったりとまた四個目の肉まんに手を付ける。

 もう肉まんは湯気を上げておらず、見ただけで冷めているのが分かった。

 

 

 それでも彼女はその肉まんを美味しそうに口にする。……気を使ってるのか?

 

 

「いや……つい、じゃなくて」

「しょーくんが責任を感じる事でもないしー、あたしは肉まんが食べたかったから、丁度いいかな〜、と?」

 いや、なんだそれ……。

 

 

「だからって八個全部買う事ないだろ……。えーと、言うこと聞かなくて悪かったよ、その……モカの方が先輩なのに生意気言ってごめん」

「えー、謝る所? しょーくんは真面目だね〜」

 いや普通だろ!!

 

 

 

 ダメだ、話が通じないこの人!!

 

 

 

「あー……。……えーと、八個も処分するの大変だろ? 俺も半分金払うよ。えーと、いくらだっけ?」

「え、あたしから肉まんちゃんを奪う気?」

 なんでそんな驚いた顔してるの?! 違うよ?!

 

 

「これはモカちゃんが買った肉まんちゃんなので、しょーくんにもあげる事は出来ないのでーす」

「全部食う気かよ!!」

 どんな腹してるんだ!!

 

 

「……あー、でも一つタダで貰ったんだっけ~?」

 突然そう言うと、モカは袋から肉まんを一つ取り出して俺と肉まんを見比べる。え、何?

 

 

「……しょうがないから、一つだけ、特別に、しょーくんにプレゼントしちゃいます」

 いや、そんなドヤ顔で冷めた肉まん貰えても嬉しくないよ?!

 

「……あ、ありがとう」

 しかし、お礼を言わなければいけない気がして、俺は小さくそう呟いた。

 肉まんに対してではなく、バイト先で庇ってくれた事に対してだが。

 

 

「どういたしましてー? それじゃ、美味しく肉まんちゃんを二人で頂いてしまいましょうねー」

 そう言いながら、モカは五つ目の肉まんを食べ始める。

 それを見ながら俺も肉まんを口にするが、やはり廃棄後の冷めた肉まんはそんなに美味しくなかった。

 

 

 それでも美味しそうに食べるな、コイツは。

 

 

 

 適当な奴だと思ってたけど、案外良い奴なのかもしれない。

 

 

 

「……あー、もう肉まんちゃんがなくなってしまった」

 もう七個食べたんですか。

 

「しょーくん、さっきの肉まん返してー、って言ったら、怒るー?」

「困るわ!!」

 いや、ただの変な奴だわ。うん、変な奴。

 

 

 

「あ、ここあたしの家〜。送ってくれてどうも〜。しょーくんも夜道にはお気を付けて〜」

「なんで襲われそうになってんの俺。……まー、良いわもう。うん。疲れた。……お疲れさん」

「あ、しょーくん」

 なんだ、もうツッコミ疲れたぞ?!

 

 

「来週のライブ、来てね〜?」

「……あー、はいはい。行けたらいきますよ」

 なんというか、ただの滅茶苦茶な奴だと思ってたけど───少し興味が湧いて来たかもしれない。

 

 

 

 この青葉モカという変な女の子に。




次回『Afterglow』
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