今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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大切な財布を探して

 楽しい時間というのは本当に一瞬である。

 

 

 お化け屋敷が楽しかったのかはさておき。いや、むしろあの事は忘れたいんだけども。

 アクシデントもあったが俺達は昼からも遊園地を満喫していた。

 

 ウォータースライダーやジャイアントフリスビー等、もう悲鳴しか上がらないアトラクションに乗り続けて喉も耳も痛い。

 けれど、楽しいからそれで良いのである。ひまりちゃんの絶叫はちょっと癖になるよね。

 

 

 それで、そろそろジェットコースターに乗ろうという事に。

 

 

「け、結構並んでるね」

「こう……待たされるとまた怖くなるよな」

 流石のジェットコースターは人が沢山並んでいて、俺達は少しずつ進む列の後ろで話していた。

 もう少ししたら夕暮れだろうか。そうなったら、観覧車とか乗りたいなって。

 

 

「いやー、待ち遠しいな〜。……ひーちゃんの悲鳴が」

 余裕そうに鞄からお菓子を取り出して食べながらそう言うモカに、ひまりちゃんは「モカの意地悪ぅ!」と涙を浮かべる。

 ひまりちゃん弄りは恒例と化してきたが、そのお菓子は何処から出て来たんだ。まさかお化け屋敷にあった奴を大量に持ってきたとかじゃないだろうな。

 

 

「それ、お化け屋敷にあったお菓子?」

「違うよー? これはモカちゃん持参。三百円までのおやつでーす」

 つぐみちゃんの質問にそう返すモカ。遠足か。

 

「お前のカバンの中はどうなってるんだ……」

「あー、あんまり見ない方が良いぞ。ていうか、見せない方がいい」

 ふとした俺の疑問に、巴は忠告するようにそう言う。

 気になる言い方をされるとむしろ見たくなるよね。見せない方が良いとは一体。

 

 

「モカちゃんの鞄はねー。夢と希望とおかしが詰まってるよー」

 物理的にお菓子しか詰まってないんだけど。

 

「あと去年のプリント?」

「掃除しろ」

 女子とは思えない鞄の中身に戦慄するわ。中を見た訳じゃないが、男友達の鞄の中とかを思い出した。大体そんな感じなのだろう。

 

 

 そうこう話をしている間に、俺達の出番がやってきた。

 

 前から順に巴とつぐみちゃん、俺とひまりちゃん、蘭とモカ。

 これは隣から絶叫が聞こえてくる奴だね。

 

 

 ゆっくりと出発したコースターは、少しずつ車体を斜めにして傾斜を登っていく。

 スカイフォールもそうだったが、この手のアトラクションは始まるまでの間の方が怖かったりするんだ。

 

 もう真下を見ればそれだけで「嫌ぁぁぁあああああ!!!」この有様である。

 

 

「落ち着いてひまりちゃん?! まだ登ってる途中だからね?!」

「助けて翔太君!!」

 いや俺にどうしろと!!

 

 

 そうこう話している間に頂上に到着。後はもう四方八方、俺の口からも悲鳴が上がるだけだった。

 

 形容し難い浮遊感と重力が交差して、目紛しく変わっていく景色は嫌でも目に焼き付いていく。

 それは本当に一瞬の出来事で、しかし長かったような短かったような不思議な感覚だ。

 

 

 恐怖こそ人災の最高のスパイスというが、無事にコースターが止まった時の安堵感というのは癖になるかもしれない。

 

 

 

 前略。めちゃくちゃ怖かったです。

 

 

 

「さて、次はどうする?」

 前方を元気に歩く巴は、振り返って皆にそう問いかけた。

 

 若干血の気の引いている蘭とひまりちゃんは無言でベンチに座って、二人の背中をつぐみちゃんが摩っている。

 そんな二人を心配しながらも笑っているモカ。どちらにせよ皆お疲れモードだ。

 

 

 そろそろ締めだろう。

 

 

「少し休憩して、観覧車に行かない? ほら、そろそろ夕焼けも見えると思うんだ!」

 つぐみちゃんのそんな提案に異論を唱えるものはいなくて、近くの休憩所で俺達は日が落ち始めるのを待つ事にした。

 

「らーんー、ひーちゃーん、大丈夫? 飲み物飲むー?」

 少しダウン気味の二人にそう言ってから、モカは返事も聞かずに近くの自動販売機まで歩いて行く。

 人が怖がる所を見て楽しんでるかと思いきや、なんやかんや大切な友達が心配らしい。彼女はそういう奴だ。

 

 

「……。……あれ?」

 ただ、自動販売機の正面に立って鞄を開いたモカは固まって首を横に傾ける。

 そして某青狸よろしく鞄の中に手を突っ込んで中身を弄るのだが、少ししてやはり彼女は首を横に傾けた。

 

「どうかしたの? モカちゃん」

 不思議に思ったつぐみちゃんがモカに話しかけると、彼女は眼を何度も閉じたり開いたりしながら振り向く。

 あのモカが動揺しているように見えて、何だか嫌な予感がして俺もつぐみちゃんの後に続いた。

 

 

「……財布がない」

「えぇ?!」

 やけに淡々と落とした言葉に、つぐみちゃんは驚いて声を上げる。

 聞こえていたのか後ろにいた三人も心配そうな顔で直ぐに近寄ってきた。

 

「お、落としたの?!」

「鞄の中はちゃんと見たのか?」

「モカの鞄汚いから、それありえるけど」

 巴がモカの鞄を開いて、蘭がその中に視線を落とす。

 

 俺も中を見て見たが、面白いくらい散らばっていて本当に秘密道具でも出てくるんじゃないかと疑う程だった。

 しかし、物がなくなるにも限度がある。こんな小さな鞄に入っている筈の物が見付からない訳がないんだ。

 

 ひっくり返して中身を全部確認しても、やはり財布は出てこない。

 

 

 つまりこれは───

 

 

「落としたか、取られたか……」

 ───完全に失くしたって事になる。

 

 

「ど、ど、ど、どうしよう?! 警察?! 消防車?!」

「落ち着けひまり。ここは遊園地だから、落し物は管理センターか何処かに届けられる筈」

 慌てるひまりちゃんを制して巴がそう言うと、蘭は「それじゃ、直ぐに行こう」と遊園地の地図を見て管理センターの場所を確かめた。

 

「ここ、じゃないかな?」

 つぐみちゃんが指差した地図の場所は、ここからそう離れてはいない。

 頼りになる幼馴染達が先導を切って管理センターに向かっていく。

 

 しかし、当のモカは頭が付いていけないのかその場で固まっていた。

 

 

「どうした? 早く行くぞ」

「財布……」

 いつもボーっとしているが、その時のモカは本当に心ここにあらずといった感じで。

 財布とかを失くした時、本当にどうしたら良いか分からなくなる気持ちが分からない訳ではない。

 

 それに遊園地を楽しんでいた状態でそれが発覚したのだから、思う所はあるのだろう。

 

 

 何か話そうとしたが気の利かない俺の口から出て来たのは「いくら入っていたんだ?」だった。

 もう少し気の利いた言葉は浮かんで来なかったのかね。

 

 

「四百三十二円」

「買い食いのしすぎだよ」

 全然入ってないじゃないか。しかし、彼女の場合大量のポイントカードとか入ってるからな、失くした時の実際の被害額はそれ以上だろう。

 

「と、とりあえず付いて行こうぜ? な? 見付かればそれで全部解決だって」

 たらればなんて、人を元気付けるには最低レベルの事を言いながら俺は彼女の手を取って歩き出した。

 見付かってくれればそれで良いのだが、そうならなかった時の事をまるで考えていない発言である。

 

 ただ、本当に気の利いた言葉が出てこない。

 真っ先に動いた幼馴染達はモカを俺に任せてくれたんだろうけれど、情けないが俺に彼女を元気付ける力はなかった。

 

 

 トボトボと歩く彼女は前を見ていなくて表情が見れない。

 

 どんな気持ちなのか。

 俺も財布を失くした事がある。その時は中に五千円くらい入ってたし、お守りみたいな物も入れていたっけ。

 お金よりもそっちの方がショックで、必死に探したけど結局見付からなかった。あの時は本当に滅入っていたかな。

 

 

 だから、モカの気持ちが分からない訳じゃない。ポイントカードを集めるのが趣味とか、正直意味分からないけど。

 彼女にとってそれはとても大切な物の筈。何か大切な物が手元からなくなってしまったとなれば、俺ならもう泣く。

 

 

「……ごめんね」

 小さな、震えた声がした。

 消え入りそうな声はとてもじゃないがモカの声に聞こえない。

 お前はうるさい方じゃないけど、そんなに静かな奴じゃないだろう。笑ってくれよ。そんな顔すんなよ。

 

「なんで謝ってんだよ。ほら、着いたぞ」

 管理センターの中では蘭達がスタッフの人達に事情を説明していた。

 しかし、彼女達の表情は芳しくない。……ダメか?

 

 

「どうだった……?」

「ダメ。届いてないみたい」

 苦虫を噛んだような表情で蘭はそう言う。世の中そんなに上手く行かないものだが、こういう時くらい上手く回ってくれたって良いじゃないか。

 

 いや、愚痴は後だな。この後どうするかだ。

 

 

「最後に使ったのっていつだっけ?」

「えーと……その」

 ひまりちゃんの質問に対して、しかし歯切れ悪くモカは視線を左右に動かす。

 動揺しているのか、いつものマイペースっぷりはどこかへだった。

 

 

「ちょっとモカ、ハッキリしなよ」

「あー、うん。……ごめん」

「いや、だから───」

「はーいストップ。蘭ストップ。落ち着こうぜ、な?」

 モカらしくない彼女に喝を入れる蘭を巴が止める。あまりこの空気は吸いたくない。

 

「ご、ごめん」

「た、確かお昼ご飯の時に使ってたよね!」

「あれ? でもジェットコースターに乗る前に何か食べてなかった?」

 つぐみちゃんが思い出してから、ひまりちゃんがそんな疑問を投げかける。

 

 そんな彼女に蘭は「アレはモカの持参だったでしょ」と言った。

 

 

 と、なると失くなったのは昼飯の後か。

 

 

「手分けして、行った場所とその周りと、そこのスタッフさんにも話を聞いてこようか。アタシとモカはジェットコースターに行ってくるよ。三十分後くらいにここに集合か、何かあったら連絡してくれ」

 そう言って巴は、モカの手を取ってそそくさと歩き出す。

 

 なんて行動力か。流石は姉御肌って所だろう。

 

 

「それじゃ、あたしはつぐとウォータースライダーとかジャイアントフリスビーの所に行ってくるね」

「山田君と蘭ちゃんはお昼ご飯を食べた場所と、お化け屋敷を探してくれる?」

「分かった」

 短く返事をして、蘭は俺の前を早歩きで歩き出した。

 

 

 少しイラついているようにも見える。

 

 

「……蘭?」

「……あんなの、モカじゃない」

 というか、拗ねてるのかな。

 

「その気持ちは分かる」

 モカにあんな顔されたら調子狂うよな。

 

「モカには笑ってて欲しいから……」

 不器用過ぎるだろ。

 

 

「それじゃ、なんとか財布を見つけていつものモカに戻ってもらわないとな。……しかし、あのモカがあんなに落ち込むなんてな。ポイントカード集めってそんなに大切だったのかねぇ」

「……山田ってさ」

 俺の前を歩いていた蘭は、突然立ち止まったかと思ったら振り向いて口を開いた。なぜか凄い眉間に皺を寄せて。

 

 

「バカなの?」

「えぇ?!」

 なんで?! なんで今ここでバカ呼ばわりされた?! 

 

「はぁ……。最悪。……行こ」

「お、お、おう」

 わ、訳が分からん。

 

 

 だけど、とにかくやる事は一つだ。財布を見つけろ。モカにいつもの笑顔を取り戻すために。




次回『観覧車から見たそれは───』

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