世の中ってのはそんなに上手くいかない。
いい事ずくめだと思っていたら、突然ドン底なんてのは良くある話だ。
楽しい事だけじゃないって、そんなのは誰でも知っている。
ただ、実際に自分がそうなった時ってさ───
「こちらには届いてませんね……。もし他の場所でスタッフが見付けていれば、管理センターに運んでいると思うのですが」
「……そうですか」
───本当にどうしようもなくて、やってられないんだ。
「……どうだった?」
「ダメだな。お化け屋敷のスタッフさんは拾ってないとさ」
昼飯を食べた場所を見てもらっていた蘭に収穫なしを伝えると、彼女は落胆して肩を落とす。
目に見えて落ち込んでいるのはモカもなのだが、蘭は蘭で表情にハッキリ出ている分印象的だった。
自分の事じゃないのにな。やっぱり、皆の事が大切なのだろう。
「さてどうするか……」
しかし、どれだけ真剣に考えても物が見つからないんじゃ意味がない。
携帯を取り出して連絡を確認してみるが、他の二組も見付けられなかったようだ。
「とりあえず集合、かな。モカ……どうしてるだろ」
「巴が一緒なら大丈夫なんじゃないか?」
皆の事をそれほど知っている訳じゃないが、あの時の巴はモカを自分から連れて行ったように見えたし。
彼女なりに何か考えがあったんだと思う。
「そうだね。……ぁ、空が」
とぼとぼと歩き出す蘭は、日が沈んできた空を見上げて溜息を吐いた。
もうそろそろ夕焼けが見える筈。
それは彼女達にとって特別な事で、きっと今日で一番楽しみにしていた時間なんじゃないだろうか。
それを守る事も出来なくて、結局俺はその場に居て楽しいを貰うだけだったんだと思う。
こんな情けない事があるか。
「……行こうぜ」
「……うん」
何かできないのかよ、畜生め。
◆ ◆ ◆
作ったような笑みだった。
「せっかくだしー、皆で観覧車に乗ろーう」
観覧車前に集合した俺達の前で、モカはいつも通り
納得いかなそうな蘭の手を後ろから取って、観覧車の方に走っていくのはひまりちゃんだった。
「よーし、夕焼けを見るぞー!」
「ちょ、ひまり! 引っ張らない───ひまり?!」
「良いから良いから!」
あっという間の早業で蘭を連れ去ったひまりの後を、巴とつぐみちゃんが追いかけて行く。
この流れだと俺がモカとなんだけど。
「山田君、モカちゃんの事宜しくね!」
「翔太、後は任せた!」
「おい貴様ら」
なんで俺なの?! なんでこの状態で俺に振るの?! 俺にどうしろっていうの?!
あー、畜生め!!
こういう時くらい格好付けてみろってか。どうしろってんだよ。観覧車の上から財布みつけてみろってかい。無理よ。
「どーしたの? しょーくん」
ただ、モカは普段の調子で首を横に傾けた。
それでもやっぱり、違和感は拭えない。蘭の言葉を借りるなら、こんなのモカじゃない。
少しくらい気恥ずかしくても良い、気の利いた言葉くらい言えるだろ。
「……乗るか、観覧車」
「うん」
そろそろ夕焼けも見えるしな。
観覧車は止まらずに、人が出入り出来るほどゆっくり回っている。
だから俺とモカは巴達から少し遅れてしまった為に数台離れて乗る事になった。
スタッフさんは妙な笑顔で俺達を迎え入れてくれて、丸いゴンドラの中で俺達は向かい合って座る。
少しずつ上がって行く高度に若干冷や汗を流しながら、これから見えてくるだろう景色はやっぱり楽しみだったり。
「トモちんにさー、怒られちゃったんだよねー」
困ったような表情で、彼女はそう言った。
「お、怒られた……?」
「そー。自分の気持ちはちゃんと伝えなきゃダメだぞー、って。それ、トモちんが言うー? って話だけどー」
なんだそれ。
「モカの気持ち……?」
「……うん。そう」
短く返事をすると、モカは立ち上がってゆっくりと近付いてくる。
え、ちょっと待って顔が近い。何?! 何々?!
「……ごめんね」
「……はえ?」
突然の謝罪の言葉に、俺は真顔で変な声を出して固まった。
いや、ビックリしたよ。うん。凄いビックリ。ドキドキしたもんね。畜生。
「……なんで謝る訳よ」
ただ、俺は謝罪の意味が分からなくて目を細めて彼女に聞き返す。
モカは俯いてから、少しだけ間を置いて口を開いた。
「……財布、失くしちゃって」
「お前それ謝るの俺にだけじゃなくない……? それに、確かに皆で楽しく遊んでた時に時間使っちゃったのは謝るべき事かもしれないけど。……えーと、Afterglowの皆がそんなの気にしてる訳ないだろ。皆必死になってお前の為───」
「違うんだよ」
モカにしては少し大きな声で、俺の声は遮られる。
少しだけビックリした。
少しだけ泣いてるように見えた。
「しょーくんに貰ったお財布だったから」
ゲーセンの景品───いや、関係ないのか。
人からの貰い物って、少し特別な思い入れとか出来るもんな。俺からの貰い物でそうなるのは、驚いたけど。
「せっかくしょーくんに貰った財布を失くしちゃって……。もう、使えないんだと思っちゃったんだよねー……」
ゆっくりそう言う彼女の横顔を、赤い光が照らしだす。
空は真っ赤に燃えるように紅くて、どうもやっぱり俺には眩しかった。
「そういう事か。……それで謝った訳か」
「うん」
困ったような顔で返事をした彼女は、椅子に座って再び俯いてしまう。
それはやっぱり俺の知ってる彼女の表情じゃないというか、それこそ俺の身勝手な考えだけど、彼女には笑っていて欲しいんだよ。
だから彼女の笑顔を取り戻す為なら、少しくらい恥ずかしくても格好付けようじゃないか。
「……ありがとな」
「……しょーくん?」
「その、なんだ。そんなに気に入ってくれてたなんて思ってなくてさ」
「あー……いやー、そのー……」
何か言いたそうだが、知らん。今は俺のターンだ。
「俺は、皆に───モカに楽しい時間を沢山貰ってる。もしかしたら、今人生で一番楽しいかもしれないって思ってるくらいだ。いやまだ高校生だけど」
何もなかった俺が、まだ見付かってないけど何かを全力でやってみたいって。やっとそう思えたのは彼女達の───彼女のおかげである。
彼女に救われたと言っても過言じゃない。
「だからさ、またプレゼントするよ。また一緒にモカっとくる財布を探そうぜ? ポイントカードは流石に代わりを渡せなくて申し訳ないけど……。モカが俺からのプレゼントを失くして落ち込んでるなら、その代わりくらいならまた渡すから」
それくらいしても良いくらい、俺は彼女に救われてるんだ。
「しょーくん……」
「アレだ、金なら沢山ある。社畜だから」
親指を立ててそう言うと、モカは目を見開いて一度短く笑う。何がおかしい。
「しょーくん」
「ん?」
「格好付けるの下手だねー」
「えぇええ?!」
嘘ぉ?! マジで?! 俺凄い今格好良かったと思うのに!! いや、冷静に考えたら全然格好良くないか!!
「挫けそう……」
その場に崩れ落ちると、しかし頭の上から笑い声がした。
「あっははー、しょーくんは面白いなぁ〜」
ただ、それはいつものモカの笑い声で。
「……ほっとけよ、ははっ」
「いやいやー、ここで弄らないといつ弄るのかと、モカちゃんは思う訳だよ〜」
なんとか、いつものモカを取り戻せたのかなって。
「しょーくん」
「……ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
夕焼けは次第に薄くなって、空は黒と赤と青で分けられて行く。昼と夜の間。赤が少しずつ減って、星が見え始めた。
一番星を彼女は見付けて、また少しだけ笑う。
これで良いのか。
これで良かったのか。
お前は本当に全力でモカの為に考えたのか?
きっと、アレと同じ財布は手に入らない。それに、彼女が大切にしていた物もこのままでは失くなってしまうんだ。
「なぁ、モカ……」
「どうしたのー?」
「俺って、格好悪いよな」
「えーとー……本当にどうしたのー?」
ポカーンとした表情でモカは聞き返してくるが、彼女は少し考える仕草をしてから「そんな事ないよ」と短く呟く。
「いや、格好悪いんだよ。結局何も出来なかったしさ。お化け屋敷だってつぐみちゃんの前で格好付けるって決めた瞬間───」
「しょーくん?」
あの時の事を思い出して、俺の中で何かが弾けた。
つぐみちゃんに元気付けられた後、俺達が進んだ先の扉と壁の間にモカは座り込んでいて。
そこで彼女が俺の手を掴んで驚かせてから、
もしあの時───
「あの時に財布が落ちていたなら……」
モカが居たのは扉と壁の間で、一般客はおろかスタッフさんですら見落としそうな場所だ。
そんな場所に財布が落ちていたら、誰にも見付からずにまだその場所に落ちている可能性は充分にある。
ただ、やっぱりこれは可能性の話で。本当にそこで落としたのかまでは分からない。
それでも、今ある唯一の手掛かりだ。
観覧車は頂点を過ぎて今降りて行く所で、少しずつ地上が近くなって行く。夕焼けは完全に終わって、空は暗くなっていた。
もしこれをモカに話して結局見付からなかったら、彼女は落胆するだろう。
「モカ、俺やっぱりもう一度財布を探してくる」
それでも、俺はモカにそう言った。
「……しょーくん?」
「お前の大切な物、絶対に見付けるから。俺が全力で探してくるから、お前は皆と先に出口に行っててくれ」
時間的にはもう帰る時間だろう。
残された時間もあまりなくて、もしその場所になかったらそれ以上探す時間すらなかった。
だからこれで見付けてこなかったら、山田翔太は最高に格好悪い。
それでも───
「こんな時くらい格好付けさせろ。……そもそも俺は元々格好悪いからな。これ以上格好悪くなる事もないだろ」
自分で言っておいて自分で苦笑いしながら、俺は彼女の頭に手を置いてそう言う。
驚いたような表情をモカがしている間に、ゴンドラは地面に辿り着いてスタッフの人が扉を開けてくれた。
お化け屋敷は───あっちか。
「お帰り、モカちゃん! 夕焼け綺麗───」
「ごめんつぐみちゃん、ちょっと鞄持ってて」
先に下に着いていて俺達を待っていた皆が迎えてくれる。
俺は一番前にいたつぐみちゃんに自分の鞄を渡すと、全速力で地面を蹴った。
「え、えぇ?! 山田君?!」
「モカ、翔太の奴どうしたんだ……?」
「しょーくん……。……トモちん達は、先に行ってて」
「え、モカまで?! ちょ、モカー!」
夜の遊園地を全速力で駆ける。
全力で。
大切なものを探して。
「……モカは山田に任せればいいんじゃない? あたし達はお土産でも買いに行こ」
「蘭ちゃんがそう言うなら……」
「私はちょっと心配だけど……」
「翔太も何か考えて走っていったんじゃないかな? なら、アタシはあいつを信じるよ」
夜の遊園地はライトアップされて、夕焼けとはまた別で綺麗な景色を醸し出していた。
絶対に見つけてみせる。
次回『探せなくても』