今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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個人的主観だがギター弾いてる奴は八割変人

 ギターを少し触ってて思う事がある。

 

 

 今やボタン一つで音が鳴る時代だ。しかし、きっとこの楽器が生まれた時はまだそんな物はなかった筈。

 何かを叩いたりして音を出していたのだろうけど、この弦楽器と呼ばれる───糸をはって、それをひいて鳴らす楽器なんて物を考えた人は相当な変態に違いない。

 

 まぁ、特に言いたい事はないんだけど。以上ですよ。

 

 

 ただ、今回はギターって凄いよって事をただ言ってみただけだ。

 

 

 

「そんな訳でバイトなのだが」

「そんな訳ってどんな訳〜?」

 楽しい遊園地のイベントも終わり、俺は社畜な日常へと戻る。

 

 月火出勤水休みからの木金を働き、今週の土日は休みなしだよやったね! 目一杯二日で十六時間も働けるぜ!! こんなに嬉しい事はないよ!! 僕一応学生なんですけど!!

 

 

 今日はその土曜日。昼のピークをなんとか終えて、棚の整理をしながらふと呟いた。

 

 

 

「先週の遊園地を思い出してた訳よ。そしたら働くのが怠くなってきた」

「しょーくん、いつも気怠げじゃな〜い?」

「うるせーよ」

 どこぞのいつもマイペースの人に言われなくない。俺はやる時はやる。

 

「いや仕事大好きだし? なんなら働くために生きてるっていうか? お仕事楽しいです!!」

「立派な社畜に育って、モカちゃんは鼻が高いよ〜」

 将来が不安になってきた。

 

 

「モカちゃーん、おっはよー!」

 そんなやり取りをしていると、どうやらモカの知り合いらしいお客さんが店に入ってくる。振り向くと何処かで見た事があるような気がする顔が視界に映った。

 

 いや、なんだろう。本当に分からないけど何処かで見た事が。

 

 

「日菜先輩じゃないですかー、奇遇ですね〜」

 いや奇遇もなにもあなたバイト中だからね。偶然外であった訳じゃないからね。

 

「本当! 奇遇だねー! こんな所で偶然会うなんて! あっはは、不思議だー」

 いや、あなた思いっきり「モカちゃーん、おっはよー!」って会いに来てたよね。入店前から声出してたのお兄さん見てたからね。奇遇って言葉の意味を知らないのかな?

 

 

「えーと、お知り合い?」

「学校の先輩なんだけどー、しょーくんってパスパレ知らないのー?」

 ぱすぱれ? なんか聞いた事は有るような、無いような。

 

「日菜先輩はPastel*Palettes(パステルパレット)ってアイドルバンドのメンバーなんだよー?」

「アイドルバンド……あー、なんか、聞いた事がある気がする。学校で流行ってた」

「あー、これは興味がない奴ですなー」

 モカの言う通り、残念ながら俺にその手の趣味はないのだ。

 

 

 いや、しかし、なんだ、つまりは───

 

 

「───芸能人?!」

「そだよー」

 軽く返事をする彼女は短い薄水色の髪と三つ編みを揺らして、片手を上げる。

 

「握手して下さい!!」

「いいよー!」

「良いのぉ?!」

 知人の知人が有名人なんて事が実在するなんて。俺は知らないんだけど、Pastel*Palettesといえばテレビにも出て来るって話だし。

 

 思わず握手を求めると、普通に受け入れられてしまった。普通に手を握ってくれたよ。良いの? そんなんで良いの?!

 

 

「あ、ありがとうございます……」

「ねーねー、なんで握手して欲しかったの?」

 お礼を言うと、彼女はそんな質問をしてきた。え、ドユコト。

 

「君……えーと、山中君は私の事知らないんだよね?」

「山田だよ?! なんで田の字が変形した?! 潰れちゃってんじゃん!!」

「ごめんね! あんまり良く見てなかった!」

 酷い!!

 

「ねーねー、なんでなんで?」

「え、えーと、それは……」

 そう言われると、特に深い意味もなく。そんな奴に握手を求められたとなると、現役アイドルの彼女に失礼なのかもしれない。

 

 

「すみませんでした。……つい、なんというか、芸能人に会えたのが嬉しかったというか」

「へー、嬉しかったから握手したかったんだね」

 この言い方は凄い怒ってる奴なのでは?!

 

「ところで、なんで謝ったの?」

「はぇ……? いや、失礼だったかと思って?」

 怒ってる訳じゃないのか?

 

 

「失礼……? んー、良く分からないけど、あたしは何も気にしてないよ?」

「お、驚かせやがって……」

 なんだこの不思議な女の子は。モカと話してるみたいだ。

 

 

「それで、お客様。何かご用ですか?」

 俺は一度咳払いしてから、彼女にそう伝える。

 

 芸能人だろうがなんだろうが客は客だ。そして俺は仕事中である。

 

 

「忘れた!」

「こいつぁひでーや。ミンチよりひでぇ……」

 開幕モカに挨拶してたから、彼女に用があるのだとは思うのだが。

 このやり取りの中で忘れるくらいだから、大した用ではないのだと思いたい。

 

 

「んー、でも今思い付いたよ!」

「思い出して?! 今思い付いても別の方向に進むだけで行きたかった方向には進めないよ?!」

 それただの回り道だから。何か用があったのは確かなんだろうから、ちゃんと思い出してください。

 

 

 

「君と話しにきた!」

「帰れ!!!」

 しまった、ついモカにやる勢いでツッコミを入れてしまった。

 

「山寺君面白ーい! あっはは」

「山田だよ!!」

「まーまー、しょーくん。せっかく来てくれたんだしお茶の一つでも出したらどうだねー?」

「あー、そうですね。せっかくのお客さんですし───って違うだろ!! 客は客でもお店の客だから。ここ家じゃないから!!」

「あたし緑茶!」

「買え!!! そこにあるから買え!!! 強請るな!! なんだその子猫みたいな目は!! ダメだよ?! ダメだからね?!」

「それじゃー、コレ」

「百三十二円になりまーす」

「本当に買うのかよぉぉおおお!!」

 ダメだ。モカが二人になったみたいになってる。こんなの無理。捌けないから。俺にそこまでの能力ないから。

 

 

「それじゃ、帰るね!」

「何しに来たの?!」

 散々好き勝手して、結局緑茶買って帰ろうとしてるんだけど。

 モカに用事があった訳じゃないのか。まるで何考えるのか分からない。

 

 

「ねーねー、山岡君」

「田を複雑骨折させないで欲しい。……何ですかね?」

「また来るね!」

「二度と来るなぁぁあああ!!」

「あっははは」

 疲れるわ!!

 

 

「この人面白いねー、モカちゃん。良いなー、楽しそう」

「自慢の相方なんですよー。グランプリ目指してるから、日菜先輩も応援宜しくお願いしまーす」

 目指してないから。

 

「本当?! それじゃ、一緒にテレビに出られるねー!」

「モカショーを宜しくお願いしまーす」

「出られる訳ねーだろぉぉおおお!!」

「あっはは、面白ーい。山口君、モカちゃんの同僚さんで相方ね! 覚えた!」

「山田だぁぁぁぁあああああ!!!!」

 遂に田んぼの中が消えたよ。

 

 

「ねーねー、しょーくん」

 嵐のような彼女が去ってから、モカは何故か手を伸ばして俺の名前を呼んだ。なんの真似ですか。

 

 

「ここに超絶美少女のモカちゃんが居るけど、握手求めなくて大丈夫ー?」

「さーて、仕事仕事」

「がーん、見事なスルー。モカちゃんショックだよ〜」

 もうね、なんかね、疲れたよパト●ッシュ。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 小一時間経って、モカも帰ってしまい一人で店番。この時間はお客さんが少ないから仕方がないね。

 

 

 なんやかんや言うが、モカと話してるのはやっぱり楽しいんだ。とても疲れるけど。

 

 そんな訳で一人何もする事なく道行く人の男女比でも調べようなんて謎の事を考えていると、お客さんが一人お店に入ってくる。

 

 

 綺麗な黒髪を背中まで伸ばした、落ち着いた雰囲気の女の子。

 そんな彼女は店内に入るなりペットフードが置いてあるエリアに直行した。

 

 ペットの餌を探しに来たのだろう。あるいはオヤツか。

 

 

 しかし、彼女はそれから店内を一周して訝しげな表情を見せる。

 目当ての物が見つからないのか、何度も何度も店内を一人で歩いていた。

 

 一緒に探してあげたいけれど、女の子に話し掛けるって勇気がいるよね。

 

 

「このお店ってないんですか? ペレット」

 そして唐突に俺の前に詰め寄って来て、彼女はそう聞いてくる。

 ペレット? ペレット、何それ?

 

「な、なんですかそれ?」

「うさぎの餌」

 あー、そういえばうさぎの餌はそんな名前だったっけか。

 しかし申し訳ないのだが、このコンビニにはうさぎの餌は置いていない。

 置いてあるのは犬猫用くらいで、間違っても草食動物のうさぎにあげて良いものではないのだ。

 

 

「申し訳ございません。当店で取り扱いしておりませんね……」

「そんな……」

 彼女はその場に突然崩れ落ちて、絶望したような表情で虚空を見つめだす。

 そんなにショックだったの?! 普通にペットショップ行けば良くない?!

 

「ペットショップなのに」

「ペットショップじゃないです!! コンビニです!! なんでそこを間違えたんですか?!」

「え、だってケージに鳥も居るし。ワンちゃんの餌も置いてあるし」

「これは焼き鳥だぁぁ!! 加工済みじゃ!! どこに焼いた鳥を展示してるペットショップがあるんだよ!!」

「なんて酷い事を」

「うるせぇ!! なんて言えばいいか分からないだろ!! なんかもうごめんなさい!! 食材には感謝しておりますごめんなさい!! なんで今俺謝ってるの?!」

「よく見たらケージにネコちゃんも居る」

「それはネコまんだぁぁあああ!!!」

 食べ物だよ!! 猫の形しただけのちょっと割高のただの肉まんだよ!!

 

 

「そんなに叫んでどうしたの?」

「あんたのせいだよ?!」

 この店たまに凄い人来るから怖いんだけど。なんでこの町はこんなに個性豊かな人が多いの?!

 

「……あれ? どうしてこんな所で働いているの?」

 彼女は俺を見るなり何かに気が付いたのか、驚いたような表情でそんな事を聞いて来た。

 

 知り合いなのか? 俺の記憶にはない。しかし、彼女の口調はまるで俺の事を知っているかのようである。

 彼女の視線は俺の名札に向けられていた。もしかしたら、俺が覚えていないだけで小学生の頃とかの知り合いなのかもしれない。

 

「え、何処かで会───」

「サンタさんってやっぱりクリスマス以外は普通に働いてるんだ」

「は? サンタ?」

 何を言っている。どこからサンタが出てきた。

 

 

「ほら、名前」

 そう言って、彼女は俺の名札の名字を指差す。

 

 

 山田(やまだ)(やま)は音読みすると(さん)だ。

 そうして読むと山田(やまだ)山田(さんた)と読む事も出来なくはない。

 

 

「いや普通に山田(やまだ)です!! どうしたらそう読む事になるの?! どこからサンタ出てきたの?!」

「あ、そうだ。ショッピングモールのペットショップならペレットも売ってるかな」

「無視かよぉぉおおお!!!」

 終始自分のペースでただ話していた彼女は、俺の虚しいツッコミにも触れずにコンビニを後にする。

 

 

 今日は良く名前を間違われる日だったなぁ……。

 

 

「……疲れた」

 明日も仕事だ。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「───なんて事がありましてね」

「そっかー、日菜が来てたんだね。でも日菜に気に入られるなんて、山田君もやるじゃん?」

 日曜日のバイト先。リサさんに先日の愚痴を話すと、彼女は何故か俺を褒めてくれる。

 

 

「やるとは……。しかし気になるんですよ。何処かで顔を見た気がするんです」

「普通にテレビじゃないの? パスパレ、最近結構テレビ出てるし」

「いや、俺そういうの見ないんですよね。でも、もっとこう……本当に最近どこか記憶に残るような……」

 自分でも何を言っているか分からないが、それでもやはり彼女をテレビ以外で見た事がある気がするのだ。

 

 しかしやはり分からない。一体どこで───

 

 

「いらっしゃいま───あ、また来たのか」

 そんな事を考えていると、昨日見た事のあるような薄水色の髪が視界に入る。

 二日も連続で来るなんて余程の暇人なのか。一応芸能人でしょうに。

 

 

「もうコントをする気はないぞ。帰れ」

「え、山田君……?」

 モカ曰く先輩らしいが、昨日の態度からしてそんな事は関係ない。昨日ツッコミし過ぎて喉が痛いんだ。

 

「こんと……とは、一体なんの事ですか? もしかして今は営業中ではなかったのかしら」

「はぁ? あんた昨日散々煩くボケておいて今日はそんな態度か……。キャラチェンジですかコノヤロー」

 昨日とは態度が一変した彼女に俺は目を細めてそう言う。キャラチェンジといえば、今日は髪型が違うらしい。というか、こんなに髪の毛長かったっけ。

 

「昨日……? あの、何処かでお会いしましたか?」

「何言ってんだ記憶喪失か? 昨日散々人の名前を間違えてくれちゃったじゃ───」

「山田君ストップ! ストーーーップ!!」

 俺が彼女に詰め寄ろうとすると、突然後ろからリサさんに肩を掴まれて止められてしまった。

 

「離してくださいリサさん! コイツはお客様なんかじゃないんです!」

「いや違うから! 日菜じゃないから! よく見て!!」

「はぇ……?」

 そしてリサさんにそう言われ、俺は彼女の顔をもう一度よく見てみる。

 

 

 薄水色の髪は確かに昨日の彼女と一致しているのだが、昨日肩ほどまでしかなかった髪は背中まで伸びていた。

 そしてよく見ると、ようやく彼女をどこで見たか思い出す。

 

 

「───Roselia(ロゼリア)のギター担当……」

 リサさんが所属するガールズバンドRoselia。そこでギターを担当する彼女の名前は氷川紗夜。

 どこかで見た事があると思ったら、ライブハウスでだったのか。

 

 いや、待て、おかしい。氷川紗夜? 日菜じゃなくて?

 

 

「昨日来たのは紗夜の双子の妹で、氷川日菜。別人って事」

「なん……だと……」

 ふ、双子?! そんな、そんな馬鹿な?!

 

 それじゃ、目の前の彼女は───

 

 

「───申し訳ございませんでしたぁぁあああ!!!」

 全てを理解した俺は、ジャンプしながら土下座を繰り出した。

 

 まさか別人だったなんて。そうとは知らずに、俺はお客様になんて態度を取ってしまったんだろう。まずい。非常にまずい。

 

 

「あ、頭をあげて下さい。……大体の事は察しましたから」

 そんな彼女───氷川紗夜は困ったような表情で言葉を落とした。

 

 そういう事か。昨日氷川日菜を見て思った既視感は別にどこかで彼女を見た訳ではない。

 彼女に似た───彼女の姉に見覚えがあっただけだったという事である。

 

 

「申し訳ありませんでした……」

「いえ、日菜には強くいっておきますので。ところで今井さん、この後の練習の件なんですが───」

 聖人のような振る舞いで俺の事を許してくれた彼女は背中にギターを背負っていた。

 これから練習らしく、もう少しでバイトが終わるリサさんもそのまま練習に行くのだろう。

 

 

「またのご来店お待ちしております!! ありがとうございました!!」

 何やら俺には理解出来ない会話をしてから、紗夜さんはフライドポテトを買ってお店を後にした。

 

「あっはは、山田君面白い」

「からかわないで下さいよ! 本気で焦ったんですからね!」

 もう僕決めた。お客様に変な態度は取らない。

 

 お客様は神様精神で行くよ。本当に。

 最近Afterglowの面々と居て(主にモカのせいで)ツッコミが過激になってたからな。自粛しよう。接客王に俺はなる!!

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「今日は子猫ちゃんはいないんだね」

 紫色の髪を後ろで一つにまとめた背の高い美形の女性は、レジに立つと同時にそんな事を言い放った。

 顔が良過ぎて一瞬イケメン男子かと思ったよ。

 

 

「だからここはペットショップじゃ───ハッ! 違う違う。いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 危ねぇ。魂に張り付いたツッコミ属性が無意識に出て来やがる。

 

 

 俺はちゃんと接客をするんだ。

 

 

 冷静に、親切に、的確に接客をするのだ。

 

 

「捜し物? そうだね。強いて言うなら迷える子羊ちゃんを探している、かな」

「だからここはペットショップでも放牧場でもないって言ってるだろぉぉおおお!!!」

 ごめんなさい数秒も持たなかったよ。いや、だって、コンビニに猫だの羊だのを探しに来る奴なんてもう客じゃないよ。むしろ頭の病院に行け!!

 

 

「そうとも限らないさ」

「いや限るよ?! どこからどう見てもコンビニだからね?!」

「かのシェイクスピアはこう言った。……ひとつの顔は神が与えてくださった。もうひとつの顔は自分で造るのだ、と」

「いやどういう意味ですか?!」

「つまり、そういう事さ」

「どういう意味かって聞いてんだよぉぉおおお!!!」

 もう嫌だこのコンビニ!! 僕辞める!! 辞めて近くのファミレスで働く!!

 

 あ、でもこの辺りで接客業したら同じ事だよ。もうダメだおしまいだ!!

 

 

 

「あぁ……儚い」

「山川君ー! 遊びに来たよー!」

「こら日菜、今日は謝りに来たのよ」

「この店をペットショップに変えたら早いと思うんだけど」

「おー、なんか今日は賑やかだねー。……大丈夫? しょーくん」

「全員今すぐ帰れぇぇえええ!!!」

 まぁ、賑やかで何よりなんだけどね。疲れるけど、最近は楽しいよまったく。

 

 

 

 かのシェイクスピアはこう言った。

 

 

 どうとでもなれ。どんな大嵐の日でも、時間は経つ。

 

 

 つまり、そういう事さ。




次回『高校生バイト戦士の平和(?)な一日』

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