最近家でぼーっとする事が多くなった。
学校やバイトが終わったり、それもなかったりするとやる事もなく家でただ天井を見上げる。
ギターを手にとってみたり漫画の単行本を手にとってみたり、ゲームをしたりと時間を潰そうとするも結局何も捗らない。
気が付いたらバイトのシフト表を見て、次のバイトはいつだっけとか確認したりするんだ。
「───そろそろヤバいかもしれない」
もしかして俺、社畜なんじゃ。
◆ ◆ ◆
「なんか面白い事ありませんかね」
「この歳のババァに聞く事じゃないねぇ」
バイト先で一緒になった高木さんに唐突に聞くと、そんな返事が返ってくる。
おっしゃる通りかもしれないが、俺は下手したら高木さんより無趣味かもしれないのだ。
「まぁ、強いていうなら……ポケ●ンGOとか」
「めちゃくちゃアクティブなんですけど!! 若者かよ!!」
「最近はスカイダイビングとか」
「あんた六十超えだよねぇ?!
「あとは……トランプタワー作り」
「急に地味になったね?! 差が激し過ぎて参考にならねーよ?!」
一体どんな生活してるんだこの人。
「トランプタワーは昨日遂に十四段目が完成したさね。もういつ倒れるか心配で心配で。私が倒れるのが先か、トランプが倒れるのが先か」
「ブラックジョークやめて?! てか、思ったより凄い事してたよこの人!! ていうか本当になにしてるの?!」
なんだよ十四段目のトランプタワーって。どんな絵面? ていうかなんで崩れないの?!
「死ぬまでには二十段行きたいねぇ」
「縁起でもないからやめて?!」
もう百段くらい頑張って欲しい。ギネス記録とかあるのかな?
「まぁ、楽しいなんて自分で見つけるものさね。だから私は死ぬまで人生を楽しむ気でいる。山田君もまだ若いんだから、がんばんな」
そうとだけ言って、時間になったので高木さんは帰ってしまう。
楽しむ、ねぇ。
俺が楽しめる事って、なんなんだろうか。
「元気ないねー、山野君」
「山田です」
学校終わりだったのか、モカと一緒にコンビニにやってきた日菜先輩は俺の顔を覗き込みながらそう言った。
あんた芸能人だよね?
「そんなつまらなそうな顔してたら人生ごと楽しくなくなっちゃうよー? もっとるんって顔してー!」
「この顔は生まれつきですぅ!」
るんって顔って何。
「……なぁ、先輩。何が楽しいんですか?」
「……ごめん山田───じゃなかった山崎君。質問の意味が分かんない」
「あ、すみません……。なんか、いつも楽しそうだから。……ていうか、名前間違えてるのわざとだなあんた」
「わざとだよ?」
この人追い返して良い?!
「うーん、楽しいかー。あたしも最近まではあんまりるんって来る事なかったんだけどね? 何やってもなんとなく出来ちゃうし」
モカやリサさんに聞いた話なのだが、彼女───氷川日菜はなんでもかんでも見ただけで出来てしまう天才少女らしい。
ただそれは、何をしても思い通りになってしまうという事で。
きっと彼女からすると退屈だったのだろう。
そんな彼女が最近になって、曰く「るん」と来るようになったのは───
「───分からないって、面白いなって。山田君の反応もあたしが全然想像付かないから面白いんだよねー。だから、あたしはあたしじゃない人と関わるのが楽しい!」
弾けるような笑顔で、日菜先輩はそう言った。
人と関わるなんてそんな単純な事が楽しい。
でもそれは誰にでも言える事で。もしかしたら誰もが、自分とは違う誰かと関わるのが───全く感性の違う自分じゃない存在と関わるのが楽しいから、誰かと関わろうとするのかもしれない。
「日菜先輩は〜?」
「突然ネコまん買って帰った。電光石火みたいな人だな」
モカが着替えて出て来る前に帰ってしまった日菜先輩を想って寂しがっているのか、モカは少し暗い表情で首を傾ける。
一言くらい欲しかったのかもな。せっかくここまで付いてきてくれたんだし。
「良いなぁ〜、ネコまん」
「そっちかよ」
バイト終わった時に残ってたら買ってやろうか。
ただこの時間。学校や仕事終わりの人達がコンビニに寄って来るため、普段より仕事は忙しい。
それでも二人でなんとか回せなくはないのだが、いつもみたいに話したりは出来ないのだ。
「しゃーしたー」
ただ、それでも家で何しないでいるよりかはマシだと思ってしまう。
横でふざけた挨拶をしているモカの頭にチョップを入れながら、俺はそんな事を考えていた。
「やっと落ち着いたよ〜。もうモカちゃんくたくた〜。ねむーい。ねるー」
「まだ働く時間だからな。おい立ったまま寝るな。目を開けろ」
なんだその特殊能力。
「返事が無い。ただの屍のようだ」
「またコアなネタを持ってくる……。立ったままの屍なんて嫌だし普通に返事してるからね」
「モカちゃんゾンビ〜」
「めっちゃ食べそう」
食欲に支配されたモカ。もはや同胞すら手に掛けそうである。
「食べちゃうぞ〜」
「ネコまんで勘弁してくれ」
「三個で」
「食い過ぎだよ」
ネコの形してるだけで少し割高な肉まんだが、それがバレているのか一部の人にしか売れないんだよね。
そろそろ終了するなんて話も聞いているから、よくネコまんを買う人には少し申し訳ない気分だ。
「ずっと気になってたんだけど、ぶっちゃけお前なんで太らないの?」
普段の食生活を見ているとどうもその体系を維持出来ている理由が分からないというか。
一体彼女が食べた物のカロリーは何処へ行っているのだろう。
「カロリーをひーちゃんに送ってるからかなー?」
「やめたげてよぉ」
ひまりちゃんが体重気にしてるのってそういう事なのか。いや、現実を見ろ山田。そんな事出来る訳ないからね。
一瞬だからあんなに大きいのか、とか考えてしまった。男の子だもん。
「モカって家で何してるんだ?」
「パンを食べるかー、漫画読むかー、パンを食べるかー、ご飯食べるかー、パンを食べるかー、ゲームするかー、パンを食べてる」
「人間の生活じゃない」
少なくとも何かダイエットの為にしてるって訳じゃなさそうだな。
「しょーくんは何してるのー?」
「え……えーと」
何してるっけ。俺、家で何してるっけ?!
「ゲームか漫画……?」
「一緒じゃーん」
「いやパン食べまくってないから。一緒にしないで?!」
お前と一緒の生活してたら数日と待たずに何かしらの病気で倒れるわ。
「……暇だねー」
「棚越しでもするか。モカ、商品の陳列直しといてくれ」
少し話していたが客が来ないので、俺達は店の商品の整理をしだす。
商品を綺麗に並べたり、在庫管理したりするのも大切な仕事だ。
ところでモカは商品を綺麗に並べるのが凄く上手い。彼女が触った場所はみるみるお行儀が良くなって行く。
なんというか、購入意欲が湧いてくるから不思議だ。
「本当に綺麗に並べるよな」
「カップラーメンとかはー、ロゴが見えるように並べるのがコツなんだよね〜。あとー、文字がひっくり返らないようにするのとー、形が少し崩れてるパンを整えたり」
言いながら作業を進めるモカ。並び方を整えながらパンに「早く買われると良いね〜」と声をかける姿はまさしく変人である。
だけど、彼女の優しさというかあまり見せない本性が出ている時なのかもしれないとも思った。
思えば俺がバイトを始めた頃に残ってしまった肉まんを「勿体無い」と食べていたっけか。
「んー……」
そんな事を考えていると、モカはメロンパンを目の前に人差し指を唇に当ててなにやら考え始める。
俺が見る限りそのメロンパンに何か変な様子はないし、綺麗に並べられていた。だからこそ、彼女のそんな不自然な行動が気になる。
「どうかしたのか?」
「食べたい」
「やめろ」
腹減っただけかよ。
「なんかこー、商品棚見てるとお腹減るよねー?」
そう言いながら、彼女はメロンパンを持ち上げて涎を垂らした。おい女子高生。
「同意を求めるな。お前だけだよ多分。……いや、本当に開けようとするな!!」
遂にメロンパンに手を出しそうになるモカを引きずってレジまで運ぶ。こいつ一人で働かせたら知らぬ間に商品が失くなる事件が発生するかもしれない。
「こんなに美味しそうな食べ物に囲まれてるのに、手を出せないなんて……。およよ〜、モカちゃん欲求不満で何か事件を起こしちゃうよ〜」
「クビだぞ」
将来絶対食べ物関係の職に就くべきではないな、モカは。
「でもしょーくん、例えばこのコンビニに並んでいるのが食べ物じゃなくて全部美少女なモカちゃんだったら、きっとしょーくんも我慢出来ない筈だよー?」
「いや何を?! 何を我慢しないの?! ていうかなんでコンビニに人が売ってるんだよ人身売買かよ。しかも全部モカとか怖いわ!! 我慢出来なくて逃げるわ!!」
「量産型モカちゃん、千九百八十円」
「狂気のイチキュッパ」
一家に一台。残飯処理としてどうでしょうか。
人道に反するわ。
「超絶可愛いモカちゃんを一日中愛でれるなら安いと思うんだよねー」
「どんだけ可愛くても餌代の方が高く付くからダメなんだよ。猫だって餌代は馬鹿にならないんだ。お前、しまいにはモカを野に放つ奴が沢山現れて日本中に野生のモカが繁殖しだすぞ。モカの野生化が社会問題になる」
野生になったモカは畑を荒らし、コンビニを荒らし、遂に日本は食糧危機に直面するのであった。想像したら凄い絵面なんだけど。
「超絶可愛いを否定しない辺り、しょーくんはお金があれば飼ってくれるのー?」
「俺社畜だから金あるし、ワンチャンあるか。……いや、可愛いのもあるけどモカといると面白───」
「目潰し」
「───痛ぁぁあああ?! えぇぇえええ?! なんでだぁぁぁああああ!!!」
突然の目潰しで俺はレジの下で蹲る。待って。なんで?! どうして?!
「しゃーせー」
しかもこの状態でお客さんキターーー!!
「おー、珍しいお客さん」
え、何? どんなお客さんが来たの?
「えー、それ買うのー?」
なんでそんな気になる事を言うの?! 俺、今目が見えないんだけど。
「キャラ的にどうなのかなって思うけどなー」
キャラ的に?!
「な、何が来てるんだ……」
「熊」
「熊?!」
え、この街中で熊?! ヤバくない?!
「に、逃げるぞモカ! い、いかん、まだ目が見えない。お前だけでも逃げろぉ!」
「大丈夫、優しい熊さんだから。ほら、飴買おうとしてる」
「なんで熊さんが飴買おうとしてるの?!」
「いや、熊じゃないんですけど。いや熊なのか」
熊(らしき第三者の声)がシャベッタァァァァアアアアアア!!!
「百八円になりまーす。毎度ありがとうございましたー」
そして熊(?)は飴を買って帰ったらしい。俺は結局その姿を見る事はなかった。
夜勤務の人が来て、俺とモカは着替えてバイトを終える。
毎回だが、更衣室の向こうで女の子が着替えていると思うとちょっといけない気持ちになるよね。
「ネコまん買ってやるよ」
「三個で」
「一個だ」
「それじゃー、モカちゃんが三個買いまーす」
「なんでやねーん!」
何故かネコまんを四つ買い、帰路へ。今日も一日が平和(?)に終わりそうだ。
「送ってくよ」
帰りも遅いので、一緒の時間に帰る時はモカを送って行くのは恒例となっている。
モカもそこは遠慮せずに「ありがとー」とネコまんを頬張っていた。
特に長い道のりという訳でもなく、淡々と歩くだけ。
ネコまんを食べてるからそんなに会話もない。
ただ、それでも何故かそれだけの事が楽しく感じる。
家で何もしていないよりも、ずっと楽しく感じるんだ。
「ネコまん四つも食べるのか?」
買ったネコまんを彼女に渡しながらそう言うと、モカは「流石に夜ご飯が入らなくなるかなー」と珍しく常人のような事を言う。一応限度はあるんだ。
「なんだそれ。それじゃ、自分で食べちゃうからな?」
「ダメー、それはモカちゃんが貰うんです」
どんだけがめついの?! 取っておいて朝ごはんにでもする気?!
「その代わり、これをしょーくんにあげます」
そう言いながら、俺からネコまんを奪ったモカは自分が買ったネコまんを俺に一つ渡してくる。
「なんでやねん」
「交換だよー」
笑顔でそう言いながら俺から奪った最後のネコまんを食べるモカ。俺もその横で意味も分からず笑いながらネコまんを食べた。
「美味しいー?」
「美味い」
別に中身は大して普通の肉まんと変わらない、ちょっと割高で形が変な肉まん。
ただ、美味しく感じるのはその雰囲気だとか、そういう事なんだと思う。
「今日も楽しかったねー」
「そうだな」
友達と居る時間は楽しい。学校とか、バイト先とか。
そんな事は当たり前だ。
それじゃ、俺が本当に楽しいって思える事はなんなんだろう。
結局俺はまだ見つけられていないんだ。
───今だから全力でやりたい事を。
次回『社畜の休日』