豚に真珠猫に小判と言うが、豚や猫にその価値は分からないという意味だっただろうか。
ただ、その言い方だとまるで豚や猫を馬鹿にしているようなので、豚や猫にとって真珠や小判は無価値であるという考え方にすれば良いと思う。
どちらにせよ、個にとっての価値とは自分に必要か必要でないかのどちらかだ。
それではここで話題を変えよう。今目の前にある十万円。俺にとって必要だろうか?
「いや、こんなに使う事ないよ」
平日のバイト終わり。ふと思い立ってコンビニ備え付けのATMでお金を下ろそうとしたのだが───桁を一個間違えた。
一万円降ろそうとしたのである。そしたら、十万出て来た。疲れているのだろうか。
いかんせんここの所社畜生活でお金を使う事もなく、貯金だけが溜まっていく始末。
これが経済が回らない理由だと言われると社会の闇を感じる。
「しょーくーん? 何して───え、何その大金」
「え、山田君何そのお金」
同じ時間にバイト上がりのモカとリサさんは、大金片手に固まっている俺を見て表情を引きつらせた。
「振り込む前にちゃんとオレオレ詐欺か疑わないとダメだからね!」
「なんで俺がオレオレ詐欺に引っかかるんですか?! 俺に俺だよ俺俺って言われてもどう反応したら良いか分からないですからね?!」
なぜか凄い勘違いをされてるんだけど。いや、普通高校生がこんな大金持ち歩かないからね。
「……課金? しょーくん、パンドリがドリームパンフェスティバル中だから始めるなら今だよ〜」
「いや、やらないからね。そんな意味の分からないゲームやらないからね」
何その商店街のお祭りみたいな名前。
完全に誤解を招いているので、俺は二人に簡単に事情を説明する。
こんな所でドジっ子属性に目覚めても今更キャラなんて立たないのだが、やってしまった事はしょうがないのだ。
「うーん、戻すのもコンビニでやると手数料掛かるしね。銀行で振り込み直すのが手っ取り早いんだけど───このさいだからパーっと使っちゃったらどうかな?」
「パーっと使う?」
「そうそう。山田君沢山働いてるし、その十万円が全部じゃないでしょ? だから、たまにはどうかなって」
リサさんはそう言うが、パーっと使うと言われても中々思い当たる節がない。
ゲームのカセットとか買っても有り余るし、漫画の単行本をセットで買っても全然余る。
そもそも本当に無趣味だから、何かこれといって特別欲しい物がないのだ。
「買いたい物がない……」
「え、えぇ?! えーと、服とかさ。あと、アクセサリーとか」
僕は女子じゃないです。
「それか、そーだなぁ。そういえば山田君って次の休みいつだっけ?」
「来週の月曜日ですね。今週の土日はフルで入ってるし」
「なんで?!」
「予定がないからシフト出す時に休みたい日を提出しないんですよね」
その結果、基本的に土日は出勤。休みも週一回か二回。立派にお給料も貰える訳だ。
「あ、あははー……そうだ、今度の日曜日! 今度の日曜日モカ休みだよね? 何か予定ある?」
「ありますよー。パンを沢山食べる日」
「よし! ないね!」
「華麗にスルーされてる気がする〜」
リサさんは何をそんなに必死になっているのか。
「山田君、日曜日アタシが替わりにバイト出るから休んで!!」
「え、でも特に予定もないし」
「せっかく休日に休めるんだから、やりたい事やりなよ!」
「休日に休んで一人で家に居ても特にやる事ないというか。……休日ってどうやって楽しむんだっけ」
暗くなっている空を見上げてそう言うが、いくら考えても答えが出てこない。
というか、バイトを始める前まで自分が休みの日に何をしていたか思い出せない。
「あちゃー、しょーくん完全に魂まで社畜になっちゃってなーい? 将来が心配だな〜」
「いや、そう言われてもな……」
認めたくないものなので、俺は必死に休日の過ごし方を思い出す。
しかし、遊園地以降これといって何処かで遊んだとかそういう記憶がないんだよね。
もしかしてあれ以来土日全部出勤してるのではないだろうか。
「何処でもいいからモカと遊びに行って! ほら、モカも良いでしょ?」
「いや、モカ用事あるって言ってたし……」
「モカ!!」
「え、あ、はい……了解でありますー?」
リサさんの強行な態度にモカも折れたのか、彼女は珍しく唖然とした表情で受け入れてしまった。
用事があると言っていたのに申し訳ないが、休日の相手をしてくれるのは嬉しい。
このままでは本当に魂まで社畜になりかねないし、自分が学生である事を思い出す為にも付き合って貰おう。
「良い? 二人きりで遊ぶんだからね。他のメンバー呼んじゃダメだからね」
「えー、そんなー」
何故か横でそんな話を二人がしているが、理由は分からない。そうなるとデートになっちゃうんだけど、モカ的には大丈夫なのだろうか。
「……世話が焼けるなぁ、もう」
そんな訳で、俺は久し振りの休日を手に入れる事になったのだった。
◆ ◆ ◆
待ち合わせ場所である羽沢珈琲店に入ると、端の方の席に突っ伏しているモカの姿が目に映る。
「何してんのアレ」
「開店一時間前に来て、ここで寝る〜って寝ちゃったんだよね。山田君が来たら起こしてって言ってたけど」
バイト中のつぐみちゃんに聞くとそんな返事が返って来た。
待ち合わせ時間は開店一時間後だったのだが、なんで開店前に来てるの。前と後を間違えたの? バカなの???
しかしコレって一応十分前にきたとはいえ、俺はモカを約二時間待たせた事になるんだけど……。
「おはようございまーす」
モカの寝ている席まで歩いて、座りながら彼女の頭を突く。
するとモカはゆっくりと頭を持ち上げて、とぼけたような顔で「あと五分」とまた伏せた。
「おいアホ」
「あれー、なぜ私の家にしょーくんが? ……押掛女房?」
「どこからツッコミ入れたら良いか分からないのでやめて下さい。……待った?」
「ううん。今来たところ」
恒例の会話だけど、バレバレだからね。かなり待たせてるからね。
「つぐみちゃんに話聞いたんだけど、なんでそんな時間に来たのよ。というか普通開店前に集合しないよ」
「えーと……間違えちゃった〜」
可愛く言っても俺の罪悪感が増えるだけだからやめて。
「……なんだ、その。悪いな、態々今日付き合ってもらうのに」
「あれ……。うーん、えーと……別に〜?」
「なんだよ許してくれよ……。一応俺は約束より前に来たんだから」
「しょーくんのにぶちん」
「え、何……?」
「なんでもー? そんな事より朝ごはんを食べよーう」
食べる事しか頭にないのか、モカは目覚めるなりつぐみちゃんを呼んで今日のオススメを聞く。
朝からサンドイッチ三種類セットを頼む彼女に唖然しながら、俺はフレンチトーストとミルクティーを頼んだ。甘々である。
「さて、何するかねぇ」
目の前でサンドイッチを幸せそうに頬張るモカを見ながら、俺はそんな情けない言葉を落とした。
全くもってのノープランである。約束の日から数日あったのだが、何も考えていない。
「パンでも食べに行く〜?」
「今食べてるだろ?!」
なんで朝食食べながら次のご飯の話してるの?! デブなの?! なのになんでそんなにスタイル良いの?!
「あ、本当だ〜。しょーくん、名探偵?」
「名探偵に謝れ」
「眠りのモカちゃん」
怒られるからやめて。
「すまん、なにも考えてなかったんだ。というか、思いつかなかった」
休日ってなにする日だっけ。
バイト先で働いてるか、そこでモカとバカみたいな会話をしているのが俺の日常になっていた。
しかし無趣味は無趣味だったけど、バイトを始める前は普通に休日を過ごしていた筈である。
どうしてこうなってしまったのか。
もしかしたら、俺は何も趣味がない暮らしより働いてる方が楽しく感じてしまっているのかもしれない。
「完璧に社畜じゃねーか!」
「えー、しょーくんが遂にエアツッコミを。誰にツッコミ入れてるの〜? モカちゃんを置いてかないで〜」
ダメだ、頭を切り替えた方が良い。普通に、普通に何かする事を探せば良いんだ。
「じゃんけんでもするか、モカ」
「しょーくん、あなた疲れてるのよ」
泣きたくなって来たよ。
「予定がないなら、午前中は商店街のイベントライブを観に行ったらどうかな?」
唸っている俺達の所まで来て食器を片付けながら、つぐみちゃんは一枚のチラシを机の上に置いてそう言う。
チラシには──商店街ライブ開催。商店街を笑顔にハロー、ハッピーワールド!──と書かれていた。
「ハロー、ハッピーワールド? はて、どこかで」
「おー、これは盛り上がりそうですなー」
俺が首を傾げる横で、モカはニヤケ顔でチラシを覗く。モカ的には問題なさそうだし、このライブを観に行ってみるか。
「ありがとうつぐみちゃん。行ってみるよ」
「力になれて良かった。楽しんで来てね!」
そうとだけ言って、つぐみちゃんは仕事に戻っていってしまった。
しかしなんでバイト中なのにこんなチラシを用意していたのか。
そのチラシだが、よく見てみるとライブ開始が三十分後に迫っている。そろそろ移動した方が良さそうだ。
そんな訳で俺達は会計を済ませて羽沢珈琲店を後にする。
外に出てみれば商店街は普段より盛り上がっているように見えて、中央にある広場に人が集まっているようだった。
なるほど、商店街の活性化にも繋がる良いイベントじゃないか。
「大盛況ですなー」
「そんなに人気なバンドなのか?」
「面白い」
「面白い」
俺のバンドのイメージと違うんだが。いや、そういえば何か記憶にあるような。
「わー! 遅刻遅刻ー!」
モカと話していると、背後から少女漫画のような台詞が聴こえてくる。
何事だと俺が振り向くと同時に強い衝撃が走り、俺は地面に横たわっていた。
何が起きたんですか。
「……何故俺は倒れている」
「あ、ご、ごめんなさい! はぐみ、急いでて!」
体を起こすと、目の前で小さな女の子がわたわたしている。小学生くらいか?
オレンジ色のショートカットはボーイッシュな雰囲気を感じさせるが、可愛らしい服や幼い顔立ちには加護欲を掻き立てられた。
「あー、いや大丈夫だ。急いでるんだろ? 気にせずに行って良いぞ」
バンドを見に来た、とかだろうか? しかしどこかで見た事がある気がする。
俺がそう言うと女の子は深くお辞儀をして、物凄い速さで走って行ってしまった。
「しょーくーん? 迷子になるよー?」
知らない間に逸れていたモカに呼ばれて、俺は彼女に着いて行く。というか、なんか俺がいた場所がおかしい。吹っ飛んでない? 気のせい?
広場の前に辿り着くと、会場はまだかまだかと大盛り上がりの様子だった。
そんな中で突然聞こえるラッパ音。俺達はバンドを見に来たんだよな?
しかし、ラッパ音が聞こえるのはステージではなく商店街の道のど真ん中からである。ライブとは関係ないのか?
音がする方に視線を向けると、そこにいたのはマーチングバンドのような格好をした四人と一匹(?)だった。
「おー、今回も斜め上だね〜、ハロハピは」
先頭を歩く金髪の少女に続くのは背の高いポニーテールの女性に水色のサイドテールの女の子。
そしてさっき俺とぶつかった小さな女の子と、熊。ピンクの熊。そんなメンバーが、商店街の道の真ん中を歩いてステージまで向かって行く。
なんだこりゃ。
「皆ー! 今日は商店街にようこそ! 楽しい時間はあっという間よ! 皆で笑顔になりましょう!」
そして始まる明るい音楽。AfterglowやRoseliaとは違うけれど、心が弾むような軽快なリズムに商店街は自然と盛り上がっていった。
「いやー、凄いよね〜ハロハピ。あたし達には真似出来ないな〜。蘭が嫌がりそうだし」
「容易に想像付くな……。でも、AfterglowにはAfterglowの良さがあるし、無理にやらなくてもな」
「でもー、蘭があんな感じに歌ってたら面白くない?」
「絶対面白い」
「想像するだけならタダだよ〜。絶対にやらないけど〜」
それもそうか。
試しにPastel*Palettesっぽい感じのAfterglowを想像してみる。
ひまりちゃんとかつぐみちゃんは良いかも知れないが、蘭や巴はイメージに合わな過ぎて吹き出しそうになった。
「しかしあの子、バンドメンバーだったのか……」
演奏に意識を戻すとさっき俺とぶつかってきた女の子はベースを演奏している。
小学生だと思っていたけど違うのか?
それにしたって、さっきとは全然表情も違って。
明るく元気な音楽だけど、彼女たち達もまたハロー、ハッピーワールド!として全力で演奏しているんだ。
俺はまだ、やりたい事も見付かっていない。
休日にやる事すらない。
俺は一体……何がしたいんだろうな。
次回『第八十四回チョココロネ争奪クイズ』