やまぶきベーカリーで昼食を終えて、俺とモカは何のアテもなく商店街を歩き出す。
予定もなければ用事もない。
せっかくの休日に付き合ってくれているモカに申し訳ないが、俺はそんなに面白い人間じゃないのだ。
気の利いた遊びのプランとかを考えられるスペックを持ち合わせていないのである。
「いやー、賑わってますなー。ねーねー、しょーくん。今流れてる曲は聴いた事あるー?」
「ん? あー、これか」
モカに言われて商店街のスピーカーで流れている音楽に耳を傾けると、蘭とは似ても似つかない明るい声の曲が流れていた。
ただ、何処となく曲調が好きというか。よく分からないけどそんな事を考える。
「いや、聴いた事ないな」
しかし記憶にある限り、この曲を聞いたことはなかった。
どことなく曲調が気になるというか、身に覚えがあるのだけど、それ以上でもそれ以下でもない。
「これ歌ったり演奏してるのが、日菜先輩所属のアイドルバンド
「へー、そうなのか。ちょっと気になるし、今度色々聴いてみるか」
あのおふざけが過ぎる日菜先輩がこの中に混じってギターを弾いているというのだから、この世界は分からない。天才少女恐るべし。
「えーとー。あ、このお店見て行っても良いー?」
その後少し歩いて行くと、モカは商店街にある服屋を指差す。
特に高くも安くもない、俺もたまに見にくる店だ。幅広いジャンルの服が置いてあるので、老若男女のお客さんで賑わっている。
「良いぞー。歩いてるだけじゃなんにもならないしな」
一生懸命考えてはいるのだが、どうも気の利いた事は思いつかない。
本当にモカには申し訳ないと思っているから、彼女が行きたい場所があるなら拒む理由もなかった。
例えば俺が何か本気で取り組んでいる事があれば、それに付き合ってもらうとか、そういう事が出来るのにな。
「おー、良いパーカー発見〜」
「モカってパーカーばっか着てるよな」
「着やすくて楽なんだよねー。まー、モカちゃんは何着ても似合うしー?」
凄い自信である。
「それじゃ、そこのワンピースとかどうよ」
「ひとつなぎの大秘宝?」
「それはONE
怒られるからやめて。
「パーカーワンピならパジャマで持ってるよー?」
どうも彼女はパーカーにこだわりがあるらしい。いつかショッピングモールでワンピースを着てくれた事もあったが、彼女がパーカー以外の私服を着ている姿をほとんど見たことないし。
「よ~し、このパーカーに決定〜」
「買ってやろう」
ただ、彼女の言う通り。モカは何を着ても似合いそうだな───なんて事を思った。
◆ ◆ ◆
「ありがとー、しょーくん」
買ってあげた服の入った紙袋を抱きながら、モカは笑顔でお礼を言ってくれる。
「金ならある」
「なんでそんなに格好の付け方が下手なのかなー」
酷い。
「蘭を見習ってみたらー?」
「別に、金ならあるし」
目をそらしてそう言ってみると、モカは「うわー、似てるー」と引き攣った表情で俺を見た。
あなたがやれって言ったんだからね?!
「それじゃー、私は彩さんの真似をするひーちゃんのモノマネしまーす」
「突如始まる細か過ぎて伝わらないモノマネ大会」
そもそも彩さんって誰ですか。
「まん丸お山に彩りを〜、Pastel*Palettesのふわふわピンク担当、丸山彩でーす」
「よく分かんないけど多分絶対似てない」
Pastel*Palettesってアイドルバンドだろ? 絶対のんびり口調じゃないでしょ。あとそのゲッツ(死語)は何。今時そんなのやるアイドルいないでしょ。
「えー、結構自信あったんだけどなー」
「とりあえずこのポーズはなくない? ダサくない?」
俺がモカのやっていたポーズを真似すると、モカは珍しく目を見開いて開いた口を手で閉じた。
え? 何?
「そ、そんな……ダサ……ぇ、ぐすっ」
「彩ちゃん? 大丈夫よ、世の中には色々な感性を持った人が───彩ちゃん?!」
「うぇぇぇん!!」
すると何故か突然俺達の近くを歩いていた、ピンク色の髪と変なサングラスが特徴的な女の子が泣きながら走っていく。
それを慌てて追いかけて行く金髪の女の子には何故か冷ややかな目で見られたのだが、何が起きたのかは全く分からなかった。
「何気ない一言が、現役アイドルを傷付けた〜」
「う、嘘だろ……」
嘘だと言ってくれよ……。
その後何回かモカに真相を聞こうとしたのだが、全部はぶらかされてしまう。
後日Pastel*Palettesという存在を認知した俺が唖然としたのは、また別の話だ。
「ところでしょーくん、自分の服は良かったのー?」
「服はー、特に欲しいって思わないしな」
唐突にそう聞いてくるモカは、紙袋の中身を見ながら首を傾げる。
手元にはまだ九万円以上残っているのだが、元々今日は採算しようと思っていたのに全然財布は軽くならない。
とは言っても、商店街でこんな大金を使おうというのがそもそも難しい話なのだ。
移動するにしても行きたい所もないし。
しかしこのまま歩いているだけじゃ何も始まらない。
「モカはなんか欲しいものないのか?」
「しょーくん」
「ぇ」
ドユコトー。
ま、まさか?!
「奴隷になれと?!」
人身売買ですか。
「どーしてそーなるのさー」
半目でそう言うモカは、明後日の方向を見ながら「モカちゃんは苦労人だなー」と独り言を呟く。
どうしたんだろうこの人。
「もー、今日はしょーくんがしたい事をしに来たんだよー?」
「そ、そう言われてもな……」
したい事。やりたい事。
社畜のバイト戦士になったらそれを見失った訳じゃない。俺に元々やりたい事はなかったんだ。
結局、その時だけ楽しければ良いと。
前を見る事なく、真下だけを見て歩いて来た罰なんだと思う。
今を全力で生きている彼女は、俺には眩し過ぎた。
「お前と遊べるなら、何処でも良いよ」
「しょーくん……」
気の利いた言葉を言えず、俺は気まずさに顔を背ける。
視界に映ったアイス屋がちょうど良くて、俺は考える事から逃げた。
「お、アイスあんじゃん。食べようぜ」
「良いですなー。しょーくん分かってるー」
モカを連れて、俺は外に置いてあるアイス屋のメニューに目を向ける。
色々な種類のアイスが置いてあり、本日一割引と大きな告知がされていた。
ハロハピライブに合わせて客寄せの為の値引きだろう。その効果もあって、店内は大盛り上がりだ。
採算したい俺としては特に旨味はないのだが。というか、やっぱり商店街で十万円も使い切るのは難しいのだろう。まぁ、財布を落とさない限りはどこかで使っていればいずれ使い切れる筈だ。
大繁盛で混雑する店内で食べる事は諦めて、俺達は持ち帰りでアイスを買う事にする。俺はチョコレート味で、モカがバニラアイスだ。
小皿代わりのコーンを持って、近くの公園のベンチに座る。
なんかデートみたいだなと、そんな変な事を思った。モカからしたら迷惑な話だろうし、口には出さない。
「美味いな」
特に意味もなく、語彙力も表現力もなく、自然と口からそんな言葉が出る。
モカは人差し指を唇に向けて、そんな俺のアイスをジッと見詰めていた。
「……食べたいのか」
「ほら、他の味も試したくなるのがJKって奴じゃーん?」
いや、JK関係なくない?
「しょうがな───」
「あーん」
して、突然モカは目を閉じて口を開いてその場で固まる。
「───何してんの」
「見た目通りだよー?」
いやー、いやいやー。そうだねー、見た目通りだねー。他に言い表せないもんねー。
食わせろと?!
商店街も賑わいを見せる午後三時、公衆の面前で女の子にアイスをあーんしろと?!
何その羞恥プレイ。ゾクゾクしちゃうわ!! 俺を社会的に殺す気か?!
「ダメなのー?」
なんだその上目遣いは!!
もはや俺に選択権などなかった。
何? 女の子ってこういう事平気でしてくるものなの?
「……口を開けい」
「あーん」
瞳を閉じてアイスを待つモカの無防備な口の中に、スプーンですくったアイスを入れる。
少し表情を緩めたモカは、口の中でアイスを転がしてから「あまーーーい」と笑顔で呟いた。
「そりゃ、アイスだからね」
満足気な表情の彼女を見て、俺はふと思い出す。
あれ? これ間接キスじゃね?
「しょーくん、どーしたの?」
そんな事は気にしていないのか、モカは首を横に傾けて俺に顔を近付けてけた。
湿った唇が嫌でも視界に入る。柔らかそうな、甘そうな。ほんのり香るシャンプーの香りが、トリップしていた俺の意識を戻した。
「な、な、な、な、な、なんでもございませんわよ」
何緊張しちゃってんの俺。相手はモカだぞ。いや、モカは可愛いんだけど───いや、そうじゃなくて。
「しょーくんも食べるー? 人生のように甘いアイスだよー」
自分で使っていたスプーンを使ってアイスをすくったモカは、それを俺の口に向けてくる。
何を緊張する事があるのか。たかだか間接キスだ。高校生なら普通だよ。
「人生ってのは苦いんだよ」
いかん、テンパってツッコミがおかしい。しっかりしろ山田。お前のツッコミはそんな物か。
「えー、甘々だと思うけどなー。はい、あーん」
近付いてくるスプーン。もはや逃げ場もなく、俺は眼を閉じてアイスを口に受け入れる。
甘い。とにかく甘い。もうなんか色々甘い。冷たいアイスの筈なのに、顔は熱くなって口の中のアイスは一瞬で溶けた。
俺は何をこんなに火照ってるんだろう。
「美味しいー?」
「美味しい」
「でしょー」
満足気なモカは、自分のアイスを笑顔で口に放り込んでいった。
俺はそれを見ながら、頭を冷やすためにアイスを食べる。この冷たさが今は丁度良いくくらいだった。
「ねー、しょーくん」
青い空を見上げて、彼女はゆっくりと言葉を繋げる。
「……やりたい事は、見付かった?」
その言葉はどちらの意味なのか。
今日───今からやりたい事なのか。
それとも───俺が全力でやりたい事なのか。
どちらにしても、俺は答えを言えなかった。
答えを先延ばしにして、今が楽しければ良いと逃げて。
結局此処にいる俺はなんの答えも出せていない。
でも何かを言わなければいけない気がする。
そうしないと、この時間がなくなってしまいそうで。
「俺は……俺は……」
───だけど、言葉が出なかった。
出る言葉がないのだから。
今だから全力でやりたい事を、俺は見付けられていないのだから。
「俺は───」
「あ、翔太君にモカ! こんな所で何してるのー?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえて、俺とモカは揃ってその声の主に視線を向ける。
ピンク色の髪を揺らすひまりちゃんは、クレープを持ったまま俺達の座るベンチに向かって走ってきていた。
「ひーちゃんじゃーん。おすおすー」
何気ない顔で挨拶をするモカの隣で、俺は顔を逸らしてもう一度アイスを食べる。
あーんとか、見られていたりするのだろうか。なんて事を妙に冷静に考えていた。
「こんな所で二人きりなんてー、もしかしてデート?」
何を考えているのか、ひまりちゃんは眼を輝かせてそんな事を聞いてくる。俺は口に含んでいたアイスを吹いた。
「そーだよー?」
「おいぃぃいいい!!!」
誤解を招くような返事をしないで?!
いや、確かに男女が二人きりで遊んでたらデートかもしれないけどさ。
俺達はそんな関係じゃないでしょう。いつかもそれで蘭と一悶着あったでしょうが。
「や、やっぱり二人って……。モカー、なんであたしに教えてくれなかったのー!」
「完全に勘違いしてますなー」
「え……ど、どっちなの?」
困惑するひまりちゃんを見ながら、俺は両手を上げてモカのジョークだと訴えた。
ひまりちゃんはそれを見るなり頬を膨らませて、モカに「もー! 紛らわしいよー!」と抗議する。
俺とモカじゃ釣り合わない。
俺となんか───いや、下向きな事ばかり考えてもダメか。
少なくとも、まだ何も探せていない俺とモカでは釣り合わないんだ。
「なぁ、モカ……俺探すから」
無意識の内に、そんな言葉が漏れる。
彼女と釣り合わないからどうした。俺とモカはそんな関係じゃない。
それでも、彼女と居ると前に進まなきゃいけないと思ってしまうんだ。
このままじゃいけない。
置いていかれてしまいそうで。
せめて彼女の隣じゃなくて、後ろでもいいから、そこに居させて欲しい、
どうしてか、そう思った。
「そっか」
彼女は笑顔で短く答えてくれてから、ひまりちゃんが膨らませた頬を突く。
「ひーちゃん、プニプニだねー」
「それもしかして太ったって事?!」
「ぷーちゃん、プニプニー」
「待って! ぷーちゃんって何?!」
この賑やかな場所から離れたくない。
だからせめて───
「ぷまりちゃん、そこに美味いアイス屋があるんだが」
「翔太君まで?! 待って、あたしそんなに太ってる?! ねぇってばー!」
───今だから全力でやりたい事を探すんだ。
次回『答えを探して』