今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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答えを探して

 きっと、俺には眩し過ぎたんだと思う。

 

 届きもしない場所で輝いている太陽に手を伸ばして、赤く染まった夕焼けは俺から離れて行くように黒く染まっていった。

 

 

 走ったら太陽に追いつけるだろうか。

 

 

 走り続けたらずっとあの空を見ていられるだろうか。

 

 

 俺なんかにそんな事が出来るのだろうか。

 

 

 

 そう思って立ち止まって、毎日やってくる夕焼けを待つだけの俺はふと思う。

 別に太陽に届かなくても良い。せめて走り続けて、あの空を見続けていたいんだ。

 

 だから、探すんだ。

 

 

 

「お仕事お仕事楽しいなぁ〜」

 変わっていく空を見上げながら、窓際に設置されている本棚の整理をする。

 

 山田翔太は社畜だ。最近ちょっと休みが増えたけど、やっぱり社畜なのは変わらない。平日なんてほぼ出勤である。

 一応高校生なんですけどね。

 

 

「お仕事お仕事楽し───ハ?! いや、なんだこの歌は……働き過ぎて遂に頭がイカレたのか」

 無意識に口ずさんでいた歌に自分で絶望しながら、俺は心を切り替えようと頭の中で別の曲を流した。

 

 最近聞き出したPastel*Palettes(アイドルバンド)の曲。その中でも耳に残るのは商店街で始めて聞いた曲で、名前はなんだったかな。

 

 

「お仕事お仕事、楽しいよ〜。お仕事楽しいよ〜お仕事」

 歌詞が思い出せないとルルルとかラララとか歌うのが、疲れてるのかなんか自然とお仕事になるんだけど。

 サビの部分歌ったんだけど、なんかもう酷い。えーと、ちゃんと歌詞を思い出して。

 

 

「───♪」

「あ、山田君! こんな所で何してるのー!」

「うわぁぁぁぁあああああ!!!」

 突然背後から話しかけられて、俺は悲鳴というか絶叫を上げる。

 

 普通にアイドルの曲を歌ってるのを聞かれるのだけでも充分に恥ずかしいのに、それを本人(・・)に聞かれたのだ。

 

「奇遇だねー!」

 背後に立っていたのは、薄水色の髪と小さな三つ編みが特徴的な整った顔の女の子。

 Pastel*Palettesというアイドルバンドのギター担当───氷川日菜である。

 

 そして俺が口ずさんでいたのはそのPastel*Palettesの曲だ。この事態の意味が分かるか?

 もうなんかね、死にたい。死のう。

 

 

「こんな所でも何も、奇遇でもなんでもなくここは俺の職場なんですぅぅううう!!!」

 なんとか冷静を保って返───せてないね、全然冷静じゃないよ。窓に映る自分の顔は真っ赤だった。もう殺してくれ。

 

「あっははー、顔真っ赤だよ? どうしたの?」

 な、なんだ聞いてなかったのよ、良か───

 

「ところでさっき歌ってたのって、Y.O.L.O!!!!!だよね?」

「聞いてたのかよぉぉおおお!! なら聞いてくるんじゃねーよその通りだよもぉぉぉおおおお!!!」

 何この人! 人の気持ちが分からないのかな?! サイコパスかアンタ!!

 

 しかし俺が歌っていたのは、彼女の言う通りPastel*PalettesのY.O.L.O!!!!!である。

 商店街でモカが教えてくれたのをきっかけに、最近よく聞くようになった曲だった。

 

 

「でもどうして顔が赤いのかなー?」

「いや、それは───」

「あ、分かった!」

 なんかよく分からないけど絶対に分かってないだろ。

 

 

「あ、リサちー。聞いて聞いて! 山田君ってばね───」

 学校帰りで一緒だったのか、後から店に入ってきたリサさんを笑顔で呼び付ける日菜先輩。

 

 

「エロい本の表紙見て顔真っ赤にしてるんだよー!」

「お前はバカかぁぁぁああああ!!!」

 確かに本棚の整理してたからエロ本も近くにあるけど!! 男の子だしチラ見したりするけど!!

 この赤面は断じて違うからね。しかもよりによってリサさんに言うって何考えてるのこの人!!

 

 

「山田君も男の子だしねー。でも日菜、男の子のそういう部分には出来るだけ触れてあげないのが女子力って物だと思うよ?」

「違いますから!! 誤解ですからぁ!!」

 もう泣きたい。いや泣いてるわ。なんか大粒の涙が床に垂れてる。

 

 

「そーなんだー。でも面白い山田君が見れたからあたしは満足だなー」

 鬼かコイツ。

 

 

「……いや、実は───」

 かくかくしかじかで───と、リサさんへの誤解を解く為に俺は事情を話した。

 本当の事情もそれはそれで恥ずかしいのだが、背に腹はかえられぬという奴である。

 

 

「なるほど、つまりパスパレの歌を歌ってるのを本人に聞かれて顔を真っ赤にしてただけで。えっちな本を読んでいた訳じゃないんだね」

 最後の確認入りますか?

 

「はい……」

「そんなに恥ずかしい事かなー? あたしも、歩きながら歌ったりするけどなー」

 あなたと一緒にしないでほしい。

 

 

「まぁ……気持ちが分からなくはないかな。シャワー浴びてる時の鼻歌とか、家族に聞かれたりしてると恥ずかしく思う事もあるよね」

「ほぅ……」

「山田君?」

「あいやぁ! なんでもないです!! ですよね! 俺も思います!!」

 断じてリサさんのシャワーシーンを想像していた訳じゃないぞ。俺は健全な高校生だ。ある意味な!

 

 

「でも、他のパスパレの曲じゃなくてY.O.L.O!!!!!だったのは妬いちゃうなー」

 明後日の方を見ながら、日菜先輩は別に声のトーンも落とさずにそんな事を言う。

 どういう意味なのか分からない。

 

「ドユコト」

「山田君知らないんだ。Y.O.L.O!!!!!の作られた経緯。モカとかに聞いてるかと思ってたけど」

「何を言ってるのかさっぱりですね」

 経緯って何。

 

「あの曲はねー、蘭ちゃん達に作ってもらった曲なんだよ」

 何やらとても楽しそうな笑顔で、日菜先輩はそんな事を言った。

 

 

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、一周回って色々な事が理解できる。

 

 

「だから……」

 曲調というか、その曲の本質というか。あまり音楽に興味がある訳じゃないが、俺がずっと好んで聞いていた曲に似ていたんだ。

 

 

 ───Afterglowの曲に。

 

 

「いや、なんか……すみません」

 それに気が付いて、俺は苦笑しながら日菜先輩に謝る。

 申し訳ないというかなんというか。どうも言葉に出来ない気分だった。

 

 

「別に良いんだけどさー。でもなんだろ、この気持ち。モヤモヤする〜」

 どうしたのこの人。

 

「日菜って負けた事ないからさ」

 そんな彼女を横目で見ながら、リサさんは小声で俺にそう言う。

 成る程、天才故の葛藤という奴なのかもしれない。

 

 

「しかしモカ達のグループが作った歌詞や曲を、日菜先輩達が演奏か……。面白いですね」

「でしょー! あの時は凄いるんときたなー! なんかこーねー、あたし達とは違う人の曲って新鮮でさー。いつもしゅわしゅわ〜なのに、その時はギラギラ〜って感じで!」

 何言ってるか全然分からないんですけど。

 

 

「いや、しかしそうか……。曲作りか」

 無意識とまでは言わないが、俺はふとそんな事を呟いていた。

 

 そもそも俺が無趣味なのは本当にやりたい事が見つからないからである。だったら、面白そうなものがあったら挑戦してみればいい。

 それにもし曲が作れるようになったりすれば───なんて事を考えた。

 

 

「リサさんって、歌詞コンテストだかに挑戦した事あるって話してましたよね?」

 日菜先輩が帰った後、接客の合間に俺はリサさんにそんな質問をする。

 モカに聞いた話なんだが、リサさんは歌詞作りの天才らしい。お菓子もお歌詞も作れるんだと、自分の事のように話してくれたっけか。

 

「んー、お菓子コンテストには参加した事ないけど。してみたいなー」

 リサさんの作るお菓子美味しいからね。

 

 いや、そうじゃなくて。

 

 

「作詞の方です」

「あ、そっちか。ごめんごめん。……うん、一応ね。……落選しちゃったけどさ」

 目を逸らしてそう言うリサさん。もしかしたら触れたらいけない話題だったのかもしれない。

 

 

「作詞に興味があるの?」

「ちょ、ちょっと……ちょっとですよ」

 理由とか恥ずかしくて言えない。

 

「ふふーん、成る程ねぇ」

 妙に頬を緩ませるリサさんは、急に「よーし、今日この後山田君空いてるよね?」と聞いてきた。俺は即答する。

 

 

「アタシがおかし作りの基礎を教え込んじゃうぞー!」

 これはもしや、リサさんと初デート───なんて事を少し前なら思っていたかもしれない。

 

 

 ただ、今の俺にそんな余裕はなかった。

 

 

 焦っていたんだと思う。

 

 

 バイトが終わった後、ファミレスでリサさんのよく分からないお歌詞講座を必死に聞いた。

 家に帰るなりノートとペンを持って珍しく机に向かう。両親に心配されたが、無視してとりあえず前に進んだ。

 

 

 

 

 

「……やめるか」

 でも結局、俺は立ち止まる。

 

 三日坊主とかそういうレベルですらなくて、結局最後まで全力で取り組む事が出来ないんだ。

 何処かで冷めてしまって、熱が続かない。何をやってもそう。

 

 

 この十五年間ずっとそうだった。

 

 

 今更変わる事なんて出来るわけがない。

 

 

「クソが」

 何の意味もない文字の羅列が書かれた紙を、破って捨てる。

 ふと携帯を見るとメッセージが丁度届いた所だった。

 

 

『しょーくん』

 短文。

 

 

『日曜日休みだよね?』

 

 

『暇?』

 直ぐに『暇』と入力して、俺はその文字を消す。

 

 

「暇だよ……」

 遊びたい。その時が楽しければ良い。

 

 そんな事を思ってる奴と、彼女みたいな今を本当に大切に生きてる奴が釣り合うわけがない。俺なんかが隣にいて良い訳がない。

 

 

 

『ごめん、その日はやりたい事があるんだ』

 それなのに、俺は見栄を張った。救いようのない嘘をついた。

 

 

『了解』

 

 

『楽しんでー?』

 

 

『頑張れー?』

 

 

『またね』

 

 

 返事を返せない。ただ既読だけが付いたメッセージを見て彼女が何を考えるだろうかとか、そんな事を考える。

 それでも、何かメッセージを送る事は出来なかった。何度も文字を入力しては、それを消す。

 

 

 ──やりたい事は、見付かった?──

 

「やりたい事が見つかったんだ」

 ただ、その言葉が言いたいだけだったのかもしれない。

 

 

 結局俺は、何も出来ない。

 

 

「こんなんじゃダメだよな……」

 どうしたら良いのか。どうしたら何かを頑張れるのか。

 

 一人で考えても答えが出ないなら───

 

 

「───ツグる方法でも教えて貰うか」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「いらっしゃいま───山田君?」

「おはよう、つぐみちゃん」

 日曜日。モカにはあんな連絡をしたが、実際用事なんてなかった俺は羽沢珈琲店に来ていた。

 

 

 つぐみちゃんに席を案内してもらいながら、俺は店内を確認する。

 これでモカがいたらちょっとした大惨事だからね。

 

 別に何も後ろめたい事はないけど……。いや、あるか。

 

 

「今日もモカちゃんと?」

 お水を持ってきてくれたつぐみちゃんは、さりげなくそんな事を聞いてきた。心が痛い。

 

「いや、ちょっとつぐみちゃんと話したくて。あ、朝食のBセットで」

 言い掛けた時に凄い恥ずかしい事を言っている事を自覚したので、俺はもう吹っ切れてキメ顔でそう言う。

 当のつぐみちゃんは「えぇ?! 私と?!」と顔を真っ赤にしていた。可愛い。

 

 

 いや、凄い申し訳ない気分だ……。

 

 

「まぁ……ただの相談事なんだけども」

「相談事……? うん、私で良かったら全然聞くよ! バイト終わりが十一時くらいなんだけど、その後でも良いかな?」

「ありがとう。食べながら待ってるよ」

 真剣な表情で答えてくれたつぐみちゃんにお礼を言って、俺はつぐみちゃんのバイトが終わるのを待つ事にする。

 

 どうも話によれば巴とひまりちゃんも来るようだ。

 モカは来ないって聞いた時にホッとしたのは、誘いを断った後ろめたさもあるけれど───

 

 

 

 

「趣味がなくて自分に自信が持てない、か」

 羽沢珈琲店の一角に集まった巴とひまりちゃん、それにつぐみちゃんの前で俺は今の悩みを彼女達にぶつける。

 あまり人に相談とかした事ないから、少し恥ずかしい。

 

 

「山田君……」

 俺のそんな話を聞いて、残念そうな表情をしたのはつぐみちゃんだった。

 

 彼女はお化け屋敷で俺の事を褒めてくれていたから、今の俺の行動はそんな彼女の気持ちを蔑ろにする事になるんだろう。

 

 

「ごめん、つぐみちゃん」

「あ、謝らないで! でも、私は山田君は素敵な人だと思うよ!」

 なんですかそれ告白ですか。惚れますよ。

 

 

「でもなんで急にそんな事思ったの? そんなに気にする事じゃなくない?」

 ひまりちゃんは首を横に傾けてそう言った。

 

 確かにその通りだろう。

 なにせ俺はこの十五年間それで良いと思って生きてきたんだ。

 

 それが急にどうしたって話である。

 

 

「なぁ、翔太。アタシ達友達だよな?」

「急に何ですか恥ずかしい」

 詰め寄ってくる巴に怖気ついて身を引くが、彼女は更に俺に詰め寄ってきた。

 

「友達だよな?」

 そして念押しされたその言葉に、俺は首を縦に振るしかない。

 

 

 それを否定する要素はないだろう。何度か一緒に遊んだし、彼女達がどうあれ俺は友達だと思っているのだから。

 

 

「それじゃ、遠慮しないからな」

 巴はそうとだけ言って、一度自分の席に戻った。そんな彼女を見るひまりちゃんの表情は、何かに怯えたようなそんな表情。

 

 

「え、えーと、巴……さん?」

「翔太」

 真剣な表情の眼光に睨まれて、俺は動きが取れなくなる。これが蛇に睨まれた蛙の気分なのだろうか。

 

「これは買い被りかもしれないけれど、もしアタシ達を見て自分の事を蔑んでるなら許さないぞ」

「そ、そんな事は……」

 図星だった。

 

 それで、許さないとまで言われて俺はどうしたら良いか分からなくなる。

 

 

 この関係が壊れるのが怖い。

 

 

 今がなくなるのが怖い。

 

 

 

「と、巴ちゃん……っ」

「だってアタシ達はそんな理由でバンドを組んでるんじゃない。自信がない? アタシだって自信なんてないよ。アタシはあこの前に胸張って立っていられる姉で居ようって、必死になってる」

 彼女達がバンドを組んだ理由は知っていた。

 

 

 五人が一緒にいる為に。

 そんな単純だけど、大切な理由。

 

 

「確かに今はAfterglowとしてバンドをやるのは楽しい。でもアタシ達は、自分に自信を持つ為にバンドを組んだ訳じゃない」

「そうだよな……」

 彼女達にとっては当たり前の事なのだろう。

 

 真剣な表情で、彼女は俺の目を見ていた。

 

 

「アタシ達だって、別にやりたい事や趣味があるからって自分に自信がある訳じゃないぞ。つぐみなんて、自信がなさ過ぎるくらいだ」

「わ、私はだって……その」

 俺に吊られるように俯くつぐみちゃん。なんだか申し訳ない気分だが、巴はそんな彼女を見ながらこう続ける。

 

「でも、つぐみが居なかったら……少なくとも今Afterglowは無いと思う。自分で思ってるより、他の人から見たらその人は凄い奴なんだよ……って、自分でもちょっと何言ってるか分からなくなってきた」

 あははと笑いながら、巴は仕切り直すように笑顔を向けてくれた。

 

 

「翔太だって凄い奴だと思うぞ。モカが失くした財布を見付けてくれたし」

「いや、あれは……」

 結局あの財布を見付けたのは俺じゃない。俺は何もしていない。

 そう思って俯くと、今度はひまりちゃんが席を立って詰め寄ってくる。

 

「そもそも、モカがあれだけ大切にしてる財布をプレゼントしたのは翔太君でしょ? もっと自信持ちなよ!」

「私が言うのも変かもしれないけど、山田君はもう少し自信を持っても良いと思うんだ」

 ひまりちゃんとつぐみちゃんにもそう言われて何も感じない程不貞腐れている訳ではなかった。

 

 

 

 ただ、どうもモカの事を考えるとモヤモヤする。

 彼女を遠くに感じてしまう。

 

 

 

「ありがとう、三人共」

 どうしてそれが嫌なのかも、分からなかった。




次回『見付かった答え』

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