今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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恋愛難易度と攻略法

 音とは、言ってしまえばただの空気の振動だ。

 

 

 リズミカルな音楽も、都会の駅の喧騒も、小鳥の囀りから雑音まで全てただの振動である。

 だけどそれは、受け取った人次第で感じ方も変わる物だ。この喧騒も、リズムも、雑音も───歌声もリズムも、俺は大好きだった。

 

 

 気が付けば彼女ばかり見ていて。

 

 

 その時間は一瞬で。

 

 

 やっぱり俺は、彼女の事が好きなんだと再確認する。

 

 

 

 

 

「お疲れさん」

 日曜日。ライブイベントが終わり控え室から皆が出てくるのを待って、俺は差し入れを突き出しながらそう言った。

 やまぶきベーカリーのオススメパン五つセット。おやつになってしまうが、演奏で疲れた五人には丁度いいだろう。

 

 

「ありがとう山田君」

「おう。全部違う奴だから仲良く分けろよ」

 この五人に限ってパンを取り合って喧嘩するなんて事は───

 

「ひーちゃん、そのメロンパンは一つしかないのだけど」

「そうだね。でも、私が最初に取ったよ?」

「やる気かな」

「私だってモカにやられっぱなしじゃないからね!」

 ───どうしようパンだけで喧嘩し始めた。

 

 

「あっはは、アタシは最後に残った奴でいいよ」

「モカもひまりも、早く決めて」

「だって今日はメロンパンの気分なんだもん!」

「モカちゃんからパンを取ろうなんて、あんまりだよひーちゃん」

「ふ、二人共落ち着いてー!」

 どうしてこうなったのよ……。

 

 

「あー、もうはいはい。半分にしろ半分に」

 俺は紙袋からメロンパンを取り出して、それを二つに割る。クッキーの部分に線が入ってるから、メロンパンって半分にしやすいよね。

 

「後なんか二人で選んでそれも半分にしたら良いだろ……」

「いやー、モカちゃんも初めからそうしたら良いと思ってたんだよねー」

「翔太君ってもしかして天才?!」

「バカではないかな。メロンパンで喧嘩する程バカではないかな」

「翔太君が酷い!!」

 ライブに参加していたバンドのメンバーやお客さんの通る通路でこんなバカをやっている彼女達だが、ライブの時に全力で音楽に向き合う熱い気持ちを見せてくれるのもまた彼女達だ。

 

 

「お、つぐの選んだパンは新作か?」

「うん。気になったからこれにしたんだ。巴ちゃんも少し食べる?」

「メロンパン美味しー」

「こうしてひーちゃんの体重がまた増えるのであったー」

「モカ、ひまりより食べてるよね……?」

 いや、でもなんかもう実は別人なんじゃないかって思えて来たよね。

 

 

「しょーくんも食べるー?」

「いや、俺は良いよ」

「あげないけどねー」

「テメェぇぇえええ!!! よこせぇぇぇえええ!!!」

「ひーちゃん、逃げよう」

「なんで私まで追いかけられてるのぉぉ?!」

「三人共落ち着いて?!」

 まぁ、それが良いんだけどさ。

 

「君達ここで遊ばないで?!」

 数秒後、CiRCLEのスタッフであるまりなさんに怒られたという話。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「いやー、走り回ったらお腹減ったねー」

 さっきパンを食べたばかりの女子高生は、お腹をさすりながらそんな事を言う。

 

 

 昨日も俺を含めた六人でファミレスに行ったのだが、せっかくのライブの日だからお疲れ様会という事でまた皆で晩飯に行くようだ。

 一応俺は断ったのだが、どうしてかひまりちゃんに強制連行されている。どうやら聞きたい事があるらしい。

 

 何かあるなら今直ぐに聞けば良いと思うのだが、今はダメだとかなんだとか。何を聞いてくるつもりなんですかね。

 

 

「しかし、いつものファミレスで良いのか? なんかこう、少しくらい高い店でも俺は大丈夫だぞ」

「なんで翔太は自分で財布になろうとしてるんだ……?」

「山田君、流石に申し訳ないから今日は自分達で払わせてほしいな……」

「いやー、だってほら。お金の使い道がないし」

 社畜を舐めるなよ。

 

「別に高いお店じゃなくても、あたしはいつも通り皆と居られればそれで良いし」

 僕がいるからいつも通りじゃないんですけどね。

 

 

「それに、山田が財布になる事はないよ。うちには頼れるリーダーがいるから」

「ちょっと待って?! それ私が払う事になるの?!」

「冗談」

 最近、ひまりちゃんの扱いがなんとなく分かってきた。

 

 

「ひーちゃん、ごちになりまーす」

「モカの代金だけは嫌ーーー!」

 シャレにならないからね。

 

 

 

 そんな訳で、俺達はいつも通りのファミレスに辿り着く。

 

 いつも通りのドリンクバーと、個性豊かな注文と。

 ちょっと贅沢にデザートまで頼んだ俺達は夕食を楽しみながら談笑に浸っていた。

 

 

「それで、演奏中に私涙が出てきちゃってー」

「ひまりは大袈裟過ぎ」

「あっはは、ひまりらしいな」

「ひーちゃんはすぐ泣くからなー。あ、モカちゃんちょっとお花を摘んで来まーす」

 話の途中でモカがトイレに行くと、さっきまで若干興奮気味にライブの感想を話していたひまりちゃんは急に表情を引き締める。

 

 え、何どうしたのこの人。

 

 

「翔太君!」

「なんで話ぶった切れてんの……?」

 さっきまでライブの話してたのに、モカが居なくなった瞬間どうしたのさ。

 

 

「モカの事好きって本当?!」

「ブフゥゥゥゥッッッ!!!」

 唐突なその発言に、俺は飲んでいたりんごジュースを吹き出した。

 なんとか顔を横に向けて誰かにぶち当てる事は回避したが、この人こんな公衆の面前で何言ってくれてるの?!

 

 

「蘭か!!」

「いや、別にあたしが言わなくても当人とひまり以外は全員気が付いてたけど」

 嘘だろ……。

 

「ご、ごめんね山田君! ひまりちゃんも気が付いてると思って、私あの後言っちゃって……」

 ひまりちゃんに俺の気持ちをバラしたのはつぐみちゃんらしく、とても申し訳なさそうな表情で謝ってくる。

 流石につぐみちゃんを怒る理由はないが、とても厄介な人に気が付かれたと知って頭が痛くなった。

 

 

「で、どうなの?」

 前のめりになって、ひまりちゃんは俺に再び聞いてくる。モカが帰って来る前に話を聞き出そうという魂胆か。

 という事はつまり、話があるの話とはこの事だったらしい。帰ればよかった。

 

 ひまりちゃん、この手の話好きそうだからなぁ。

 

 

「仰る通りでございます……」

「きゃー!」

「ひまり、うるさい」

 大興奮のひまりちゃんを蘭が黙らせて、席に座らせる。

 それでも興奮の治らない彼女は目を輝かせて俺の事を見ていた。

 

 やめろ。そんな目で俺を見るな。

 

 

「私、すっごい応援しちゃう!」

「ど、どうも……」

 怖いなぁ……。何されるんだろ。

 

 

「ていうか、お前達は良いのかよ。幼馴染を誑かそうとしてる男が目の前にいる訳だが」

「自分で言い方が酷い」

 事実だしな。

 

「自覚はあったんだ」

 どういう事?!

 

「アタシ達は翔太が良い奴だって知ってるし。それに、翔太の気持ちをモカが喜んでくれればアタシ達も嬉しいしさ」

 最高の幼馴染かよ。眩しいよ。直視出来ない。

 

 

「別に、山田なら良いっていうか……」

 お父さんかお前は!

 

「あとはモカをどう落とすかだよねー」

「う、うん。そうだね! 山田君、ファイトだよ!」

 モカをどう落とすか、ねぇ。

 

 

 

 やべぇ、何も考えてなかったけどモカに俺の事を好きになってもらうって中々無理ゲーなんじゃないの?

 そもそもあの人恋愛感情とかあるの? てか心情が読めないんだよ。脈の有り無しが全くもって分からないよ。

 

 

「なに頭抱えてんの……」

「無理ゲーだ……」

「あ、あはは……。山田君なら大丈夫だよ!」

 どこからその自信が湧くんですか……。

 

 

「いやー、綺麗なお花が詰めたな〜」

 そして唐突にモカが帰ってくると、俺達は一斉に姿勢を戻して話をぶった切る。

 

 静まり返った俺達を見て首を横に傾けるモカは、この場で一番おどおどしている人物に話し掛けた。

 

 

「どーしたの、ひーちゃん」

「な、な、な、な、な、な、な、何でもないよぉ?!」

 何でもありすぎるでしょその反応は!!

 

「ひーちゃん」

「な、何? モカ」

「もっと食べたいなら食べても良いんだよ。太るかもしれないけど」

「モカと一緒にしないで?!」

 えー、お腹が減って動揺してると思ったのー? えーっ。

 

 

 しかし、ひまりちゃん弄りで場が和みなんとかあの空気からは脱出する。

 

 

 

 ただ、これまで全く気にしていなかった事を俺は気にするようになった。

 

 

 

「モカを振り向かせる、か」

 俺はもしかしたらとんでもない難易度の恋愛に挑もうとしているのかもしれない。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「───と、いう訳なんだ」

 翌日の学校で、俺は友人である橘圭介に女の子の口説き方を聞いてみる。

 中学からの仲の親友は、真剣に俺の言葉に耳を傾けてくれた。

 

 

「死ねば良いと思うぞ」

「俺達友達だよな?!」

「いや、俺は本気で言っている」

 いや本気で酷いよ!!

 

「死ぬ気でやれ。それしかない」

「圭介……」

 なんでこの人こんなに格好良い事平然と言えるんだろう。俺が女の子だったら惚れてるね。

 

 

「まぁ、俺はその人の事を知らないから具体的なアドバイスは出来ないな。強いて言うなら、彼女の事を知っている人に聞くのが一番だ」

「天才かよお前」

「お前がバカなだけだと思うぞ」

 なんでこの人こんなにさらっと酷い事平然と言えるんだろう。俺じゃなかったら心が折れてるね。

 

 

「世の中なるようになる。頑張れ」

「おう」

 良い友達を持ったよね。本当に。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 彼女の身近な人というのは、思いの外結構身近に居た。

 だから、俺は手近な所から攻めていく事にする。

 

 

 勿論、モカに悟られないようにね。

 

 

 

「そんな訳なのでリサさん。何かご教示を」

「モカを振り向かせる方法、かぁ。どうしてそうなったのかって所から言いたいけど、それは野暮なんだろうなぁ」

 どういう意味よ……。

 

「それじゃ、アタシはモカ以前に───異性を振り向かせるアドバイスを一つ教えてあげようかな」

「え、何そのギャルの裏技みたいな奴。大丈夫なんですか?!」

 なんか怖い事教えられちゃうのだろうか。

 

 

「なんでそんなに怖がられてるの……?」

 ギャル怖い。

 

 

「山田君、人が生活する上で必要な三つの事ってなんだと思う?」

「睡眠欲、食欲、せ───」

「待った! それは三大欲求!! ちょっと違う!!」

 慌てて顔を真っ赤にするリサさん。ギャルなのに……。

 

「あはは……。衣食住ですよね?」

「わざとだなぁ……?」

 バレたか。

 

 

「欲求もそうだけど……。食べる事ってやっぱり大切なんだよね。モカは特に貪食だし」

 確かに彼女は良く食べるな。これでもかというくらいの胃袋の持ち主だ。

 

「異性のハートを掴むなら、まずは胃袋を掴むべし。これがアタシからのアドバイスね。なんならお料理教室も開いちゃうよ」

 たまにこの人が本当にギャルなのか疑いたくなるよね。

 

 

「他にも皆にアドバイスを聞いて、日曜日モカも休みで確か練習とかもないって言ってた筈だからさ。思い切って家に誘ってみたら?」

「いきなりお家呼びなんて流石ギャル!」

「山田君がアタシに遠慮なくてなんか怖い! ていうか山田君、何回かモカを家に誘ってるよね?!」

 緊張がほぐれるとこんな感じなんです許してください。普通にセクハラですけどね。

 

 怒らないリサさん優しい……。

 

 

「決行は今週の日曜日か……」

 この一週間で色々と準備しなくちゃな。

 

 前回商店街を歩いた時は、予定すら立てられずに情けない結果になっている。

 あの時の挽回も兼ねてモカからの好感度を上げる為に全力を出すんだ。

 

 

 何かやりたい事を探すとか、その後モカに告白するとか以前に彼女に俺を好きになってもらわないと意味ないからな。

 

 

 

「おっしゃ、やるぞぉぉ!!」

「あ、あははー。大変だなぁ……二人共」

 この直後バイトに来たモカに、何をやるのか聞かれて超挙動不審になったのはまた別の話。




次回『お家デート【準備編】』

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