──大切なのは料理をする所を見せる事だよ!!──
お料理教室でのそんなリサさんの言葉を思い出す。
「おー、なんかしょーくん、歴戦の主婦みたい」
「歴戦ってなんだよ。何かと戦うのか?」
「G?」
「そんな歴戦嫌だ!!」
後ろで歓声を上げるモカにツッコミを入れながら、俺はエプロンを装着した。
お家デート当日。宅配屋さんと入れ替わりでやって来たモカ。
宅配屋さんに凄い爽やかな笑顔を向けられたが、残念ながら俺達は
だが、今日とは言わずともいつか必ずモカを落としてみせる!!
そして俺も全力でやりたい事を探して、モカに告白してみせるのだ。
「何を作るのー?」
いつも通り。パーカーにショートパンツとラフな格好のモカは、背後から顔を覗かせてキッチンに置いてある食材を凝視する。
常に腹ペコのモカだから、昼食が気になって仕方がないらしい。
所で俺の眼前に広がる食材はいたってシンプルだ。
豚のバラ肉に、キャベツ、ニンジン、やきそば。なんの説明もする必要もなくやきそばである。
流石にやきそばだけだと寂しいので、モカに「見れば分かる」とだけ答えて冷蔵庫から豆腐と白味噌を取り出した。味噌汁である。
はい。ぶっちゃけ突然料理を教わってそんなに難しいものが作れる訳がありませんでした。
本当は格好付けて何品も作りたかったよ!! なんだよ二品って!! しかもやきそば!! 山田の無能!!
「おー、やきそばだ〜。安くてお腹の膨れる、主婦の味方。やっぱりしょーくんは歴戦の主婦だった」
ただ、当のモカには好評のようである。もしかしなくてもお前食べられれば何でもいいな?
「ま、まぁな。本当は色々作れるけど? うん、そんなに張り切らなくても良いかと思って? うん」
嘘です超張り切ってますよ。色々どころかやきそばと味噌汁しか作れないよ。
「それはそれは将来が楽しみですな〜」
それは置いておいて、リサさん曰く───料理をしている姿から思いやりを感じさせられれば好感度アップ間違いなし。
見せてやろう、俺がリサさんから授かった女子力を!!
「肝心な時に聞いていない」
「ん? なんか言ったか?」
「なんにも〜。ところで、何してるの?」
リサさんからの教鞭を思い出しながら、俺は数種類の調味料を小皿に分けて混ぜていた。
主な材料はソース、というかぶっちゃけソース以外の何物でもない。ただ、ここにリサさんのこだわりが付いてくる。
「やきそばのソースを作ってるんだよ。普通に市販のを使うのも良いが、こうやって自分で作れば自分好みの味がやきそばに乗るからな」
俺が調理片手間にそう言うと、モカは口元を押さえながら「おーっ」と歓声をあげた。
今の台詞は完全にリサさんから教えてもらった通りに言っただけなのだが、モカは若干目を輝かせて薄っすらと光沢を浴びるソースに釘付けになっている。
ふ、完璧だ。
お料理教室での教鞭はしっかりと頭に叩き込んである。
もうリサさんの拘りったら半端ない。ギャルってなんだっけ。
これは当たり前だが、やきそばは肉から炒めていくのが定石だ。
そして野菜類の後に麺なのだが、ここで一工夫。少量の水をなるべく広範囲に散らばるように上から投入する。
「よくさー、やきそば作る時に水入れる人居るけど、これはどういう意味なの〜?」
「この水、普通に熱で気化して高温の水蒸気になるんだがな。水自体じゃなくてこっちが使用目的だ。普通ならフライパンで焼いているところしか加熱されないんだけど、この蒸気で全体を素早く加熱する事が出来る」
勿論、リサさんからの受け売りだ。
「加熱時間が少なくなれば、野菜の感触を崩す事もないからな。あ、これはチャーハンにも使える小技だ」
「しょーくん料理屋さんみたーい」
相変わらず目を輝かせるモカだが、ここまでくるとなんだか罪悪感が湧いてくる。
ちゃんと料理の研究は続けないとダメだな……。
心を掴むにはまず胃袋から。俺はそんなリサさんの言葉を何度も復唱した。
そんなこんなで味噌汁もパパッと作って、十三時前に昼食の準備を終える。
結構なボギャブラリーの少なさだが、こうして並べてみると案外悪くない。
それに俺には秘密兵器もあるのだ。
「それじゃ」
「いただきま〜す」
早速料理に手を付けていくモカ。まずは箸でやきそばを掬い上げて、その口に運んでいく。
何度も練習で作ったし、今回だってモカの目を盗んで味見もした。出来は上々。
しかし、それがモカの舌に合うかどうかは別である。緊張の一瞬だ。息を飲んで反応を待つ。
「……これは───」
固まって声を漏らすモカ。こころなしか声のトーンが低くて、俺は冷や汗を流した。
「───これは、ただそばを焼く料理だから付けられたやきそばという名前に革命を齎す一品。……お手製のソースも平均的に絡まっていて味にバラツキもないし、野菜も肉もそばも全部焼き加減がパーペキだよ〜。しょーくん、将来はやきそばで食べていく?」
「いやそこまでの食レポは求めてないしそんなつもりは毛頭ないしそもそもレシピも人譲りだからね?!」
突然とんでもない食レポが飛んできたのにビックリして、ついツッコミがてら本当の事を言ってしまう。
し、しまった……。
「でも作ったのはしょーくんだよねー」
しかし、モカはそんな事を言いながら満足気な表情でやきそばを口に運んでいく。
偶に味噌汁に手を付けては笑顔を零す彼女の顔を見て、俺は溜息が出る程安心してしまった。
自分が作った料理をこんなに美味しそうに食べてもらうのって、こんなに嬉しいのか。
感傷に浸っていると、ありえない速度でモカが食べているので危うく秘密兵器の事を忘れかける。
俺は急いで彼女の箸に待ったをかけた。
「……これが、待ての時の犬の気持ち」
「理性を保て」
よだれを垂らすな。
「こんな所で
「語尾の犬が無理ありすぎるしなんか変な誤解を生みそうな台詞やめて?!」
やばいプレイしてる人みたいじゃん!!
「とっておきがあるのよ。これを食べずして俺達の飯を終わらせるなんて論外だ」
そう言いながら俺は隠しておいたある食品を取り出す。
小麦粉に水を混ぜてこね、発酵させてから焼く全世界で主食として用いられている食品───
「───パン……っ!」
───パンだ。ただのパンである。コッペパンだ。コッペパンである。
「……俺がやりたい事は分かるな?」
「……ふっふっふー、モカちゃんに分からないとでも?」
だが、これはただのパンにあらずなのだ!!
「「やきそばパンだーーー!!」」
やきそばパン。
コッペパンに切り込みを入れ、そこにやきそばを挟んで食す日本独自のパンの食べ方である。
炭水化物オブ炭水化物みたいな食べ方は海外の方から見ると外道らしいが、日本人はこれが好きでたまらない奴が多い。
不良の決め台詞「やきそばパン買ってこいよ。お前の金でな」は特に有名だ(個人的見解)。
とにかく、日本人はこのやきそばパンが大好きなのである。
特にパン好きのモカにとって、これは普通にやきそばを食べるよりさらに嬉しい筈。
これこそが俺の秘密兵器。モカの胃袋を掴む、とっておきだ。
「さて、お味の方は?」
「美味しい」
あれ? さっきみたいな食レポは?
なんて不思議に思っていると、何故かモカの両目からポタポタと涙が出始める。
え、どういう事? どういう事?!
「美味しすぎて何も言えない」
「語彙力が死んでる……」
あまりにも衝撃的だったのか、モカはやきそばパンを食べ終わるまで一言も喋らなかった。
ただ、なんだか彼女は幸せそうで。そんな彼女を見れたのは俺も嬉しく思う。
◆ ◆ ◆
「大丈夫か?」
食器を片付けてから、俺は黙りを決め込んでいたモカにそう聞いた。
若干トリップしているようだが、この後の予定もあるのでそろそろ戻って来てもらわないと困る。
「モカちゃんは常に大丈夫〜」
色々な意味で大丈夫じゃない。
「……ったく、どうしたんだよ」
「いやー、うーん、決意を心に固めていた的な〜?」
やきそばパン食って何考えんだこの人。
「……そ、そうか。……あ、そうだ。何作か映画借りて来たんだけどさ、一緒に見ないか?」
ここからは第二ステップ。映画観賞だ。
食事で胃袋を掴んだら、次は癒される猫映画を見て雰囲気を和らげる。
金に任せてレンタルショップで猫が表紙の映画を五本借りてきたのだ。
DVDの入ったケースをモカに見せると、彼女は「おー、猫だらけ」と感心のこもった声で各種タイトルを眺めていく。
「こ、これは……」
そんなモカの目に止まったのは、猫の惑星というデンジャラスな名前の映画だった。
内容は知らないが、タイトルからするに沢山猫が出て癒される映画なのは間違いない。
「これにするか」
「うん。これ見たかったんだよね〜」
どうやら当たりを引いていたらしい。
早速DVDデッキを開いてテレビをつける。
画面に映ったタイトル画面。背景は自由の女神像の横に拡大された猫の顔が写っているという物。ちょっとこの時点でよく分からない。
「モカはこの映画がどんな奴なのか知ってるのか?」
俺の想像だと、世界中の猫が関わってくるハートフルニャンニャンストーリーなのだが。
「猫と戦う映画だよー?」
「ごめんもう一回言って」
俺が聞き返そうとすると、映画が始まってしまった。
当然映し出される宇宙船。乗組員達が歓喜の表情で宇宙船の外を見るのだが、視界に入るのは我等が母星───地球である。
どうやら宇宙船は数百年の旅をしていたらしくて、乗組員達は地球がどうなっているのか気になっている様子だ。
初めのうちは期待を膨らませる乗組員達なのだが、地球とのコンタクトが取れずにどんどん不安が募っていく。
画面が切り替わり、宇宙船からの連絡が届いて声が響いている宇宙センターのような場所。
しかしそこはもぬけの殻で、誰もいないどころか何年も放置されているかのように埃を被っていた。
そんなワンシーンで唯一、何かの影が動く。
三角形に尖った二つの何かが付いた丸。ゆっくりとカメラが影の反対側に回って、映し出されたのは───猫。
猫だ。ドラ●もんや●ムのように二足歩行をする猫。モン●ターハンターのア●ルーに近いかもしれない。猫である。
そしてその猫は口を開いた。
『───最後の人類がお帰りだニャ』
「いやなんだよこの映画!!!」
え?! ナニコレ?! 癒し系じゃないの?!
「猫の惑星。猫に支配された星のお話だよ〜」
「字面だけ見たらまだ癒し系じゃん?! いやそんな事ないか。いやだとしてもなんでこうなったの?!」
俺は癒し系を見る予定だったのに、なんかいきなりSFが始まったんだけど。
しかも猫、凄い運動神経で人間翻弄してるんだけど。怖い!! 猫怖い!!
「いやー、この映画ずっと見たかったんだよね〜。数ある猫映画の中でも最高水準のアクションシーンが魅力的なんだよ〜」
「猫映画の中でアクションシーンってどういう事だってばよ」
ダメだ、ツッコミが付いていかない。
何より話が普通に面白い。癒しとか全くないが、話の流れも分かりやすいしモカの解説もあって情景がどんどん入り込んでくる。
気が付けば俺は映画に集中していて、あっという間に上映が終わってしまっていた。
「いやー、面白かったね〜」
「まさかあの場面で死んだと思っていたツムゴロウさんが助けに来てくれるなんてなぁ。感動だわ」
「実はこの作品、続きやスピンオフも豊富なんだよね〜」
「それは見るしかないな。……今度また見ようぜ」
「うん。見にくるね〜」
なんて映画の感想を言い合って、俺はやっと目的を忘れていた事を思い出す。
猫映画で癒されていい雰囲気になるって目標があった筈なのに何してんだ俺は!!
い、今からでも遅くはない。もう一本猫映画を───
「なんと次回作はツムゴロウさんが主役らしいんだよね〜。それはモカちゃん的に超エモいというか〜」
───なんて、むしろ何してんだか。
モカがこんなに楽しそうならそれで良いじゃないか。癒しとか雰囲気とか以前に、彼女が俺と居ることを楽しいと思ってくれるなら、それ以上に嬉しい事はない。
だって俺は、その笑顔に惚れたんだから。
今を全力で楽しんでいるその笑顔に。
「また今度借りて来るよ。所でさ、ゲームやろうぜ」
「おっけー。負ける度に映画のツムゴロウさんのモノマネね〜」
「考える事エグっ!」
惚れさせるという点からしたら今回は失敗かもしれないが、モカが今日という日を楽しんでくれたのならそれで良い。
やきそばは喜んでくれたし、また家に来てくれるって約束してくれたし。
今の俺には、それでも充分だ。
次回『宇田川巴は過保護さん』