今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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温めますか?

「お弁当温めますか?」

「お願いしま〜す」

「かしこまりました」

 お客さん(・・・・)の選んだお弁当を業務用の電子レンジに入れてから、他の商品のバーコードを読み込んでいく。

 

 あんパンにクロワッサンにスナック菓子、何に使うか分からないけど乾電池。最後に牛乳。

 

「牛乳あたためお願いしまーす」

「いや牛乳はあたためないだろ普通!!」

「はい、ツッコミ入れた。しょーくんの負けー」

「ハッ」

 そう言われてから、弁当をあたため終わった電子レンジがチーンと音を鳴らした。

 それは敗北の鐘のようにも聞こえる。

 

 

「じゃーねー。精進するのじゃぞー」

「覚えてろぉぉ!!」

 完全に悪役の台詞だった。

 

 

「モカは上がり? ていうか山田君、何してたの?」

 休憩所から出て来たリサさん。休日のバイト先で、モカが上がってリサさんが入るっていうタイミングでの事である。

 ちなみにモカはこれからバンド練らしく、弁当とお腹が減った時に食べる用のパンとお菓子と飲み物を買っていった。

 

 

「ツッコミを入れない練習……ですね」

「風邪でも引いたの?!」

「なんでそうなるんですか?!」

「山田君からツッコミ取ったら何も残らなくない?!」

「地味に凄い酷い事を言った事に気が付いてますか?!」

 泣くぞ!!

 

「急にどうしちゃった訳?」

「いや、流石に客にツッコミ入れるのはまずいんじゃないかと思い始めましてね。モカと話し合ってたんですよ」

 このコンビニはヤバイ奴が来る頻度も高くて、どうもツッコミを入れてしまう事が多い。

 しかしお客さんに向かってツッコミを入れるのも流石にまずいと思って来たのである。

 

 

「良いですよねー、ボケの人は。気を使わなくて良いし。ツッコミはなぁ……ツッコミは大変なんだぞ……」

「どうしてかナイーブになってるなぁ……。あ、そうだ山田君。だったらモカにツッコミを入れさせてみたら良いんじゃない?」

「モカにツッコミ……か」

 しない訳じゃないが、確かにモカのツッコミはレアだ。

 

 

 それに、俺ばかり客にツッコミを入れているのもなんだか理不尽だと思う。

 

 

 ふ、ならばやってみようか!! 俺の最大のボケをモカにぶつけてやるのだ!!

 

 

「なんか……変な方向に進みそうで怖いなぁ」

 そんな訳で、決行は翌日。

 

 

 

 俺が休みで、その日はモカとリサさんがバイトの日。

 

 俺はグラサンとマスクを付けて、帽子を被りコンビニに入店する。

 

 

 

「ただいま」

「なんか凄い人が来たーーー!! ていうかただいま?! 帰って来たの?!」

 リサさんが全力でツッコミを入れてくれた。これはこれで珍しい気がするけど、俺の目的はモカのツッコミである。

 

「しゃーせー」

 スルー!!! 圧倒的スルー!!!

 

 

 モカは表情一つ変えずに、俺の渾身のボケをスルーした。なんでそんなに肝が座ってるんだろう。正直見習いたい!!

 

 ふ、だがな。これだけでは終わらんぞ!!

 

 

「ブレンドコーヒー。砂糖多めで」

 俺はレジの前に立ってキメ声でそう言う。完全に喫茶店のノリだ。リサさんは耐えれなくなって丸くなっている。

 

 さぁ、どうするモカ!!

 

 

「冷蔵庫の奥に氷だけが入ったカップがあるので、それをお持ちください。砂糖はないけどシロップはそこにあるので、ご自由に〜」

 スルー!!! 圧倒的スルー!!!

 

「あ、はい……」

 そうだったね。一応コンビニでもコーヒーは飲めるもんね。

 

 

 俺は渋々冷蔵庫に向かって氷だけが入ったカップを手に取った。

 だがな、このまま終わると思うなよ。俺の渾身のギャグはまだ残っている!!

 

 

「ふ、冷た過ぎて心に染みるぜ。コーヒーもこころなしか寒そうだ。……悪いがこの可哀想なコーヒーを温めてくれないか?」

 もう自分でも何言ってるか分からないけど、リサさんが耐えられなくなって床を転がりまわってるので威力は高い筈だ。

 

 

 さぁ、どうするモカ!!

 

 

「かしこまりましたー」

「え」

 俺からアイスコーヒーを受け取ったモカは、それを休憩所から持ってきたマグカップに入れてから電子レンジに放り込む。

 待つ事数十秒。なんという事でしょう、さっきまでアイスコーヒーだった物がホットコーヒーに。

 

 

「あたたまりました〜」

「もうお前の図太さが怖い!!」

 結局俺がツッコミを入れて、完全敗北した。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「ど、どうかな……」

 緊張したような声で、手に持ったお盆を力強く抱きながらつぐみちゃんはそう聞いてくる。

 

 

 目の手には半分程飲まれたコーヒー。

 淹れたての程よい香りを乗せた湯気の上がるそのコーヒーは、机に置いた衝撃をまだ覚えていてユラユラと揺れていた。

 

 

「バリスタさんバリスタさん、このブレンドはどんな名前のコーヒーなんですかなー?」

「え?! えーと……」

「からかうなモカ。普通に感想を言えば良いだろ」

 モカの頭にチョップを落として、俺はもう一杯コーヒーを飲む。

 

 俺もモカも、特に味にうるさいという訳ではない。むしろよく分からない。

 だが、そんな庶民の普通な意見が大切らしい。タダでコーヒーを飲ませて貰っているし、何か気の利いた言葉を言えれば良いのだが───

 

 

「いや、でも、ごめんつぐみちゃん。よく分かんない」

 ───ぶっちゃけ俺はコーヒーの味なんざ全部一緒に感じる人間なのだ。

 

 突然モカに呼ばれて来たのは良いのだが、何を考えても気の利いた言葉は出てこない。

 

 

「そ、そっか……。ごめんね、急に呼び出しちゃったりして」

 明らかさまにつぐみちゃんがシュンとしている。蘭辺りに見られたらぶん殴られそうだ。

 

 いかん、何か気の利いた事を言わなければ……。

 

 

「たださ、つぐみちゃんが一生懸命淹れてくれたって気持ちは伝わってくるよ。味はよく分からないけど、それだけで俺は嬉しい」

「や、山田君……っ」

 何が恥ずかしかったのか、つぐみちゃんは顔を真っ赤にしてその顔をお盆で隠す。

 

 うーん、失敗だっただろうか。

 

 

「しょーくんてさー、たらし?」

「なんでだよ!!」

 その日、モカは一日中ジト目だった。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 俺は特段食べる訳ではないし、特に甘いものが好きという訳でもない。

 しかしこれは、なんというか、眼を見張るものがあるな。

 

 

「うっへぇ……あそこのスイーツ全部食べ放題か」

「そうだよ! ちょっと高いけれど、自分を甘やかすにはもってこいだよね!」

 そう笑顔ではしゃいでたわわな実を揺らすひまりちゃん。

 

 その横で、モカは既に涎を垂らしている。やる気が違うというか、もう目が輝いていた。

 

 

 俺とモカとひまりちゃんがやって来たのは、デザート専門の食べ放題形式のお店である。大人気のお店らしく、俺達は行列に並んでいるところだ。

 店頭に並ぶ何種類ものデザートが、どれだけ食べても同じ値段。食べれば食べるだけお得。食べれば食べるだけ太る素敵なお店らしい。

 

「モカ、そんなに急がなくてもなくならないだろ。無限に出てくるし」

 早く食べたいのか忙しなく揺れているモカに落ち着くように言うが、モカは鼻息を荒げながら「食べ放題は戦争だよー」と謎の迷言を放つ。

 

 

 お前は何と戦っているんだ。

 

 

「二人共、今日は付き合ってくれてありがとね! どうしても一度来てみたかったお店なんだよねー!」

 実はこれ結構遠出しているのだが、ここに来ようと提案してくれたのはひまりちゃんである。

 流石は女子力の塊。こういう女の子ウケの良いお店は色々チェック済みらしく、今日は満を期しての遠征だった。

 

 

「まぁ、財布なら任せろ」

「そ、そういう意味じゃなくて! ほら、やっぱりこういうお店って一人じゃ来にくいじゃん?」

 こんなキラキラしたお店に一人で来る勇気は俺もないね。

 

「しっかし女の子ばっかりでなんか浮くなぁ……」

「女装でもしたら良いんじゃなーい? しょーくん、似合うと思うよ? よく可愛いって言われてるし」

「誰に?!」

 デザートの食べ放題の為に女装なんてしてたまるか。

 

 

「すみませんお客様」

 そんな会話をしながら列に並んでいると、突然店員さんらしき人物に話しかけられる。予約の確認とかかな?

 

「本日ガールズデーで、男性のお客様のご入店はお断りさせて頂いております。本当に申し訳ありません」

「マジか」

 嘘ぉ?! 態々遠出して来たのに?!

 

 

「そ、そんな……っ! ご、ごめんね翔太君! 私何にも見てなかった! ど、どうしよぅ。ごめんね翔太君……」

「あーあー、ひーちゃんやっちゃったなー」

「こらモカ。ひまりちゃん泣いちゃってるだろやめなさい」

 しかし、せっかく来たのに俺に付き合わせて二人がお店には入れないのも申し訳ない。

 

 俺は外で待ってるから、二人は食べて来て良いぞと言おうとしたその時───

 

 

「───これは、やるしかなさそうですなぁ」

 ───モカがこの世界の悪の権化みたいな顔でそう言った。

 

 

「嘘だろお前」

 ここから先は察して欲しい。俺は数時間後、無事(?)にデザート食べ放題のお店で好きなだけデザートを食べる事に成功する。

 

 方法は察して欲しい。いや、本当、察して欲しい。

 

 

 

 その日食べたデザートは何故か、少しだけ塩っぽい味がした。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 空気が揺れる。

 耳だけじゃなく、心にも響くような、そんな音。

 

 

 特に人が集まっている訳でもなく、喧騒もない静かな場所で、ただ一つの楽器の音だけが木霊していた。

 

 

「いやー、トモちん流石だねー。痺れる〜」

「あそこまで行くともうただ格好良いな……」

 男として色々な自信がなくなるんだけど。

 

 

 俺とモカは、バイト終わりに始まるライブを観に行く予定なのだが、ついでに巴を拾う為に近所の神社に来ている。

 そこで聞こえて来たのは和太鼓の音。どうやら近々あるお祭りの為に、一人練習に励んでいるらしい。

 

 和太鼓の事はよく知らないのだが、力強く太鼓を打つ彼女の表情は真剣なもので。

 そうやって何かに全力で取り組む姿はやっぱり、眩しかった。

 

 

 見習わないとな。

 

 

「来たか二人共。ライブまでもう少し時間あるけど、どうする?」

「あたしは特に予定ないかな〜。しょーくんはー?」

「俺も特にはないかな。巴、まだ練習していたかったら時間まで練習してても良いぞ?」

 俺がそう言うと巴は「良いのか? 退屈だろ」と困ったような表情で苦笑いをする。

 

「そんな事ないよ。聞いてて、というか見てて気持ちが良い」

「そっか。ありがとな。……そーだ、翔太も叩いてみろよ!」

 え、なんでそうなるの。

 

 

「いーじゃーん、おもしろそー」

 それに乗って来たのはモカで、得意げな表情で巴からバチを受け取って、彼女は大きな和太鼓の前に立った。

 

 

 やる気満々か。これは期待できる。

 

 

「そいや〜」

 ただ、のんびり口調のせいで全く迫力がなかった。

 

「もっと腹から声を出すんだよ! こうやって!」

 モカからバチを返して貰った巴は、構えてから目を瞑って一度静まり返る。

 突然目を開いたと思えば、凄まじい眼光で和太鼓を見ながら口を開いた。

 

 

「ソイソイソイソイソイ! ソイヤー!」

 力強い音。どんな曇り空も晴らしてしまいそうな、そんな気迫と音が伝わってくる。

 やっぱり、何かを全力でやるって事は本当に格好良いと思った。

 

 

「ほら、モカ!」

「流石に恥ずかしいかな〜」

 ドユコト。

 

「ノリが悪いなぁ。翔太はやってみるか?」

「おう、やってみる」

 俺がそう言うと、巴は笑顔で俺にバチを渡してくれる。

 

 見様見真似で構えて、息を大きく吸った。

 この言葉に何の意味があるかは分からないけど、俺は吸った息を大きく吐きながら叫ぶ。

 

 

「ソイヤー!」

 腹から声を出して、俺は腕を大きく振った。

 気持ちの良い空気の振動───が、なる事はなく。

 

 

「うおぉ?!」

「お〜」

 バチは手から擦り抜けて、あらぬ方向に飛んでいってしまった。

 

 そして、地面に落ちたバチは見事に割れて四つに増える。なんというか、時が止まった気がした。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 弁償するんで!! 本当ごめんなさい!!」

 とりあえず土下座。

 

「い、良いって良いって! 力が入り過ぎだな、でも迫力はあったぞ!」

「しょーくんのそいやー、格好良かったよー」

 なんか二人に褒められている気がするが、申し訳なさ過ぎて何を言っているのか分からなかったよ。

 

 

 いや本当、頑張るって大変だね。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 花とは。

 簡単にいうと植物のちん───

 

 

 

 失礼。

 

 眼前に置かれたのは、お洒落な瓶に詰められて綺麗に飾られた花の数々。

 色々な種類の花が見栄え良く飾られていて、そこまで花に興味がない俺でもそれは「綺麗だ」と思えてしまう。

 

 これが生け花か。初めてじっくりと見たけど、本当に細かいところまで拘っている───ような気がした。

 

 

 いや、よく分からないんだよ。でも、綺麗だとは思う。

 

 

 

「流石蘭〜。いつもありがとね〜」

「別に、練習ついでに生けただけだから」

 蘭から生け花を受け取って、それをレジの横に置くモカ。

 

 現在バイト中、蘭が俺達のバイト先に来たのは初めて見た。

 

 

「これ、蘭が作ったのか?」

「そ、そうだけど」

「ふへー、凄いな」

 語彙力がないせいで大した言葉が出てこない。

 

 だから、そんな素直な褒め言葉が出て来る。本当に気の利いた事が言えない奴だ。

 

 

「あたしなんてまだまだだよ。もっと綺麗に生ける人なんて沢山いるし。……これも、もう少し考える所があったかなって、今見たらそう思う」

 彼女は生け花に対して真剣に取り組んでいるのだろう。レジの横に置かれた花を見ながら、蘭は少し困ったような表情でそう言った。

 

 

「それでもあたしは、蘭の生けた花好きだよ〜」

「あ、あっそ……ありがと

 緩い笑顔でモカがそう言うと、蘭は顔を真っ赤にして背中を向けてしまう。いやぁ、素直じゃない。

 

 

「ん〜? 聞こえなーい」

「あーもう! 次はもっと良く生けてくるから」

 そうとだけ言って、蘭は何も買わずコンビニを出て言ってしまった。

 

 

 何かに全力で挑む誰かは、やっぱり格好良い。

 

 

 俺はそんな事とは無縁だと思っていたけれど、今はそんな彼女達を全力で追いかけたいと思っている。

 

 

 いつか、彼女の隣に立つ為に。

 

 

「……。……これ、お願いします」

「はーい。アイスコーヒーを一点ですね〜。温めますか〜?」

「あ、温める訳ないじゃん!!」

「ブフッ」

 買い物を忘れていて帰って来た蘭とモカのやりとりに俺が思い出し笑いをしたのはまた別の話。




次回『勘違いから見付けたもの』
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