今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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勘違いから見付けたもの

 メロンパンとは。

 パンの上にビスケット生地を乗せて焼いた、菓子パンの一種である。

 

 その際ビスケット生地に網目を入れる事でよりふっくらとビスケットが焼きあがるのだが、その見た目がメロンの網目模様に見える事からメロンパンと名付けられた訳だ。

 実際のメロンはこのパンとは全く関係ない。一応、後付けだがメロンを材料に使う事もあるようだが。

 

 

 さて、俺達の目の前にはそんなメロンパンが一つ。

 

 

「おぉ〜……至高のメロンパン」

 モカがそう言うのも分かるほど、そのメロンパンはなんというか確実に美味しいぞっていうオーラを出していた。

 何を言っているか分からないかもしれないが、自分も何を言っているか分かっていないので安心してほしい。とにかく、目の前に物凄く美味そうなメロンパンがあるという事である。

 

 

「これ、リサさんが?」

「そうだよー。ちょっと材料買い過ぎちゃって、余っちゃったんだよね。二人で仲良く食べるんだよ! モカ!」

 今にも涎を垂らしそうなモカに言い聞かせるように、リサさんは苦笑い気味にそう言った。

 

「メロンパン……」

 ダメだ、聞いてない。

 

 

「も、モカーっ。あー……もう、山田君頑張って!」

「何を?!」

「それじゃ、アタシ練習あるから」

 そうとだけ言って、リサさんは行ってしまう。

 

 残されたメロンパンに釘付けになったモカは、今にも仕留めた獲物に喰らい付こうとする獣のようなオーラを出していた。

 

 

「……食べないのか?」

「食べるよー。……しょーくんも欲しい〜?」

「……いや、その調子だと全部食いたいだろ。良いよ、俺そんなお腹減ってないし」

 いや、あれだけ美味そうだと流石に食べたいけどね。

 

 ただここは、モカの好感度を上げる為に一歩引く。

 頑張れってそういう事ですよね、リサさん!

 

 

 いや、これなんて拷問?

 

 

 

「……。……しょーくん、はい」

 なんて事を考えていると、突如モカはメロンパンを千切って俺に渡して来た。

 

 ───網目模様一つ分だけ。もはやビスケットの部分しかないけど。

 

 

「……なんのつもりだ」

「餌付け?」

 酷い。

 

 

 しかし、モカから何か食べ物を貰えるってコトが嬉しくて俺は素直にその細切れのメロンパンを受け取る。

 甘い。ただのクッキーだよこれ。

 

 

 

「美味しい〜?」

「美味いけどこれパンじゃないからね」

「ですよね〜。はい、半分こ」

 いつかライブ終わりに俺がパンを差し入れで持っていた時のように、モカはメロンパンを半分にして俺に渡してくれた。

 

 え、なんか嬉しい。

 

 

「嬉しそうだね〜」

「そりゃ、お前───」

「リサさんのパンだもんね〜」

 ───なんというか、空気が凍った気がする。

 

 

 恋愛経験はまったくない俺だが、その場の空気くらいは読めるのだ。

 どういう訳か、物凄く空気が冷たい。モカの笑顔はなんだか寂しく見える。

 

 

「でもー、ビックリしたよね〜。リサさんに彼氏さんが居たなんて」

 これ、もしかして───

 

 

「しょーくん、ショックだった?」

 ───もしかして、俺が好きなのはリサ先輩だってモカに勘違いされてるんじゃね?!

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「───っ、ぷっ、あははっ、あっははは」

「笑うところじゃないですからね!!」

 翌日、その件をバイト中にこっそりと話すと大笑いされた。

 

 

 いや、ぶっちゃけ自業自得なんですけども。

 

 

「いや、でも……そうだね。笑い事じゃないよこれ」

「助けてください……。ていうか、リサさん彼氏が居るなんて一言も言ってなかったじゃないですか……」

「え? 居ないけど」

「え?」

「え?」

「え?」

「あぁ……」

 どうしてか明後日の方向を見るリサさんは、溜息を吐く。

 

「まぁ、それはそれとして」

「ちょっと待ってください気になるんですけど!!」

「それはそれとして」

 ダメだこの人話す気がない!!

 

 

「明日はアタシと山田君とモカで三人じゃん? この誤解を解く作戦、今から考えようよ」

 物凄く気になる一件があるのだが、今俺にとって大切な事はこの誤解を解く事だ。そうでもしないと俺が精神的に辛い!!

 

 

 

 

 そんな訳で、翌日のバイト時間。

 

 先にコンビニに辿り着いた俺は、飲み物を一本だけ購入する。

 

 

 ──作戦その一、モカにだけ差し入れを渡す!──

 

 なんかそれ大丈夫なのかって感じだけど、とりあえずリサさんに従っておけば間違いはない筈だ! 多分!!

 

 

「ちゃーす〜」

「お、も、モカ。これ、さっき自販機で偶然当たり出てさ、二本も要らないからあげるよ」

 当たり障りもない理由をつけて、リサさんも居る中モカにだけ差し入れを渡せば勘違いも晴れる筈だ。

 

 そういう作戦だったのだが───

 

 

「なんと、奇遇ですなー。あたしもさっき自販機で飲み物買ったら、当たりが出たんだよね〜」

 このコンビニの近くにある自販機だが、購入の度に抽選があって当たりを引くともう一本ただで買う事が出来る。

 俺は実際には当たっていないのだが、なんと間の悪い事にモカもその自販機で飲み物を買ってきたらしい。しかも、当たり出してるとか。

 

 

「しょーくんもいつものあの自販機ー? こんな短時間に当たりが二回も出るなんて、太っ腹だね〜」

「お、俺はその……ちょっと離れた所の自販機だよ。あはは……」

 リサさんを横目で見ると、とても申し訳なさそうな表情で目を逸らしていた。

 

 多分、モカが自販機で飲み物を買う所を必死で止めようとはしてくれたんだろう。……申し訳ない。

 

 

「なので、ここは間を取ってリサさんに二人から飲み物をプレゼント〜。いつも不出来な後輩をありがとうございます〜」

「あ、あははー。モカも山田君もありがとう……」

 つ、次だ次。作戦は一つだけじゃないもんね。

 

 

 ──作戦その二、バイト中はモカにくっ付いて回る!──

 

 よく考えたら俺いつもモカにくっ付いてる気がするけど?!

 もしかして俺ストーカーなの?! 大丈夫? 迷惑がられてない?!

 

 

「も、モカ……なんか手伝う事あるか?」

「ないよー。見てごらんなさいこの静まり返った店内を〜。お客さんも居ないしね〜」

 こんな日に限って客少ないし!!

 

「ひ、暇だな……」

「暇だねー」

「ひまりちゃんだな……」

 ダメだ、暇過ぎて変な事言ってる。

 

「しょーくん」

「な、なんだ?」

「十五点。赤点です」

 俺は泣いた。

 

 

 

 ──作戦その三、リサさんをスルーしちゃおう!──

 

 もはや外道の領域な気がする。

 

 

「山田くーん、ちょっと力仕事手伝ってくれなーい?」

 表からそんな声が聞こえるが、俺は聞こえていない振りをした。

 

 リサさんの事が好きなら、その言葉を聞き逃さない筈である。そんな恋の原理を逆手にとった作戦だ。

 正直気が乗らないのだが、これも誤解を解くためである。俺は何の意味もない商品の整理に真剣に取り組んだ。

 

 聞こえてない振り聞こえてない振り。

 何度かリサさんが俺を呼ぶ。するとモカが俺を呼びに来る筈だ。

 

 そしたら「あ、聞こえてなかった」とリサさんの元へ向かう。そういう作戦だ。

 

 

「リサさーん。しょーくん忙しいみたいだから、あたしが手伝いますねー」

「え?! モカそうくる?! え、あ、うん……ありがとう」

 リサさぁぁぁん!!!

 

 

「ダメだ……精神的に辛い」

 モカがお花摘み(トイレ休憩)に行っている間、俺は崩れ落ちてリサさんに泣きつく。

 

「これで勘違いされたままだったら俺、モカに告白なんて無理なんですけど……」

「ま、まだ勘違いされてるって決まった訳じゃないじゃん?」

 それはそうだけども……。

 

 

「……。……よーし、分かった。こうなったらアタシが一肌脱ぐよ」

 脱ぐのか!!

 

「……山田くーん?」

「き、気にしないで下さい。……いや、どうする気ですか?」

「直接モカに聞くよ。山田君はトイレに行っておいて」

 そんな恐ろしい事を!!

 

 ただ、今の俺は藁にもすがる思いなのだ。

 大人しくリサさんの言う事を聞くしかない。

 

 

 

「二人共鈍いんだよねぇ……。はぁ、世話がやけるんだから」

 なんの話ですか……。

 

 

「あれ? しょーくんもお花摘みー?」

「そんなお洒落な趣味はないけどな。小さい方です」

「小さいんだー」

「なんの話だと思ってる?!」

 小さくねーよ!!!

 

 

 モカにツッコミを入れてから、俺はトイレに入って扉に耳を傾ける。

 

 

 

「ねぇ、モカー。気になる事があるんだけどさ。山田君って好きな人居るのかなー?」

 え、何その会話のノリ。女の子の会話じゃん。これ盗み聞きして良いの?

 

「リサさん、しょーくんの事気になるんですかー? 彼氏さんいるのに」

「え? 居ないよ?」

「え?」

「え?」

「え?」

 なんか同じような会話した記憶があるぞ。

 

 

「ほ、ほら、やっぱり気になるじゃん? モカも気になるでしょ?」

 話を逸らしたぞこの人。

 

 まぁ、今はそっちよりもこっちだが……。

 

 

「んー、気にならないですね〜」

 ただ、モカから返って来た返事はそんな言葉だった。

 少しだけ溜息が出る。

 

 

 それって、眼中にないって事なんじゃないか?

 

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 

 

「な、なんで?! だってモカ───」

「しょーくんが何を好きでも誰を好きでも、それを邪魔する権利はモカちゃんにはありませんからな〜」

 モカ……。

 

「しょーくんは好きな人が出来たら、きっと全力でその人の事を好きでいると思うんですよねー。きっと、誰も邪魔できないくらい、その人の事を真っ直ぐ見ると思うんですよー。……しょーくんが本当にやりたい事を見付けたなら、モカちゃんはそんなしょーくんを全力で応援しようと思うのです」

 少しだけ力の入った声で、モカはそう言う。

 

「モカ……。そっか」

「それで、その好きな人に───」

 その先からは、声が小さくて聞こえなかった。

 

 

 

 そうだな……。こんな所で盗み聞きしてる場合じゃない。

 

 

 

 早く前に進まなきゃな。

 

 

 

「あー、出た出た。めっちゃ出た」

「しょーくんおかえりー。小さい方じゃなかったのー?」

「小さくねぇ!! ……た、多分」

「何の話ー?」

 忘れて下さい。

 

 

「そーそー、しょーくん。好きなパンの話してたんだけど、しょーくんはどんなパンが好きー?」

 いや、そんな話してなかったよね?

 

 そして唐突だな。

 

 

「パン……? パンか……」

 チラッと映るリサさんの顔。なにやら目で訴えているが、何が言いたいのか分からない。

 

 

「メロンパンかな。リサさんのメロンパン最高に美味かった!」

「分かる〜。リサさんの至高のメロンパンは最高だよね〜」

 そんな俺達の会話を聞いて、リサさんは半目で苦笑いを見せる。

 

 

 でも、これで良いんだ。

 

 

 俺がモカにどう思われてるかとかじゃない。

 

 

 

 俺がモカをどう思ってるかが大切なんだと思う。

 

 モカがどう思ってるかはともかく、俺はモカの事が好きなんだ。それだけは誰が何を思おうが変わらない。

 

 

「好きだよ、メロンパン」

「あたしも大好き〜」

 そうか……。もしかしたら見つかったのかもしれない。

 

 

 

 ───俺の、今だから全力でやりたい事が。




次回『上原ひまりにお任せを!』

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