気が付けば視界は真っ白だった。
いや、高速バスが雪山に辿り着いたからとかそういう訳ではなくて。
肩に感じるほんのり軽い感触。
女の子特有の香りを間近で感じさせる。
そんな当人は、俺の肩に頭を寄せて寝息を立てていた。
お分かりだろうか。
俺、山田翔太は今片思い中の青葉モカに寄りかかられて、あまつさえ無防備な寝顔を真横に晒しているのである。
興奮するわ。
間違えた。頭真っ白だよ。
「あっはは、何トリップしてんだよ翔太」
「あ、モカちゃん寝ちゃってる。ふふ、もう少しで着くけどこのまま寝かせておいてあげよっか」
いや、俺の理性がもたないからなんとかして。
「モカ、確か三時ごろまで起きてたらしいし」
「あんなに、寒いのやだー行きたくないよ〜って言ってたのにねー!」
言いながらひまりちゃんは今日の予定の為に作られたSNSのグループトーク画面を見せてくれる。
最後の更新が二時五十分。
『皆寝ちゃったー?』
それまで話に付き合っていたひまりちゃんも寝落ちして、結局最後まで起きていたのはモカだった。
彼女を表すメロンパンのアイコンだけがその後永遠と話しているのは、なんだか狂気的である。
『ひーちやまん、起きてー』
誤字ってるし。スマホのフリック使ってると、小さい文字にする時によくやるミスだよな。流石に眠かったのか。
俺も楽しみ過ぎてあまり寝れなかったが、モカの場合そうだな……ゲームでもしてたんだろう。
「三時って……殆ど寝てないな?」
早朝出発のバスに集合した時からどうも反応が薄いと思っていたが、大丈夫なのだろうか。
ちょっと心配だ。
「よほど楽しみだったんじゃないかなー。今朝会った時スマホの充電し忘れた〜って言ってたし」
「一割くらいしか残ってなかったし、モカが迷子になったら探すの大変なんだけど……」
「それはもう翔太がずっと一緒にいてくれるから大丈夫だろ!」
「山田君、モカちゃんの事お願いね!」
「マジかよ」
電池切れはマズイでしょ。
すーすーと寝息を立てるモカは、時折口をもごもごとさせて何かを食べるような仕草をしている。
「───んの、手作りパン〜……すぅ……」
どんな夢を見ているやら。
本日、俺とAfterglowの面々はとあるゲレンデにやってきていた。
目的はというと寒さで弱ったモカに告白するというかなり下劣な理由だが、普通にまた皆で遊べる事が楽しみだったりする。
問題は───
「───俺、スキーやった事ないんだよね」
「「「「え」」」」
───まぁ、なんとかなるだろ。
◆ ◆ ◆
比喩表現ではなく、一面真っ白の世界。
降り積もった雪を踏むと靴が数センチ沈んだ。
地元じゃここまで積もる事はめったにない為、それだけで俺達は大はしゃぎである。
一人を除いて。
「寒いよ〜……」
モカは絶賛震えていた。
めっちゃ厚着だし、なんならポケットの至る所にカイロを突っ込んでいるらしいが。それでも彼女は震えている。
寝てないのもあってちょっと顔色が悪い。
なんか……申し訳なくなってきた。
「モカちゃん、大丈夫?」
「つぐ〜」
心配そうに声を掛けるつぐみちゃんにモカは抱き着いて、もちもちと頬を擦り付ける。
羨ましい───じゃなかった、まさかここまで寒いのがダメとは。
「元気がないぞモカー。このくらい動けば直ぐにあったかくなるって!」
「モカちゃんはねー、トモより繊細なんだよー」
「ん? どういう意味だ?」
ナチュラルにバカにされてるんだよ。
「あー、つぐ温かーい」
そのままつぐみちゃんをモフるモカ。羨ましい───じゃない、変わって。
じゃなくて、なんとか対策をしないと遊ぶ事すら出来ないな。
「まぁ、動けば暖かくなるは確かに一理あるかもね! そーだ、皆で雪だるま作ろうよ!」
いきなりそんな提案をするひまりちゃんは「確か……あっちに雪遊び出来る場所があった筈」と地図と睨めっこしながら歩き出した。
有無を言わせない感じだったので、笑いながら皆付いていく。
少しだけ歩くと、開けた場所にたどり着いた。
小さな子供達が走り回ったり、それを親御さん達が眺めている。
ちょっと場違いじゃない?
「雪だるまなんて懐かしいな。最後に作ったのがいつか覚えてないや」
「蘭ちゃんは雪だるま作るの上手だったよね!」
「そうだっけ。覚えてない」
なんて会話をしながらそれぞれ雪をかき集め、丸める幼馴染達。
しかしモカはといえば、プルプルと震えているだけだった。そんなに寒いのがダメなのか。
「大丈夫かモカ」
「大丈夫じゃないよ〜。しょーくん温めて〜」
「うぇぁ?!」
突然両手を広げて俺を引き寄せて来るモカ。普通に抱きつかれたんだが!! おそるべし寒さ効果!! やったぜ!! ありがとうひまりちゃん!!
───じゃ、ねーよ。こんなにモカが辛そうなのは正直見ていられない。
「……ごめんな、こんな所に連れてきて」
「え、どーしたのしょーくん」
「なんでもない。ほら動け。寒い寒いって動かなかったら余計に寒くなるぞ」
「モチベがなー」
モチベか。確かに、モカは興味のない事には本当にとことん興味がないからな。
ならば───
「それじゃ、雪だるまじゃなくて雪でデカいパンを作ろうぜ」
───興味を引くのみ。
「デカいパン」
俺の提案に、モカは表情を緩める。
どうもやる気のスイッチが入ったのか、彼女はその目を燃やしながら雪をかき集めていった。
どんなのが出来上がるか楽しみだな。
それはそれとして、俺も久し振りに雪の造形を楽しむ事にする。
かつて近所のおじいちゃんおばあちゃんからは雪だるま職人と呼ばれた俺の力を見せる時が来たようだ。
少し時間が経って。
「よし出来た。集中し過ぎて周りを見てなかったが、皆はどんな感じかな?」
自分の作品の出来栄えを見て手を叩きながら満足して周りを見る。
どうやら皆おもいおもいの形に出来上がっているようだ。ちょっと見にいってみるか。
「調子はどうだー?」
「あ、見て見て翔太君!」
俺が様子を見に行くと、ひまりちゃんはかなり食い気味で俺の手を引っ張ってくる。
そんなに自信があるのか。それは楽しみだな。
「これ! 私が作ったの!」
そう言いながら両手を広げるひまりちゃん。その両手の先には歪というか不気味な───何処かで見たことのある表情をした雪だるまが立っていた。
「なにこれ」
「お守り!」
お守り。
そこでふと思い出したのは、彼女達Afterglowの面々が各自持っている不思議なお守りである。
蘭なんかは割と常に持ち歩いてるのだが、モカにはむしろ不思議な力が宿ってそうとか、つぐみちゃんすら若干なんて言えばいいのか分からない顔をするアレ。
でもなんだかんだ言って蘭だけじゃなく皆大切にしている、Afterglowの象徴だ。
それを雪だるまで作ったのだろう。
「完成度たけーなおい」
なんとも言えないので、とりあえず適当に褒めておいた。
「やったー! 翔太君に褒められちゃったー!」
ひまりちゃんって偶に独特なセンスを発揮するよね。
顔を横に動かすと、また反応に困る造形の物が視界に入る。
満足気な表情で手を払う巴の正面には、丸は丸なのだが綺麗に整った円柱が横に傾けられていた。
すげー綺麗な断面してる。叩くといい音が出そうだ。
いや、なんで和太鼓。
「……これ、和太鼓か」
「お、翔太は分かってくれるのか! 嬉しいな!」
俺が半目で聴くと、彼女は嬉しそうに円柱の面の部分を叩く。勿論爽快な音がなる訳もなく、ポスッと雪を叩く音が虚しく鳴った。
「雪だるまとは」
「いやー、一応雪だるまを作ろうとはしてたんだけどさ。作ってる途中でこれ何かに似てるなって思って、気が付いたら」
「気が付いたら?! 無意識にこうなっちゃったの?! お前はニュアンスで生きてるのか?!」
雪だるまを作ろうって話だったんだけど!!
さらに視線を動かすと、何故か視界に雪だるまの生首が二つ転がっている。
二つは大きさが少し違って、生首の親子になっていた。
「身体は?!」
模様が描かれていて明らかに頭の部分なのに身体だけが用意されていない雪だるま。
ぶっちゃけこれまでより幾分かマシなのだが、どうして生首なのか気になる。そういう趣味の奴今日居たっけ?
しかもその二つの生首の真ん中に立っているのがつぐみちゃんだから驚きだ。
「あ、あはは……。ちょっと大きく作り過ぎちゃって。……持ち上げれなくて」
「天使かよ」
可愛いかよ。でもだからって二つとも頭にして生首状態ってどうなの?! 心の中に闇でも飼っているの?!
「だから、ちゃんと足と手を付けてカー
「君は本当に可愛いな?!」
それはそれで良いけど誰一人として雪だるまを真剣に作れてないのどうなのよ!
しかし、溜息を吐きながら振り向くと俺の前に雪だるまが五つ並んでいるのが見える。
手頃な大きさなのだがその雪だるまは結構作り込まれていて、ジト目にツリ目に可愛い系の目に表情でもその雪だるまに何が込められているのかハッキリと分かった。
仲良く五つ並んでいるAfterglow皆を模した雪だるま。
それを作っていたのは───蘭である。
君は偶に可愛いことをするよね……。
「すげーな」
「あ、山田。皆のは見てきた?」
五つ目の雪だるまの顔を作りながら振り返った蘭は、俺にそんな事を聞いてきた。
ツリ目に何故か髪の毛が描かれて一部だけ濃い色をしてる。これが蘭だな。
「個性的過ぎてツッコミが追いつかない」
「でしょ」
くすりと笑う蘭は、自分の雪だるまを叩いて「完成」と表情を引き締めた。
どう? と聞かれるまでもなく。俺は「優勝ですね」と呟いた。
「Afterglowの皆か」
「うん。ちょっと小さいけど」
背丈に関しては俺の腰までないくらいだが、小さい分拘りが見てとれる。
どれが誰なのか分かりやすくて、蘭がどれだけAfterglowの皆の事が好きなのかよく分かった。
「山田も居るよ」
「え? どこ?」
意外な発言に驚いて、俺は周りを見渡した。しかし六個目の雪だるまは見当たらない。
「モカの上」
自分の雪だるまを見付けられない俺を見かねてか、蘭は雪だるまの在り処を口で言ってくれる。
視界に入るジト目の雪だるま。その上に小さな───なんだろう絵に描いたような雪だるまが置いてあった。
なんの変哲もない普通の雪だるまである。
「……ありがとな」
そんな普通な俺が、Afterglowの中に居るのが嬉しくてついついそんな言葉が漏れた。
「別に」
いつも通りそう返す蘭は、辺りを見ながら少しだけ表情を曇らせる。
「どうかしたのか?」
「モカが居ない」
「え?」
蘭に言われて周りを見渡してみると、確かにモカの姿が見当たらなかった。
歪な雪だるまと、和太鼓、生首、小さなAfterglow達、俺の雪だるま。特に人が隠れられるような物は───
「……ん?」
───なんて周りを注意深く見てみると、真っ白な世界に真っ白な巨大な何かがポツンと置いてあるのが見える。
アレは……パン?
半球状の表面には網目模様が着けられていて、ふっくらと丸いその塊はメロンパンにも見えなくはなかった。
気になって近付いてみると、それは人の背丈程の大きさの雪の塊で───横に穴が開いている。
「やっほー」
その
かまくらである。
「何してんのぉ?!」
「しょーくんがデカいパン作ろうって言ったから、作ってみましたー。結構力作だよー」
心なしか暖かそうな表情でモカはそう言った。
かまくらの中って暖かいって言うけど、どうなんだろう。
「中暖かいのか?」
「それはもう。お客さんも一泊どうですか? お安くしますよー」
「金は払わんぞ」
どうも気になったので、俺はモカ作のメロンパンかまくらの中に入ってみた。
これがどうも想像よりは暖かい。いや、そこまで暖かい訳じゃないけど。体感的には結構違う。
「これ、埋もれたりしたら危なくない?」
それを外から見ていた蘭はジト目でそう言った。
確かに、人が二人入れる大きさの雪の塊だから崩れた時はそのまま生き埋めだろう。
「……大丈夫なんだろうな?」
「いやー、突貫工事なので?」
「逃げろぉぉ!」
すぐさまモカを連れて脱出しようとしたが、モカを押し出したところでかまくらが崩れて俺の下半身は雪に埋まってしまった。
「ぐへぇっ」
「や、山田?! ……大丈夫?」
「お、おう……」
あぶねぇ……。もう少しで生き埋めだったぞ。
埋まってたらどうするつもりだったんだよ。流石に見付けられないからね。
「しょーくん大丈夫……?」
「一応。けど、まったく下半身が動かん。助けて」
雪に埋まった身体が思っていた以上に動かなくて、自力で脱出する事が出来ない。
めちゃくちゃ寒いし。モカがこうならなくて良かったよ。
「生き埋めだね〜」
俺を掘り返しながら、モカは面白そうに言う。
「冗談じゃない。お前が埋まってたらどうするつもりだったんだ」
「その時は、きっとしょーくんが見つけてくれるから?」
「……お、おぅ」
なんとも能天気な事だ。
ただ、かまくらの中で少しは寒さにも慣れたのか、モカも皆の雪だるまを見て遊びに行くくらいには元気になったようである。
やっぱり弱ってるモカなんて見ていたくないね。彼女はあの笑顔が一番だ。
「これ、しょーくんの雪だるまー?」
この場にある唯一無二の普通の雪だるまを指差しながらモカはそう聞いてくる。
しっかりとした丸いフォルム。木の枝で作られた腕にバケツの帽子。
誰が何を言おうが完璧な雪だるま。ザ・雪だるま。ぶっちゃけ優勝だ。
「なんというか、普通だな」
「もう少し何かあった方が良かったんじゃない?」
「いやお前らが個性的過ぎるだけだからね!!」
ダメなの?! 普通に雪だるま作ったらダメなの?!
「あ、あはは。山田君と蘭ちゃん以外雪だるま作ってなかったね」
「待ってつぐ! 私のは辛うじて雪だるまだよ!」
いや氷のクリーチャーだよ。
「アタシのも雪だるまだろ」
「雪だるまの意味知ってる?」
「あたしのはかまくらだよ〜」
「お前は何しに来たの?!」
あーもう開幕ぐちゃぐちゃです。どうしてくれんのマジで。
「あっはっは〜、これは蘭の勝ちかな〜」
「待て!! 俺の雪だるまのこの造形美を見ろ!!」
「しょーくん、無理にボケなくて良いんだよ」
「お前らが個性的過ぎるんだよぉぉ!!」
「……別に勝ち負けじゃなくない?」
まぁ、やっぱり彼女達とはこう賑やかなのが一番だな。
また今回も楽しい一日になりそうだ。
次回『俺なりの進み方で』