今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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やりたい事を探して

「それではモカちゃんは帰宅しまーす」

 昼間の忙しい時間が終わったので、モカは帰宅。

 

「……おつなりー」

「いやどんな挨拶だよ」

「お疲れー」

 コンビニには俺とリサさんだけの二人になった。

 もう一度言う、リサさんと二人きりになったのである。

 

 青春か。

 

 

 

「ねー、山田君」

「う、うぉ?! な、なんですか!」

 そして突然話し掛けられた俺は物凄く吃った。恥ずかしい。

 

 頑張れよ山田。せっかくのリサさんと二人きりだぞ! 気張れよ山田!

 

 

「……もしかしてさ、アタシ達に劣等感とか感じてる?」

 ただ、覗き込むように俺の顔を見ながらリサさんはそう言ってくる。

 この人はどれだけ周りの事を見ているんだと、正直怖くなった。

 

 

「……そりゃ、まぁ。あんな物見せられたら」

 リサさんもRoseliaも、モカもAfterglowも、他のバンドも全部、俺からすれば手が届かない。

 

 あんなに大勢の前で演奏して、歌って、全力で取り組む彼女達を見て、何もしていない俺が馬鹿らしく思える。

 俺はこれまで何をしてきたのか。一度だって彼女達のように何かに全力で取り組んできたか?

 

 

 ただ、なあなあと人生を生きてきただけだ。

 

 

 そんな自分に吐き気がする。

 

 

「俺、趣味とか無いんですよ。ある程度適当なゲームとか友達と遊んで、勉強もある程度して、適当に生きてたから。……あの日、あの会場で見た皆が眩しくて」

 今を全力で生きる彼女達が眩しかった。

 

 

 自分には持っていない物を持っている彼女達が。

 

 

 俺にはそこまで何かに熱中する事は出来ない。した事がない。今も、きっとこれからも。

 

 

 

「そっかぁ……。実は、アタシも偶に思うんだよね」

「リサさんが……?」

 なんで?

 

 リサさんだって、あの会場で音楽関連の人達が褒めちぎってたRoseliaのメンバーの筈。

 

 

「アタシも、友希那や紗夜みたいにバンドにあそこまで真剣に取り組めないでいるからさ。あこや燐子みたいな才能もないし」

「り、リサさんが……?」

 いや、リサさんの演奏凄く格好良かったと思うんだけど。

 それにRoseliaの中では一番笑っていたのも彼女だったと思う。

 

 

「うん。演奏だってRoseliaの中では一番下手だし、きっと足を引っ張ってると思う」

 そんな事はない───なんて事は言えなかった。

 

 だってそう思っているという事は、やっぱりリサさんだって音楽と真剣に向き合ってるからだろう。

 俺にはその違いが分からない。だから、そんな事を言う権利は俺にはない。

 

 

「たださ、Roseliaに対する想いだけは本物だよ。確かに音楽の練習だけして生活は出来ないし、先の事までは正直見えてない。才能もない。……それでも、Roseliaがアタシの居場所だって思ってる」

 ただ、とリサさんは言葉を繋げた。

 

 

「それでもやっぱりアタシにとってはRoseliaの皆が眩しい。自分の持っていない物を持ってて、羨ましく思う事もあるよ」

 それは、俺が眩しいと思っていた彼女の普通の部分。彼女の眩しくない部分。

 

 

 少しだけ、彼女が何を言いたいのか分かる。

 

 

「きっとこれは誰もが思う感情で、なんていうかその、当たり前なんじゃないかな? 友希那には友希那の、紗夜には紗夜の、あこにはあこの、燐子には燐子の、アタシにはアタシの、それぞれ光ってる物があって、それは一人一人違って、きっとお互いが眩しい筈。チョコレートにはチョコレートの、生クリームには生クリームの甘さがあるみたいにね!」

 人それぞれで本気になる物は違うし、大きさも形も違うんだ。

 きっと彼女はそう言いたいのだろう。

 

 

 ……でも、なら俺は?

 

 

 俺は何かに本気を出しているか?

 

 

「でも俺には、何もないんですよ……」

「山田君、何か話を勘違いしてない?」

 え? 何が?

 

 

「アタシは結局Roseliaの事しか言ってないんだよ。で、Roseliaが結成されたのって何時頃だと思う?」

「え、それは……。すみません、分かりません」

 どういう意味だ?

 

 

「ここ最近だよ。本当に、ここ最近」

 つまり……?

 

 

「もしRoseliaが無かったら、山田君はアタシに劣等感を抱いていたかな? アタシが皆に抱いていたような劣等感を、Roseliaがない私に山田君は抱いていたと思う?」

「そ、それは……」

 きっと、そんな事はない。

 

 

 あのバンドを見なければ、俺はリサさんもモカもただ普通の高校生。バイトの同僚としか見ていなかった筈。

 こんなにも輝いて、眩しくは見ていなかった筈。少なくとも、あのバンドを見るまではそうだったのだから。

 

 

 

「だからさ、山田君も探せば良いんじゃないかな? 自分が今全力でやりたい事をさ」

「自分が今、全力でやりたい事……」

「そしたら、きっとその気持ちも少しは紛れるんじゃないかな? それはアタシだけかもしれないけど。もし良かったら、探してみようよ」

 両手でガッツポーズを取りながら、リサさんはそう言った。

 

 

 全力でやりたい事か……。何があるかな?

 

 

 目を閉じると、今を全力で生きていた彼女達の姿が思い浮かぶ。

 そんな中でも、何故か一番最初に思い浮かんだのはモカだった。

 

 

「お節介だったらごめんね。アタシってなんかいつもこうでさ」

「い、いやいやいや、とんでもない! ありがとうございます。なんか、気分が晴れそうですよ!」

 実は少し後悔していた節がある。

 

 

 なんであんな物を見てしまったのかって。

 

 

 でも、こうして考えるとむしろ良かったのかもしれない。

 

 

 

 今、俺が全力でやりたい事……か。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「相変わらず死んだ魚みたいな目だな、翔太」

 平日の学校。昼休憩の時間。

 

 

「うるせーよ、生まれつきこの目なんだよ」

 学校の机で昼飯を食べていると、茶髪のチャラい男が話しかけて来た。

 

「そりゃ、どんな赤ん坊か見てみたいな……」

「きっと前世で相当酷い目にあったんだよ、俺は。……で、何用ですかね圭介君」

 橘圭介。俺とは小学生からの仲で腐れ縁。

 

 

 中学までは俺と同じなんの取り柄もないただのガキだった筈だが、高校デビューしてから一気に様変わりしたウェイ系の人間である。

 ただやっぱり腐れ縁というのは中々切れるものじゃなくて、住む世界が変わってもこうして偶に話す仲ではあった。

 

 

「いや暇だったから」

「俺は凄く忙しいんだよ。シッシッ」

 人を暇潰しの道具にするんじゃないよ。

 

「なんだ、釣れないな。どうせ暇なんだろ?」

 決め付けられてらぁ。

 

 いや、まぁ、そう思われても仕方ないんだけども。

 

 

 だが今の俺は違うぞ。

 

 

「今俺はな、趣味を探してるんだ」

「風邪でも引いたのか……」

「デコをくっ付けるな! 額に手を当てるな! 本気で心配した顔をするな!」

 お前俺の事なんだと思ってるの?!

 

「どうしたんだ翔太……。無趣味を具現化したようなお前がいきなり趣味なんて」

「俺達友達だよね? そこまで言う?」

「ふ、友達だから……さ」

 キザな口調でそう言う圭介だが、不意に真剣な表情になって俺の顔を覗き込む。

 

 

 なんでそう言う事平然と言えるかな。

 

 

「……何かあったか?」

「い、いや……」

「あー、恋か」

「ちゃうわ」

 誰にだよ。

 

 

 いや、リサさんには確かにベタ惚れだけども。

 

 ……モカ? ないない。

 

 

 別に恋してるから悩んでる訳じゃない。

 何もない自分が嫌になってるだけだ。

 

 

「なんだ。てっきりバイト先の先輩に振られてナイーブになってるのかと」

 縁起でもない事言わないでくれる?

 

 

「ちげーよ。まぁ……なんだ。バイト先の先輩二人がさ、バンドしててさ」

「へぇ、バンド。ガールズバンド?」

「そうそう」

 流石ウェイ系。話が早い。

 

 

「そんで、全然歳も変わらない筈なのに凄い熱を感じて。何も趣味がない自分が……その、嫌になった」

「陸に上がって冷え切った筈のお前が何かに熱を感じるなんて……。調理されてるのか?」

「今真剣な話してるんだけど?! 俺は死んだ魚じゃねーよ!」

 扱い悪くない?

 

 

「ならさ、バンドをやれば良いんじゃないか? 翔太も」

「……は?」

 い、いやいや。何言ってんのコイツ?

 

 

「だってお前、ライブを見て『熱い』って思ったんだろう? それはつまりバンドに興味があるという事でもあるんじゃないか?」

「それは……」

 いや、しかし、でも、だな。

 

 

 そうか、バンドか。ギターの練習とかを理由にリサさんに近付くチャンス?

 

 

 

「お前趣味なさ過ぎて最近バイトしかしてないし、給料入れば安物のギターくらい買えるだろ?」

「でも俺一人でギター買ってもしょうがなくね? お前も買えよ」

「俺はベース持ってる」

 ウェイ系怖い。

 

 

「じゃあ、バンドやるか」

「嫌だ」

「お前が言ったんだよなぁ?!」

 なんなのお前!

 

 

「飽き性の翔太が続くとは限らないからな。もしお前が俺が認めるくらい上達したら、バンド組んでやっても良いぞ」

「……なんだそれ。別に良いじゃんかよ」

 んなろぉ、見てろよ。

 

 

 よーし、決めた。

 

 

 俺もバンドマンになる。そして圭介と一緒に音楽に真剣に取り組んでみようじゃないか。

 

 

「まぁ、お前が続いたらな」

「見てろよお前、俺の本気見せてやるから」

 将来の夢……とかじゃないが、今はこれを全力でやってみよう。

 

 

 

 今、全力でやりたい事を探すんだ。

 

 

 

 ───彼女のように。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「たけーよ」

 一週間後、奇跡的にバイトの無い平日。

 

 

 無趣味なのでシフト表には毎日出れますとしか書いてない俺はそれなりの初給料を頂きまして。

 それでバイトの無い日に楽器の売っている店に来てみたは良いが値段が想像の五倍くらいする。

 

 

「これ、モカのと同じやつじゃね? え、なに、こんなにするの?」

 バイト代で買えるものなんですかコレ。桁が想像より一個多いんだけど。

 

「お客様、どういったような物をお探しですか?」

「五万以内で買えるものを」

 目の前の奴、本当は一目惚れしたんだが。高い。全財産の三倍くらいの値段がするもん。

 

「中古品でもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。え、大丈夫です」

 今からバンドマンになろうとしている男がこんなに吃ってどうする。

 

 

「今お客様が見ていらしたモデルの中古品で、少し状態が悪い物でしたら色はREDで五万円程でご用意出来るのですが」

 今俺の目の前にあるのは、ライブでモカが引いてた奴と似た感じのギターだ。

 

 専門知識が全くないので、同じ奴かまでは分からないし。

 そもそも状態とか気にしてる場合でもない。

 

 

「あ、じゃあそれで」

 だから、俺はこの後は店員に言われるがまま良く分からない専門用語を聞き流してギターを購入。

 ギターケースまで買って、初任給が殆ど吹き飛んだんですけど。もう二千円しか残ってないよ。

 

 

 いや、だがコレもバンドの道に進む為だ。店員さん曰くこのモデルがこの値段で手に入る事は稀という事なので、大切にするとしよう。

 

 それにケースまで持ってギター背負ってる俺、格好良い気がするね!

 なんかこう一歩前に進んだ気分だ。

 

 

 

 そんな訳で帰宅して、直ぐにケースからギターを取り出す。えーと、弦の調整するんだっけ?

 あー、いかん。聞き流してたから意味が分からん。ネットで調べるのも怠いし。

 

 明日のバイトでリサさんに教えてもらうか。ギター背負っていったらきっとビックリするだろうな。

 

 

 それじゃ、格好だけ付けるために持ち方の練習だけしとこっと。

 

 

 

「……あんた誰」

 そして、帰って来たお母たまにそんな事を言われました。俺だよ俺。

 

「俺だよ俺。あんたの息子だよ」

「オレオレ詐欺には引っかからないわよ!」

「目の前に親しんだ顔があるだろうが!!」

 自分の息子の顔くらい覚えて?!

 

 

「え、何、ギター? 突然どうしちゃったの」

「あ、俺、バンドマンになるから」

「いや本当にどうしたの」

 うるせーよ、夢を追いかけて見たいんだよ。

 

 

「それで、初給料吹き飛ばしたと」

「いや、悪かったですよ。反省はしてますよ。あ、これ、一応初給料で買ったコンビニの肉まんです。お母たま」

 初めての親孝行、肉まん一個を贈呈。

 

 

 勿論、冷めてます。

 

 

「りんごカードにしなさいよ。課金するから」

「どうせ出ねーよ」

 ソシャゲってのはな、課金すると出なくなるんだよ。ソースは俺。

 

 

「しかしあんたがバンドとはねぇ。え? なんか弾けるの?」

「いや、さっぱり。今から勉強する。でもさ、こう、持ってるだけで格好良くない?」

「そのギターが置物にならない事を祈るわ」

 皆してそう言うのは何故だ。いや、そういう信頼を積み重ねて来たのは俺だけどさ。

 

 

 今度こそ俺は自分の趣味を見つけるんだよ。

 

 

 あのライブで感じた感動を、俺だって誰かに与えたい。

 

 

 

 だから、とりあえず格好良く持つイメージトレーニングだな!

 

 

 

「あー、なんだろ。ギターって格好良いな!」

 なんか五割り増しくらい顔が良くなってる気がする!

 

 

 

「……続けば良いけど」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「山田君ギター買ったの?!」

 翌日のバイト先で、俺はついにリサさんにギターを見せました。

 

 

「まぁ、なんていうか、憧れちゃったというか」

「へぇ、そっか! いや、本当にびっくりしたよ。それ確かモカの奴と同じモデルだよね!」

 しまったー! 本当に同じ奴だったー!

 

「え、あ、そうなんですか……?」

「え、知らずに買ったんだ」

 知ってたら別の選んでたかな!

 

 

「でも山田君がギターかぁ。本当にびっくりしちゃったよ。バンド始めるの?」

 うおー、グイグイくる。良いねぇ。ギター持ってるだけで人生変わるものだねぇ。

 

「いやぁ……あっはは、まぁ……。練習して、上手くなったら友達とバンド組むって約束しまして」

「えー、良いじゃん! ライブする事になったら呼んでよ!」

 ギター最高かよ。

 

 

「それで、どのくらい弾けるようになったの?」

 う、それを聞かれると痛い。

 

 まだ一ミリも理解してません。さて、どう言って教えてもらうか、だな。

 

 

「それがですね───」

「うおー、しょーくん、それは、まさか、あたしと同じギターなのでは」

 この最悪なタイミングでモカが来たぁぁ!!

 

「あ、見てよモカ! 山田君がモカと同じギター買って来たんだよ!」

 それを言わないで!! なんか恥ずかしいから!!

 

 

「なんと、しょーくんとお揃いになってしまうとは。いやー、ペアギターだね〜」

 望んでこうなった訳じゃないからな?!

 

 

「それで、どれだけひけるんだっけ?」

「いや、まだ全くもって右左も分からない状態なんですよね……」

 ここでモカに話を振られたら計画が台無しだし、無理にでもリサさんに頼み込もう。そうしよう。

 

 

 

「だからリサさん。俺にギターを教えてください!」

「ごめん。アタシは無理かな」

 振られた。

 

 

「な……」

「あ、いやいや。変な言い方してごめんね。アタシが弾いてるのって、ギターじゃなくてベースなんだよね」

 何それ、ベース? ギターとベースって何が違うの……?

 

 

 僕知らない。

 

 

「ギターはモカが弾いてるから、教えてもらったらどうかな?」

「え、あ、はーい」

 どうしてこんな事に?

 

 

「それじゃ、モカちゃんが手取り足取り教えてあげまーす」

「は、ははは……よろしくお願いしまーす」

 い、いやいや、元々俺はギターを練習する予定だったんだ。別にぃ?! リサさんに教えてもらう事だけが目的じゃないしぃ?! うん!!

 

 

 

 そんな訳で、俺はこのバイト終わりにモカにギターを教えてもらう事に。

 

 わーい、女の子と遊べるぞー!

 

 

 ギターって凄いね!

 

 

 

 畜生!!!

 

 

 

「んじゃ、お手柔らかに教えてくれよ。モカ先生」

「ふっふっふ、モカ先生は厳しいですぞ〜」

 ただ、ちょっとこの先が楽しみな気がして。

 

 

 今この瞬間が楽しい。

 

 

 

 そんな事を感じたんだ。




次回『夕焼けを見て思う』

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