今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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番外編───今だからやりたい事を全力で
【番外編】青葉モカ誕生祭2018


 誰かにとって何でもない日は、誰かにとっての特別な日である。

 

 

 それは例えば何かの記念日だったり、何かを始めた日だったり、何かが終わった日だったり。

 何十億人と人類が居る中で一年というのは基本的に三百六十五日しかない。毎日が誰かの何でもない日で、誰かにとっての特別な日なんだ。

 

 

「ねーねー、しょーくん。今日が何の日か知ってるー?」

「今日? 九月三日だったな。んーと、アメリカ独立戦争が終結してパリ条約が結ばれて、イギリスがアメリカ合衆国の独立を認めた日だろ?」

 バイト中、モカが意味深に訪ねて来たので俺は即答する。まるで頭が良い人みたいだ。

 

 実際はそういう質問をされるだろうと予測して、返答を考えるために調べてきただけなんだけどね。

 

 

「えー……しょーくんが物知り過ぎて……モカちゃんビックリ。……ってー、そうじゃなくてー。誰かの誕生日だと思うんだけどー?」

「バーカ、忘れる訳ないだろ。国民的な誕生日だからな」

「国民的」

「ほら? ドラ●もんの誕生日だろ? 忘れる訳ないじゃん」

「ドラ●もん」

 モカは珍しく目を丸くして固まってしまう。普段ボケる側だからか、ツッコミが追いつかないのだろうな。

 

 

「しょーくん」

「なんだ?」

「おこるよー?」

 怒るの?!

 

「冗談だっての。お前の誕生日だろ?」

 何を隠そう青葉モカの誕生日はドラ●もんと同じ───本日九月三日なのだ。

 

 俺がそういうと、モカは拗ねたような表情で口を尖らせる。珍しい表情だ。

 

 

 

「しょーくんのいけずー」

「悪かったって。……ところでさ、なんで誕生日なのにバイト来てるんだよ」

 そこは休んで、Afterglowの面々と遊ぶのが普通なのではないだろうか。

 

 しかしモカは本日夜までしっかりとバイトのシフトに入っている。

 俺も同様なので変わってやる事は出来ないが、せっかくの誕生日なんだから誰かに代わって貰えば良かったのにと思うんだよね、

 

 

「えーと、それはですねー」

 言いにくそうに目をそらす彼女は、突然顔を作ってから口を開いた。

 

「忘れていたのです」

「自分の誕生日忘れるバカがいたかー」

 救いようがなかったよ。同情の余地もないね。働け。

 

 

「モカちゃんはその日その日を大切に生きているのです」

「もう少しくらい前を見て生きようねー」

 モカに同情はしないが、誕生会を用意しているAfterglowの皆にはむしろとても同情する。

 

 巴に「バイトが終わったらモカを引きずってでも羽沢珈琲店に連れて来てくれ!」って言われてるんだよな。

 きっと今頃誕生日会の準備を頑張っているに違いない。本人はこの有様だが。

 

 

「それでー、さっきカレンダーを見た時に思い出したんだよねー。……あたし誕生日だ、と」

「その日その日を大切に生きてるなら日付の確認くらいしろ。……ところで、よ。今日バイトの後は暇か?」

 どう連れて行こうか悩んだのだが、とりあえず予定の有無を確認するのが先だ。

 

 これで予定がありますとか言われたらどうしようかと思ったけどね。

 

 

「特に予定はないかなー? モカちゃんはフリーです」

 妙にテンション高めにそう返してくる。同時にお客さんがやって来たので、話は後で。

 

 

「しゃーしたー」

「羽沢珈琲店でも行かないか? 一杯くらい奢るぞ。誕生日だし」

 帰りに飲み屋に誘うおっさんのような誘い文句で、俺はモカにそう尋ねた。

 

 どうも気の利いた誘い文句が思い浮かばないのである。

 

 

「プレゼントはー?」

「強請るねぇ。……ネコまんで手を打ってくれ」

「やったー。モカちゃん大勝利〜」

「それで良いのかよ」

 本当は用意してあるのだが、今バラしても面白くないしな。

 

 

 

 そんな訳でバイト終わり。すっかり暗くなってしまった夜道を、俺達は羽沢珈琲店のある商店街まで歩いた。

 

 殆どお店も閉まっているし、羽沢珈琲店も電気は消えている。

 

 

「まだ閉店時間じゃない筈だけど。……これは、事件の予感」

 ネコまんを頬張りながらモカはそう言って羽沢珈琲店を真っ直ぐに見た。

 

 中は暗くて見えないが、多分飾り付けとかしてあるんじゃないだろうか。

 

 

「事件は困るが……とりあえず行ってみるか? モカ」

「そこはモカ警部だよ、しょーくん」

「それじゃ俺は翔太警部ですかい?」

「しょーくんは、しょーくん。一般人」

「なんでパンピーの俺が巻き込まれてるんだよ」

 せっかくなら警察の仲間って事にしてよ。

 

 

「しょーくんは犯人の一味だから、参考人という事でここに連れてこられたのであったー」

「犯罪者側だったのかよ」

 モカの誕生日会の為による事件だから、俺が犯人の一味である事に間違いはないという事がまた面白い。

 

 

「それでは、突入ー」

 なんの警戒もせずに、モカはのんびりと扉を開く。

 

 扉が開くと同時に電気が点いて、小さな破裂音が響き渡った。何がおかしいって俺がその破裂音にビックリして飛び上がった事である。

 

 

「「「「誕生日おめでとう」」」」

 四人の声が聞こえて、モカは「ビックリしたー」とビックリしてなさそうな声を上げた。

 ただ、店の飾りや用意された料理やケーキを見てほんの少しだけ彼女は笑う。

 

 嬉しくない訳がないよな。

 

 

「で、翔太はなんでそんな所で転んでるんだ?」

「ビックリして古傷が開いた」

「山田、それは痛いよ」

「ほっとけ」

 どっちの意味だ。

 

 巴と蘭に起こされて、俺も店の中に入る。

 見事なまでの装飾が視界に入って、なんだかこっちまでワクワクしてきた。

 

 

「はーい、皆さん笑ってくださいねー。笑顔でピースですよー」

 ひまりちゃんの携帯を借りて、写真撮影。ケーキを前にAfterglowの五人で並んでもらう。こういうのって良いな。

 

「蘭、笑え」

「いや、別に……良くない?」

「良くない。つぐみちゃん、ひまりちゃん、やーっておしまい!」

「「はいはいさー!」」

「なにそのノリ?!」

 つぐみちゃんとひまりちゃんに頬っぺたをムニムニされ、蘭もそこそこ表情が崩れた所で俺はシャッターを切った。

 

 

 ごめん、蘭が凄い顔になってる。

 

 

「見せて見せ───ぶふっ、ナニコレ。蘭の顔」

「え、何……」

 笑い転げるひまりちゃんに、引き攣った表情の蘭。あんまり笑うと怒られるよ。

 

「あ、翔太君。SNSに上げる用に、顔が写らない感じでもう一枚撮ってもらって良い?」

「オーケー任せろ。近所のおばちゃんに写真撮りの天才と呼ばれていた俺の力を見せてやる」

「もう食べようよー。モカちゃんお腹ペコペコだよー」

 ひまりちゃんのリア充力が爆発し始めるが、モカは涎を抑えながら目の前の料理やケーキを眺めていた。

 

 

「こういうのは形に残しておかないと!」

「一枚撮ったじゃーん?」

 仲の良い彼女達だが、考える事は一人一人違うらしい。

 

 そんな訳でひまりちゃんのSNS映えするシャッターチャンスは幕を閉じ、ケーキは一旦仕舞って食事を楽しむ。

 つぐみちゃんの両親が用意してくれた料理は種類も豊富で食べ飽きない素敵な食卓だった。

 

 

 食事を終えた所で、お待ちかねのあの時間ですよ。

 

 

「誕生日プレゼントターイム!」

 つぐみちゃんが食器を片付け終わると、ひまりちゃんがそう声を上げる。

 モカを囲むように皆で座って、各々用意したプレゼントを手に持った。

 

 こういう時リーダーシップを取るのがひまりちゃんだから、確かにAfterglowのリーダーは彼女なのだろう。

 

 

「誰のから欲しい?」

「それじゃー、ひーちゃんの」

 謎の即答。ひまりちゃんは驚いた表情を見せるが、自信満々に鞄から小さな紙袋を取り出した。

 

「今回は自信作なんだー」

 言いながらひまりちゃんは紙袋をモカに渡して、彼女の「開けて良い?」に笑顔で首を縦に振る。

 自信作という事は自作なのだろうか? ひまりちゃんって裁縫とか得意そうなイメージはあるけど。

 

 

「でも自信作かー、不安ですなー」

「モカが酷い!」

「冗談だよー。……それでわ、オープンザ変な人形〜」

「変な人形じゃないよぉ!」

 紙袋から出て来たのは───なんかよく分からない妖精?

 

 茶色の身体に、ファンシーな顔、そしてなんか四角い羽。なんだこのクリーチャー。

 

 

「……ナニコレ」

 モカは真顔で、自信満々の表情のひまりちゃんにそう尋ねた。

 

「パンの精霊!」

「パンの精霊」

 なるほど、茶色いのはパンだからか。となるとこの羽は多分食パンだろう。

 言われてみればよく出来ているのだが、よく出来ているからなのかそもそもパンの精霊という題材がおかしいので───申し訳ないが変な人形だった。

 

「へへーん、どう? よく出来てるでしょ!」

「よく出来過ぎてて逆に怖い奴だよねー。むしろ不気味」

「酷い?!」

「でも、せっかくひーちゃんが作ってくれたから大切にするね?」

「モカーーーっ!」

「それにしても変な人形だなー」

「モカーーーっ?!」

 漫才かよ。

 

 

「それじゃ、次は誰のにする? アタシは今回結構自信あるぞ」

「それじゃー、トモちんので」

 次は巴の番らしく、彼女は自信満々な表情で紙袋をモカに渡す。

 モカはそれを受け取ると、興味深そうに中を覗き込んだ。

 

 こういうのって、こっちも気になるよね。

 

 

「こ、これは……」

 モカが喉を鳴らす。い、一体何が入ってるんだ?

 

 

「りんごカード」

 りんごカード。

 

 説明しよう。りんごカードとは、スマートフォンアプリに課金する為に使う電子マネーの事である。

 

 

「なんでやねん」

「いや、ほら、この前モカがさ、パンドリームってアプリに期間限定のパンが出るけどパンを食べ過ぎてお金がピンチだって言ってたからさ!」

「いやパンドリームって何?! パンの夢?!」

 あまりにも急カーブなボケに俺のツッコミも昭和に戻ってしまったが、巴は更にS字カーブのようなボケを繰り出して来た。

 ツッコミが追い付かない。

 

 

「パンドリーム、菓子パンパーティ───略してパンドリ。またはカシパだよー? 今モカちゃん的に、超エモいアプリなんだよね〜。商店街のパン屋さんになって、色んなパンを焼いてパンをコレクションするゲームなんだー」

「なにそのモカの為だけに存在してそうなゲーム?!」

 どこに需要があるの?!

 

「面白いよー? だけど、手に入れたパンを食べる事が出来ないのが難点。それでパンが食べたくなっちゃって、モカちゃんの財布はピンチなのであった」

「パン作るゲームでお腹減ってパンを買ってパンを作るゲームに課金出来なくなったとはこれいかに。……いかん、パンがゲシュタルト崩壊してきたぞ。パンってなんだっけ」

 俺が悶々と頭を抱えている横で、モカはゲームに課金して巴にガチャを引かせる。

 

 パン作るのガチャなのかよ。

 

 

「お、なんか星四のパンが出てきたぞ!」

 星四のパンって何。パワーワードなんだけど。

 

「これは……期間限定パワフルチョココロネ! あたしが欲しかった奴!」

 パワフルチョココロネって何?! パワフルって何?!

 

「しかも激レアのピュアメロンパンまで! トモちん、本当にありがとう〜」

 あのモカが凄く興奮してる辺り、相当の当たりを引いたのだろうが俺にはさっぱり分からなかった。今度ダウンロードしてみようか。ちょっと気になる。

 

 

「えーとそれじゃー、次はつぐのが見たいなー」

「う、うん! 一生懸命選んで来たからね!」

 ここまで殆どギャグだったが、つぐみちゃんなら大丈夫な筈だ。

 まぁ、モカはどっちも喜んでたけどさ。

 

 

「私はね! じじゃーん、可愛いクッションを買って来たよ!」

 普通!! 凄い普通!! めっちゃ女の子!! 可愛い!!

 

「メロンパン型の!」

 メロンパン型の?! なんでパンなの?! お前らパンを渡せばいいと思ってるのか?!

 

 ───いや、俺もなんも言えないんだけど。

 

 

「おー、つぐらしい可愛いアイテム。これは普通に嬉しいですなぁ。ありがとう、つぐー」

 メロンパンを抱き抱えながら、モカは笑顔でつぐみちゃんにお礼を言う。

 その反応を受けて、つぐみちゃんも安心したような笑顔を見せた。天使かな。

 

 

「な、なんで皆パンなの……」

 そんな中で、蘭は青ざめた表情で小さくつぶやく。まさか皆パンだなんて事ないだろうな……。

 

 いや、ありえなくはないか。ここは先手必勝よ。

 

 

「んじゃ、次は俺が渡すか。ほい」

「あれー? しょーくんも用意してくれたの? コンビニではないって言ってたのに」

「ここに居るんだから持って来とるわ。あそこでバラしたらここに連れて来た時に困るからな。ほら、早く開けなさい」

 そう言って俺はモカに紙袋を押し付けた。さぁ、戦慄しろ。

 

「こ、これは……っ」

 中身を見たモカは驚きの声を出す。その中に入っているのは───

 

 

「巨大なフランスパン……」

 ───型の、寝袋である。

 

「ハッハッハッ! 取り出してみるがいい!! 俺がド●キーで手に入れた至高の寝袋を!!」

「翔太って実はバカだな?!」

「私は翔太君は真面目だと思ってたのに!!」

「お前らと大差ないからね???」

 自分の事を棚に上げないで!!

 

 

「めっちゃでかい。パンに食べられそう」

 寝袋を取り出したモカは、口を開いて驚きの声を上げた。実際に使ってみると、パンになるというかパンに食べられてる人みたいになる。

 

 ついでに表面はコットン製で、中に布団を敷き詰めるとモフモフの巨大なフランスパン型の抱き枕になるのだ!!

 たぶん考えた奴は馬鹿である。

 

 

「もうモカちゃんはこの寝袋で生活します」

「それでどうやって外を出歩く気だ」

 クリーチャーだよ。

 

 

「最後は蘭だねー」

「なんか、渡すの恥ずかしくなって来たんだけど……。気に入ってもらえるか分かんなくなってきた。……皆パンだし」

 なんかごめん。

 

「そんな事言わずにさー?」

「……笑わない?」

「笑わない」

「……じゃ、これ」

 そっぽを向きながら、蘭は小さな紙袋をモカに向けた。

 その中には小さな箱が入っていて、中にはロックな感じのイヤリングが入っている。

 

 モカがそれを確認してから、蘭は自分の横髪を退けて耳を見せた。彼女の耳にも、同じイヤリングが付けられている。

 

 

「……お揃いの、アクセ。この前モカと買い物行った時、あたしが別の事にお金使って買えなかった奴」

 女の子かよ!!!

 

 いや、女の子だけど。つぐみちゃんより女の子してて怖い!! 可愛いかよ!!

 

「おー……」

「い、嫌だった? パンが良かった?!」

「いやいや、蘭がその時の事を覚えててくれて感動したというか。……ありがとー、蘭〜」

 モカの素直なお礼に、蘭は耳まで顔を真っ赤にして俯いた。俺の入り込む隙がないんだけど。

 

 

「よーし、これで全員配り終わったな」

「モカ、もらったプレゼント全部持って! 写真撮るから!」

「ひーちゃんは写真大好きだなー。はい、変な人形───じゃなくてパンの精霊さんも持ったよー」

 一番異色放ってるのパンの精霊だな。いや、りんごカードも凄いけど。いや全部凄いというか、変過ぎて逆に蘭のプレゼントが浮いている。なんかもうごめんなさい。

 

 

 ひまりちゃんが写真を撮っている間に、つぐみちゃんがケーキを持ってきた。歳の数分の蝋燭に火を付けて、電気を消す。

 

 

 

 その人がこの世に生を受けたという特別な日に、生まれてきてくれてありがとうと伝えるのが誕生日だ。

 きっとその日は誰かにとっては何でもない日だけど、誰かにとっては特別な日なんだと思う。

 

 そんな感謝の気持ちを込めて、歌を歌って───

 

 

 誕生日おめでとう、モカ。生まれてきてくれてありがとう。俺達と出会ってくれてありがとう。

 

 

 そうやって、感謝を伝えるんだ。

 

 

 

「ありがとう、皆」

 今日は、そんな俺達にとって特別な日。




誕生日おめでとう、モカちゃん。


凄いなんのひねりもない誕生日回でした。
安定のひまりちゃんは今回ちょっと目立ったかな。巴とつぐみがちょっと出番少ないのが申し訳ない。というか巴が渡しそうな物が想像付かなくて男友達同士の誕生日に渡す奴みたいになってしまった……。

皆平等に活躍させたいんですよね。特にこういう奴って。


イラストも描いて来ました。誕生日という事で。

【挿絵表示】

このお話でAfterglowのみんなに貰ったもの全装備です。流石に寝袋は邪魔だった()

何度目かななるけど。モカちゃん、誕生日おめでとう。

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