海の家とか遊園地プールの食事ってよく考えると、意味の分からないくらい高いよな。
それとは関係なく俺はプールが嫌いだ。
ところで、夏ですね。夏です。
少し前までは梅雨で雨が降り続けて、今年の夏はそんなに暑くないな……なんて思っていたりもしました。
そんな事はありませんでした。猛暑です。
「なので、僕はなぜかプールに居ます。暑いです」
照り付ける太陽を見上げて、俺は一人でポツンと呟いた。
夏の日差しが照り付けるプールサイドで、一応海パンを履いてはいるが上はパーカー着用。
その理由は後で説明するとして。今はなぜ俺がプールにいるのか説明しておこう。
そして、なぜこうもノリが悪いのかも。
それは、つい二日前の事だった───
◆ ◆ ◆
「───夏といえば〜?」
「唐突だな」
梅雨明けし、アイスが馬鹿売れするバイト先で。
バイト先の先輩であり、俺の彼女───青葉モカはいつも通り唐突に話題を振って来る。
彼女が唐突なのはいつもの事なので、俺はあえてオーバーなツッコミはしない。全てに全力で答えていると疲れるからだ。
「パンだよね〜」
「なんでだよ!!」
沈黙は一瞬です。平静を保つなんて彼女の前では無理でした。ツッコミは常に全力です。疲れます。
「個人的には夏といえばクリームパンだよね〜。……って事で、しょーくんプールに行こ〜う」
「ごめん。全くもって話が噛み合わない。クリームパンの下りからどうやってプールの話になった? もしかして時空が歪んでませんか?」
話の途中で俺の意識が何処かに飛んでいた説を提唱したい。そうでないならモカの頭がぶっ飛んでいる事になるから。
「しょーくん」
「なんだ」
「漫画の導入なんて適当で良いんだって、ひーちゃんが自慢しながら言ってたよ〜」
絶対SNSの影響でしょそれ。あとその漫画多分普通の漫画じゃないからね。漫画家さんに謝って下さい。
「そんな訳で───」
そんな訳で?!
◆ ◆ ◆
───そんな訳で、プールだ。
なんの説明にもなってない? 俺に説明してくれ。
ちなみに場所は都内某所遊園地プールで、なぜか俺は一人でここまで来ている。
一人でバスに乗ったり電車に乗ったりを繰り返したのは中々新鮮な感覚なのだが、それはそうとしてなんで一人で来ないといけないのよ。
理由としては、モカは先に現地入りしているから……という事らしい。
集合場所は流れるプールのプールサイドという事だが、どうしてプールサイドの面積が一番広い流れるプールを選んだのかサッパリ分からない。
「……しかし、モカは何処だ」
で、言われた通り一人で都内某所のプールに来て黄昏ていたのだが。
休日で、さらに猛暑によりプールは大混雑。流れるプールはもう何が流れているのか分からないような状態だ。
そんな場所でモカを探せる訳もなく、コミュ症の俺はキョロキョロと不審者のように周りを見渡す。
プールという事もあって、俺含め客はその殆どが水着姿だ。
大学生くらいのガタイの良いお兄さんも、ナイスバディなお姉さんも、幼女も。皆水着である。
「健全な男子高校生である山田翔太君は目のやり場に困るのであった……」
なんてモノローグを口に漏らしながら、俺はビキニのお姉さんを視線で追った。
別に卑しい理由ではない。目のやり場に困るから焦点を合わせる為に、視線を一点に絞っているだけである。キョロキョロと周りを見渡すよりは遥かに不審者感は削がれるだろう。
健全な男子高校生ならこのくらい当然だ。
「何を食ったらあん───な、あんっ!!」
しかし、突然俺の眼球を鈍痛が襲う。突然過ぎて変な悲鳴を上げてしまった。
「ここだよ〜」
俺が謎の鈍痛に「目が……目がぁ……」と転がっていると、不意にそんな声が聞こえてくる。聞き間違える訳もなくモカの声だが。
ここだよと言われましても、今私は眼球を負傷しているので少しお待ちください。
「……一体何が」
と、顔を上げた所で視界に入ったのは、流れるプールで俺を真っ直ぐ見ながら───水鉄砲を構えているモカだった。
「お前だな」
犯人。
「いぇ〜い、しょーくん撃破〜」
そんな事を言いながらプールから上がってくるモカ。
その両手に持っていた小さい水鉄砲とゴツい水鉄砲に目を奪われてしまったが、ここはプールである。必然的に彼女は水着な訳で。
クロスホルターネックのビキニに対して、腰に巻いたパーカーが露出度を下げ、そこが逆に良い味を出している男の子心を擽る水着姿だ。
さらにサンバイザーの上に乗っているサングラスが妙にひたすら似合っている。そんなに長い訳ではない後ろの髪を一つに括っているのもポイントが高い。
総評。
俺の彼女めちゃくちゃ可愛い。世界で一番可愛い。
「どしたの〜? 黙り込んじゃって。……あは〜、モカちゃんの可愛さに撃たれて言葉を失ってしまってますな〜?」
「うん」
「……ぇ。ぁ……ぇ、と……しょーくん?」
「ん?」
「くらえハイドロポンプ〜!」
「なんでぇぇええええ!!!」
素直に褒めたのに水鉄砲で眼球を潰される理由を教えて下さい。
一応避けようとしたけど、自分が使うと三割で相手が使うと十割当たる技を俺が避けられる訳がなかった。
本日二度目の「目が目が」である。
「大丈夫〜?」
「なぁ……モカは俺の眼球に恨みでもあるの?」
「永遠のライバル的な〜?」
「どうして眼球だけにヘイトが集まってるんですかね!」
呪われた瞳なんですか。邪眼なんですか。中学二年生が掛かる病気ですか。
「……まぁ、それはともかく。なんとか合流出来たな」
「迷子のしょーくんが見付かってモカちゃんも一安心ですなー」
「迷子じゃないからね。ちゃんと一人でここまでこれたもんね」
しかし、改めて見てもモカの水着姿は可愛い。健全な男子高校生なのでちょっと視線に困るが、どれだけ見ても飽きない。
「しかし、どうして一人で来ないといけなかった訳よ。本当に迷子になるかと思ったんだが」
ここ、広いしね。
「それはそのー、あたしは他の人達と呼ばれて来たんだよね〜。ほら、あの辺りに顔を見た事のありそうな人が四人いるでしょ〜?」
そう言ってモカが指差した先に居たのは、確かに顔は知っている女の子四人組だった。
Poppin'Partyのボーカルアンドギター担当、戸山香澄。
Roseliaのキーボード担当、白金燐子。
ハロー、ハッピーワールド! のドラム担当、松原花音。
そしてPastel*Palettesベース担当にして人気子役でもある白鷺千聖。
モカを合わせればガールズバンドパーティのバンド勢揃いのメンバーだが、全くもって接点が分からない。
「え、なんの集まりあれ」
「なんていうか〜、コラボレーション的な〜? 大人の事情的な?」
「分かった。それ以上は突っ込まない方が良い話だな」
なんやかんやでその五人がこのプールに集まる機会があって、ある程度の自由時間があるから俺が個人で呼ばれたというだけの話だ。
あまり大人の事情に口を挟むべきではないのである。
「それじゃ、大人の事情に甘えて遊ばせてもらうか」
俺はそう言って、目ぼしいアトラクションを探して周りを見渡した。
小さめの滑り台やウォータースライダーのある子供用の施設に、沢山トランポリンとかが置いてあるプール。
なんか凄そうなウォータースライダーに、ジェットコースターっぽい乗り物のアトラクションと選り取り見取りである。
とりあえずウォータースライダーが安定か。
「あれ行こ───」
「それじゃー、泳いでいこー」
俺が目星を付けて歩こうとすると、モカは俺の手に抱き付いて身体を引き寄せて来た。
二の腕なんかめっちゃ柔らかい物が当たってるんですが、なんですかこれは。パンですか。パンですね。
「───ちょ、モカ。ぁ、ちょ、待ってください」
「ん〜? しょーくん、どうしたの? お腹が痛いの?」
「なん……でも……ないっす!!」
落ち着け。落ち着くんだ山田翔太。平常心を保て山田翔太。お前は男だけど、健全な男子高校生だけど。その前に青葉モカを愛すると誓った男だろう。
「……オーケー。オーケー。ノープロブレム。モカ、愛してる」
「流石のモカちゃんも突然の愛の告白は恥ずかしいよー?」
少し嬉しそうにはにかむモカはまるで天使のようだった。
煩悩が吹き飛んだね。
「ん……で、なんだっけ?」
「せっかくプールに来たんだから泳がなきゃねー」
俺に抱き付いたまま、その手に握られている水鉄砲をチラつかせるモカ。
泳ぎと水鉄砲は矛盾してませんかとツッコミを入れたい所だが、今はそれどころじゃない。
「なぁ、モカ。……魚の真似なんかして何が楽しいんだ」
「……しょーくんが突然リアリストに」
俺は元からリアリストです。
流石のモカも俺の言葉に驚いたのか、目を丸くして唖然としていた。
流石に気まずいな。せっかくプールに誘われたのに、この事実を伝えないといけないとは。
「んー、でも確かにしょーくんのいう事は一理あるかもねー。やっぱりプールは浮き輪に乗って流れるのが一番だとモカちゃんも───」
「辞めてぇぇ!! 優しくしないでぇぇ!! 泳げないんですぅぅ!!」
そう、山田翔太高校二年生。泳げません。金槌です。
俺はその場に崩れ落ちて頭を地面に擦り受けた。
「泳げないのにモカの水着姿が見たくてここまで来ました。申し訳ございませんでした……」
「しょーくん……」
やばい……。嫌われたかも。
「とーう」
暗転。突然視界がひっくり返る。
何が起きたか分からず、分かったのは身体が吹っ飛んでプールに着水した事だけだった。
え、何が起きたんですか。
そして何が起きたのかも分からずに、俺の体は水中から引き上げられる。
息を吸い込んで、プールの水を擦ってからなんとか目を開いた。目の前にモカがいる。今度は胸元にとてつもない柔らかい物を感じた。
「しょーくん」
俺に抱きつきながら、モカはいつも通りゆっくりと言葉を漏らす。
「あたしは、しょーくんと一緒に居られれば……それだけで幸せだから」
そう言ってから彼女は顔を持ち上げて、上目遣いでこう言った。
「しょーくんが楽しめれば、モカちゃんはそれで良いのです。だから、しょーくんが楽しいと思う事をしたいな〜」
「モカ……。……ありが───」
あまりにも嬉しい言葉に泣きそうになりながら、感謝の言葉を漏らそうとした直後。
何故かモカは俺から離れて、手に持っていた水鉄砲を俺の顔に向ける。
「───ぇ」
そして彼女は、見事俺の眼球を水鉄砲で撃ち抜いた。
「なんでぇぇぇ!!!」
今とっても良い雰囲気だったのに?! このタイミングでそういう事する?!
いや、それがモカの良い所だけどさ!!
「という事で、水鉄砲で勝負しようと思います。景品は今晩のご飯代です」
「ほぉ……近所の婆ちゃん達に水鉄砲を持たせたら右に出るものは居ないと言われていた俺に勝負を挑むとは良い度胸じゃないか」
「それじゃ、しょーくんはコレね」
そう言いながらモカはとんでもなく小さい、百均で売ってそうな水鉄砲を俺に渡して来た。
そしてモカは両手に持った完全に高級品の水鉄砲を俺に向ける。
「……あのさ、流石にあんまりじゃない?」
「勝負はプールに来る前から始まっていたのだよ〜、しょーくん。自腹五千円もした水鉄砲の威力を見よ〜」
「それ勝負に勝って飯奢ってもらっても赤字だぞ!!!」
なんて、ルールも分からないまま俺は百円の水鉄砲でモカに勝負を挑み蜂の巣にされたのであった。アーメン。
それから浮き輪を使って二人で流れるプールを流れたり、貝殻の形をしたプールで波に飲まれたり。
ウォータースライダーで絶叫したりして、プールを一日満喫する。
日が沈むのにも気が付かない程楽しんで、辺りが暗くなってからやっと時間を思い出した。
「そろそろ帰るか……。モカ、帰りは一緒に帰れるのか?」
「何を言ってるんだい、しょーくん。夜は始まったばかりだよ〜」
何を言ってるんだい、モカくん。良い子は帰る時間だよ。
「こっちこっち〜」
言いながら、モカはトテトテとプールサイドを早歩きで進んでいく。
もう空は暗いが、辺りは一応ライトが照らしていて明るい。閉園の時間じゃないのだろうか。
「ん……これは」
それで、モカに着いて行くと辿り着いたのは貝殻状の波のプール。
少しばかり水深が深く、泳げない俺はあまり近付こうとしなかったのだが。
昼間とはどうも雰囲気が違って、俺はその光景に見惚れてしまった。
「綺麗でしょ〜」
ライトアップされた水面に夜空の光が映り込む。
幻想的な光景の真ん中で、クルクルと回るモカはまるで絵の様に綺麗だった。
「……うん、綺麗だわ」
これはまた凄いな。どうなっているのやら。
「ナイトプールっていってー、ここのプールの目玉なんだよね〜」
そう言ってから近くの売店で飲み物を二つ買ったモカは、ビーチチェアに触りながら俺を手招きする。
呼ばれるがままに座って飲み物を受け取ると、モカは満足気な表情で飲み物片手に波のプールに視線を向けた。
それにしてもグラサン似合ってるな。イケメンかよ。
「今日は楽しかった〜?」
「んー、今日も楽しかった。モカと居ると毎日が飽きない」
「あはは〜、しょーくんもいつも通りだねー」
それを望んだのだから、こうやっていつも通り全力で楽しめれば幸せなんだろう。
「ねー、しょーくん」
「なんだ」
「夜ご飯ここで食べよっか〜」
「おぅ、そうだな。そうし───待て!!」
俺が気が付いた時には、もう遅かった。
近くの売店を走り回ったモカは、ありえないくらい高い売店のジャンクフードをありえない量買って来る。
事前に無慈悲な水鉄砲勝負で敗北した俺は、晩飯代を出す事になっていたので。
「……つまり、そういう事か」
だからプールは嫌いなのだ。
「しょーくんも早く選ばないと、お店の食べ物がなくなっちゃうよ〜」
「いやどれだけ食べる気だよ!!!」
まぁ、なんやかんやでモカも半分払ってくれるんだけどな。
そんな訳で、とある夏のとある日のお話。
としまえんに行きたかっただけの人生だった。