「で、モカ先生。どこで練習するんですかね」
同日のバイト終わり。家から自分のギターを持って来たモカに俺はそう聞いた。
ギターって普通どこで練習するの?
スタジオとか借りてやるのが普通なんだっけか。いや、そこまでする物?
「カラオケとか? スタジオ借りるような練習は、まだかな〜?」
カラオケ……だと?!
「え、えと、それって……二人で?」
「そーなりますなぁ」
モカとはいえ女の子と二人きりでカラオケ……だと?
高校の友達グループで女の子が混じったカラオケの経験はあるけど、二人きりなんて経験ないんですけど。
ちょっと待ってハードル高い。
「……どったの? しょーくん、顔が赤いよ〜?」
「な、なんでもないよぉ?! よ、よし、オーケー、準備オーケー。カラオケね。カラオーケーね!」
残りのお小遣いが消える訳だが、問題はないだろう。
「オーケー、カラオーケー……おー、今度、蘭に言って聞かせてみよう」
「待って、俺が悪かった。ごめんて。気温低くしてごめんて」
女子と二人きりでカラオケでギターの練習なんて……ほら、なんていうか、青春じゃない?
☆ ☆ ☆
小さな個室。密室。
ギターを椅子に置く事もあり、モカとの距離はかなり近い。
ちょっと良い匂いするんだけどナニコレ。
「それじゃー、何か歌う?」
「ギターの練習に来たんだよ?!」
なんで開幕早々脱線してんだよ。
「いやー、しょーくんには一度モカちゃんの生演奏を間近で見てもらおうかなーと」
ドユコト?
言いながらモカは自分のギターを取り出して、何やら上の方を弄って調整しだした。
何をしているのかはよく分からないが、なんか格好いい。
「しょーくん、この曲歌える?」
そして、タブレットを触り曲の選択画面で止めてからモカはそれを俺に渡してくる。
画面に映っているのは確か大人気ゲームの主題歌になっている曲で、それ以前に有名な曲だ。これなら歌える。
「歌えるけど……。何? 俺が歌うの?」
「いいからいいから〜。ほら、今週の山場〜、ポチッとな」
「お前絶対それ世代じゃな───っと、始まるわ。マイクマイク!」
俺の疑問は晴れる事なく、画面に曲名が表示された。
突然で上手く歌える気がしないんだけど。ていうか、なんで俺が歌う事に。
そしてモカはモカで音響バランスを調整するツマミを思いっきり回してミュージックのメーターがみるみる下がっていく。
ていうか聞こえない。ミュージック聞こえない。
「逆でしょ?! 回す方逆でしょ?!」
「いやいや、これでいーのだ」
「だから世代じゃないだろ!」
「始まるよー」
そう言いながらモカはギターを構えて、表情を変えた。
カラオケのミュージックは流れていないのに、俺の中に曲が入ってくる。
モカが弾き始めた曲が、カラオケ映像で流れてくる歌詞に並んで───
「───っ」
俺は気が付いたら歌い出していた。
ギターの音と俺の歌声だけが個室に響く。
俺はつい立ち上がって曲を歌い出して、モカもまるであのバンドの時のように真剣にギターを演奏していた。
モカが代わりに演奏をしてくれているのか?!
楽しい。
なんだこれ。めっちゃ楽しい。
今この瞬間がずっと続けばいいのに。そんな事を思って、それでも時間は一瞬で過ぎていく。
「しょーくん、歌上手いね~」
曲を歌い終わって演奏を終えると、モカはのんびりとした口調でそう言ってくれた。
時間にして四分もない。そんな時間だったけど、俺はきっと全力で楽しんでいたと思う。
「い、いや、モカの演奏が良かったからっていうか……。すげー、格好良かった!」
だから、感極まっていたのかもしれない。
ずっとモカの事は凄い奴だと思ってた。手の届かない凄い奴だと思ってた。
でもそれを認めたくなかったのか、悔しかったのか、俺はそういう事をメッセージ以外で言った事は無かったと思う。
でも今回は口に出して言ってしまった。
言ってから後悔して、俺は少し後ずさる。恥ずかしかったのもあるが、モカが目を見開いたまま固まっているのも、なんというか気まずい。
「あ、いや、その───」
「目潰し」
「ぎゃぁぁぁああああ!!!」
───そして俺は何故か目潰しを喰らっていた。
何故?!
どうして?!
「バ◯ス。かっこ、物理」
「目がぁぁあああ! 目がぁぁあああ?!」
なんで?! なんで俺今破滅の呪文放たれたの?!
なんで?!
「しょーくんってー、そういう事恥ずかしげもなく言うよね〜。後で後悔とかしない?」
「後悔しとるわ!! 今まさに理由は分からないけど後悔しとるわ!!」
なんなのこの人?! なんなの?!
「おー、よしよし。誰にやられたんだい?」
「お前だよぉ?!」
助けてリサさん。
「ほらほら、立ち話もなんだから座って座って」
「くそ……俺なんかした?! 俺モカ先生になにかした?!」
やっと痛みの引いてきた目でモカを見ると、ギターの演奏で火照っていたのか少し顔が赤い。
そんな彼女の表情を見ていると、また
「あぶね?!」
「……おー、やるなおぬし」
「先生。俺達何しに来たんだっけ? ん?」
「えー、コントの練習じゃなかったっけ?」
「あーそうだったそうだった。俺達でお笑いの高みを目指そう───ってちげーよ!!」
「……素晴らしいノリツッコミ」
落ち着いて? ワンチャンあるみたいな顔しないで?
「冗談ですよー、しょーくんはせっかちさんだな〜。ギターは教えるけど、一回こういう事も、してみたかったんだよね〜」
のんびりと呟いて、しかしくしゃっとした笑顔を見せながら「だから、ありがとう」と呟くモカ。
そんな笑顔が眩しくて、つい演奏をしていたモカが脳裏に映った。
全力で、今この瞬間を本気で楽しんでいたと思う。……それは、俺もなのに───
「さーて、ギターの練習しますかー。とりあえずやる事は───」
───なのに、どうしてこうも彼女だけが遠く見えるのだろうか。
真剣さが足りないんだ。
彼女みたいに真っ直ぐに音楽に向き合えてない。
今だってさっきの楽しかった演奏が頭を過って、せっかくギターの事を色々教えてくれるモカの言葉が頭に入ってこない。
さっきのコント染みた会話の方が楽しく感じてしまう。
───結局俺は、その時が良ければそれで良くて、のうのうと生きているだけなんだ。
ギターを買ったのだって、不純な動機で。それに真剣に向き合う気持ちなんて全くなかったんだと思う。
「な、なぁ、モカ」
「どったの〜?」
「もう一曲、歌わないか?」
───現にこうやって、俺は今が楽しければ良いとギターから逃げた。
「……。……うん、良いよ」
そしてモカは一瞬ポカンとした表情をしたが、俺に合わせて首を縦に振ってくれる。
それがとても嬉しくて、俺はギターを直ぐに閉まってマイクを手に取った。
だからといって歌手になるだとか、バンドでボーカルを務めるだとか、そんな事を思っている訳じゃない。
ただ、今が楽しければそれでいい。
そんな不純な動機。
きっと俺は、何かに真剣に向き合う事なんて出来ないんだと思う。
───それが、分かってしまった。
◆ ◆ ◆
「いやー、歌ったね〜」
「ほぼ歌ってたの俺だけどな」
結局、俺達はカラオケで歌い尽くして時刻は夕暮れ。
カラオケを出ると夕焼けで空は真っ赤に染まっている。
「いやー、めんごめんご。結局、しょーくんのギターの練習、殆ど出来なかったね〜」
「まぁ、また今度で良いって。また教えてくれよモカ先生」
「ふふーん、モカちゃん先生にまかせなさーい」
数歩歩いて振り向きながらそう言うモカを夕日が照らして、彼女がとても眩しく見えた。
まるで現実に戻されたみたいで、俺は少し嫌な気分になる。
夢みたいに楽しかった。
でも、太陽が沈めばそれも終わりだ。
今にすら真剣になれないのに、明日を考えないといけなくなる。明日になったらギターに真剣になれると思うか?
答えは分かりきっていた。
だから、これまでなんの意識もしてこなかったけれど。
俺は夕焼けが嫌いなんだと思う。
「綺麗な夕焼けだね〜」
ただモカは笑顔でそう言った。
今が楽しそうで、これからの今も全力で生きることの出来る彼女の笑顔はやはり眩しい。
「……俺は、夕焼け嫌いだよ」
「……しょーくん?」
だから、俺はそう言って歩き出す。
「……。……暗くなる前に帰ろうぜ?」
「……あー、うん」
首を横に傾けるモカだが、名残惜しそうに夕焼け空を見上げてから俺について来てくれた。
とりあえずモカを送り届けないとな。
「今日はその……ありがとう」
「いえいえー。あまり教えられなくて、モカ先生は少し反省してます」
少し歩いて彼女の家の前に。
ギターってこんなに重かったっけか。
今まではこれを持ってるだけで気分が浮かれて、重さなんて気にならなかったのに。
今はもう、ただの重荷に感じてしまうんだ。
「また今度教えるから、今日の所はご勘弁」
「あー、まぁ、えーと、良いんだよ。はは……。それじゃ、またな」
俺がそう返事をして片手を上げると、モカは何かを不思議に思ったのか首を傾げる。
そんな彼女に手を振って、俺は振り向いて家に帰る為に歩き出した。
「しょーくん」
ただ、モカは短く俺の名前を呼ぶ。
振り向くと彼女は笑っていた。
「……なんだよ」
「今日はありがとう。超楽しかったよ〜」
「……そっか。俺も、楽しかった」
そう返して、俺は背を向ける。
あぁ、楽しかったんだよ。
本当に最高に楽しかった。
でも、だから、自分が情けなくなる。
何がバンドマンになるだ。何がギター持ってる俺格好良いだ。
───俺は何も出来ないんだよ。
「……しょーくん、凄い楽しそうだったのにな〜。……うーん。あたしも、楽しかったなぁ」
次回『山田翔太はそういう奴だ』