「まぁ、続かないと思ってたけどな」
「辞めた訳じゃねーし」
「同じ様な物だろ。小さい頃からお前はそういう奴だった」
平日の学校の帰り際、圭介とそんな話をした。
思えば確かに俺は小さな頃からそういう奴だったと思う。
小学生の頃、恐竜が好きだった。
恐竜博士になるんだとか、言っていた記憶もある。
中学生の頃、野球選手になりたいと思っていた。
入った部活はバレーボール部。野球部がなかったのである。
上の学年が三人しかいなかったので、俺は一年の後半から三年生になるまでレギュラーだった。
それなりに取り組んでいたとは思う。ただ、それは、俺を頼りにしてくれる先輩と話すのが楽しかったからだ。自分を認めて、必要としてくれるのが嬉しかったんだろう。
その時が良ければ良かった。だから、先輩が居なくなって、急に熱が冷めて、俺はレギュラーから外される。
結局、その時楽しければ、それで良かった。
だから、本当に何かに真剣に取り組んだ事がない。
全部中途半端で、勉強も運動も遊びも全部、俺には何もない。
部屋に飾られて、一週間触っていないギターは少し埃を被っている。
それを見ても俺は何も思わなかった。
ただ、部屋にギターが置いてあるって格好良いなって。
「結局置物になってない? それ」
「うっせーな、格好良いだろ。オシャンティだろ。……バイト行ってくるわ。昼過ぎに終わる」
趣味もないから、休日はバイトだ。休みたい理由もない。
ただ、遊ぶお金が欲しい。ほら、またモカとカラオケ行ったりさ。
それで良いんだよ。今何かに全力で取り組んだって、きっと俺はまた飽きて、何も残らない。
だったら適当に、今楽しかったら、それでいい。
「あー、昼ごはん用意しといたから。私出掛けるわよ。鍵持っていきなさい」
「へーい。……どこ行くの?」
「ショッピングモールでレーダー起動するとダンジョンが貰えるらしいのよ! ついでにお買い物。夜までぶん回すから、帰ってこないわよ」
熱心な事で。てか、普通目的が逆だろ。
父親は今日も今日とてパチンコ屋である。なんて家族だ。こうはなりたくない。
それに、どれだけ熱心になっても、どうせいつか───
「んじゃ、先行くから」
───そんな物、意味はなくなる。
◆ ◆ ◆
「……しゃあー」
ついに「……っしゃーしたー」すら超越した。
「流石にアウトだろ」
「通常の三倍早く言う事により、モカちゃんはこの領域に突入したのだよ。名付けて、赤い───」
「流石にアウトだろ」
許される範囲というのがある。
「しょーくんはお堅いなー、そんな事では頂点は目指せないよ?」
「なんの頂点だよ。お笑いか?!」
「どーもー、モカショーでーす」
「勝手にコンビ名を作るな!」
しかもカップリングみたいな名前だし。恥ずかしいわ!
「今、モカちゃんとしょーくんでモカショーだと思いましたね? 残念、違います」
「は、ひ、ふ、へ、はぁ?! 違うけどぉ?! そんな事微塵とも思ってませんけどぉ?! む、むしろどういう意味なんだよ!」
こいつ読心術でも持ってるのか。
「モカちゃんのショーで、モカショーです」
「ワンマンプレイ! 確かにお前にピッタリなコンビ名だな!! もうええわ!! ありがとうございました!!」
「おー、完璧な締め方」
「───ハッ、俺は一体何を?!」
モカに日々鍛えられている成果が出てきたのかもしれない。
何してるんだお前は。
「こらー、二人共ー、仕事中だよ」
そんな話をしていると、店の外からリサさんがそう言いながらやってきた。
時計を見るともう昼過ぎ。バイトの時間はもう終わり。
最近、モカと働いてると時間がかなり短く感じるんだよな。
こうやって馬鹿みたいな話をしてるからだと思うけど。
「すみませんリサさん!」
「お喋りはもう少し控えめに、バレない程度が基本だよ!」
お喋り自体は良いんですね!
「てか、リサさん早くないですか? モカとの交代二時間後ですよね?」
もしかして俺の顔を見に来てくれたのかな?!
「山田君がモカと一緒に帰れるように、早めに来てみたんだ。ほら、山田君ギターの練習!」
何この人優しさの塊かよ。逆に怖いわ。
だけど、ギターは……。
「つまり、モカちゃんはもう帰って良いと」
「そーいう事! ほら、昨日のバイト中に先週は全然ギターの練習出来なかったって言ってたじゃん? 今日も何処かで教えてあげなよ」
これ、アレですかね。俺はまたギターをモカに習う流れですかね。
嫌という訳ではない。いや、しかし、だな……。
「つまり、商店街でしょーくんと食べ歩きが出来る」
「いやリサさんギターの練習って言ってるからね?」
「あっはは、別にそれでも良いけど。バイトの事はアタシに任せて、今日は二人で出掛けるなりしなよ」
姉御ぉぉ! 大好きです!! 付き合って下さい!!
と、言えない自分が憎い。
「リサさん、しょーくんの事は任せてバイトに行ってください。……しょーくんは、私が倒します」
「なんで倒すの?! てか普通に逆じゃない?!」
どういう設定だよ。
「そのやり取りを聞けて、早めに来た甲斐があったよ。ほらほら、お客さんが居ない間に!」
そう言って俺とモカを休憩室に押し込むリサさん。更衣室があるとはいえ、男女を個室に閉じ込めるのはどうなんですか。
「さて、リサさんにそう言われたものの。……どーする? しょーくん。またカラオケ行く?」
更衣室に向かいながらモカはそう言う。
カラオケ、カラオケかぁ……。かなり魅力的な話だが、残念ながら俺にはお金がない。
ギターにほぼ全財産を使ってしまったのだ。あのギター売ったらいくらになるかな? そんな事を考えてしまって、冷静になる。
……俺に彼女と遊ぶ権利があるのだろうか?
「……いや、ごめん。金なくてさ」
ただ、リサさんにあんな事を言われてしまった手前だ。今からモカと遊ぶのを断る事なんて出来ない。
それに、モカ自身が俺と遊んでくれると言っているのだから。むしろ断る権利の方がないだろう。
だって、彼女と居るのは楽しいから。
「そーいえばしょーくん、ギターは? 一週間前は持って来てたのに」
「……っ」
更衣室から出て来たモカはゆっくりとした口調で、俺の顔を覗き込みながらそう言った。
ショートパンツと薄着のシャツにパーカー。
一見すればボーイッシュな彼女の格好だが、やっぱり骨格は女の子で近付くと所々丸くて柔らかそうで───いや、俺は何を。
「……しょーくん?」
「ギターは……その」
視線を下げて、俺はそんな彼女から目を逸らす。
やはり、どうしても直視するのが眩しい。
ギターの事を聞かれてしまうと、そんな気持ちがまた浮かんでくるんだ。
「……忘れて来ちゃったの?」
「そ、そうなんだよ! いや、モカがまた練習付き合ってくれるって思ってなくてさ、あはは。あーと……だから……」
だから、なんだ? 商店街に遊びに行くか? 金もないのに。
いやそもそもモカが俺と出掛けてくれるのはギターの練習の為なんだぞ。
取りに行くか?
でも、ギターの練習をするのか?
「それじゃー、今日はしょーくんの家に行こう」
頭の中で葛藤していると、突然モカはそんな事を言い出す。
え? 家?
「……俺の家?」
「うん。まずは、あたしのギターを取りに行ってから、しょーくんの家。まだ練習だし、近所迷惑にはならない筈。……多分?」
いやいやいやいやー、待って。流石に俺の家はね?
「……どしたの? しょーくん」
「い、いや、何でもないよぉ?!」
い、いかん、何とか断らないと。だって俺の家、俺の家は今───
◆ ◆ ◆
「おじゃましまーす」
結局断る事が出来ず、モカのペースのまま我が家へ。
───俺の家は今誰もいない。
そう何度か伝えようとしたのだが、モカのペースに流されて伝える事が出来なかった。
結局モカの家からギターを取ってきて、商店街でモカが弁当を買って我が家に到着。
というかモカさん、どんだけ食うんですかね。それ男の俺でも食べ切れる気しないんだけど。
「……あれ? ご両親は?」
「出掛けてると言おうとしたんだが、モカが言わせてくれなかった」
「……。……そ、そっか〜」
少しボーッとしてから、モカは家に入って行く。気にしないんですか?! 良いんですか?!
言うて殆ど大人な高校生二人が誰もいない密室とか、大丈夫なんですか?!
「と、とりあえず鍵閉めて」
「……ぁゎ」
ん? 今なんか不安そうな顔したか?
「ど、どうかしたか?」
「い、いやー? なんでもー? あ、つまらない物ですがどうぞ」
そう言いながらモカはお土産に買ってきたお菓子を机の上に置く。いや、だから誰もいないんだって。
……気にしないんですねぇ。モカはそういうの気にしないんですねぇ。アレか、眼中にないでございますか。そうですか。
俺だって本当はリサさんと二人きりが良かったからな?! 勘違いするなよぉ?!
……嘘。見栄張りました。俺はめっちゃ気にしてます。
「しょーくんの部屋、どこー?」
「あーっと、その扉───ちょっと待て!」
俺は、指差した扉を開こうとするモカと扉の間に入って両手を広げた。
「……しょーくん?」
「ステイ。ステイステイ。……ちょーーーっと待ってて?」
そう言って俺は素早く扉を開け閉めして部屋の中に入る。
べ、別にエロい本が置いてあるとかじゃないからな?! 普通に掃除だ。ほら、流石になんの用意もしてなかったからお部屋が汚いじゃん?! うん!!
あとアレだ。ギターが埃被ってるのは見られたくなかったから、さっとタオルで拭いておく。
「もーいーかーい」
「オーケー、オーケーオーケー。悪い悪い」
扉を開けると首を横に傾けたモカが待っていた。
そして彼女は俺の部屋を眺めて、目を細くした後───
「……えっちな本でも隠してたんですかねぇ」
───そう呟く。
「んなもんねぇぇよ!!」
無いから。そんなもん無いから。
絶対に無いから!!
「おー、格好良く飾ってあるねー」
部屋に入るなり、やはりモカの視界に映ったのはギターだった。
綺麗に埃の落とされたギターは元々中古だが新品みたいに綺麗に立て掛けて飾られている。
いや本当、格好良い飾り物だよ。
「だろ。なんかこう、部屋にギターがあると格好良いよな!」
「あー、それは分かるかも。いやー、しょーくんも立派なギタリストだ。……あたしの知らない所で大きくなって、ぐすん」
「……形だけな」
俺が小声でそう言うと、モカは首を横に傾けた。
覗き込むように寄ってくるモカから逃げるように振り向くと、彼女は「しょーくん?」と小さく呟く。
「……ギターの練習、しないの?」
「……っ」
したくない訳じゃない。
別にギターが嫌いになった訳じゃない。
いや、違うな。まず、初めから好きでもなんでもなかったんだ。
ただ不純な動機で買ったギターを好きになる事なんて出来るわけなくて。
結局、置物になってしまっている。
「……ゲームしね? ほ、ほら、まだ昼間だしさ! 昼ごはんも食べてないし!」
「……。……そーいえば、モカちゃん空腹で倒れちゃいそうだったんだよ。よし、食べよう。ご飯食べよう」
よし、なんとか話を逸らす事が出来た。
……って、俺は何をしてるんだろうな。
そんな訳で俺達は昼食を済ませてゲームをする事に。
大人気格闘ゲームが我が家にはあるので、それで対戦でもするか。パーティゲームを二人でやるのは流石に辛いだろう。
流石に女子相手に本気で対戦ゲームをするのは大人気ないので、かなりハンデを与えて始めたのだが───
「お、落ちる落ちる落ちる! 無理無理無理ぁぁぁあああ!!」
「はい、モカちゃんの勝ち〜」
───惨敗した。
い、いやいやいやいや、ハンデが強過ぎたかなぁ?!
「モカ……まさか経験者か貴様」
「ふっふっふ、メテオモカちゃんとはあたしの事」
コイツ始める前「えーとー、どうするんだっけー?」とか言ってたくせに!!
「騙したな貴様ぁ!! 再戦じゃごらぁ! 俺まだ本気出してないからぁ!!」
「掛かってくるがよい。モカちゃんは、まだ二回も変身を残している」
その後ハンデを無くしてリターンマッチ。
中々良い勝負になって、俺の勝利。
それでモカも火が付いたのか再戦してモカの勝利。
そんな風に二人で楽しんでいると、あっという間に五時間が経過。
外ちょっと暗くなってるんだけど。うわ、やっちまったよ。
「おー……なんてこった。しょーくん、ギターギター」
流石のこれにはモカも慌てたのか、ゲームは打ち切りに。
ギターの練習の為にリサさんにバイトを代わってもらったのに、これでは合わせる顔がない。
「……しょーくん?」
だが、いざギターと向き合うとどうしてもそれが眩しく見える。
俺なんかが手にとったって、彼女達みたいにはなれない。そんな事は分かってるのに、練習する必要があるか?
一度そう思うと、その考えはもう頭から離れない。
「……ギターの練習、しないの?」
「……っ」
そんな事言われたってな。
「……ギター、飽きちゃった?」
「……っぁ、ち、違、違う! そ、そうじゃなくて」
ただ、その言葉を認めたくなかった。
もしそれを認めてしまったら、もうこんな時間は二度と来ないと思ってしまったから。
ギターがなかったらこうしてモカと遊ぶ事も出来ないと思ったから。
「……しょーくん?」
「え、えと……違うくて、だな。別に、ギターに飽きたとか、そういう事じゃなくて」
彼女と遊ぶのが凄く楽しい。バイト先で話すだけで、今が楽しいって思える。
それがなくなってしまう気がして、俺はただ言い訳を考えた。
「……なら」
「……っ」
なんで、なんでだよ。
なんでお前はあんなにギターに、バンドに熱心になれる。今を全力で生きられるんだ。
そんなに頑張ったって、最後には残らないかもしれない。バンドだっていつまででもやれる訳じゃないだろう。
なんで今、そんなに全力で何かに取り込めるんだ。
今じゃなきゃダメなのか?
今そんなに頑張る必要がどこにある?
「うーん、難しいって思っちゃうかもだけど。大丈夫、しょーくんだって練習すれば───」
「俺とお前を一緒にするな!!」
気が付いた時には、手を伸ばしてくる彼女を払いのけていた。
彼女はそれにビックリして倒れこむ。
「ぇ……。……しょーくん?」
何かが引っかかったのか、倒れた俺のギターが鈍い音を立てていた。
次回『今だから』