今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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今だから

「ぇ……。……しょーくん?」

「……っ、ぁ、あ、ご、ごめんモカ!」

 倒れたモカに手を伸ばす。

 

 

 しかし、その手は取られる事はなかった。

 

 

 ただ、彼女の瞳が俺の顔をじっくりと覗いている。

 やってしまった。バイト先の楽しい時間も、今みたいな楽しい時間も、もう終わりかもしれない。

 

 

 ただ、今が楽しくて。それを失いたくなくて。

 

 

 

 俺は何をしてる。

 

 

 

 俺は何をしているんだ。

 

 

 

 結局そんな事すら俺は続ける事が出来ないんだろう。

 

 

 

 俺は何も全力で取り組む事なんか、出来ない。

 

 

 

「……。……ごめんね、しょーくん」

 ただ、モカの口から出てきたのはそんな言葉だった。

 

 

「な、なんでモカが謝るんだよ」

「嫌々ギターの練習させてたのかなー、と」

「ち、違……俺は……」

 それを肯定してしまえば、きっとこれまでの関係ではいられなくなる。

 

 

 何故かそれが無性に嫌で、俺はただその場に崩れ落ちた。

 

 

「良いんだよ」

「え……」

 モカと目が合う。彼女の微笑みの背後で、日は沈みかけて空を赤色に塗り替えていた。

 

 

「あたしは、嫌な事を続ける必要はないと思う。だって、そんなのつまんないじゃん?」

「いや、でも、ほら、態々時間作ってくれたリサさんやモカに申し訳ないというか……」

「んもう〜、あたしはしょーくんが嫌なのか嫌じゃないのか聞いてるんだけどな〜」

 眉をひそめながらモカはそう言う。

 

 

 嫌なのか?

 

 

 そうだよ。嫌なんだよ。

 どうせやったってモカ達みたいになれる訳じゃないし、ギターが弾けるようになったって大した得はしない。

 

 今そんなに頑張る事か? 熱中しなきゃダメな事か?

 俺はそれが分からなかった。

 

 

「分からないんだよ。ギターの練習なんかして、それが何になるとか。バンド組む訳じゃないし、将来ギターで生きていく訳でもない。なのに態々面倒くさい練習をする理由が分からない。そこまで熱中出来ないんだよ俺は」

「しょーくん……」

 一度言葉が溢れてくると止まらなくなる。ダメだと分かっていても、止められない。

 

 

「なんで皆はそんなに今真剣に取り組めるんだ? 続けられるんだ? それがなんになるってんだよ。バンドなんていつまでだってやれる訳じゃないだろ。終わったら全部無駄になるんだ。俺なんかバンドすらやらないのにギターの練習なんかして、何の意味がある?」

 ギターを見ているだけでもイライラする。

 

 

 こんな物───

 

 

「こんな物持ってたって……っ!」

 壊れてしまえばいい。

 

 立ち上がって、持ち上げて、それから───

 

 

「───しょーくん……っ!」

 ───目をつぶって床に叩きつけた。

 

 

 ただ、ギターは鈍い音を立てるだけで感触がおかしい。床なんてもっと硬い筈で、なんでこんなに柔らかい───

 

 

 

「───っ、痛ぁ……」

「モカ?! おま、バカ、何……して……っ?!」

 目を開けると、倒れ込んだモカがギターの下敷きになっている。

 痛みに表情を崩しながらも、彼女は唖然とする俺を見て何故か安心したような表情をしていた。

 

 なんで、そんな表情をしている。

 

 

「お前、バカ! 何してんだよ!」

 バカはお前だ山田翔太。何をしてるんだお前は。

 

 自分が情けない事を物に当たって、それでモカを殴っただと?

 ふざけるのも大概にしろ。お前は何もないどころか最低の人間だ。

 

 

 

「モカ……ご、ごめん……俺…………何して。だ、大丈夫か?! 怪我とかしてないか?!」

 直ぐに彼女の身体を持ち上げて声を掛ける。頭から血とか出てないよな。俺は本当に何をしてるんだ。

 

 

「いやぁ〜、想像以上に、痛い。うぅ〜……」

 ただ、モカは瞳に涙を浮かべながらも微妙に笑みを浮かべている。

 

 な、なんで笑ってるんだ。怒る所だろ?

 

 

「モカ……ご、ごめ───っ?!」

「えい」

 同じ目線でちゃんと謝ろうと口を開く俺に、何故かモカは突然抱き着いてくる。

 

 

 

 は?

 

 

 

 もう一度説明すると、モカは何故かこの状況で抱き着いてきた。

 え、何。なんで? なんか凄い良い匂いするし、なんか柔らかい。え、ていうかなんで?

 

 

 なんで?!

 

 

 

「……良いんだよ」

 そして、俺の耳元でモカはそう言う。

 

 

「楽しくなかったらしなくても良いんだよ。あたしだって、楽しくない事はしないし」

「いや、でも、モカはギター弾けるだろ? その為に嫌でも沢山練習したんだろ?」

「そんな事する訳ないじゃん?」

 えぇ……っ?!

 

 

「あたしは皆と楽しみたかったから、バンドの練習も楽しいからしてたんだよねぇ。逆に、例えばー、そうだなぁ、ひーちゃんが良くご飯の写真映りとか気にしてるけど……あたしはそーいうの興味ないから、楽しくないし、やらないよ?」

 楽しくないから……やらない?

 

 

「変な事言っちゃうかもだけど。今楽しくなかったら、意味無いよね〜って、そう思うんだよ。今を全力で楽しみたいっていうか?」

「今を全力で……」

「うん。むしろ、今だから全力でやりたいんじゃないかな。確かにしょーくんの言う通り、バンドだっていつまで続けられるか分からないよ? あの五人がいつか離れ離れになっちゃうかもしれない。……だからこそ、この今だからこそ全力で楽しみたいんだよ」

 今だから全力で……。

 

 

 

「だから、あたしはしょーくんがギターを楽しくないって思うならやらない方が良いと思う。しょーくんが今楽しいと思う事をやれば、良いと思うなぁ。カラオケで歌ってたり、ゲームやってたしょーくんは、とっても笑顔で、楽しそうだったよ?」

「でも、それじゃ俺には何もないままだ」

 今が楽しければそれでいい。

 

 

 それはそんな考えだ。

 

 

 モカみたいに、今だから全力でやりたい事をしてる訳じゃない。結局俺には何もない。

 

 

 

「探せば良いじゃん?」

「探したんだ。それがギターで、それもダメで……」

「他に探せば良いんだよ。あたし達だって、きっとつぐが「バンドやろう!」って言わなかったら色々探して右往左往してたかもしれないし。今何もしてないかもしれないし。……本当に今全力でやりたい事って、そう簡単に見つかる事じゃないと思うよ? だから別に、無理にギターを頑張らなくても、良いんじゃないかなぁ?」

 ずっと俺の耳元で言ってくれていたモカはふと離れて、俺の表情を伺うように顔を覗き込んでくる。

 

 

「しょーくんが、今本当に楽しいって思った事を、全力でやれば良いと。モカちゃんはそう思うんだよ」

 俺が今本当に楽しいと思ってる事……か。

 

 それはきっと───

 

 

「そしたらいつか、きっと、何か見付かると思う。だから、楽しむ事を投げ出さないで欲しいなぁ……」

「ごめん……」

 いや本当、何してるんだかね俺は。

 

 

 たった一つの事が上手くいかなかったからって物に当たって、モカに痛い思いをさせて。

 別にギターじゃなくても良いじゃないか。リサさんだってモカだって、偶々それがバンドになっただけだ。

 

 俺は、俺が今全力でやりたいと思った事をすれば良い。

 

 

 

 ───それで良いって、モカはそう言ってくれた。

 

 

 いつか本当に、今しかできない───今だから全力でやりたい事が見付かる筈。

 

 

 

「……ありがとう、モカ」

「えへへー、どういたしまして?」

 少し涙を浮かべているのは、やっぱりさっきのが痛かったからだろう。

 だ、大丈夫だよな? 本当に怪我とかしてないよな?!

 

 

「いや、なんか、その、本当にごめんモカ……。痛いよな?」

「うーん、案外痛くない? モカちゃんタフなので、しょーくん程度ではダメージを与えられないのです」

 それ普通に傷付くんだが。

 

 いや、そんなに痛くなかったのなら本当に良かったんだけども!

 

 

「ギターはねぇ、持ってるだけでもなんか、こう、エモいから。大事に持ってて欲しいなぁ。ほら、おそろなんだよー?」

「いや、そんなお揃いのギターってのは恥ずかしいだけなんだが。……まぁ、確かに、部屋の置物としてはオシャンティだな。ははっ」

 なんだろうな、やっぱり、今楽しい事と言ったら───

 

 

「おー、笑った。しょーくんはやっぱり笑顔の方が良いかなぁ」

 いやぁ、なんだろうねこの敗北感。気持ちは良いけど、やはり悔しい。

 

 ので、少しからかってみるか。

 

 

「まぁ、今何が楽しいかって言うと……こうやってモカと下らない話してたりするのが楽しいっていうか。モカとカラオケとかゲームするのが楽しいって言う───」

「目潰し」

「───ぎゃぁぁぁぁあああああああ?! あぃぇぁぁぁああああ!!! なんでぇぇぇええええ!!!!」

 突然目潰しを食らった。

 

 ごめん。マジでごめん。本当に意味が分からない!!

 

 

 なんで?! なんでこの状況で目潰し喰らったの俺。なんで?!

 

 

 

「しょーくん、そういう所だよ……?」

「なんで諭されてるみたいになってるの……? なんで声が怒ってるの?」

 普通怒るならさっきじゃない?

 

 

「お仕置きとして、足の裏を擽ります」

「ま、待て! それだけは辞めろ!!」

「こしょこしょこしょ」

「アヘェェッ?!」

 足の裏は弱いんです!! 止めてぇ!!

 

「……おー、これはこれは」

 目潰しのせいで見えてないけど分かるぞ?! 凄い得意げな表情してるだろお前!!

 

 

「……こしょこしょこしょこしょこしょこしょ」

「イヤァァァ!! ラメェェェエエエエ!!!」

 ひぃぃ!! 死ぬぅ!! 死んじゃうぅぅ!!

 

 

「ふっふっふ~、参ったかぁ」

「……はぁ、はぁ……て、テメェ。許さねぇ。足の裏出せやゴラァ!!」

 やっと目が回復したので反撃しようとそう言ったのだが、モカは平然と俺のベッドに座りながら足を向けてくる。

 

 馬鹿め!! ご近所様に擽りの翔太君と呼ばれている(捏造)俺の力を思い知らせてやるぜ!!

 

 

「こしょこしょこしょ」

「……ふっふっふ、効かぬ」

「ば、馬鹿な?!」

 学校の友達を何人も昇天させてきた俺のテクニックが効かないだと?!

 

 何処を触ってもなんの反応もない。

 

 

「……次はモカちゃんの番だねぇ」

「ちょ、ちょっと待て。まだ俺のターンは終わっちゃ───いやん?!」

 今度は俺の腰に手を入れて擽ってくるモカ。俺は逃げようと部屋を歩き回るが、結局ベッドに倒れこんでマウントを取られた。

 

 

 待って、モカさん強すぎじゃない?!

 

 

 

「ヤメテぇぇぇええええ!!!!」

 マジで死ぬ。笑い死ぬ。こんなに笑ったのいつぶりだろう。

 

 

「あっはは、しょーくん凄い笑顔」

「て、テメェ……とりあえずそこを降りろ」

 人の上に乗りながら爆笑してんじゃないよ。

 

「いやいや、もう少し」

 しかしモカはまだ俺を弄ぶ気だった。

 

 

 それなら俺にも考えがあるからね?!

 

 

「───よろしい、ならば戦争だ」

 俺だって擽ってやるぜ。モカの脇腹に手を添えて───なんかこれ以上のお触りはアウトな気がするが、悪いのはモカなのでこのまま執行する。

 

「こしょこしょこしょ」

「……ふっ」

 しかし、モカには脇腹こちょこちょすら効かなかった。

 

 

 

 ば、馬鹿な。そんな人間が居る訳がない!!

 

 

 

「……モカちゃんは、ふふ、無敵なのだ」

 ───ん? 今。

 

 

「───そこか」

 きっと、俺はその瞬間凄い悪い顔をしていただろう。

 何箇所か擽ってみたが、モカが微妙に反応した場所があった。

 

 ───ならば、そこを集中して狙う!

 

 

「くらえぇぇぇ!!」

「───な、……っ、ひっ、あは、あはは、やめ、あははっ」

 よっしゃヒットぉ!! このまま地獄に落ちろぉぉ!!

 

 

 

 攻守交代。悲鳴をあげるモカに俺はやられた分だけ擽りをやり返す事にした。

 やられたらやり返す、倍返しだって言葉もある。

 

 

「───や、やめ、あはは、しょーく、ぎぶ、……あひぃっ」

「ふはははは!! さっきのお返しだぁぁ!!」

 ───そんな時だった。

 

 何かが入ったビニール袋が落ちる音が玄関から聞こえる。

 

 

 俺の部屋の扉は今空いてるんだが、そこから見えるのは開いた玄関の前で呆然と俺の方を見ている両親の姿だった。

 一方、僕の姿といえば女の子にマウントを取っているという姿。さらにその女の子のモカは擽りのせいで衣服は乱れ、顔は真っ赤に紅潮している。

 

 

 はい、どう考えてもアウト。ピッチャーフライ。

 

 

 山田翔太君の次の人生にご期待下さい。どうもありがとうございました。

 

 

「強姦魔よ。強姦魔が私達の家で女の子を襲っている。お父さん、警察呼んで」

「待て待て待て、あんたの息子だ!」

「人の家で女の子を襲うなんて。……まったく、親の顔が見てみたいな」

「だからあんたの息子だって! 鏡見ろ鏡ぃ!!」

 この誤解を解くのに十数分を費やしたとかなんとか。

 

 ただ、俺とモカはなんだかんだ笑っていたと思う。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 気が付けば夕日は沈んでいて、誤解を解いた両親に「ちゃんと送ってから自首してこい」と言われた。

 誤解が解けていない気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 

「いやぁ、面白いご両親だねぇ」

「面白過ぎて困るわ」

 実の息子を警察につき出そうとする両親なんてそういない筈だ。

 

「……なぁ、モカ」

「なーに?」

「ギター、さ。また教えてくれないか?」

「……。……嫌じゃない?」

 嫌かどうかといえば、正直分からない。

 

 

 自分一人で勉強するってなったらきっとやらないと思う。俺はそういう人間だ。

 

 

 

 ただ、きっとモカと練習するなら楽しい。

 

 

 モカと一緒なら、楽しいと思う。

 ただのバイトの同僚だけど───いや、ただのバイトの同僚だからこそ。

 

 

 この関係がいつまで続くか分からないからこそ。

 

 

 

 今だから全力でやりたい事を、したい。

 

 

 

 きっと何かが見付かる筈だ。

 

 

 

 だから、今俺が楽しいと思う事をする。

 

 

 

 モカがそう言ってくれたんだ。

 

 

 

「ダメ……かな?」

「うーん」

 途端にモカは少しだけ走って、腕を後ろで組んで笑顔で振り向く。

 

 沈んだと思っていた太陽は向こう側にまだ少しだけ残っていて、モカの事を真っ赤な夕焼けが照らしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「良いに決まってんじゃーん」

 やっぱりその姿は眩しくて。でも、そんな彼女を見て劣等感を感じる事はもうない。ただ、眩しい夕日が綺麗に彼女の後ろに見える。

 

 

「モカちゃんは今を楽しむ君を応援します」

「ははっ、なんだそのCMみたい感じ」

「モカちゃん義塾〜」

「そのネタはアウト。てか分かりにくい」

「うぇ〜。渾身のネタだったのに〜」

「もっと分かりやすくだな」

 今だから全力でやりたい事、か。

 

 

 

 きっと見付かる。

 

 

 いや、もう見付かってるのかもしれない。

 

 

 

 

 今年の学校の文化祭で、俺と圭介と数人でミニバンドを結成して俺がギター兼ボーカルを務めたのは───また別のお話。




次回『接客業をしてると偶にこういう事があるという話』

ここで最終回でもいい気がした。
挿絵に使ったイラストの背景無しです。モカちゃんの可愛さを上手く再現したいのだが……まだまだですね。台詞回しも今回少し自信がない。モカちゃん超絶可愛いけど、やっぱり難しいです。

【挿絵表示】
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