今だから全力でやりたい事を探して【完結】   作:皇我リキ

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接客業をしてると偶にこういう事があるという話

 拝啓お父様お母様。

 お二人が始めて働いたのはコンビニのバイトだったみたいですね。それが二人の出会いだったとか、そんな事はどうでも良いんですけども。

 

 

 

「ここにあるお菓子、ぜーんぶ貰うわ!」

 コンビニのバイトしてると偶に凄い客が来るんですよ。

 

 お二人はこんな経験……ありますか?

 

 

 

「えーと、今……なんて?」

「だから、このお店のお菓子を全部買うのよ!」

 金髪ロングの少し小柄な女の子が、凄く眼を輝かせて俺にそんな事を言ってきた。

 

 俺こと山田翔太はコンビニでバイトをしております。

 接客業という事で、ちょっと変な客くらいは偶に見るんですけどね、はい。

 

 

 

 その中でも中々。五本の指には入りそうな客が来た。

 

 

 お菓子全部ですね! 毎度ありがとうございます。お店は大儲けだぜやったね店長!

 いや違うだろ?! そんな事を許して良い訳がないでしょ?!

 

 

「えーと、お客様……? もう一度お聞きしてもよろしいですか? お菓子全部で間違いないです?」

 きっとオカーシゼンブという銘柄の煙草の事だ。間違いないね。

 いや、そんな煙草ねーよ。あったとしてもこの娘はどうみても未成年だよ。

 

「ええ、勿論よ!」

 少女は目を輝かせて両手を目一杯広げる。

 

 

 いや、誰も了承してないからね。待って、お店のお菓子箱に詰めないで! 誰かその子を止めて!!

 

 

 なんでこんな日に限って一人なの俺?!

 

 

「お、お客様ぁ! 困りますお客───ふぁ?!」

 少女を止めようとレジから出る俺の前に、黒い服とグラサンの如何にも怪しい人達が突然立ち塞がった。

 待って下さい。ヤクザさんですか?! もしかしてヤバい人なんですか?!

 

 

「あ、こころ! ……こんな所に」

 店の扉が開き、焦った様子で新しいお客さんが入ってくる。

 黒い髪の少女は金髪の少女に近寄ると、呆れたような表情でその奇行を止めてくれた。

 

「待った待った。何してるの」

「ここにあるお菓子をライブ中に会場にばらまくの! そしたらきっと、いつもより皆が笑顔になるわ!」

 何言ってんのあの人ヤバい。ライブ? ライブってライブ?

 

 

「あー……はいはい。それじゃ、飴だけにしよう。ほら、一粒ずつで。そんな袋ごと投げたら危ないから」

「それは良い考えだわ!」

 そう言って少女は飴を数袋レジに持ってきて「なんか……すみません」と苦笑いをする。

 

「あ、いえいえ」

 良かった……助かった。この娘には感謝しても仕切れない。

 

 

「流石美咲、ちゃんと考えてるのね! これでお菓子も揃ったし、あとはミッシェルが来てくれるのを待つだけだわ!」

「あ、いや、だからミッシェルは……。……あー、行っちゃったよ」

 お店を出て行く二人に、黒服の人達はぞろぞろと付いて行く。

 

 一体何者だったんだ。

 

「……ご来店しゃーしたー」

 いや、しかし───

 

 

「またのご来店をお待ちしやーす」

 ───二度と来ないで欲しいと思いました、まる。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「モカちゃんは〜、ちょっとお花を摘んでくるね〜」

 ある日のバイト中。

 

 

 客が居なくなった途端、モカはそんな事を言いながらレジを離れた。

 

 

「いや、どういう事だよ」

 仕事中だぞお前。頭の中がお花畑なのかな?!

 

「もー、女の子にそれを聞いちゃいますか。……しょーくん、もしかして変態さん?」

「……。……はっ?!」

 そう言われて、俺はやっとお花摘み(お手洗い)の意味を思い出す。

 

「いやいやいやいや、分かりにくいから! 勝手に行け!」

「顔が赤いのは気のせいかなー?」

「良いから行けぇぇえええ!!!」

「あ、新商品のネコまん、ちゃんと宣伝しといてね〜」

 男の子は繊細なんだよ!!

 

 

 変な想像しちゃうだろうが!!!

 

 

 

「……ったく」

 あまり男の子をからかうんじゃありません。

 

 さて、モカがお花を積んでいる間にお客さんが来たので接客しなければ。

 

 

「いらっしゃいませー」

 お客さんは銀髪の綺麗な女の子で、歳は俺と同じか一つ上くらいだ。

 何処かで見た事がある気がするが……。

 

 

「……お願いするわ」

 来て早々必要な物を手に揃えた彼女は、思わず聞き入りそうな綺麗な声で商品をレジの前に出す。

 滅茶苦茶美人さん。

 

 俺は緊張してしまい「あ、ありがとうございます。ネコまんもご一緒にいかがですかぁ?!」と、フライドポテトを進めるノリで話し掛けてしまった。

 

 

 山田の馬鹿野郎!

 こんな感じのクール美少女が可愛いネコの姿した肉まんなんて食べる訳ないだろ!!

 

 モカに宣伝しておいてとか言われてしまったから、変な事言ってしまったじゃないか。

 

 

「ネコ……まん……」

 ほら、ちょっと引いてるよ彼女。マジでごめんなさい許してください。

 

 

「あ、す、すみませ───」

「一つ貰うわ」

 ……なん……だと。

 

 え、そんなキリッとした顔で───いや、めっちゃニヤニヤしてる!

 

 

 ネコまん見ながらめっちゃニヤニヤしてるよこの人!!

 

 

「……何をしているの? 早く頂戴」

「あ、は、はい! かしこまりましたぁ!」

 人間、見た目にはよらないのだ。

 

 

 丁寧に包装して紙袋に入れたネコまんを、店の外で急いで開ける銀髪の彼女。

 食べるのが勿体ないとでも言いたげな崩れた表情に、最初のイメージがガタ崩れである。

 

 

「上手に詰めましたぁ〜。……あー、湊さんちゃんとネコまん買えたんだねぇ〜。良かった良かった」

「……お帰り。って、なんだ……? モカはあの人の知り合い?」

 何処かで見た事があるとは思ったが。Afterglowのメンバーじゃないし、一体どこで……。

 

 

「湊さんはRoseliaのボーカルさんだよー? しょーくん、ライブ見てたでしょ?」

「───はっ?! そうだ、Roseliaのボーカルだ!」

 あの時のライブでなんかそれ系統の人達が絶賛してたRoseliaのボーカル。なぜ気付かなかったのか?

 

 気付く前にネコまんで変貌した彼女を同一人物に思えなかったからだ。

 人間イメージが大切なのである。

 

 

「……湊さん、ネコが大好きなのにあたしやリサさんが居るとネコ系統を控えちゃうんだよねぇ」

「モカ、それで花摘みに……」

「さぁて、なんででしょう」

 面白い物を見る目でRoseliaのボーカルの彼女──湊友希那──を見るモカ。

 なんやかんやでモカは優しいんだよな。

 

 

「勿体無くて、食べれないって顔してるねー」

「いや、どんだけネコ好きなんだよ」

「……見てて面白いなぁ」

 前言撤回、ただ楽しんでただけだったわ。

 

 

 ……それがモカらしいんだけどな。

 

 

 その後、ネコまんは意を決したような表情で泣きながら食べられました。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「山田君お疲れー」

 休日の忙しい時間帯も終わり、一緒に働いていたリサさんは上がる時間に。

 

 

「お疲れ様ですリサさん。バンドの練習頑張って下さい!」

「オッケー、任せてよ! あ、そうそう休憩室にクッキー置いておいたからさ、高木さん達と食べていいからね!」

 ───リサさんのクッキー……だと?!

 

「な、な、な、な、あ、あ、ありがとうございヤス!」

 いやヤスってなんだよ昭和か! 昭和ですらないわ!

 

 

 ふへ、ふへへ、リサさんのクッキー。手作りクッキー。

 

 

「それじゃ、またね山田君!」

「ありがとうございましたぁ!!」

「……ん? あーと、うん! 残りも頑張って!」

 女神だ。

 

 

 

「さて、今日も一日頑張るぞい」

 リサさんからのクッキーもあるし、今日の俺はいつもの五千兆倍は働けるぜ。

 どんな客でも来いよ。今日の俺に勝てる奴は居ないね!

 

 

「たのもー!」

 ───ごめん、なんか初手でヤバい人来たかも。

 

 片手を上げながら少し片言で声を上げて店に入ってくるのは、とてもスタイルの良い白髪の女の子である。

 な、何だ?! モデルさんか何かなのか?! なんだそのポテンシャル。え、外人さん?!

 

 

 しかもなんで道場破りみたいに入ってくるの?!

 

 

「い、いらっしゃいませぇ……」

「ここが困った時に来るコーバンという場所ですね! オマワリさん、実は頼みたい事があるんです!」

 わーい、何言ってるか分からないぞぉ!

 

 

「申し訳ないんですが、ここはコーバンでもないし。俺はオマワリさんではないです」

 多分交番の事を言っているんだろう。なんでコンビニと交番を間違えてるのか。『こ』しかあってねーよ。

 

「なんと! そうなんですか。困りました……」

 俺の言葉を聞いて、彼女は残念そうに俯いた。

 

 

 申し訳ないが俺は日本語が通じる相手で安心している。このまま押し切られたらどうしようとか思っていた。

 

 

「道にでも迷ったんですか?」

「はい、そうなんです! とあるお店を探しているんですけど、中々見付からなくて」

 どんな店を探しているのだろうか。

 

 俺はオマワリさんじゃないが、力になれるなら助けてあげたい気持ちもある。

 

 

「案内……は、出来ないけど。バイト中だし。……知ってる店なら道くらい教えますよ」

「本当ですか! 流石、困っている人を見たら放っておけない。日本人の心の底に眠っているブシドーの真髄を見ている気がします!」

 ごめん何言ってるかさっぱり分からない!

 

 日本人を勘違いしてる外国人って本当に居るんだな、そう思った。

 日本語ペラペラだが。

 

 

「ぶし……どー? 武士道……? はて、俺にそんな気高い精神はないが。……えーと、お客さん。探しているお店っていうのは?」

「確か、色々な物が売っている場所だったと思います!」

 アバウト過ぎる。

 

「い、色々な物……?」

「はい! 雑誌や日用品、お弁当やお菓子も売っているみたいなんです!」

 スーパーとか、か? ショッピングモールって可能性もあるな。

 

 

「ほ、他に特徴は分かります……?」

「えーと、確か……二十四時間休まず営業。日本人のおもてなしの心得がひしひしと伝わってくる、そんなお店です!」

 二十四時間休まず営業。おもてなしの心得。

 

 

 そういや俺達は当たり前だと思っていたが、外国人から見たら二十四時間営業ってそんな風に捉えられるんだな。

 

 

 さて、色々な物が売ってて二十四時間営業。そんな店は限られてくる筈だ。

 

 

 ……って、いや───

「───コンビニじゃねーか!」

「わぁ?! ど、どうかしたんですか?」

 驚いてしまう彼女を見て俺は頭を抱える。

 

 

「いや、ここですよ。コンビニここ!」

「なんと、ここがコンビニだったのですね! ではなぜ、彼女はそこにあるコーバンで聞いてみると良いと言っていたのでしょうか?」

 首を横に傾ける彼女だが、疑問に思ってるのは俺だ。助けてくれ。

 

 

「あ、イヴさん先に着いていたんですね! お待たせしてすみません」

 俺が頭を抱えていると、新しいお客さんが目の前の彼女を見て手を振る。

 眼鏡に茶髪の、どちらかというと白髪の彼女とは正反対の女の子だ。

 

 

「マヤさん! 大丈夫です。心優しきブシのような方とお話をしていたので!」

 俺の何処に心優しき武士の要素があったんですかね?!

 

「それでは、待ち人とも会う事が出来たのでこれにてタイサンしますね! ありがとうございました、オマワリさん!」

「いや、だからオマワリさんじゃ───って、あ……行っちゃったよ」

 あんな素直な人がまだ人類に残っていたとは。しかし、ここを交番だと教えた奴は誰だよ。

 

 

「あ、高木さんこんにちわ。ちょっとトイレ休憩行ってきて良いっす?」

 そんな事を考えていると、バイト仲間が来たので少しトイレ休憩に行かせてもらうとする。

 リサさんからのクッキーも食べたいしな!

 

 

 それで、休憩中なんとなく携帯を開いてみるとメッセージが一件飛んで来ていた。

 

 開いてみるとそこには───

 

 

『白髪の美人さんは無事に待ち人に会えた?』

 と、謎のメッセージ。差出人は───モカ。

 

 

「───お前かよ!!」

 モカが俺をからかう為に、白髪の彼女にこの場所を交番だと教えたというオチだった訳です。

 

 

 

 今度拳骨だな。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 突然だが、高木陽子さんは俺のバイト仲間だ。

 

 

 六十五歳の女性なのだが、まだまだ元気が有り余っているのでコンビニバイトを続けているらしい。

 ちなみに初日にモカが俺と間違えたのがこの高木さんである。いや、何処に間違える要素があるんだ。

 

 

「高木さーん、リサさんの手作りクッキーがあるんで休憩がてら食べて良いっすからね」

「ん、リサちゃんのクッキーかえ。ほぇ〜、しかし、わたしが貰ってもええんかい?」

 高木さんは少しクッキーに想いを馳せるも、そんな返事をする。

 なぜそんな事を言うのか。理解出来なかった俺はただ首を横に傾けた。

 

 

「女の子の手作りクッキーなんて、男は独り占めしたいものさね。そういうものだろう?」

「そこまで捻くれてねーよ!」

「なに?! 山田君あんた、リサちゃんの事が好きじゃないんか?」

「ガハッ」

 な、なぜそんな判断を───

 

 

 確かにリサさんは理想の女性。スタイルも良いし美人だし綺麗だし凄い話しかけてくれる。

 優しいし、可愛いし、年頃の男児なら誰もが憧れる存在だ。

 

 

 惚れておかしい要素はない!! リサさん最高!!

 

 

「それとも、別に好きな娘がおるんかねぇ?」

「は、はぁ?! なんでそうなるんです」

 しかし、高木さんはそんな事を言うので俺は否定しようと口を開く。

 リサさん以上に魅力的な女性なんてそういないぞ。

 

 

「そうじゃなきゃ、建前抜きならクッキーは独り占めしたい物。恋心とは、そういうもんだよ。もしそう思わなかったら、あんたは他の人に恋をしてる」

「ん……」

 そう言われれば確かに、リサさんの手作りクッキーだというのにそこまでの執着はないかもしれない。

 

 だが、それが他の人に恋してるなんて事につながるのだろうか?

 

 

「まぁ、本音は……老い先短いババァに食わせるより山田君に食って貰った方がリサちゃんも嬉しいだろうよって話よ」

「バカ言わないで下さいよ、高木さん。長生きしてもらわないと、バイト代わって貰えなくて俺が困っちゃいますって」

「おろ、まさかあんた……わたしに恋を!」

「張り倒すぞババァ!!」

「ケッケッケ、冗談さ冗談」

 なんでここのバイトメンバーこんなに個性的なの?!

 

 

「まぁ、でもねぇ。若い内は色々な事を楽しみな。歳を取ったらそんな事も出来なくなる。……今だから、やれる事を精一杯やりな」

「今だから……」

 俺にそう言った高木さんは、リサさんのクッキーを取りに休憩室に向かって行く。

 

 

 モカにも言われたんだ。早い所何か見つけないとな。

 

 そんな事を考えながら、客が来ない事を確認してリサさんのクッキーを頬張る。

 

 

「あー、リサさんのクッキー美味い」

 ただ呆然と考えて、ふと思った事は───

 

 

 

「モカにも食わせてやりてーな」

 ───そんな事だった。




次回『ポイントカードでパンパン』

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