何故、人は働くのだろうか?
世の為人の為? 違う。
己を磨き上げる為? 違う。
働くのが趣味だから? バカか!!
答えは簡単───
「───金だ」
「山田君なんでそんな悪い顔してるの……?」
リサさんがドン引きするような表情で給料明細を見ている俺は、不敵に笑った。
もうそれは魔王の如く、この世を支配したとでも言いたげな笑みで。
「やっぱ世の中金ですよね」
「まだ高校生なんだからそこまで悲観しないほうが良いぞー」
冷静に流されるが、俺は至極真面目である。
コンビニバイトを始めてから二ヶ月。初任給をギターに費やして貧乏生活を極めていた俺は、目の前に表示された二桁を超える給料に率直に舞い上がっていた。
「人ってお金を手に入れると変わりますよね」
「あっはは、宝くじで一億円当たったとかそのレベルなら分かるけど。んー、でも、山田君凄い働いてたし。給料いっぱいあるんじゃない?」
そりゃもうね。無趣味を良い事に法律に触れる寸前まで働いてましたから。
もはや仕事が趣味だったと言っても過言ではないだろう。お仕事楽しいです!!
まぁ、個性豊かなバイトメンバーのお陰で本当に暇はしないし楽しいのだが。
それはともかく、だ。
俺はこの二ヶ月目の給料が入ったら、ある事をすると心に決めていたのである。
心を落ち着かせ、深呼吸。目を開き、眼前の美少女の眼をしっかりと見た。
「───リサさん、帰りに一緒にご飯食べませんか?!」
俺はもう告白するくらいの勇気を振り絞って、リサさんを食事に誘う。
バイト帰りにモカと遊ぶ事はよくあるんだが、リサさんと出掛けた事が何故か一度もない。
このまま終われるかよ。俺はリア充になる夢をまだ諦めてないからね!
そんな訳で、一世一代の大勝負。頭を下げてまでリサさんを食事に誘ったのだが───
「……え、えと、ごめん! アタシ今日は友希那と約束があって!」
───あっさりと振られた。
申し訳なさそうに視線を色々な所に向けながら謝ってくれるリサさん。
いや、もう謝らないで下さい。むしろ辛いです。なんかもう本当にごめんなさい。調子乗ってごめんなさい。
「や、山田くーーーん! 戻って来てーーー!」
体操座りで項垂れる俺をリサさんが元気付けてくれた。それだけでもう幸せですよ。
───んな訳あるか畜生め!!
「パ〜ン〜、パ〜ン〜、モカちゃんのパン〜、モカパン〜」
俺が休憩室で項垂れていると、意味の分からない歌を歌いながらモカが財布を持って歩いてくる。
給料を引き下ろしてきたのだろうか。彼女の財布はもうそれはパンパンに膨れ上がっていた。パンだけに!!
───いや、ごめんて。
「およよ〜、どうしたの? しょーくん。せっかくの給料日にそんなに項垂れて〜」
「あー、いやこれは───」
「リサさんを食事に誘ったら断られたのさ。……ふ、笑えよ」
気を利かせてリサさんが口を開こうとしてくれたが、自分の事は自分で話す事にした。
それを聞いたリサさんは物凄く慌てた様子で俺とモカを見比べるが、俺はそんなに変な事を言ったか?
「……リサさんを、食事に」
ボソリと呟いたモカは、手に持っていた財布を床に落とす。中に入っていた沢山のカードが地面に散らばった。
なんだこれ? ポイントカードか。なんでこんなに種類持ったんだよ。てかなに財布落としてるんだよ。
「お前なにしてんだよしょうがねーなぁ」
床に散らばったポイントカードを拾い集める。普段からボケーっとはしているが、しかしこんな鈍臭い奴じゃなかったと思うが。
「……てかスゲー種類のポイントカード。そら財布もパンパンになるわな」
集めたポイントカードは、カードゲームのデッキみたいな厚さになっていた。なんだこれは。
「ほら、何してんだよモカ」
「……ぇ、ぁ、いや、あー……うん」
ハキハキとしない返事。何故か元気のないモカを、リサさんはとても心配したように見ている。
ん、やっぱりなんか元気ないよな? いや、さっきまでモカパンとか言って歌ってたのに。……何故?
「どうかしたのか?」
「……あー、いやー、その。リサさんと出掛けるのかなー、と?」
「いや、振られたって言ったろ。人の心を抉るなよ」
「あ、あははー……えーと。あ、アタシ用事あるから先に帰るね!! ご飯はモカと行くといいよ、うん!!」
そう言うとリサさんは急いで荷物を纏め、モカの肩を叩いてから店を出ていった。
そ、そんなに俺とご飯に行くのは嫌でしたかぁ?!
「……俺、立ち直れないかも」
「むぅ……モカちゃんじゃ不足ですかねぇ」
「は? いや、そういう意味じゃなくて。……ん? ドユコト?」
「……なんでもありませんよー」
なんでそっぽむくんですか。
「それはともかく。ほら、落ちたポイントカード。お前どんだけの種類の店行ってんだよ」
「……ふふーん、これはモカちゃんの軌跡の戦利品なのだよ〜」
俺からポイントカードのデッキを受け取ると、それを入れて財布を閉めようとするモカ。また意味の分からん造語を。
しかし様子が変で、何度もチャックを開け閉めしては表情を歪ませる。
……おっとこれはまさか。
「……壊れた」
「そりゃその量のポイントカードが入ってたらなぁ」
高価そうな財布……ではなさそうだが。ずっと使っていた物が壊れるって少しショックが大きい。
その気持ちが分からない訳ではなかった。
「モカちゃん財布が〜。殉職なされてしまった〜」
それは本気で悲しんでるんですかね。偶に表情と声が合わなくて感情を疑うんだが。
しかし、モカが財布を落としたのはもしかしたら俺のせいかもしれない。
理由は全く分からないが俺が何か言った瞬間落とした訳だし。
それに俺はとてもモカに助けられてるし、少しくらいお礼をしても良いんじゃないだろうか?
幸い俺の財布はお金でパンパンである。懐が暖かいと人間は調子に乗るものだ。
「なぁ、モカよ」
「……んぇ〜?」
「……その、さ」
な、なんで財布を買ってやるからショッピングモールに行かないかって言うだけにこんな緊張してるのよ俺は。
さっきリサさんを食事に誘った勇気の内少しでもいいから搾り取れい!!
「───ショッピングモール行かね? 財布買ってやるよ」
これ後で思ったんだけどこれ、完全にデートの誘い文句だったよね。
◆ ◆ ◆
近くにある大手ショッピングモール。商店街と客の奪い合いをする様は、まさしくこの世の闇である。
「いやぁ〜、まさかパンまで奢ってくれるなんて」
誤算だった。
バイト上がりが昼過ぎだったので、ショッピングモールに来たついでに昼ご飯を食べようと思い軽くパン屋に。
せっかくなのでパンくらいならそれも奢ってやろうと口にしたら、モカは凄い量のパンをカゴに入れ出す。
「ちょ、おかしくない?」
「いやいや〜、冗談だよ。ちゃんと自分で払うって〜」
「いやそうじゃなくて、人間が食べる量じゃない」
「人間と同じにしてもらっては困る。モカちゃんは〜、モカちゃん星人なのだ〜?」
疑問形。して、モカちゃん星人とは何か。
「は、払うぞ?」
「調子に乗ってるとまたお金無くなっちゃうよ〜?」
それを言われると痛い。
うーん。しかし、モカには沢山恩があるし、このくらい俺は良いんだけどな。
「またしょーくんとカラオケも行きたいしー、こうやって遊びに行きたいし? それにー、お財布買ってくれるだけでモカちゃんは嬉しくてモカちゃんポイントを発行しちゃうよ〜」
な、なんかそう言われると恥ずかしい。
「……い、いや、モカちゃんポイントってなんだよ。溜まるとなんかあるの?」
「えーと〜、十ポイント溜めるとモカちゃんが頭を撫でてあげるサービスです」
「いらねぇ」
そんな恥ずかしいサービス要らん。
「ついでにひーちゃんの寝顔の写真。あー、ひーちゃんは、ウチらのバンドのベース担当ね」
「どうしたらポイント貯まりますかねぇ?!」
上原ひまりちゃんの寝顔の写真だと?! あのAfterglowのベース担当の。うわ、超おっぱ───じゃなくて、超欲しい!!
「……今のでマイナス一ポイント〜」
「なんでだぁぁあああ!!」
ひまりちゃんの寝顔の写真は遠い。
「……はぁ。……お、あそこ座れそうだな」
ショッピングモールのフードコートは昼間という時間の都合上とても賑わってた。
そんな中でなんとか席を見付けて向かい合って座る。モカがお水を持ってきてくれて、とりあえずゆっくり食事を取ることにした。
……しかしなんというか、恥ずかしいな。
周りの目線が痛い気がする。可愛い女の子と冴えない男子が二人で居るから? 違う───
「メロンパンも美味ですな〜」
───モカがめっちゃパン食べてるからである。
机の上に広げられたパンは十個以上。どうしてそうなった。それを全部平気で食べようとしてるから、さらに視線が集まる。
帰りたい!!
「……本当によく食べるよな」
「食べる子と寝る子は良く育つって言うしね〜」
太らないんですかね。
俺がチョココロネを一つ食べ終わる前に、モカは他のパンを五つも食べ終わっていた。お前の腹は異次元ホールか。
「そんなに買って、結構な値段したろ? 大丈夫なのか?」
「ふっふっふ、その為のポイントカードだよショータン君」
「ワトソン君みたいに言うなモームズ先生。ネタが分かりにくすぎて俺じゃなきゃスルーされてるぞ。そして語呂が悪過ぎる」
成る程ポイントカードか。あの量だとこのショッピングモールの全ての店のポイントカードを持っていても不思議じゃない。
「えへへー、そんなしょー君だからこそだよ〜」
「なんの話だよ。……てか、そりゃその量のポイントカードを財布に入れてたら壊れるわ」
財布パンパンだったからな。
「最近また増えてきたしね〜」
そう言いながら財布の中身を取り出すモカ。やばい、財布からトランプ取り出してるみたいになってる。
しかしチラッと財布を見てみると、ポイントカードはしっかり整理されているのだが。
レシートとか小銭やお札が混ざってごちゃごちゃに入っていた。財布の中ちゃんと整理してないと財布って直ぐに膨れ上がる訳で。
「レシートとか捨てろよ」
「忘れるんだよね〜。あ、これ一年前のレシートだ。懐かし〜」
嘘……だろ?
「アレだな、使いやすい大きめの財布にするか」
デザインとか知らん。……ていうか、女の子に財布をプレゼントするってこれ実際どうなんだろう。
まぁ、気にしない方向で。
「……えーと、本当に買ってくれるの?」
珍しく遠慮がちに聞いてくるモカ。なんと言ったら良いのか、しかしここで引き下がる訳にもいかないし。
「何度も言わせんな。……その、これまでのお礼だって。……モカがいなかったら、なんか……こんなに前を見て生きてないっていうか」
「しょーくんって偶に凄い恥ずかしい事平然と言うよね〜」
「人が真剣に感謝してるって時に貴様……っ!!」
俺の勇気を返して。
「えへへ、ありがと〜」
素直に笑顔で言葉を漏らすモカが羨ましい。
コイツはアレか、恥ずかしいという感情がないのか。いや、若干喜怒哀楽の表情がおかしい気がしなくもないが。
「そんじゃ、飯も食ったしそろそろ行くか。色んな店があるし、良い感じの財布の一つくらい見つかるだろう」
「エモい財布を探しに行こ〜」
女の子とショッピングモールで買い物って、これ───なんて思ったが考えるのはやめた。
俺はただモカに恩を返したいだけだし。
───それに、今こうしてるのが俺は楽しい。
次回『モカっとくる財布を探して』