YUMIYA~ある弓道部員の物語~   作:伊藤ネルソン

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 12月21日
 基本前回まで一緒になってた奴を分割しただけなため、内容はあまり変わりません。


ペタン元帥と穏やかな革命家達

1951年 7月23日

 

彼は監獄であるユー島の要塞で長い波乱の人生を終えようとしていた。

ユー島はドゴールが用意した、彼のための監獄ではあるが、監獄と言うには比較的自由が効いていて、ドゴール並の元上官に対する配慮が至るところに見られた。

彼はここ最近、年齢による影響もあり、往時の元気もすでに失せていた。

そんな中、彼は昔のアルバムのようなものを読んでいた。 

「振り返ってみると、色んなことがあった人生だったな。」

1914年までの第33連隊長時代、私の事を評価してくれたジョフル将軍による、第一次世界対戦と共に開かれた昇進への道。

地獄の血液ポンプ、ヴェルダンでの悲しき栄光。

第一次世界大戦末期の、全軍総司令官としての責務。

陸軍最高顧問時代のマジノ線建設。

「思えば、この頃から、

私の人生は狂いはじめていたんだろうな…。」

そして、ナチスによるフランス侵攻。

役に立たなかった私の防衛論とマジノ線。 

抵抗虚しく、開城せざるをえなかったパリの明け渡しと、首都遷都。

そして復讐とばかりに、先の大戦でドイツが味わった屈辱と同じ屈辱を味合わされた、降伏文書調印。

それに伴う私の主席就任。

それからはラヴァルに任せたお飾りのフランス政府。

文句を言わずに渡さざるをえなかった南部仏印。

勝手に作られた大西洋の壁。

下さざるをえなかった元部下、ドゴールに対する死刑判決。

「この頃が一番悔しかったなぁ…。」

そして連合軍によるノルマンディー上陸作戦とパリ開放。

私は正直喜んだが、政府の明け渡しを拒否された悲しさ。

そしてフランス帰国後の逮捕と裁判。

私に変わって死刑判決を受けたラヴァルとその最期。

私の元部下であり、私が死刑判決を下したドゴールの、助命嘆願による私の死刑回避。

そしてここユー島での比較的自由の効いた囚人生活。

思えばほんとに色んな事があった人生であった。

しかし、私はフランスを救うことができなかった。

昔の様な美しきフランスを維持することができなかった。

そう思うとすごい悔しく、こんな所で生き恥を晒すぐらいならいっそラヴァルと共に銃殺されていればと思うことすらある。

せめて、フランスをあの帝国時代、いや、フランス革命前の状態からやり直す事ができたら…。

まぁ無理な話ではあるが。

あぁ、昔の事を考えていたら疲れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1951年7月23日

 

フランス国元主席

フィリップペタン

 

永眠 

 

 

ここで彼の長い波乱に満ちた人生は終わるはずだった。

 

しかし――

――――――――――――――

1781年 フランス ヴィシー

 

「こんな所で、貴方に会えるとは。」

私ことジョルジュダントンは、フランスの田舎町ヴィシーで湧いた温泉に浸かっていた。

というのも、弁護士の仕事でたまたまここに立ち寄ったら、このような温泉があるという噂を聞きいたからだ。

そして気づいたら、アメリカ独立戦争の英雄、ラファイエットも温泉に入っていた。

「私も驚きましたよ。

次々と難案件な雇い主の要件を果たしてみえる方が、目の前にいらっしゃるのだから。」

「いやー、そんな大した事じゃないですよ。」

彼も私の事を知っているようだが、そんなに大した事ではない。

今回の件も、貴族同士の情けないお家騒動の仲介をするために来ただけであり、なんとか解決はしたが、やや禍根の残る物となってしまった。

最近は貴族の中での存続を巡る騒動が増えているが、そんな金があるなら、少しくらい市民に寄付してやってほしいものだ。

それに対し彼は、イギリスの圧制から新大陸の同志を開放するために、自ら戦場に赴き活躍したらしい。

他の貴族達にも彼を見習ってもらいたいものだ。

「あなたは本日どういったご要件でこちらに?」

「お家騒動の仲介ですね、全く、あなたを見習ってもらいたいもんですね。

最近多いんですよ。

こういう事が…。」

「ハハハ、困った方たちですね…。

ハッ!」

突然彼は風呂から上がった。

「どうされました?」

私は彼の突然の行動に驚き、訊ねたところ、彼は窓から見える林を指差して、

「あそこに人が倒れています!!」

と言った。

私は彼の指差す方向を見ると確かに林の草むらに、初老と見られる男性が倒れていた。

私は彼と共に風呂から上がり、着替えてから医者を呼びに行った。

その間に彼は、温泉のそばの休憩所に、倒れていた人を運び、看病していた。

 

 

私ことペタンは夢を見ていた。

第一次世界大戦の将軍三人と私達が駆け巡った古戦場を巡る夢や、ラヴァル達、第二次世界大戦中の政府首班と共にヴィシーの政府役人と宴会をする夢等、たくさんの夢を見ていた。

それはあたかも、死を目の前にした人がみる走馬灯のようだったが、徐々に感覚が薄れていった。

そして―

 

 

「……………」

彼は目を覚ました。

しかしそこは、先程までいた部屋とも違い、死人が行くという地獄とも違う雰囲気の場所だった。

なら、ここはどこだろうと思って起き上がろうとした時、

「おっ、目を覚ましたか。」

近くに座ってた二人の若い青年が私のことを覗きこんだ。

私は彼らを見たときに思った。

何処かで見たことがある顔だと。

「ここは…?」

目の前の二人に聞いた。

「ここはヴィシーだが?」

彼らはキョトンとした表情で答えたが、それ以上に驚いたのは私だ。

ここヴィシーは、私が主席として治めたフランス国の首都であり、思い出深い土地である。

ただ、見た感じ規模が違うため、私の暮らした場所ではない事が分かった。 

私の知るヴィシーはもう少し温泉街として発展していたためだ。

うん?

もしかすると…。

「すいません、今年って何年ですか?」

「1781年だが?」

彼らはまたも顔を見合わせて答えた。

やはり、私の嫌な予感はあたっていたか。

いや、嫌な予感ではないか。

これは神が私に与えてくれた最後のチャンスだ。

ここで引いたら、また、フランスは敗北の憂き目に遭う。

フランスを救うためにも、全ての始まり、フランス革命の結末を変えなければ。

それをしなければ私を育ててくれたジョフル将軍に申し訳ないし、私を許してくれたドゴールに申し訳ない。

それ故、私は決めた、今この時をもってフランスの歴史を変えるのだと…。

――――――――――――――

 それから私は私自身の事とフランスの事、彼らの末路について話した。

私が未来から来た、フランスを敗北に導いた将軍だと聞いて、彼らは驚いていたが、まだ若い為か、すぐに信じてくれた。

それから私は、これからのフランスと、彼ら革命家達の末路について話した。

彼らは驚きと悲しみをもって、その話を受け入れた。

これより8年後に起こる、バスティーユ監獄襲撃事件から始まるフランス革命は、ラファイエットのような革命派貴族や、ダントンなどのジャコバン穏健派の想像以上の力を市民は発揮し、どんどん革命を推し進めていった。

それは、彼らに火を焚き付けた革命家も制御出来ない程のものになってしまい、彼らの母国フランスは、ハンマーで叩かれた雷管が発火するように、圧制に苦しんだ市民は爆発し、各地で吊るし上げを始めた。

その火花は徐々に拡大し、立憲君主制への移行を宣言するも時すでに遅く、ブォレンヌ逃亡事件をもとにして、ロベスピエールらジャコバン派に火がついてしまった。

それからのフランスは、国王と言う生贄を始めとして、マリーアントワネット、デュバリー夫人、そして同じ革命を推進したジロンド派、ラボアジェ等の科学者、そして同じジャコバン派の中でも比較的穏健であったダントン、そして、この恐怖政治を進めたロベスピエールら公安委員会のメンバーをも、ギロチンの露としていった。

その後、ナポレオンによってある程度落ち着いたが、革命を経て、帝政と王政と共和政とで政権を取り合い、やっと落ち着きが見えたのは、第二次世界大戦後であった。

このような混乱の連続の歴史の要因はこの頃にあり、この頃の影響が今にも続いている事を話した。

そして私の第一次世界大戦、第二次世界大戦、ヴィシー政権での話を話し、今からすべき事についても話した。

その中で私達は、王政をどうするかについて話したが、私の考えは当然決まっており、彼らも私の話を聞いて、王政は立憲君主制で残すと言うことで一致していた。

国王の存在は彼ら革命家にとっては邪魔な存在であった。

国王は彼らにとって市民の生活を圧迫する悪魔でしか無く、邪魔な存在でもあり、彼らの正義を示すためにも、排除すべき存在であった。

しかし、革命が発生して国王を処刑してから、彼らは空虚な喪失感に襲われた。

彼らにとって国王は敵であったが、同時に良き理解者でもあったのだ。

そして市民にとっては勢いで国王を殺してしまったが、彼らにとっては国王は忠誠の対象であり、崇拝の対象でもあったのだ。

その存在は、ナポレオンが皇帝として就任することで補える筈であったが、彼は戦に敗れ、流されてしまった。

それから彼ら市民は、元王族を国王に据えたり、私のような将軍を主席においたりして、昔の様な、強く、美しきフランスを長続きさせようとしたが、結局、革命や戦争の嵐が吹き荒れるだけであった。

その点では今のブルボン王朝の国王は貴族からは嫌われており、また頼りの無い国王であったが、常に市民により沿い市民のための政策をしていた。

それ故に彼(ルイ16世)は市民に慕われており、立憲君主制の国王にはピッタリであると判断したからだ。

私は彼らの支持を得て、ルイ16世陛下に謁見し、男爵位を頂き、ヴィシー周辺の土地を治めることとなった。

――――――――――――――

それから私はヴィシーの温泉の近くの林を切り開いて、研究所を作った。

そこでは、陸軍の装備品である、小銃、大砲の開発をしていた。

また、蒸気機関を用いた物、主に蒸気機関車や実験段階である、キョニーの砲車を作る事になった。

主にそこで生産したのは、

●ミニエー弾の開発とそれに伴う施錠銃の開発。

●雷管の開発と金属薬莢の開発

●後送式小銃の開発、ドライセからジャスポーへの発展

●これら銃器の量産化、旋盤、ボール盤、フライス盤用のモーター、電源の開発

●上記工作機器の使用と小銃のさらなる量産化、製品の統一化

●小銃の配備と、実用訓練、それに伴う戦術、戦略の転換

 

銃器は以上であり、まだジャスポー銃の配備は近衛部隊等の一部の部隊であり、他の部隊はほとんどがフリントロック式小銃に施錠したミニエー銃が主力であった。(1786年の段階で)

●パドル炉を用いた錬鉄の生産による、大砲の鋼製化

●転炉を用いた鋼鉄の大量生産による、鋼鉄製大砲の量産、蒸気機関の小型化

●先程の旋盤を用いた、軽砲の施錠と椎型の実弾の制作(4斤山砲)

●雷管を用いた砲用信管の開発と榴弾のさらなる実用化

●一部施錠軽砲の後送化(アームストロング砲もどき)

●後送式施錠軽砲の量産化、遅延信管の開発

●大型施錠式後送艦砲の開発

 

以上が大砲の開発である。

大砲も同じく量産に成功したのはアームストロング砲までで、これもまだ100門ほどしか作られていない。

そのため、砲は施錠を施した青銅砲が中心である。

また、砲弾はヴィシー以外の工廠にも発注したため余るほど作る事に成功した。

しかし、艦砲は尾栓の開発及び砲塔のシステムの開発に手間取り、量産どころか、試作品を作るにとどまっている。

しばらくは施錠式先込め砲で辛抱してもらうしかない。

これら銃器の制作に伴い、蒸気機関車も開発したが、まだ工場内での開発段階であり、実用化には至っていない。

しかし、キョニーの砲車に関してはある程度開発には成功し、後の世の自走砲らしいものが出来上がっている。

これら新型砲車はキョニーの頭文字をとってk1と呼ばれる事になった。

この砲は後の戦争で大きな役割を担うこととなる。

そして、これら武器システムの開発に伴い、革命を防ぐための優れた人材をつくり、また、工場での工員、戦場での優秀な参謀を作るため、これら武器の開発により、余剰となった武器の海外への輸出で儲かった金と、国王及び、ラファイエットの支出により、総合学校が作られることになった。

それがここヴィシー総合学園である。

この学園は今年開校したばかりで、入試をえて、陸海軍の士官学校の卒業生、各工場の工員、政治家の息子、物好きな市民の息子が入学していた。

――――――――――――――

学園の評判は、最初ヴィシーだけであったが、徐々にひろがり、海外からも生徒を受け入れるようになっていった。

学校の雰囲気としては至るところに、この時代に無いような20世紀に発明されるはずの物があり、生徒の生活を豊かにすると共に、より広い考え方ができるようにしてあった。

また、ヴィシーはパリからは遠いため、校内には寮があった。

また、この学校はこれから先に起こるであろう革命の中で生きていけるように、生徒全員に小銃を渡し、校内で軍事教練を行っていた。

その内容は今から見ても厳しい物であったが、これくらいしないと混乱の中で生き残れないという配慮の上であった。

 

 

「まぁ、こんなところかな。

校舎の説明は、また明日以降にするよ。」

「ありがとうございます。

大変でしたね…。」

私はペタン元帥からこの学校の校長になるまでの話を聞いていた。

彼は見た目だけなら、第一次世界大戦の時のペタン元帥だけど、それ以上に長い人生をこの時代と、前の時代で過ごしたからか、知識もとても豊富だった。

そのせいで悩むこともあったらしいが、彼は前の時代での経験より、本気でこの国を救いたいと思っていた。

その思いを、私は彼の表情と口調、何より、私の中の知識から強く感じていた。

それ故に私は彼を国王陛下同様支えていきたいと思った。

「あぁ、長く辛い人生であったが、この時代にこれて良かったと思っている。

…さて、次は君の人生を聞かせてもらおうか?」

「私の向こうでの人生は語れるほど長くはありませんが、

それでよろしいなら。」

「もちろん、十分だとも。」

私は、私が生まれてから、ここに来るまでの経験を話した。特に、弓道に関しては熱く話した。

弓道にはスポーツとしての側面と共に、精神修練の側面もあるため、革命を軟着陸させるのに使えるのでは無いかと思ったからである。

それから彼が亡くなってからのフランスを中心にした、現代までの歴史を話した。

彼はフランスがある程度安定したことに安心していたが、それと同時に、

「まさか大国間の戦争ではなく、宗教がもとになる新たな形態の戦争が起こってしまうとはな…。」

彼は私が話した某新聞社襲撃事件及び、テロ国家についての話を聞いて、彼は再び沈痛な表情を浮かべたが、

「歴史は繰り返すか…。

しかし、今から変える。」

と、決意を新たにした。

私は最初は生徒として、卒業してからは、弟子として彼を支えていきたいと思った。

それに、ペタン元帥は軍人だ。

これから起こるだろう大戦争では、主将として戦場を駆け巡る事になるだろう。

そんな彼を戦場で、後方で支えて行く事ができたらとも思った。

一通り話を終えてから私は彼に感謝を伝え、それから握手を求めてみた。

「今日はありがとうございました。」

その様子をみて彼は少し驚いていたが、手を差し伸べ、

「こちらこそ、今日は楽しかった。

これからみっちりシゴイていくよ。」

彼は笑顔で物騒な事を言い、私は苦笑で返した。

そして固く手を握り、お互いにこれからのフランスを支えて行くことを誓った。 

その様子はさながら結婚式の神への誓いのようだったが、彼らは今、それに近い興奮でいっぱいであった。

それからしばらく後、ある程度互いの興奮が冷めた時に、私はふと窓の外をみた。

朝早くにここに来た筈であったが、もう真っ暗であった。

私達は昼飯や夕飯を食べずに、興奮に任せてなんと丸一日、話し続けていたのである。

その様子に元帥も苦笑を浮かべ、

「今日から授業を受けさせる予定だったが仕方ない、明日から授業を受けなさい。」

と言った。

私は元帥と同じく苦笑を浮かべると共に、

「はい」

と、短く答えた。

そして私達はこの部屋で、召使いの運んで来た軽食を食べた後に、ペタン元帥は自室に戻り、私一人になった。

この部屋は、元帥の話によると、寮に使われている部屋ではないため、今日だけの宿泊になる。

そのため私は私の荷物の確認をすると共に、ある程度まとめておいた。

明日はいよいよ転入である。

私は期待と不安に胸を膨らませて再びベットに入った。

その顔は様子を見に来た元帥の話によると悔いのない、スッキリした顔であったという。

 

 




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