目覚め
キーンコーンカーンコーン、というありふれたチャイムが午後の学校に響いていた。
その学校の中では、ある者は帰り支度、ある者は放課後の部活の準備をと、数多くの生徒がそれぞれの時間を過ごしている。
そんな中、一人の少年だけは他の生徒とは別に、一人机に伏せていた。
そんな少年に、もう1人のニヤニヤしている少年が近づいてきた。
「どうしたんだ?最近元気が無さそうだが」
「……いや、何でも」
机の少年の名前は神川 仁。
「そうか?見た感じ、そうとも思えないなあ。それに髪の毛も落ち着いてるようにオレは思うけど」
「………」
片方の少年は仁の友達の一人である"新井 幸太”だ。彼はどこかふざけた口調で、
「まさか、また両親が仕事で家に数ヶ月いなくなってるのか?」
「……それもある」
仁は机に伏せながら言った。
「それ"も”ってのが気になるが…まあ、とりあえず相談なら何でも聞くぜ?体ん中に溜め込む程体には悪ぃからな」
「ありがとよ…だけど別に言うもんじゃないし、また今度にするわ」
「あ、ハイ」
〜数日前〜
幻想郷内にある竹林、幻想郷の住民からは"迷いの竹林”と呼ばれるその竹林の奥にある一軒の大きな平屋の屋敷。
そこでは、
「両手の骨折、肋骨三本にひび、脇腹の刺傷、それによる出血。そして爆発の衝撃による頭部の打撲…」
と、手に持つカルテに書かれた文字を淡々と読み上げているのは、この永遠亭の住民の一人である鈴仙と呼ばれていた薄紫色の長い髪と兎の耳、そしてまるで外の世界の女子高生のような格好が特徴的な少女だ。
そして、鈴仙の前のベッドで寝ているのは目と口と鼻の部分以外を包帯でぐるぐる巻きにされたミイラ男の仁である。
「はぁ…貴方、本当に幸運ですよ。あの吸血鬼と生身で戦って腕も足が両方とも欠けてないなんて。本当に人間ですか?」
まあ、ほぼ師匠の腕と薬のおかげでもありますが…と、呆れ果てたように言う鈴仙に。
「一応…人間だ。それよりも、だ!なあ、あのレミリアとフランっていう吸血鬼?はどうなったんだ」
そう、仁が聞く。
彼自身は覚えていないが、門番と言われていた人(?)も怪我を負っていたと聞いている。あのフランという吸血鬼による攻撃なら、軽傷で済むとは考えづらい。
「あの吸血鬼のお二人と、その従者の方と門番の方の2人も無事ですよ」
まあ、吸血鬼は妖怪ですから心配なんて要らないんですがね、と鈴仙は付け足す。
「そう…か。なら、良かった…」
と、仁は安堵した様子で上半身をベッドに落とす。
「あ、そう言えばパチュリーさんに、目が覚めたら話がしたい、って言ってましたよ。ちょうどここにいるので呼んできますね」
「頼む…」
実の所、仁はついさっき目が覚めたばかりで、頭がパッとしていない。家に家族は居らず、学校の方も今日も明日も休みだ。だから、自分の周りのことについて心配することはないと思う。
…しかし、自分が一日の四分の一を昏睡状態で過ごしていた、その事実はあまり実感が湧かない。
そして、仁はベッドの左横にあった古臭い木製の机の上にあった自身が肌身離さず持ち歩いていたロケットを見つける。それを手に持つと、
「なあ、バル。聞こえるか?ちょっと聞きたい事が……」
仁はロケットに向かって話しかける…だが。
「どうしたんだよ…?」
ロケットからは、何も聞こえなかった。
それどころか、本来なら真っ赤な色をした宝石が黒く変色していた。
「何がどうなってるんだ…」
仁が困惑していた、その時。
「一体誰と話しているの?」
仁から見て正面の障子戸を開けて誰かが入ってきた。
「い、いや何でも」
と、声の主は戸を開けて入ってきたのはパチュリーだった。
「?まあ、いいわ。とりあえず、無事そうね」
そう言うとパチュリーは仁の寝ているベッドの傍にあった椅子に座った。
「いや、無事……か?」
パチュリーは仁の言葉を無視し、話を続けた。
「それよりも、フランに何があったのか教えてちょうだい」
そして、仁はパチュリーに全てを話した。
レミリアと姉妹、すなわち同じ種族の筈であるフランの様子が、まるで別種の怪物の様になっていたこと。
フランの動きがまるで操り人形みたいだったこと。
そして、操り人形のような動きからだんだんと自然になっていったこと。
「…なるほどね」
と、パチュリーが頷きながら言う。
「何か分かるか?」
「いえ、何が原因かまでは分からないけど…」
「けど?」
「今は、フランは
「操られていた?」
「そうよ。貴方、フランの体に何か変なモノが着いていたか分かるかしら?」
「変な…モノ…ねぇ…」
仁は、思い出した。
鎖で縛られていたフランの背中にはいかにも禍々しい札が貼られていたのを。
あの時、意識は朦朧としてたものの、何故かその時の光景だけははっきりと覚えていた。背中に
「あった、確かにフランの背中には変な紙が貼られてた」
「やっぱり。貴方が倒れていた近くにこんなのが散らばってたのよ」
パチュリーはローブのポケットから何かを取り出すと仁に見せた。
彼女の手の中には破られてボロボロになった紙片があった。
ボロボロではあるが、その紙が確かにフランの背中に貼られていた札の一部という事が、紙片に書かれている特徴的な字で仁は一目で分かった。
「恐らくだけど、フランはこの札のせいで操られてたんでしょう」
「何だって?」
「あの状態を説明するには、彼女が操られていたという」
「けど、誰がそんな事を?」
「それを今考えてるの。ただ分かるのは、フランを操ったのは
と、溜息をつきながらパチュリーは言う。
「呪術?」
「もっと言えば"古来の日本で発達した魔術の一種”としての、ね」
「じゃあ、なんでフランを狙うんだ?まさか、吸血鬼が怖いからとか…?」
「さあ?今の所は何も言えないけど。吸血鬼が怖いっていうのは、あながち間違ってないかもしれないかもしれないわ」
「一応、冗談のつもりだったんだけどなぁ……」
パチュリーは仁の言葉を無視して、話を続ける。
「私が思うに、吸血鬼が怖い、というのは吸血鬼の力を知っている。だから、自分の脅威あるいは何らかの計画の障害になる。じゃあもし、貴方がその”誰か"だったらどうする?」
「って、いきなり…!?」
「早くしてちょうだい」
「あ、じゃ、じゃあ!……フランが脅威にならないように避けるように計画を練る、とか?」
「確かにそれも良い考えよ。…けど、こんなのはどう思う?」
「?」
「自分の持つ能力、具体的には操作系ね、それを使って、脅威を味方にして攻撃する」
「あ…」
「それともう一つ。貴方には言ってなかったけれど、霊夢、それと魔理沙はね貴方と同じようにフランと戦っていたのよ」
「え……?」
「フランは吸血鬼よ、分身なんかも使えるわ。それに貴方、相当運が悪かったみたいね。話を聞いてると、どうも貴方が戦ってたのは本体らしいわよ」
ここまで来ると、もはや運がいいのか悪いのかよく分からなくなってきていないか、と少年は思う。
「というと俺は、貧乏クジを引いちまったって事か…。けど何で、本体って分かるんだ?」
「貴方は、戦ってたフランの後ろに魔法陣が浮かんでるって言ってたわよね?それが本体である証拠。それに霊夢と魔理沙が戦ってたフランが急に消えたって言ってたのよ、これも本体がやられると消えてしまうから当たり前ね」
「なるほど……。で、結局、この事件は何だったんだ?」
「正直に言ってしまえば、分からない、よ。だって、犯人も不明、目的も不明。シャーロック・ホームズじゃなければ分かりそうもないわ」
「そうか……って、シャーロック・ホームズ分かるのか?」
異世界である筈のここ"幻想郷”に外の世界の書物があるとは、この時の少年には考えづらかった。
「そこら辺の時代の本なら、私の図書館に全部揃ってるわよ。多分…(ボソッ」
最後に何か言ったような気もするが、仁が訪れていた紅魔館のあの図書館なら、確かに有り得るかもしれない。
「そ、そうか」
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。また、何かあったら教えてちょうだい、」
とだけ言うと、パチュリーは椅子から立ち上がった。そのまま後ろを向き、扉を開けようとした手をパチュリーは、急に何かを思い出したような様子でクルっと振り返り、仁が寝ている横に戻ってきた。
「忘れるところだった。これ、レミィから」
パチュリーがポケットから取り出したのは、レトロな、としか表現が出来ない一通の手紙だった。
「何だこれ?」
と、仁は手紙を受け取ると言った。
「招待状よ。貴方、私達が月に行くためのロケットを作ってるのは知っているでしょう?」
「……言っとくが、俺はロケットには乗らんぞ」
「別に、そういう事じゃないわよ。レミィが
「…なるほど」
「詳しい事は言わないわ。知りたかったら、手紙に書いてある日程通りに来れば良い。好意は素直に受け取った方が良いわよ」
色々とツッコミたい所があったが、これ以上は無駄と思ったのか、仁は招待状については何も聞かない事にした。
「なあ、"レミィ”ってレミリアの事か?」
と、少年は手元にある招待状を見ながら聞いた。
「そうよ」
「……分かった。行けるようにはしとくよ」
「なら、彼女たちにいい知らせが出来るわね」
「?」
「それじゃあ、今度こそ。また会いましょう」
仁に別れを告げると、パチュリーは障子戸を開けて出ていった。
その後、霊夢や魔理沙がお見舞いに仁の元を訪れた。
そして、二人は揃って「昨日は大変だったわね(な)」と言った。
「ただいまー…って、居ないんだっけ」
ガチャ、と扉を開けた学校帰りの仁は扉を開けるや否やそう呟いた。
夕空の光に照らされた家の中に、他に人がいるようには思えない程、静かだ。
実は、ここ最近は彼一人で生活している状態だ。理由としては彼の両親が不在だからなのだが、彼としては「いつもの事だし」で片付けている。
仁の両親は約一年周期で約三ヶ月ほど家を空けることがある。その時は大抵、仁の家のテーブルの上に〘仕事で遠出するけど、すぐに帰ります〙と置き手紙がある。手紙自体は、彼が白玉楼に行く前から置かれている。このように、彼の両親が家を空けることは少なくなく。仁も当初は両親が不在の間は祖父の家に行っていたりして過ごしていたが、今では一人で家事はある程度出来るまでになった、というよりなってしまったのでこうやって一人で生活している。
仁は、玄関からそのまま前にある階段を上り自室に向かって行った。
「……お前、どうしたんだよ」
仁は扉を開くや否や、学ランの右ポケットから、普段ならいつも首に掛けてある筈のロケットを取り出した。
そして、仁はベッドに倒れた。
「あーあ……ったく、何なんだよ…」
彼はボヤくがロケットからは何も聞こえてこない。
と、その時。
ブーブーブー…
という、音が机の上の携帯から聞こえてきた。
「…誰だ?」
仁はベッドから起き上がると机の上の携帯を手に取ると、耳に当てる前に画面上に出てる文字を見た。
「紫…?…もしもし」
『もしもし、私よ』
それは、自称"幻想郷の賢者”の八雲 紫だった。
「知ってる、で、用件は何だ?」
『用件…用件ねぇ。そんな事よりも、この前の件、感謝するわ』
…やはり、というか彼女は何を考えているか全く分からない。ハッキリ言って、第一印象である胡散臭いという印象がそのまま彼女の印象として定着している。
「そりゃどーも」
『それでよ。いつかの話を覚えてるかしら?妖怪退治のこと』
「あ、ああ。あれって、いつになるんだ?完全に忘れていたけど」
『それの事だけど…。私から言わせてもらうけど、今の状態で"依頼”を受けさせられないわ』
あっさりと、そうあっさりと、そんな言葉が仁に掛けられた。
「どういう事だ…?」
仁は聞いた。
「確かに、紅魔館の吸血鬼を倒したことは認めるわ。けれど、それは
「っ………」
そう、確かに
『そういえば、貴方の"神さま”の調子はどう?』
「…霊夢から聞いたのか?」
『そうよ。それで、貴方の
知っていた、そう、紫は少年が今では
「何も、まだ、あいつは喋ら………ない」
少年は、そう俯きながら言った。
『そう…なら、依頼なんて受けたら、死ぬわね』
何の躊躇いもなく、声色も変えることもなく淡々と少年に告げた。
「…………」
仁は何も言えなかった。今では彼には持ち前だった武器を作る能力も使えていない。彼の、幻想郷に訪れてから手に入れた"強み”はもう無いのだ。
『もし"死にたい”というのなら、私に連絡をしてちょうだい。依頼なら幾らでもあるから…。それじゃあね』
そう言うと、紫は一方的に電話を切っていった。
「ちょ……」
と、仁が電話に向かって喋るが、だが紫の声の代わりに返ってくるのはツーツーツーという電子音だけだった。
今回はボリュームが少なめですが…早めに投稿出来ました( ◜ω◝ )
今回も特に無いのでこれで…
誤字や脱字におかしな文章があったら報告して頂けると幸いです。
それではこんな小説を読んでいただきありがとうございました!
それと今更ですがお気に入り登録して頂きありがとうございます!!