理由
屋敷の入口の巨大な2枚扉を開けると、最初に見えたのは玄関から見て正面にある2階へと続く、途中から左右に枝分かれするタイプの階段だった。
「留守…じゃないよな、鍵かかってなかったし」
仁が屋敷内を見回しながら言う。
左右両方の廊下の向こうには部屋があったが、どちらも人が居るようには見えない。
「ねえ、ここって仁君のお爺さんとお婆さんの2人が住んでるんでしょ?」
同じように周囲をキョロキョロと見回す鈴華が聞いてきた。
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「いや二人で住むには、ちと広すぎやしないかと思って。他に人はいなさそうだし」
確かに、二人で住むには少々広い気がするが、屋敷内には大勢の人がいるような雰囲気でもない。
「…確かに。考えたこと無かった」
「君、だいぶ昔から来てるとか言ってたよね?」
その時
「あぁ、早かったな。なんなら、遅れてくるかと思ったよ」
と、階段の方から一人の老人の声がした。
仁と鈴華の二人は、声のした階段の中心の踊り場の方を見る。
そこには、オールバックに四角い眼鏡が特徴的な初老の男性が二人を歓迎するかのように佇んでいた。
「じいちゃん!」
「いらっしゃい、仁」
落ち着いた渋い声で言う、その男性━━━仁の祖父である"神川 謙二(かみがわ けんじ)”がそこに居た。
そして、謙二は階段を降りると、二人の前に立ち。
「キミが、鈴華…君だね?」
と、鈴華を方を見て言った。
「あっ、ええはい」
鈴華は緊張しているらしく、彼女らしくない様子で返した。
「初めまして、私は神川 謙二。聞いてると思うが、コイツの祖父だ」
そう言うと謙二は右手を差し出した。鈴華はその手を取り、二人は握手を交わす。
「じいちゃん、どういう事なんだ?」
この時、訪問することは伝えていないのにも関わらず、まるで来ることが分かりきっていたような対応。そもそも、鈴華のことは誰にも話していないはずだ。友人どころか身内に紹介なんてしたつもりもない。だが、謙二は知っていた。
この件に、謙二が明らかに関与しているのは間違いはないだろう。
「なら、着いてきなさい。一から十まで、ちゃんと説明する」
屋敷の一室、一般的には書斎と呼ばれるだろう本棚に囲まれた部屋に、仁、鈴華、そして謙二がそれぞれ部屋の中央にあるテーブルを囲むように配置されたイージーチェアと呼ばれる大きな椅子に座っている。
「さて…と、どこから話そうか」
謙二が口を開く。
「全部。じいちゃんが知ってること全てを話してくれ。じゃなけりゃ、納得できない」
テーブルを挟んで反対側で座る仁が言う。
「そう…だな」
と、謙二はに声を沈めて言う。
「紫は"妖怪退治”をするように頼んだのだろう?」
「ああ、確か俺の中の霊力が多いからとかだかなんだかで、俺にやって欲しいとか言ってた…って、それとじいちゃんと何か関係があるのか?」
妖怪退治。
「関係、か…確かに、私はこの件に関係している。いや、むしろ
「……え?」
その言葉に、仁は唖然とした。
黒幕というのは、大体は悪事を働くというのが普通だろう。そんな役に、自分の祖父はなっていたのだという事に、仁はショックを隠せなかった。
だが、そんな仁を見て、祖父である謙二も何故か急に焦りだし、
「いや、別に悪事を働いたとかじゃないんだ。単に、裏で君を幻想郷に連れてくる原因を作ったってだけなんだよ」
と、自分の孫に必死に弁解をするが、
「な、なんだ驚かせ…って、それでも変わんないじゃん」
と、結局はコソコソ何かしていた、という事を逆に認識させるだけだった。
「でも、何でそんな回りくどい事をしたんだよ?直接言ってくれれば良かったんじゃないのか?」
「だって君、急にそんなこと言われて信じるかい?」
と、謙二はいつかのような口調になって言う。
「それは…そうだけど」
確かに、急に"お前、妖怪退治しろ”なんて言われても、余程の人間ではなければ、怪訝な顔をして終わるだろう。
「そうだろう?……それに、この方が雰囲気があるかと思って」
「何だって?」
「何でもないヨ」
「というかそもそも、じいちゃん無理してキャラ作らなくても良いから。胡散臭いから。どこぞの
「そ、そこまで言わなくても良いだろう?」
「それに、雰囲気雰囲気って、映画の見過ぎ。下手なサスペンスでもこんな事やらないぞ」
「非道いな、それでもこの私の孫かね!?」
「そうです!」
と、ギャーギャーと騒ぎ出した二人を横目に鈴華は一人、部屋の壁一面にある本棚に目を輝かせていた。
この様子を見るに、彼女は先程からの会話が耳に入ってない、もしくは興味がなかったのだろう。
そして、そんな彼女を見て謙二が、
「…ここの本が気になるのかい?」
と、聞くと。
「はい!読んでも大丈夫ですか?」
鈴華がまるで、そう言ってくれるのを待ってたかのように答えた。
「ああ、構わないよ」
その返事を聞くや否や、パァーと笑顔を浮かべて彼女は本棚に駆け寄り数冊を手に取って戻ってきた。
そして熱心に読み出した鈴華の様子を見て、再び謙二が、今度は仁に、
「……鈴華君は、確か月から来た玉兎なんだろう?」
と、仁の耳元で声を潜めて言う。
「そうだけど、それが何かあるのか?」
仁も同じように声量を下げて、鈴華に聞こえないように話す。
「いや…まあ、会ったことがある玉兎と似ているところがあったものでね」
「なるほ……ちょっと待て、玉兎に会ったことがあるってどういう事だ」
と、叫びたい衝動を堪えながら仁は言う。
「いや、…それは、また今度話そう。今は本題に戻そう」
「あー…分かったから、早く教えて」
謙二は何か言いたそうにしていたが、直ぐに諦めたようで続けて、
「まず最初に、お前には私からちょっとした役目を与えたいと思う」
「与えるって…それが妖怪退治だってことか?」
「妖怪"退治”というのは語弊があるな。まあ…正確には、妖怪の監視、だな」
「監視?」
「そうだ。紫から、
幻想郷に仁が訪れた最初の日。その日、仕事をするにつれて最低限の事について、多少なりとも仁は紫から説明は聞いていた。
まず、幻想郷は忘れられた者達が集まる場所、ということ。者とは言ったが、生き物は勿論、物品等も例外ではない。そして、幻想郷には妖怪を初めとした人ならざるもの達も多く集まっている。
楽園、と表現していた
仁はその言葉の意味は、今でも分からない。しかし、楽園と評される幻想郷に招かれても、それを拒んだ妖怪達がいるという。
その数は500。数はどうあれ、中には人を好き好んで襲うという妖怪もいると聞いた。
「そいつらを監視すると?」
仁が聞く。
すると、謙二は首を振りながら、
「いや、細かくいえば違う」
「違う?」
「では、一つ聞こうか。仁、お前が出会った妖怪達は
「どんな姿って……」
仁は思い出す。巨大な狼に噛み殺されそうになったこと、一つ目の大男のような妖怪から少女を守ったこと、半人半妖の青年に会ったこと、河童の少女を助けたこと、自分よりも自分よりも年下に見える、自分を吸血鬼と呼ぶ姉妹に会ったこと。
仁の中で妖怪は、総じて醜く、分け隔てなく人間を襲う、というイメージがあった。
狼や一つ目の妖怪、そして竹林の猿妖怪は確かに恐ろしい怪異の一種だろう。だが、それらは犬、人、猿という既存のイメージと結びつく。
全く知らない生物、ではなかった。
そして、河童の少女━━にとりと名乗ったその少女は、緑色の肌に亀のような甲羅を持つ、文献通りの河童の姿をしていたか?
違う
にとりは人の姿をしていた。彼女は一つ目の大男と違い、人と変わらない言葉を喋り、無邪気な笑顔を見せていた。
それに、古道具屋の店主の森近霖之助は、自分のことを半人半妖と説明し、人の数倍を生きていられる、と言っていた。だが、そんな特性を持っていても、彼の姿も人間だった。
吸血鬼の姉妹も、人が持たない翼を持っていても、どんなに恐ろしい力を持っていても、その姿は幼い人間の少女だった。
もしかしたら、その姿は仮染めかもしれない。でも、出会ったときの彼らは、間違いなく人の姿をしていた。
「人…?」
それに気付いた仁は、言葉を漏らす。
「分かっただろう?彼らは、私たちの知る"形”をしている。それは即ち、
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤ 人と同じ姿をしている
例えば、人の姿をした妖怪が、人と同じ仕事をして、人と同じものを食べて、人と同じ娯楽を楽しむとする。
そうなれば、その妖怪は"人”として認識さてれしまう。
そうなってしまえば、人と妖怪の境目が分からなくなる。
もし、妖怪が騒動を起こしても、人々は妖怪という存在を知らない。妖怪はその特異な能力で、混乱を招くかもしれない。
と、一通り説明をした謙二は続けて、
「でもな、仁。そんな悪さをするような奴らは少ないんだ」
そう言う彼の目は、その言葉が嘘偽りのない本当だとということを物語っている。
「それに彼らは、必死に"今”に馴染もうとしている。体が動物なら、獣として生きる。体が人なら、人として生きる。それが今の彼らの生き方なんだよ」
「でも、妖怪は人を喰うんだろ?それじゃあ、妖怪にメリットがないんじゃねえか?」
と、仁が怪訝な顔をして聞く。
「それもそうだな。だけど、彼らが何を考えているかは分からんが」
「それでいいのか…?」
「まあ、少なくとも人に危害を加えるような輩は少ない」
「少ないって、被害出てるじゃねえか」
「だから、そんな輩を監視するのが私達の役目なんだ。忘れるな」
そして、仁は黙り込む。
そんな彼を心配してか、
「なぁに、そんなに気が重くなるような話じゃないさ」
と、謙二が一変した笑みを浮かべて言う。
「…じゃあ、信じて良いんだよな?」
そんな謙二の言葉を聞いて、俯いていた頭を上げて仁が聞いた。
「ああ、勿論」
「分かった、信じる」
「こっちはそう言ってくれるのを信じてたよ」
そして二人の間で笑いが起きる。そして相も変わらず鈴華は真面目に本を読んでいる。
「ていう事は、まとめると。
「そうだ」
そう言うと謙二は、立ち上がると数ある本棚の一つの側まで歩く。
「だが、最近、そんな変な気を起こす妖怪が増えているんだ。原因は不明。表沙汰になってないだけで、被害自体が増えてしまっている。前までは温厚だった者が、急に獣の如きの暴れっぷりだ」
本棚の側まで寄ると、
「そう言えば、仁。君は今、
「でも、どうやって?そこら辺から素材集めて
手に入る訳が無い、と言おうとした時。
謙二が、本棚の数ある本の中の一つを取り出そうとする。
しかし、本は引っ張り出されることなく、半分ほどが出てきた時にカチッという音がしたまま止まった。
その時
ゴオオンという低い唸り声のような音がしたと思うと。まるで忍者屋敷のように部屋中の本棚が一斉に
回転し終えると、本棚はなくなり、代わりに銃が立てかけられた棚が現れた。
棚には拳銃から狙撃銃、はては西部劇で使われるような古臭いリボルバーまで古今東西、ありとあらゆる銃がある。
「これならイギリスの仕立て屋もビックリだろう」
「じいちゃん、これって…?」
仁が、キョトンとした表情で聞く。
「私の仕事道具だよ。もっとも集めたのはいいが、使う時がなくてね」
と、言いながら壁にかかる銃の一つを取る。
謙二が手に取ったのは、ロシア製のリボルバー──ナガンM1895だ。銃は綺麗に磨かれており、整備が怠れていないことが見てとれる。
「私にはコイツしか合わなくてね」
そう言いながら、謙二はリボルバーを構える。
「て、ていう事は…私達、これを使って良いんですか?」
と、本を片手に鈴華が聞く。
そんな数多くの銃器で彩られた棚を見る彼女の目は…例えるなら、木に留まるカブトムシを見つけた時の男子小学生のソレだった。
「構わないよ。……それで、だ。話は聞いてたな?」
「もちろん。でも…」
「"そんな事、自分に出来るか分からない”。とか、言うんだろ?」
そう言って、謙二が仁の言葉を遮る。まるで、そう言うのが分かりきっていたかのような言い方。
「あ、いや、…その」
その反応を見るに、図星のようだ。
「安心しろ。勝てるように、最低限死なないように、私が扱いてやる」
ニヤリと笑いながら謙二は言う。
笑ってるとは言うが、目は笑ってない。
「またまた、ご冗談を」
「いいや、本気だ。聞けば何だ、せっかく紫から紹介された稽古先に行ってないんだってな?ああ、いい度胸していらっしゃる。さあ、表に出ろ、たっぷり可愛がってやる」
その言葉を聞いた仁は直後、背筋を伸通る原因不明の悪寒に襲われるのであった。
新年度にて、新しいクラスで頑張って頑張っております。RYUです。
気がつけば一年経ってましたね。いや、一年たったのは良いんですが、果たして自分の小説を書く腕は上がったのだろうか…。
ま、まあ、今日もここら辺で……
誤字や脱字、おかしな文があったらご報告して頂けると幸いです!それではこんな小説を読んでいただきありがとうございました!!