「まさか、あなたが来るとは思いませんでしたよ」
神川 仁は、祖父である健二の代わりに来た迎えの車の中にいた。
彼は助手席に座っており、手に持つ消毒液の付いたガーゼで顔につくられた傷を消毒している。
「そう? 私は、勘づかれてると思ったけどなー」
運転席でハンドルを握っているのは赤い髪、赤い服に赤い瞳、肌の色以外が全て赤色で統一された一人の女性。
「流石に教授が来るとは予想外です」
そこには、岡崎夢美の姿があった。
夢美は、少し残念そうな顔をすると、
「自分で言うのもアレだけど、こんな変な人いたら怪しまない?」
「生まれた時から、そんな変な人たちに囲まれて育ったんで分かりません」
「そっかー……」
仁は顔にできた傷の消毒を終えると、今度は腕の方に消毒を移行する。
傷口にガーゼが触れる度に、彼の顔が苦痛に歪む。
一通り、消毒作業を終えると腕に包帯を巻く。それら一連の作業を終えると、
「……それでアイツらどうするんですか?」
疲れきった目で、仁はルームミラーを見る。そこには、後部座席でぐたりとしている二人の少女が座っていた。
片や切り傷だらけの黒のワンピースを着た十代前半の少女、片や口の端から血を流している黒い戦闘服を着た少女。
「どうするもこうするも、彼女らをこっちの病院に連れて行く訳にも行かないでしょ。この程度の傷なら私が治せるわ」
まるで、転んで怪我をした子供を治療するとでも言ってるかのように夢美は言う。
「教授、治せるの?」
「当たり前よ。どれだけ、先生と冒険してたと思ってるの……」
「マジでインディージョーンズしてんのかよ」
あの映画はフィクションであって、そう易々と石製の大玉に追いかけられたり、古代の超文明を探検したりなんてことはないはずだ。しかし、幻想郷という未開も未開な謎地帯を少年は知っている。だからこそ、有り得そうだから怖い。
「で、教授はどこまで知ってるんです?」
車が赤信号で止まると、仁が夢美に聞いた。
「さあ? 私は幻想郷とか、貴方達がやってる事ぐらいしか知らない」
「ほとんど全部じゃないですか」
「詳しいことは全く。だから、今のところ君に教えられることは少ないよ?」
「……なら、どういうことなら教えられるんです?」
「例えば、後ろの彼女の正体とか」
そう言って夢美は、左手をハンドルから離し、人差し指で後ろで眠っている黒のワンピースを着た少女を指差す。
「彼女、割と問題人物よ。多分だけどね」
赤から青へと信号機の色が変わり、車が発進した。
夜中の道路を走っているのは赤いスポーツカーが1台だけだ。
「問題? 特撮モノみたいに、怪人に変身するとかですか」
「冗談抜きで、よ。じゃあ、聞くけれど、君は彼女がどういう人物だと思うの?」
「どういうって……」
そこで少年の声が詰まった。確かに、仁は後部座席に座る黒の少女について知っていることは限りなく少ない。
分かるのは、彼女が黒い霧の化け物に変身したこと、そして、その変身が恐らく不本意なものであろうこと。
ただ、それだけ。
「何も知らなくて、君はどうするつもりだったの?」
黙ったままの仁に彼女は言った。
「知ってる? 外国ではね、難民っていうのがあるの。難民ってのは、国を無くした可哀想な人達」
「……」
「難民は助けてくれと隣の国の国境線を跨ごうとするのよ。けど、どの国も彼らを自分の国へと入れようとしないの。何故か分かる?」
「……国民が多すぎて、難民を入れる余地がないとか?」
「んー、それもまた一つの理由かもね。だけど、的は得ているね。的の端っこだけど」
「教授、何が言いたいんですか?」
ボソリと呟いた仁の言葉を無視して、夢美は続ける。
「彼らが運んでくるのは、なにも人だけじゃないのよ。他国とは全く違う文化や独特……いえ、自分の国とは違う思想に未知の病気。それらを持ち込む難民は、得体の知れないモンスターと同格。そのモンスターが自分たちに懐くような存在か、それとも破滅をもたらす最厄か分かったもんじゃない」
それから、数秒ほど言葉を途切らせると。
「分かりやすく言うなら、君は道端とかで捨て犬を拾ってきたことは無い?」
「ある訳ないじゃいですか。今どき、捨て犬、捨て猫なんて貴重ですって」
「じゃあ、もし拾ってきたとする。その時にお父さん、お母さんからなんて言われそう?」
「俺の母さんならともかく…漫画とかなら、『世話が出来ないなら、返してきなさい‼』って言われるかも」
「そ、要はそう言うこと。拾ってきたのは良いけど、保護したあとにそれを怪物に変えるのか、それとも自分のグループの仲間にするかを決めるのは、拾ってきた本人」
「つまり……?」
「責任もって保護しろよ、ってこと」
「……分かりました。けど、どうすれば良いんですか? 保護っていっても素性が分からないんじゃ、どうしようも……」
「さあね。あの娘が
その時、仁は夢美が発した1つの単語に反応した。
「教授、今なんて?」
「? だから、下手に保護することも……」
「もっと前です‼」
「ええと……彼女が半人半妖ってことしか分からないってとこ?」
「あの子、人間じゃないんですか!?」
そう言って、仁は再び後部座席の方を覗いた。
後部座席のシートに頭を預けて寝ているのは、どこからどう見ても彼女は、十代前半の少女だ。コウモリのような翼も、鬼のような角も、兎のような耳も彼女には備わっていない。
少年が見てきた妖怪とは、まるで何もかもが一致しない。
「そんなに信じられないなら、これ」
そう言うと、夢美が自身のネックレスを外して渡してきた。ネックレス、と言っても大きな白の十字架に糸が通っているだけの品だが。
仁がネックレスを手に取ったのを確認した夢美が、
「それを彼女に近づけてみ」
そう言われて仁は、その十字架を黒の少女へとかざす。
すると、その十字架は赤みがかった紫に輝きはじめた。
「っ!?」
呆気に取られている仁を横目に、
「霊力と妖力とかって、幻想郷で聞かなかったかな?」
と、夢美が言った。
仁は振り返ると、
「聞きました。確か、人間が霊力、妖怪が妖力でしたよね?」
それを聞いて、夢美はニヤリと笑うと、
「なんだ、知ってんじゃん。なら話は早いわね、その十字架は霊力を感じ取ると赤色に、妖怪だと青色に光るシロモノ」
「待ってください。それだと……」
そう言って、少女にかざした十字架を見る。紫とは、赤と青が交わって出来る色。
つまりは、そういう事なのだろう。
「その十字架は他にも、力が強ければそれだけ強く光る機能があるの。彼女のは赤が強いから、どちらかと言えば妖怪よりも人間よりの存在」
そして、気づけば真っ赤なスポーツカーは見慣れた屋敷の前へと辿り着いていた。
「さてと、二人のお嬢さん方を降ろすわよ」
と、夢美はシートベルトを外しながら言った。
「しっかし、何があればこんな事になるんだ?」
そう少年は、目の前で横たわる黒の少女に生々しく刻まれている数多の切り傷を見て言った。
少年は現在、拠点である彼の祖父の屋敷の部屋の一角にいた。
彼女の傷口を見ていると、それが刃物のような物で出来たものだとは分かる。そしてその数は多く、命に関わるような首や手首などの箇所にも切り傷はあるため、自傷行為によってつけられたものかもしれない。
だが、本人が目を覚まさない限りはなんとも言えないのが現状だった。
「どう、黒子ちゃんの様子は?」
と、仁の背後にあるドアから夢美が入ってきた。黒子、というのは彼女の真っ黒な服を比喩して言ったものだろう。
「何も変化なし。というか、本当に生きてるんですかね?」
仁は黒の少女の顔を見ながら言った。
「そりゃ生きてるでしょ。ほら、呼吸もしてるし」
そう言うと、夢美は黒の少女に近づくと、
「数えきれないぐらいの切り傷ねぇ……だけど、出血量は少ない、か」
次に、夢美は黒の少女の服を掴むと、それを脱がし始めた。
若干ボーッとしていた仁の頭は、その光景を前に覚醒し、勢いよくその頭は後方に向いた。
「教授!?」
そして、顔を真っ赤に染めた仁が叫んだ。
「なに、
「嘘だ! 絶対教授面白がってんでしょ‼」
「ふふ、なんの事やら」
服を脱がせると、再び夢美は黒の少女の体を見る。その衣服の下も、やはり切り傷があった。しかし、他の傷のような刃物で切りつけられたようなものでなく、まるで掻きむしったような荒い傷だった。
「仁、ちょっとそこら辺に赤十字マーク着いた箱置いてあるはずだから、取ってくれない?」
要は、救急箱を取れ、と夢美が言う。
言われた通り、仁は周辺を見回すがそれらしきものはない。
「無いですよ?」
「じゃあ、書斎の方にあるかな……、取ってきてくれる? あと、次いでに兎ちゃんの様子も見てきてちょーだい。彼女、だいぶ落ち込んでるから、励ますか慰めてやってやりなよ」
そう言われて、仁は思い出した。彼女は妖怪に気を失うまで、一方的に
「分かりました。というか、鈴華は起きてたんですか」
と、仁が夢美に背中を向けたまま言った。
「ここに着いてすぐにね」
「それなら、鈴華の怪我は軽かったんですね」
「いいえ、重かったわよ」
さらり、と何の緊張感もなく夢美が言った。
「はい!?」
驚きのあまり振り返りそうになったが、その先に裸の少女がいることを思い出して止まる。
「あの子の種族柄なのかな? とにかく、自然治癒力が強いのなんの。擦りむいた程度の傷なら、みるみるうちに塞がってたもんでビックリよ」
鈴華という少女は人間ではない。見た目が人でも、彼女は"玉兎”という、妖怪のうちの一つの種族だ。そんな驚異的な回復能力があっても何らおかしくは無い。
「失礼しまーす……」
仁は、恐る恐る書斎の扉を開けた。正直に言って、今の彼女━━鈴華に会うのは避けたい。 彼とて、慰めの言葉の一つかけられなくはないのだが、さすがに命懸けの戦いに負けた彼女にどんな気持ちで接すれば良いかが分からないだけなのだ。
とりあえず、会ってみれば何かに変わるかもと思ったのだが肝心の彼女が見回した限りでは、どこにも見えない。
(居ない、のか? とりあえず、救急箱救急箱……)
そして、いつだか健二から銃器と装備の説明をされた時に使った、洋風の書斎には全くそぐわない折りたたみ式のテーブル。その上に目的の長方形の物体を見つけた。
仁はテーブルに近づき、救急箱を取ろうとする。
その時、
「誰?」
近くのソファから声がした。
ソファの方を見ると、そこには鈴華が寝そべっていた。彼女は不機嫌そうな目を仁に向けながら。
「なんだ、仁か。起こさないでよ」
と言うと、寝返りを打った。
「なるべく、足音を消してたつもりだけどな……」
見れば、鈴華の頭には兎の耳が出ていた。彼女曰く、普段は隠しているという耳。それがメトロノームのように左右に揺れている。機嫌でもわるいのだろうか?
心配になった仁は、
「なぁ、大丈夫か?」
と、聞いた。
だが、彼女は振り返らず、後頭部を彼に向けながら、
「何が」
と、素っ気なく言った。
「怪我してたんだろ? もう、大丈夫なのか?」
仁は今度は、彼女のそばに近づいて言った。
「この通り、元気ですよ」
……拗ねてんのか。
ことを察した少年は、なるべく刺激しないよう言葉を慎重に選びながら、
「なら、良かった。それと、ありがとうな。援護射撃、良かったよ」
口から出る言葉が途切れ途切れなのは緊張のような、恐怖のような得体の知れない感情が彼に襲いかかっているからだ。
そんな彼に、再び寝返りを打って顔を見せた彼女は、
「無理に言わなくてもいいから」
「じゃあ、どうしたんだよ?」
「……悔しいから」
「悔しい?」
すると、鈴華は頷いて、
「あの妖怪に弄ばれたこと。屈辱だよ、ボクのことを適当にあしらって雑魚扱いして……」
数秒ほど、間をあけて、
「殺すなら、殺せってんだ……」
あなた、女の子でしょそんな言葉使っちゃいけません、などの冗談は当たり前だが口には出なかった。否、出せなかった。
ついでに、あの妖怪は鈴華のことを殺していた気になっていた事も刺激しないように言わなかった。
「夢美さんから聞いたけど、君、アレに勝ったんだね」
「勝ったかどうか微妙だけどな」
「どういうこと?」」
「あの妖怪の中にいた女の子がいたんだ。多分だけど、あの霧の化け物と、あの女の子は別だと思うんだ」
「? あの子が、アレに変身したんじゃないの?」
「多分な。それに途中、アレが自分で自分を傷付け初めてたろ? あれって、あの子が反抗してたんじゃないかな。自分を操る、"何か”に向かってさ」
「それなら、あの子は宿主にされてたってことかぁ……って、それ、かなりやばくない?」
そう言って、鈴華はソファから起き上がった。
「まぁな、その"黒幕”に目をつけられたかもしれないしな。それに、同じようなやつが出てくるかも……」
そこで、彼は思い出した。つい、数週間前、幻想郷で起こった一つの事件。
紅魔館と呼ばれる屋敷の主人の妹、フランドール・スカーレットが突如暴走を起こし、多数の負傷者を出した、未だ謎が多い事件。そして、フランと呼ばれていたその吸血鬼の少女と、今回の半人半妖の少女とは少なくとも三点、共通点があった。
ひとつ目は、時間経過で徐々に強くなっていったこと。
ふたつ目は、周囲を見境なく攻撃したこと。
最後に、彼女らの背中には同じ札が貼り付けられていた。
とてもじゃないが偶然とは思えない一致。
外の世界と幻想郷、決して繋がりのないこの二つの世界で一体なにが起こっているのだろうか。
「おーい、仁くん大丈夫かー?」
「……あ、いや何でもない」
そして、とっくに忘れていた救急箱を手に持つと。
「なぁ、鈴華」
今から何をすればいいか、彼には分からなかった。
「何だい?」
けど、この事態を解決しなければいけないのは理解している。
「近いうちに幻想郷に行こうかと思うんだけど、鈴華はどうする?」
━━━まずは手がかりを見つけなければ。
夏休みに入り、2本目の投稿。ペースは普通だと思いたい。今まで、FGOやらSCPやらの小説を書いてるとは言ってましたが投稿できても一話ぐらいのボリュームしかなく悩むところです。
次回は、9月中旬ぐらいにはなりそうなので宜しくお願いします。
では、今回はこれで……。
誤字や脱字、おかしな文があったらご報告して頂けると幸いです!
それでは、こんな小説を読んで頂きありがとうございました!!
実はFGOで40連ほど爆死中だったりします。