その頃、外の世界では神川 仁の祖父、神川 健二が書類作成に追われていた。別に、どこかの会社に勤めている訳でもないので、彼が作っているのは依頼主に提出するための報告書だ。
何故、当の本人達がやらないかというと、健二から見て二人に任せるのは不安も不安だから。…厳密に言えば、彼らに任せると"報告書”という名前の怪文書が出来上がるのは目に見えているからだ。
「……」
実の所、そんな健二はとある悩みの種を抱えていた。
それは、
「君、何か用かな?」
書斎にある彼の机の横には、ちょこんと一人の少女が立っていた。特に喋ることも無く、本当にただそこにいるだけのように思える。
「ここじゃなくても遊ぶところなら沢山あるだろう?」
彼はもう一度言うが、少女は固く口を閉じたままジーと健二の方を見たまま動かない。
(全く、なんなんだ)
この少女は、先週保護した子供だ。保護した当時は、ボロボロの服を纏い、体中が切り傷まみれという身の成りだったが、今では新品の服を身につけ、体中の傷は全て塞がっていて、その当時の見る影はない。
ちなみに彼女の服と治療は健二の助手である夢見に全て任せていたため苦労はしなかった。最も、彼は医療技術と服のセンスは皆無に等しいので、任せる他なかったのだが。
そして、報告書では今後の彼女の扱いをどうするかを記そうとしていた。
「なぁ、君。親はいるのか?」
ダメ元で聞いてみたので、答えが返ってこなくてもそんなに気にしないつもりだったのだが。
彼女は首を横に降った。ゆっくりと、だ。
「いないのか? どうして」
しかし、今度は何も返してこなかった。
数日間、彼女を屋敷に置いているが、分かったことよりも分からない事の方が多く、彼女の謎は深まるばかりだ。辛うじて分かっているのは、彼女が妖怪と人間のハーフということだ。それも妖怪モードだった時の様子を聞いてのこと、それに夢見のマジックアイテムのおかげで分かったことだ。
しかし、妖怪のハーフ自体は珍しくもない。現に、健二が幻想郷にいた時にも、コレクター気質の古道具屋の店主や人里で寺子屋を開いている教師なども人間に混じって生活していた。しかし、前者が先天性であるのに対し、後者は何ならかの要因で人ならざるものへと変化した存在。
果たして、目の前にいるこの少女はどちらなのだろうか?
その時だった。
ブー、ブーと携帯の着信音が鳴った。
健二は携帯を取るとろくに画面を見ずに電話に出た。何故なら、このタイミングで電話をよこすような人物は、彼の知る限りでは一人しかいないから。
「何の用だ」
『あら、冷たいわね。せっかく、私が調べたことについて教えてあげようとしているのに』
電話の相手は八雲 紫だった。彼女はいつもと変わらず、感情が読みとれないような言動だった。
「調べたこと?」
『ええ、今あなたのそばに居る、その子についてよ』
「何でそばにいるのが分かる?」
『貴方の近くにいるその子、寂しがり屋だからよ』
「……? で、調べたことってのは何だ?」
『その子の身の上話』
「身の上話?」
『そう、謎に満ちた少女の……』
「そんな事はどうでも良い。早く、教えてくれ」
『せっかちねぇ。それじゃあ、まずは彼女の両親について』
「ああ、俺もそのことを……」
『二人とも行方不明届けが出され、現在では死亡扱い』
「…………」
健二は頭を抱えた。そう来たか、と。
まだ、彼女の両親が虐待を行っていて、そのせいで彼女があのような事になったんだったらことは速やかに解決されただろう。
しかし、
「他に肉親は?」
『居ないそうよ。あと、彼女自身も父方の親族から行方不明届けが出されているらしいわ』
「……というと、一家全員が例のヤツらに連れ去られたったって解釈で良さそうだな」
『妥当ね。それと、彼女の名前は粲綱 祥(いいづな さち)。いつまでも、お前呼びは辞めてあげてね』
「分かったよ。にしても、
『怪しいのは母親かしら。性も、母方の方から取られてるみたいよ』
「なら、確定だな。だが、なぜ人間の父親も連れていく必要がある?」
前にはこんなことなかったぞ、と健二は付け足す。
『途中で食糧にでもするつもりでしょう』
躊躇うことなく、彼女は言った。人間だって腹は空く。妖怪だって、それは変わらない。ただ、人間とは食べるものが違うだけだ。
「……なるほど。そりゃ、死体も見つからない訳だ」
そこで健二は気付いた。こんな話、当人の前でするものじゃない、と。
しかし、横を見ればそこにいたはずの少女━━祥がいなくなっていた。書斎を見回してみれば、彼女はソファに横になって本を読んでいる。幸いな事に、彼女はこちらのことを気にする素振りは見せていない。
『どうかしたの?』
「いや、なんでもない。それで、他に何かあるのか?」
『最後に一つだけ。彼女の父親と母親の私達は死亡と判断して、粲綱 祥を保護するつもりだけど、それで良いわね?』
健二にとっては、もとよりそのつもりだったので特に反応はしなかった。しかし、それよりも気になったのが、
「それはいいんだが、この子ぐらいの歳だと友達と元気に学校に通っていてもいいはずだ。そこら辺はどうするつもりだ?」
祥の見た目は、小学生高学年、もしくは中学一年生ほど。どちらにせよ、今の彼女はまだ義務教育を終了していないだろう。元々通っていた学校がどこかは知らないが、そこから、彼女の家となる屋敷近くの学校に転校する手続きも必要になるはずだ。
しかし、彼女は、
『手続きも含めて、全部終わらせておいたわ。必要な物も近いうちに送るつもりよ』
「本当か? どうした、今回はいつにもなく仕事に熱心だな」
『何を言ってるのか分からないわね。私は、いつも熱心よ?』
ふふふ、とスピーカーの向こうから微笑むような声が聞こえてきた。何十年も仕事を共にしていた健二でさえも、彼女の考えていることは分からない。
「……それで最後だな。なら、もう切るぞ」
結局、紫の言葉を無視して健二は言った。
『いつになっても、貴方はつまんない人ね。分かったわ、それじゃあ報告書、待ってるわよ』
「はいはい、分かってるよ。……そういえば、何でわざわざ紙に書かせるんだ? 別にメールでも良いだ……って、切りやがったか」
大きなため息をついた。何だか、今日はやけに頭痛がする日だと彼は思う。
そして、画面が暗転したスマートフォンを机に置くと、再び卓上の面倒事を片付けることにした。
今回まで短め、しかし内容は濃いめにしてみました。
あと、今年の残りは少し忙しくなるかもしれないので、投稿感覚が空くかもしれないのであしからず…。
では特に言うこともないので、今回はこの辺で。
誤字や脱字、それにおかしな文があったらご報告して頂けると幸いです!!
それでは、今回もこんな小説を読んで頂きありがとうございました!!