&Ⅱ   作:水代

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チュートリアルツー

 

 

「……はあ?」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまうことを自覚しながらも、少女、角谷(すもも)は聞き返さずにはいられなかった。

 それと言うのも今目の前にいる従妹殿の話が全ての原因であり、彼女の話を要約するのならば。

 

 ―――今いる高校の戦車道を辞めて自分の高校で戦車道を復興して欲しい。

 

 つまるところそういうことだった。

 三月も終わりに近づいてきた頃、ギリギリではあるが転入手続きなどは取れなくも無い。

 李はこの知波単学園の戦車道の隊長であり、それなりに融通の利く立場であると理解している。

 そして目の前の李によく似た彼女の従妹である少女、角谷杏は杏の所属する大洗女子学園の生徒会長である。

 つまり両者の立場を使えば新学期ギリギリの転校は可能だろう……可能なだけだが。

 

「分かっているのかお前? オレは仮にもこの学校の戦車道の隊長をしていた人間だぞ?」

 

 そう、だから問題はもう一つ。

 

「それはオレに戦友たちを裏切れってことか?」

 

 この知波単学園戦車道隊長の地位についた李に知波単学園から転校して大洗女子学園で戦車道を()()させろ、と言いう話だ。

 当然ながらふざけろ、できるか、正気じゃない、の三拍子揃った話だ。

 他の人間が口にしていたら頬に拳を振り切って追い出していたかもしれないが。

 

 この李とともすれば双子と間違えられそうな従妹殿はそういう無茶を承知の上で李に話を持ってきている。

 

「何があった? お前はそんな物の道理の分からない人間では無かっただろ」

 

 この従妹殿は決して愚鈍で物分かりの悪い人間では無かった……否、むしろ聡明で物の機微に聡い、そんな対極に位置するはずの人間だったのに。

 そんな李の言葉に、鬱気味な様子で顔を伏せる従妹の表情に嘆息する。

 

「悪いが断らせてもらう」

「李!」

「どんな事情があるかは知らんが、オレはこの学園の戦車道の隊長だ」

 最早話は終わった、と立ち上がろうとして。

 

「お願い……助けて、()()

 

 停止する。

 視線をやれば、頭を下げ、なんなら机が無ければ土下座でもせんばかりの勢いの従妹の姿に目を細める。

「詳しく話せ……全てそれからだろう」

 椅子に座り直し、杏に話を促す。

 ゆっくりと顔を上げ、暗い表情のままでぽつりぽつりと杏が語った言葉を聞き。

 

「優勝しなければ廃校、か」

「……うん」

 そうして聞かされた()()とやらに再び嘆息する。

 杏がどれだけ自校を愛しているか、というのは良く知っている。そしてそれが奪われようとした今、最早なりふり構っている場合ではなくなった、という心情も分かった。

 思考する。目の前の従妹とは違って考えることはそれほど得意ではない。

 だからもっと簡単に簡単に考えていく。

 

 助けたいか、助けたくないか。

 勿論助けたい

 そのためならば戦友を裏切ることを容認できるのか。

 できるはずも無い。

 

 だが同時に以前から思っていたこともある。

 あれを早めるのならば……或いは。

 元より親愛なら従妹の頼み、できる限りは応えてやりたい気持ちもあるのだ。

 

「言っておくが、尋常ならざる困難だぞ、それは」

「うん……分かってる……つもり」

 

 頷き、最後に少しだけ自信の無さを吐露する。

 その明晰な頭脳で理解はしているつもりになっていても、杏は戦車道については未経験者だ、どうしても計り知れない部分は出てくるだろう。

 

「正直言って、不可能と断言してしまえる話だ」

「それでも……このまま何もせずに黙ってみているのは、無理だから」

「……本気でやるんだな?」

「……うん」

「負ければ絶対に恨まれるぞ?」

「覚悟してる……それでも私は、大洗学園が大好きだから」

 

 嘆息する。

 最早決意は固い。いや、元よりこの従妹がこんな無茶な話を持ってきた時点ですでに覚悟など決まっていたのだろう。

 

「分かった……やるだけはやってやる」

「モモ……」

「泣くな、まだ始まってすら無いんだ、早すぎる」

「うん、ありがとう、ね」

 

 目端を拭う従妹の姿に苦笑する。

 そうしてこれからのことを考え……もう一度嘆息した。

 

 

 * * *

 

 

『貴女がいなくなったところでどうなるっていうのよ。むしろいなくなってくれてみんな清々するんじゃない?』

 ―――もうこの学校にはいないほうがいいわ。どこかあんなやつらのいないところへ行きなさい。

 

 深いため息を吐き出しながら、船の上から港を見つめていた。

 

『副隊長の地位だってそうよ。貴女がこの学校で築いてきた物なんて全部私がもらってあげるわ』

 ―――副隊長であることを気にしてるなら心配しなくていいから、私が後のことはちゃんと引き継ぐから。

 

 親友だった少女の言葉の一つ一つが、ずきずきと心を突き刺した。

 

『嫌ならこの道から消えてしまえばいいじゃない、バイバイ? 元副隊長さん』

 ―――もし戦車道が嫌になったのなら逃げてしまってもいいのよ。だから、元気でね……みほ。

 

 ()()()()()()でそんなことを告げる親友に、だからこそ、余計に辛かった。

 ()()()()()()()()()で親友にそんなことを言わせた自分が、余計に惨めだった。

 涙を流しながら告げた親友の言葉の意味を理解してしまっているからこそ、余計に傷ついた。 

 

 手に持ったのは鞄一つで、文字通り逃げるようにして数年間過ごしてきた街並みが遠ざかっていく。

 郷愁の念を持つには、少しだけ辛い記憶が鮮明過ぎて、思わず安堵してしまっている自分に、自己嫌悪した。

 

 何かもっとやりようはあったのではないか、そんなことを思ってしまうこともある。

 ただ一つ、今分かっていることは。

 

 西住みほは間違えてしまった。

 

 それだけだ。

 

 第六十二回戦車道全国高校生大会。

 戦車道を嗜む女子たちにとって、憧れの舞台であり、目指すべき場所である。

 そして大会九連覇という前代未聞の戦績を引っさげていたのがみほの所属していた黒森峰戦車道チームである。

 大会十連覇のかかった戦い、その決勝戦で。

 

 西住みほは自らの責任を投げ打った。

 

 それが正しかったのか、間違っていたのか、自分では分からない。

 否、周りは皆それを間違っていると言う。だが自分はそれを間違いだったとは言いたくない、それだけの話なのだが。

 だからこそ、それ自体は良いのだ。そこに迷いは無い、きっと同じ状況に陥ったらみほはまた同じことをするだろうから。

 

 だから、どうしようもなく間違えたと後悔するのは、その後のことだった。

 

「……はぁ」

 

 ため息一つ吐き出し、肩を落とす。

 ダメだな私、なんて独り呟き。

 卑屈になるなって、ここには居ない親友が怒ってくれることを期待して。

 けどやっぱり誰もいなくて、またため息を吐く。

 

 そんなことばかり繰り返していた。

 

 そうして。

 

「妹ラアアアアアアアアァァァァァブゥ!」

 

 変な人に出会った。

 

 

 * * *

 

 

「この家から出ていきなさい」

 

 母親から告げられたその言葉に、少年……ルイが絶句する。

 そんなルイとは対称的に、母親は言うべきことは言ったとばかりにルイへと背を向け。

「ま、待ってくれ、お袋! どうして? どうしてなんだ!」

 ルイ自身何の心当たりも無い一方的な放逐宣言に、そんな疑問が湧き出たのは当然のことであり。

 

「どうしてですって?」

 

 振り返った母親のその表情に戦慄する。

 地獄の悪鬼も慄かんばかりの強烈な、射抜かんばかりの鋭い眼差しに一瞬、ルイがたじろぎ。

 

「十七にもなって未だに妹と一緒にお風呂に入ろうとするなんて許されるはずないでしょう!」

「馬鹿な?! 少なくともあと十年は許されるはずだろう?!」

「そんなわけあるはずないでしょ! 常識的に考えなさい!」

 

 そんな母親の非情な言葉に、気勢を削がれる。

 

「アナタのあの子に向ける感情は重すぎるわ、一度あの子から離れて頭を冷やしなさい」

「い、嫌だ! 妹と離れて生きているなんて、そんな拷問耐えられない!」

「いい加減に妹離れしなさい! アナタ、いつまでそうやってあの子について回る気!?」

「無論、アイツが結婚し、子供を産んで、幸せな家庭を築き、老衰するまで一生涯!」

「このお馬鹿! 大馬鹿! 誰か、この馬鹿をつまみ出しなさい!」

「や、止めろ、止めろおおおおお! 放せ、嫌だ、嫌だああああああ!」

「知り合いに泊まり込みで働かせてくれるように頼んであるわ、そこで最低一年は過ごしなさい……それまで我が家の敷居を跨ぐことは許しません」

「俺は、俺はあああああああああああああああああああ!」

 

 段々と遠くなっていく息子の声に、女は嘆息する。

 決して悪い息子ではないのだ、ただ妹である娘に行き過ぎた過剰なほどの愛情を抱いているだけで、兄妹の仲だって実際悪くはない。

 だがそれでも、だ。いくらなんでももうそろそろ兄妹離れしてもいい時期だろう、息子も……娘もだ。

 

「全く……一年で少しは真っ当になってくれればいいのだけれど」

 

 親としては恋人の一人くらい作って帰ってきてくれれば良いと思うのだが。

 

「あの子が……恋人?」

 

 全くもって想像できない。そんな事実に何よりも頭が痛くなった。

 

 

 * * *

 

 

 手荷物どころか、財布の一つすら無く、気づいたら道中のチケットだけ握らされて船上に佇んでいた。

 最後の記憶は、実家の使用人の一人に羽交い絞めにされ、口元に何か薬品の臭いのする布を当てられたことだが。

「そ、そこまでやるのか……」

 甲板に突っ伏して思わず息を吐き出す。

 これからどうすればいいのだ、と考え。

 

 ―――知り合いに泊まり込みで働かせてくれるように頼んであるわ、そこで最低一年は過ごしなさい……それまで我が家の敷居を跨ぐことは許しません。

 

 母の言葉を思い出す。

 優しく、美しい自慢の母ではあるが、時折とんでもなく厳しく、言ったことは必ず実行する。

 つまり今実家に戻っても門前払いを食らうのはオチだろうことは二十年弱の間の付き合いで良く分かっている。

 とどのつまり、言われた通り一年、これから向かう場所で働くしかない……ということだろう。

 

「いや、学校どうするんだよ」

 

 今年から高校三年生。

 当然ながら通っている学園艦というものがある。

 春期休暇で実家に戻っていたが、一週間もしないうちに新学期が始まるためまた戻らねばならなかった……のだが。

 

「考えてない……はずないよなあ、あのお袋様が」

 

 とんでもなく頭の回転の速い人である。

 突発的な事態に見えて実は前々から用意されていたのかもしれない。

 

「せめて携帯くらいは……」

 

 がさごそとポケットの中を探し。

 

「お、あるじゃん……って……え」

 

 ポケットの中から出てきたのは、画面が割れ、うんともすんとも言わなくなったスマートフォン。

 少なくとも実家にいた時には無事だった……しかも少々のことでは壊れないようにカバーもついていた、にも関わらずカバーは無くなっており、中身がこの様。

 

 ということは?

 

「そこまでやるのか……」

 

 連絡手段まで物理的に断たれた……いや、それより問題がある。

 

「あの子のメアド消えてるうううううううううううう」

 

 妹のメールアドレスが失われてしまった。

 

 妹の!

 

 メアドが消えてしまったのだ。

 かつてないほどの緊急事態に、手が震える。

 そうして同時に思い出す。

 

 これから一年、妹に会えないのだと。

 

「馬鹿な……生きていけるはずがない」

 

 妹成分が無ければ兄という生物は生存することができないという事実をあのお袋様は知らないのだ。

 妹を可愛って妹愛を補充しなければ兄というのは呼吸することすら許されない事実をあのお袋様は知らないのだ。

 

「くっそおおおおおお!」

 

 だがどうしようも無い、すでに連絡手段は断たれ、手にあるのは目的地へ向かうための数枚のチケットと壊れたスマホだけ。

 財布すら無い以上、このチケットを失くせばどうなることやら。

 しかも仮に戻れたとしても実家の敷居を潜ることはできない。

 

「妹に会いたい……会いたいんだあああああああああああ!」

 

 海に向かって叫ぶ。

 溢れんばかりの愛を、心からの愛を。

 

「妹ラアアアアアアアアァァァァァブゥ!」

 

 後ろで聞いている人間がいるとも知らず。

 

 

 

 




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