目が合った。
振り返ったその少年と。
ばっちり、視線がかみ合い。
余りの奇行に思考の止まったみほ、そして少年もまた目を大きく見開き、動きを止めていた。
やがて、その口からぽつりと言葉が漏れる。
「……だ」
「……へ?」
「す、凄まじい妹力だ……馬鹿な、あの子以外にもこれほどの妹力を持つ人間がいたなんて」
あ、関わっちゃダメな人だ。
そのことに気づく、最も先ほどの奇行で何故気づかないのかという話ではあるが、その辺りがみほという少女の少し抜けている……良く言えば愛嬌だろう。
「キミ、お兄さんかお姉さんいる?」
問われた言葉に、へ? と再び短い疑問が口を吐いて。
「あ、は、はい、姉が」
無意識に答えを返して、しまった、と気づく。
「何という、何ということだ……まさか、まさか……おおおおおおおおおおおおおお!」
目の前で異常にテンションを上げる少年に、思わず一歩足が引けて。
「俺の名前はルイ……名も知らぬ少女よ」
一歩、ずずい、と詰め寄ってくる少年にさらに一歩、足が引け。
「 お 兄 ち ゃ ん と 呼 ん で お く れ 」
即座に逃げ出した。
* * *
「思ったより遠かったな」
戦車道を始めてそれなりに筋肉もついたはずなのだが、どうにも元のサイズというか……身長などの関係でそれでもようやく常人並程度の力しか出ないようで。少しだけこのコンパクトボディを恨めしく思う。
とは言っても従妹の例を見るに、そういう家系らしいし、これから急成長……というのは絶望的だろうなあと諦めも感じていた。
大洗女子学園は茨城県の大洗町の飛び地として建造された学園艦だが、学園艦の性質上実際のところは日本中を転々としている。大洗町に行けばいつでも乗れる、というものでも無く。
とは言え、学園艦の停泊や補給が可能な港というのは全国でもそう数が多いわけでも無い。
何せ学園艦は超巨大船舶だ。正確には小型艦を複数繋ぎ合わせて作られたものではあるが、船上に一つの街が作り上げられているほどの面積を誇り、それだけの巨大な船を停泊させることができる場所も少なければ燃料補給するにしてもそれだけの大量の燃料を一度にかき集めることのできる場所だって限られている。
だから学園艦と学園艦が補給の合間に同じ場所に停泊するというのは実はそう珍しいことでも無く、校外交流というのもまあ偶にはあることだ。
とは言っても、やはりどの学園艦も本拠となる町があり、本拠を中心とした
特に年に一度、四月の新学期の時期は新入生受け入れのためどこの学校も本拠へと戻ってきており、この時期に大洗町へと行けばほぼ確実に大洗女子学園の学園艦に搭乗することが可能だった。
角谷李の通っていた知波単学園は本拠を千葉とする学園であり、地理的に見ればすぐ上の県だけにそう時間はかかるまいと思っていたのだが、何やら千葉茨城間を走る線路で脱線事故があり、一部運行を中止。
結果的にだが、最短ルートが千葉から東京、東京から茨城へと経由するという少し手間のかかるルートとなってしまっていた。
戦車があればそれに乗っていくのだが、と思うが李の使っていた戦車は知波単学園の所有物であり、知波単学園から転校する李の使って良いものではないため、交通網を使って自力で向かうしか無かった。
こんなことになるなら従妹に迎えでも寄越してもらえば良かったか、なんて思いつつ港へと向かっていく。
遠くに見える巨大な船舶。
それが大洗女子学園だった。
* * *
完全に迷った。
西住みほがそのことに気づいた時、すでにそこは見知らぬ異郷の地だった。
元より熊本……というか実家の周辺を除けば通っていた学園艦くらいしか知らない狭い世界を生きていたみほにとって、東京というのは最早コンクリートで構成された迷路である。
いくつもいくつもある市内線と地下鉄を乗り換えながら目的地へとたどり着く、などということが上京したての少女にできるはずも無く、どの電車に、地下鉄に、乗ればいいのか、どこから乗れるのか、そんなこと駅員にでも聞けばいいのかもしれないが、忙しそうに駅の中を歩き回る駅員を呼び止め聞くことなど人見知りの強い少女には無理難題と言うべきであり。
同時に、自分がどれだけ親友に引っ張ってもらっていたのか、今更ながらに理解する。
理解と同時に、親友との別れを思い出してまた鬱々とした気分になってくる。
負のスパイラル、最早こうなってしまえば動くことすら儘ならなくなり。
どうしよう―――そんな諦観の念が心を占めていく。
座り込んで泣いてしまいたくなる感情を必死に抑え込みながら、それでもどうしていいか分からず立ちすくむみほに。
「おお、先ほどの妹系少女! また会ったな」
ぽん、と肩を叩かれ振り返った先には、船上で出った奇人。
こんなのあんまりだ、と思わず目端に涙が浮かび。
「……ん、どうした?」
直前までの笑顔から一転して表情を引き締めた少年に、思わず驚く。
何か言葉を紡ごうとして、けれど言葉にならないままに震える唇を見て、少年が首を傾げる。
「ふむ……その様子から察するに。駅で迷ったか?」
ずばり、自分の状況を言い当てられ、目を見開くみほに少年がなるほどと納得がいったと頷き。
「どこに行きたいんだ? 駅員にでも聞いてみるから教えてくれ」
船上で会った時のような不真面目さを一切感じされない少年の態度に戸惑いながらも自らの行き先を告げ。
「―――うん? 奇遇だな、俺も同じとこ行こうとしてたんだ」
きょとん、と目を丸くする少年の言葉に今度はこちらが驚く。
「あの、なんで……その……」
大洗町。そして今そこに寄港しているだろう大洗女子学園の学園艦。
そこら西住みほの
だからこそ、不可思議なのだ。
そこは文字通りの
目の前の少年が何故そこに向かおうとしているのか、思わず不審に思い。
「ああ、なんかよく知らないんだがお袋に言われてそこで働くことになったんだ」
働く……なるほど確かに学校自体は女子高でも、学園艦は一つの街だ。船上に作られた街には当然そこで生活するための店があり、そこに生活する家庭がある。全員が全員、寮に住んでいるというわけではないのだ。
だからこそ、そこで働く人間というのも確かに居て、そこに男性がいるのも不思議では無い。
「あの……私と同じくらいの歳、ですよね?」
「俺? 十七だよ、今年から高三」
「その……学校、は?」
「…………」
つい、と目を逸らされたその行為にどんな意味があるのかは分からないが、遠い目で嘆息する少年に、何となく親しみを感じ。
―――思ったより変な人でもない、のかな?
そんなことを思った。
* * *
「妹がいるんだ」
どうして大洗に行くのか、そんなことを聞いたみほに、ルイと名乗った少年はそう返した。
東京都内の電車というのはどこに乗っても大概満員だ。そんな中みほの手を引いてするすると人込みをかき分け、気づけば席を確保していたルイはみほを座らせ自身はその前に立った。
遠慮したみほだったが、最早密集した人の圧に立ち上がることすら許されず、仕方なしに座ったまま電車に揺られる。
「さっき……船の上では悪かったね」
そうして次に降りる駅までの短い時間、人見知りを拗らせて話題を切り出すこともできないままに俯いていたみほに少年が口を開く。
「俺も色々突然過ぎて動揺しててね、初めての子に失礼なことをした」
少年の理性的な口調に、みほの警戒心がまた一つ下がる。
「船でも名乗ったけど、俺はルイ、キミは?」
「えっと……西住みほです」
「そっか、西住ちゃんだねー」
みほの名前を呼びながら優しく笑む少年……ルイの雰囲気に当てられて、みほの緊張が緩んでいく。
「あの……」
だからだろうか。
「ん? どうした?」
「えっと……ルイ、さんは……なんで大洗に?」
そんなことを聞いたのは。
そうしてそれに対する彼の第一声が。
「妹がいるんだ」
そんな言葉であり。
「は……? え、あ、はあ」
答えとして明らかにおかしい返答にみほとしてはそんな曖昧な返事しかできない。
そんなみほを他所にルイが続ける。
「もう目に入れても痛くないくらい可愛いい妹でね、凄く凄く大切で、とてもとても大事で、最近は背伸びして俺のことを兄さん兄さんって……昔みたいにお兄ちゃんでいいんだけどなあ」
唐突に始まる妹語りにみほの口元が引き攣っていく。
「昔から可愛い妹だったけど、最近は成長期なのか……少しずつ大人びてきて、もっとこう、さ? 昔みたいに俺のこと頼ってくれていいのに、自分でやるって、でも精一杯背伸びしてるそんなところも可愛くってさ、でね……」
「あ、あの」
このまま放っておくといつまでも話し続ける、直感的にそれを理解し思わず声を挙げる、
そうしてようやく自分が喋りっぱなしだったことに気づいたのかルイが苦笑する。
「いや、ごめんごめん、妹の話になると少し我を忘れちゃうんだ……そうそう、なんで大洗に行くかって話だったよね」
「あれで少し……あ、いや、何でも……はい、無いです、はい」
色々とツッコミたい気もしたが、人見知りにそんな大胆不敵なことできるはずも無く、頷いて流してしまう。
「まあその妹のことでね、母親と喧嘩しちゃって」
母親と喧嘩、という言葉にみほの表情が歪む。
それも仕方ないと言えるだろう。
喧嘩、というにはみほが一方的に怒られていただけだが、とにかく母親との仲が悪化したのもみほがここにいる理由の一つなのだから。
まさか同じような境遇の人と出会うとは思わなかった。
「そして家の使用人に羽交い絞めにされて、薬をかがされて、気づいたらチケット数枚と壊れたスマホ一つで船の上だったんだ」
「ちょっと待って……え……え? あの……え?」
続けてルイの口から紡がれた言葉の意味を一瞬理解できず、言葉を理解をして余計に意味が理解できずに混乱する。
一体何をどうしたらそんなことになるのか。
というか、一体ルイの母親とは何者なのだろうかという疑問は尽きないが、引っ込み思案の少女は言いたいことをけれど飲み込んだ。
「そう言えば、そういう西住ちゃんはどうして大洗に? 乗ってた船九州発のやつだよね? 随分と遠くない?」
そうして代わりに問われたその言葉に息を飲む。
何せそれは、西住みほの明確な傷だから。
「それは……その……」
ルイは自らの理由を答えた。
だからこそ、みほもそれに答えなければ不誠実だと分かっている。
考えて見れば当然だ、ルイとは学園艦を出た直後に出会っているのだ、不思議に思われるのは当然だし、先ほどの質問をすれば同じ質問が返ってくるのも予想できたはずなのに。
そうして答えを言い淀むみほの姿に、一瞬ルイの目が細まり。
「そっか、分かった! 西住ちゃん」
「っ!」
手を叩き、声を挙げるルイに一瞬体が震え。
「将来的にこっちのほうに進学するんだね!」
「……え?」
「そうだよね、そうだったら確かにこっちのほうの学園に行くのも悪くないよね、さすがに九州からじゃ遠いし」
「え、いや……あの」
しどろもどろになりながら戸惑うみほにルイが首を傾げ。
「
問うた言葉の意味を理解する。
「あ……いえ、
それがルイなりの優しさなのだと、分かった。
「っと……そろそろ降りないとね、準備しといてね?」
「あ、はい……」
がたんごとんと揺れる電車の車内で、車掌のアナウンスが響く。
そうしてルイの言う通り、次の停車駅が乗り換え地点であることを確認し、バッグを握る。
「また人込みを抜けるから、引っ張るよ?」
「あ……はい」
多少の気恥ずかしさはあれど、車内に立ちふさがる人の壁にそんなことを言っていれば確実に降り損ねると分かってしまうため、不承不承ながらも頷く。
「ほら、行こうか」
「は、はい」
そうしてルイに手を引かれながら電車を降りる。
繋がれた手が離れ、ルイが時刻表片手に次の電車を調べる。
次々と止まり、進んでいく電車へと視線を向けて。
「……わぁ」
まるで中から吐き出されるかのように電車から続々と降りてくる人の波に目を丸くする。
ルイが手を引いてくれなければあれに飲まれていたのかもしれない、そう思うと嘆息し。
「…………」
ルイが触れた右手は何故か暖かかった。
西住ちゃんの妹属性ってけっこう高いと思う。
そして狂愛的シスコンは妹属性の子とお話して妹分を補充した模様(結果少しまともになったように見える