「ちーちゃんから話は聞いてるわ……これから一年よろしくね」
清楚な白のフリフリエプロン、やや丈の長いクラシカルなスカート。そしてエプロンとは対称的な黒のシャツ。
一言で言うならメイド服と呼ばれるものだった。
可愛らしい服である……
「ば……化け物だあああああああああああああああ?!」
「あら失礼しちゃうわ、こんな可愛らしい服着た人間に向かって」
「服は可愛くても中身がオッサンじゃん?! え……ていうかオッサンじゃん!?」
「誰がオッサンだゴルァ?!」
「すみませんでしたー!」
ドスの効いた声と共に一瞬で変わったこちらを見る表情が悪鬼もかくやというものであり、思わず頭を下げて謝る。そうしなければ殺される、そんな予感すらあった。
ていうかあのお袋様は一体何を考えているのだろう。
チケットを全て順番に使っていくと大洗女子学園の学園艦にたどり着くのは分かっていた、というか学園艦への搭乗許可証があったので目的地は分かっていたのだが、いざ到着すればどうすればいいのかというのが分からず困っていたルイに声をかけてきたのが彼……彼女? だった。
「んで……その、貴方……? がお袋の知り合いってことで良いんですか、ね?」
途切れ途切れなのはまさか、という気持ちと嘘であって欲しいという気持ちが無意識的にない交ぜられていたためだろうか。
だがそんなルイの気持ちをあっさり裏切って彼……彼女? は頷く。
「ええ、貴方のお母さんから一年貴方のことを頼まれた和泉よ、よろしくね?」
「顔と名前マッチしてねえよ!」
「んだとガキがゴラァ!」
「すみませんでしたー!」
怒られるのは分かっているのだが、思わず突っ込まざるを得ない自分の気質を今だけは恨んだ。
改めて目の前の人物を見る。
メイド服を着たハゲのオッサンという十七年の人生の中で最も汚らわしい物質が見えるがそれを我慢して見やる。
年の頃は四十前後と言ったところか。ルイの母とそう変わりない歳だ。
メイド服のせいで余計に目に毒、というか劇物だが肉体的には随分と引き締まっている。
何をやっているのかは知らないが、鍛えた体、というよりは
「まあいいわ、取り合えず貴方がこれから働くお店に行くわよ」
「……働く、ていうか、お袋に連絡って取れますか?」
「ええ、取れるわよ。何か伝えることでもある?」
「まあ……学校どうするのか、とか荷物何もねえよ、とか言いたいことは山ほどあるので」
ふーん、と興味なさげに呟きながら彼……彼女? まあ和泉が携帯を適当に操作し、こちらへと放り投げてくる。
「カラーリングがピンクの上にウサギのマスコットのキーホルダーついてるとか糞似合わねえ!」
「ぶち殺すぞガキが」
「すみせんでしたー!」
一瞬こちらへと凄む和泉にルイが平謝りしながら手に持った携帯を見て一瞬顔をしかめながら耳元に当てる。
「もしもし?」
『もしもし、私です』
電話の向こう側から聞こえる母の声にようやく連絡が付いたと嘆息する。
「お袋か、色々聞きたいこととか言いたいこともあるんだが、まず最初に聞きたいんだが本気で一年こっちで過ごすのか?」
『ええ、私がそんな冗談言うように見えますか?』
「見えねえけど、冗談みたいなことはしょっちゅう言うよな」
それだってだいたい全部本気で言ってるのだが。
「あと一週間で学園もあるのに、どうする気だよ」
『問題ありません、すでに卒業に必要な程度の学力は持っているでしょう?』
「そりゃあるかないかで言えばあるが……」
『なら後はこちらで卒業のための手回しはしておきます、気にせず生活しなさい』
「荷物は? 財布すら無いんだが」
『すでに宅配の手配は済ませておきました。直にそちらに着きます』
用意が周到過ぎるだろ、と思わなくも無いが、準備に何よりも時間をかける母の性格は知っている。つまりそれだけ本気ということなのだろう。
「最後に一つだけ聞いても良い?」
『何か?』
「いつから計画してたの?」
今日突発的していたにしては余りにも準備が良すぎる。
というか衝動的という言葉が何よりも似合わない母だ、冷静に考えて見れば今回のことも計画的だったのだろうことは明白で。
じゃあ、いつからそれを考えていたのか。
その問いに。
『半年くらい前からね』
あっさりと答えた母の言葉に。
半年、その言葉の意味を理解し。
「ま、まさか……あの時の仕返しか!」
『ふふ……貴方が悪いのよ。あの子と
「汚い、汚ねえぞ! お袋おおおおおおおおお!」
『精々悔しがりなさい……それじゃあね?』
ぶつん、と電話が切れる。
呆然自失という言葉がぴったり当てはまる尋常ではないルイの様子を見て和泉が嘆息する。
「何やってんのよ、この親子」
まさか世の誰もが夢にも思うまい。
自らの娘、妹を取り合ったこの醜い会話を繰り広げているこの親と子が。
戦車道の大家、島田流家元とその息子だなんて。
「世も末ね」
まあ行われるもう一方の大家、西住流の師範とその長女の会話もそれはそれで色々とアレなことは本人たちとその家族くらいしか知らない事実ではあるが。
* * *
凄まじく意外だ、というのがその店を見たルイの素直な感想だった。
「え、これが和泉さんの店?」
「そうよ、それと働く時は私のことは店長と呼びなさい」
和泉……店長の店はその奇妙奇天烈極まり無い従業員とは反比例するかのようにごく普通の、洒落た喫茶店だった。
『CLOSE』の看板のかけられた店のドアを開けばちりんちりん、とドアベルが鳴り香ばしい珈琲の匂いが漂ってくる。
「服装のセンス死んでるのに、店の趣味は最高に良いな」
「どうやら死にたいようだな」
「すみませんでしたー!」
自分は一体今日一日で何度自爆しているのだろうと自分の口の迂闊さを呪いながらも、視線は店内に釘付けだった。
学園艦というのは国際化社会に進出するための人材育成を目的として作られた物であり、そのため他国の文化を積極的に受け入れその色を濃く残した学園が多い。
そんな中、ここ大洗女子学園というのは伝統こそあれ、特定の文化に染められることも無く今日までやってきた学園艦の一つであり、だからこそ、こういう西洋の文化を輸入した店というのは珍しいものであると分かる。
それもただ日本人が金に飽かせて集めた成金趣味の産物でなく、しっかりと文化を学び一つ一つ選び抜いた調和のある品々だ。
問題は店自体は素晴らしいのだが、店主が全てを台無しにしている点だろうが。
「いず……店長もしかして、店の備品って自分で海外に行って集めたりしたんですか?」
「あら、分かる? そうよ、昔まだ大学生だった頃にイギリスに短期留学したのよ、その時の伝手を伝って現地で集めた自慢の一品よ」
告げる店長の言葉に素直に驚く。
それと同時に苦笑する。
「なるほど、それは良いお金のかけ方ですね」
「ふふん……貴方も中々分かってるじゃない」
客席は少ない。カウンター席入れても十人程度しか入らないのではないかと思うほどに。
入口を入ってすぐ脇には二階へ続く階段。正面にはカウンター。そして左手にテーブルが二つほど。少し詰めて座って十五人入るか入らないかと言ったところか。
金をかけた店内の装飾を考えると金持ちの道楽と言った感想が浮かび上がる。
店長がそのままカウンターの裏へと赴き、棚に置かれたカップを手に取る。
「珈琲と紅茶どっちがいいかしら?」
「え……あ、じゃあ珈琲で」
「ミルクと砂糖は?」
「ブラックで大丈夫です」
そんなルイの言葉にそう、と一言告げて手慣れた手つきで作業場にあるポッドからお湯を出し、カップを温める。
その間、コンロで薬缶を温めながら食器棚とは別の棚から珈琲豆を取り出し、傍に置いてあったコーヒーミルに流し込んでいく。
「手動式……凝ってるなあ」
「そりゃ道楽だもの、普通の店じゃできないような手間暇をかけたものを出すのが良いんじゃない」
手間をかけるから数が用意できない、数が用意できないと売り上げが出ない。
つまり道楽じゃなければ余程の高級志向でなければできない手法でもある。
それは勿論機械で全部やってしまったほうが圧倒的に楽だし、湯だってポッドという便利なものが傍にあるのだからそれを使えばいいと言われればその通りなのだが。
だが機械とは違う手作業ながらの味、というものがある。単純な味の問題だけでなく、雰囲気、空気まで味わうのが楽しみ方、というものだろう。
つまりこの店で提供されるのはそういう類のものなのだろう。
オッサンメイドという視角を媒介する劇物さえなければもっと素直に感嘆できたかもしれないのだが、残念ながら視界の中でてきぱきと手慣れた手つきで珈琲を淹れているのはメイド服を着た四十前後のハゲたオッサンなのである、残念なことに、大変残念なことに、大事なことだから三回言いました。
そうして五分ほどかけて出された一杯は、安物のインスタントコーヒーばかり飲んでいたルイの舌に衝撃を走らせた。
「う、うまっ」
何なら口からビームも出そうな勢いで幸福が舌から脳に、脳から全身へと駆け巡る。
「インスタントと本当に全然違うな」
「それはそうよ」
一口一口含むごとに感じる幸せに思わず吐いて出た言葉に店長が答える。
「市販の粉は二、三日もあれば風味が飛んでしまうから余り長持ちしないのよ。それに比べて豆のまま購入して淹れるたびにミルで粉砕すれば二週間弱は香りが持つのよ」
カップからあふれ出る香りが鼻腔をくすぐる。
なるほど、これだけ良い匂いがするなら多少面倒でも粉より豆のほうが良いという人も多いかもしれないな、と納得する。
珈琲を飲んで一息つく。
そうなるとやはり考えなければならないことがあるわけで。
「それで、俺これからどうすれば?」
ここで働けということは聞いた。その間どこに住むのか、荷物はいつ着くのか、働くと言っても一日どれくらい、そして何をすればいいのかなど聞かなければならないことは多くあった。
「そうね、この店の二階が居住スペースになってるからそこを使いなさい。荷物は今日中には届くって聞いているわ。あと仕事に関しては……まあ明日教えるから、取り合えず今日は自由になさいな」
そんなことを言われ少し考える。
真っ先に思ったのは。
「この壊れたスマホ修理に出せるところ、あります?」
「携帯ショップ……は学園艦にはちょっと無いのよね、だったら……あー、あの子たちに聞いてみようかしら」
少しだけ考えた風の店長だったが。
「こっちで預からしてちょうだい。伝手があるからそっちに頼んでみるわ」
「あーそれじゃあお願いしますね」
そのスマホには妹の連絡先やメールアドレス、何より
何としても復旧しても欲しいものである、とルイが内心考えながらさてならどうしようかと考えて。
「少し街中散歩してきますね、こっち来たばっかりで良く知らないですし」
最低でもコンビニの位置くらいはいざという時のために知っておきたいところだった。
そんなルイの言葉に、いってらっしゃいと適当に手を振る店長を置いて店を出る。
「さてと、取り合えず適当に歩いてみるか」
呟き、大洗の街へと歩いて行った。
* * *
「わあ……」
黒森峰女学園の学園艦とは一風違った街並みにみほが声をあげる。
黒森峰女学園はドイツの文化を輸入した学園艦だ、学園艦内工場で作られるノンアルコールビールなどその最たるものではないだろうか。
逆に大洗女学園の学園艦の特定の文化に染まらない自由な街並みはみほにとって新鮮なものだった。
「サ〇クスもある……初めて見た」
コンビニ好きという余り他人に理解されない趣味のみほだけに、地元には無いコンビニを見つけて心なしテンションを上げる。
こうして町を歩いて眺めるという行為も大洗に来るまでは無かったことだった。
「……風が気持ちいい」
髪を靡かせる風の心地よさ、耳を叩く雑踏から聞こえる人々の声。
黒森峰にいた時には感じることの無かったそれらは、みほが戦車道から離れた影響なのだろう。
こうして一度戦車道から離れてみると、これまでの西住みほの人生がどれだけ戦車道というものと密接に関わっていたか思い知らされる。
生まれた時から戦車道をすることを強いられ、戦車と共に育ち、そうして高校で道を見失ったみほからすれば、こうして戦車道と関係の無い学園艦というのは考えたことも無いものであり、どうしても不思議な感じがした。
穏やかだった。
今までずっとみほに圧し掛かっていたはずの重圧から解放されて、人生で初めて感じる解放感にどうにも浮ついた気分が抜けない。
戦車から離れて生きていくことに、初めて希望のようなものを感じていた。
そんな時。
「妹分が足りねえ……妹に会いたい……妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹」
呪詛染みた呟きを放つ変人に出会った。
変態(シスコン)の妹分が切れてきたようです。