&Ⅱ   作:水代

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チュートリアルファイブ

 枯渇していた。

 元々ルイは一時間ですら妹分(妹との触れ合いで接種できる謎の成分)を断てば禁断症状が現れるほどの重度のシスコンである。

 それがすでに半日以上、妹と触れ合っていない。否、例え直接触れ合うことができずとも、電話で声を聞いたりメールのやり取りをしたり、なんなら写真を眺めるだけでも良かったのだ。

 だというのに遠く引き離され連絡手段も断たれ、写真などのデータは全てスマホの中。

 今まで()っていたのは大洗までの道中で出会った少女から妹分を補給できたからであり、だがそれだってルイ自身の妹ではないため長くは続かない。

 

 オッサンハゲメイドの衝撃で一時的に感覚も麻痺していたが、こうして一旦街に出て落ち着いてくるとやはり心の底で妹分の枯渇を自覚してしまう。

 

「妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹」

 

 最早呪詛染みた呟きを繰り返すルイのその姿は傍から見れば完全に不審者のそれであり。

 

「あ、あの……ルイ、さん?」

 

 西住みほが見知った少年に声をかけたのはそんな時だった。

 正直ドン引きしていたが、けれど船上でも一度おかしくなっていたのを見ていたのと、その後の比較的まともだった時を比較し、その上で迷子になっていた自分をここまで連れてきてくれた恩を加味した上で頭を悩まし、けれど結局声をかけることにした。

 

 ぎょろり、と瞳に深淵すら覗かせた空虚な黒がみほを見つめ。

 びくり、と思わず声をかけたことを後悔してしまいそうなその表情にみほが身を竦ませる。

 

「……あれ? 西住ちゃん?」

 

 その視線がみほを射抜き、直後その瞳に光が戻る。

 そのことに安堵の息を洩らしながら、まだ先ほどの空虚な瞳が脳裏に焼き付いてみほの背筋を震わせた。

 

「あ、はい……さっきぶり、です。その、何かありました?」

 

 何も無いのにあんな表情をしていたのならそれはそれで恐ろしいが、何があればあんな顔になるのだろうとそれを想像してもまた恐ろしい話だ。

 

「あ、あーうん、その妹ともう半日も連絡取れてなくてね……心配になってたんだ」

 

 凄まじく選んだ言葉だったが、けれどみほはそれに気付かず、そうだったんですか、と返す。

 

「妹さんと仲が良いんですね」

 

 果たして自分は姉とそんな仲を気付けているだろうか、と考えればここに来ることとなった経緯を思い出し、鬱鬱とした気分になった。

 

「あ、分かる? そう、そうなんだよ。昔からずっと可愛がっててね、愛里寿も……あ、俺の妹の名前ね? 愛里寿もちっちゃい頃から懐いてくれてて、お兄ちゃんお兄ちゃんって可愛かったなあ。いや、今もちっちゃいし可愛いんだけども、それに俺が昔あげたぬいぐるみずっと大事にしてくれてるし、すごく良い子なんだ、後ね―――」

 

 そしてそんな鬱鬱とした気分を吹き飛ばす妹自慢のマシンガントークに思わず目を回すみほに、ルイもすぐ様気付いて。

 

「っと、ごめんごめん、人様に言っても仕方なかったね」

 

 ちょっと喋りすぎちゃった、と独りごちるルイに絶対にちょっとというレベルじゃない、と心中で呟くみほだった。

 と、そんな時、ルイがふと思いついたと、ぽん、と手を叩き。

 

「そうだ、西住ちゃん、今日からこっちに住むんだよね?」

「え……? あ、はい、そうですけど」

「さっき働き先に行ってきたんだけどね、喫茶店だったんだ。場所教えるから今度学校帰りにでも友達と寄ってね」

「とも……だち……」

 

 友達という単語に途端に不安そうになるみほ。

 あー余計なこと言ったかな、とルイが思わず思った。ここまで接してきた分を見るにあまり人と積極的に仲良くなれるタイプでも無いのは明白だし、そんな子が転校して一日二日で友達を作って喫茶店に誘う、というのも中々にハードルが高かったかもしれない。

 

「えっと、あー、そう。一人でも全然歓迎だから、ね」

「えっと、はい。また機会があったら」

 

 死んだ目で告げるみほに、ルイが苦笑する。

 

「大丈夫大丈夫、学校生活なんて案外なんとかなるもんだよ。意外と友達たくさんできるかもよ?」

「そう……でしょうか?」

 

 別れてしまった過去の友人たちを思い起こし、本当に大丈夫なのだろうか、とやはり心配になってしまう。

 そんなことを考え暗い顔をするみほの頭をルイがぽんぽん、と軽く叩き。

 

「大丈夫だって、西住ちゃん性格は良いし、可愛いし、みんなとすぐに仲良くなれるよ」

「か、かわ……べ、別に私、そんな……」

 

 褒められなれていない上に引っ込み思案な性格なせいで顔を真っ赤にしたみほにルイが笑みを浮かべる。

 そんな小動物チックなみほに癒されながらも何か無いかとポケットを漁るが何も出てこない。

 そう言えば荷物は全部後から来るのだったと思い出し嘆息する。

 

「っと、あんまり引き止めるのも悪いよね、そろそろ行くね」

「ふえ……あ、はい。えっと、はい」

 

 余り暗くなってしまう前に店長の店に戻りたいし、彼女だって引っ越し初日で忙しいだろうし、余り引き止めて悪いとそう告げて手を振って別れる。

 まだほんのりと頬を染めながらもしどろもどろに返事をしながら小さく手を振ってくれるみほに癒されながら再び歩きだす。

 

「さーて、そろそろ荷物来てるかね」

 

 今度西住ちゃんに会ったら是非ともお店に招待しよう、なんて考えながら。

 

 

 * * *

 

 

「は……?」

 ぽろり、と箸を半ばまで落としかけて慌てて空中で掴む。

 従妹手製のあんこう鍋は確かに絶品だったはずなのだが、たった今従妹の口から出た言葉の衝撃に、どんな味だったのか忘れてしまう。

 動揺の余り手が震えるため一旦机の上に箸を置いて、目の前でたった今信じられないことを告げた従妹、杏へともう一度だけ尋ねる。

 

「戦車道……するんだよな?」

「そうだねえ」

「そのためにオレを呼んだんだよな?」

「そうだよお」

 

 そうか、そうか、と二度頷き。

 

「それで? 戦車の数は?」

「一台も無いよ」

「…………」

「…………」

 

 一体何を言っているんだこいつは。

 理解できない言葉が頭の中を駆け巡る。

 一瞬何かの暗号なのかとも思うほどに理解ができない。

 否、理解したくない、と言うべきか。

 すでに転校手続きは終わっている、今更古巣である知波単学園に戻ることもできない。

 何より、このまま帰っては涙を飲んで見送ってくれた戦友たちに申し訳が立たない。

 

 だから、だから、だから。

 

 角谷杏は大洗女学園に通うしか道はない。それ以外に選択肢はない、はずなのだが。

 

「帰りたくなってきた」

「ちょっとー李、帰られちゃ困るよー?」

「戦車も無いのに戦車道を復活させるとかわけの分からんこと言い出すやつのことなんざ知らん」

「いやいや、違うんだって……正確には無いわけじゃないんだ」

「どういうことだ?」

 

 一台も無いと言ったのは杏であり、けれど無いわけじゃない、とも言う。

 一体何の謎かけだろうかと首を捻り。

 

「会計の記録から見ると確かに何台かはこの大洗にあるはずなんだ、ただ二十年も前に廃れちゃってるからねえ。今どこにあるのか、っていうのがさーっぱり分かんないのさ」

「探せ」

「いやいや、人手が足りなさ過ぎて無理だよ。学園艦の広さは李だって知ってるっしょ?」

 

 まあ確かにこの広大な学園艦を杏一人……ないし、生徒会役員含めて三人で探せというのも無茶ではあった。

 だがしかし戦車道を復活させ隊員を集めるのが一週間後。

 さらにそこから戦車を探すのに時間をかけていては。

 

「間に合わんぞ?」

「あー……やっぱ?」

「基本的に戦車道で素人が一端の使い物になるまで半年はかかると思えば良い」

「全国大会は夏が本番……何とか間に合わせるしかないなあ」

「詰め込み式でやってやってもいいが、それでも三か月以上はかかる上にどう考えても素人では士気が維持できるとは思えん。何かやる気を抉りだすような物が無ければ」

「一応色々生徒会長権限で特典は付けるけど……どれだけやる気になってくれるもんかねえ」

「いっそのこと廃校問題をぶちまければどうだ?」

 

 自らの居場所が失われていくと知ったならば少しは練習に身も入るだろうと李は思うのだが。

 

「ダメだよ……それは最終手段。それに関して責任を負うべきは私の仕事だ。他の子たちに負わせるべきじゃない」

形振(なりふ)り構っていられる状況でも無いと思うがな」

「それでも……だよ。みんなには極力楽しく戦車道をしてもらいたいんだ」

 

 そう告げる杏の覚悟を決めた顔に李は嘆息し。

 

「まあお前がそう言うなら構わないが……ただいつまでも隠し通せるものではないぞ」

 

 きっといつかは露見するだろう、とは思っていた。

 それがいつになるかは……まあ杏の努力とあとは運次第だろうけれど。

 

「まあいい……今回の件に関して、言っては何だがオレは部外者だからな。お前の意見を尊重しよう」

「うん、あんがと。ただ、確かに戦車の一台も探さないといけないのも確かなんだよね」

「どこにあるのか手掛かりすらも無いのか?」

「なんせ二十年前の話だしね。売却の書類が無い分に関しては学園艦のどこかにあると思うんだけど」

 

 とは言えど、杏は生徒会長。生徒会メンバーもそれぞれに仕事があり、日々の業務を終わらせればすでに日が沈む頃になる。

 そこからさらに戦車を探し始める、となると時間帯は夜になってしまう。

 生徒の長たる生徒会長が夜に街をうろついている、というのも体裁の悪い話であり。

 

「休日なんかは一応動いてはいるんだけど……何せ小山と河嶋入れて三人だからね。この学園艦を隅から隅までってわけにもね」

「はぁ……分かった、オレも参加しよう。少なくとも、戦車が無いのでは戦車道を始める以前の問題だしな。とは言え、それでも四人か」

 

 となれば実際に戦車道を履修科目として復活させ、面子を集めてから探す。

 それが一番確実であり、手っ取り早くもあり。

 

「それでも確かに一台くらいは無いと格好もつかんな」

「だねえ……こう、適当な倉庫の中にばばーんと保存されてたりしないもんかね」

「さらに言うなら見つけても使い物になるかどうかも分からんしな」

 

 何せ大洗女学園で戦車道が最後に行われていたのは二十年前の話だ。

 二十年、手入れもされず野晒しにされた戦車がどこまでまとも動くのやら、という話。

 

「修理のほうはどうする気だ?」

「そっちはうちの自動車部の子たちに頼むよ。割と優秀な子が揃ってるし、部費アップをちらつかせればやってくれるはずだよ」

「ならそれは任せてもいいか……最悪知波単に頼むかと思っていたが、頼らずに済むならそれに越したことは無いしな」

 

 知波単戦車道とはすでに話はついている。

 基本的に熱血系というか、単純バカというか、真っすぐなやつら多い。

 だからこそ、今回の転校だって反感は多かったが、事情を話せばすぐに納得してくれた。

 昔気質というか、義理だの人情だのという話には弱いやつらなのだ。

 涙を呑んで見送ってくれた戦友たちには感謝してもしきれない。

 

 それと……李の後を継いだアイツにも。

 

 まあとにもかくにも。

 

「前途多難、だな」

「つって……やるっきゃないしね。私たちにはもう後が無い」

 

 それでも折れない従妹の心と思いの強さにだけは、大したものだと思わずにはいられない。

 もしも、いざ自分がその立場になってみれば、と李は想像を膨らませ。

 

 ―――なるほど、と納得した。

 

 大切なものが、居場所が、理不尽によって奪われるなら。

 噛みつきもするだろう。

 何度だって、誰にだって。

 抗いだってするだろう。

 

 ―――手放したくないのだから。

 

 そのためなら、何だってやる。

 

 それが覚悟というものだろう。

 

 

 * * *

 

 

 ぽちぽちと何通目になるのか忘れたメールを送信する。

 いつもならば一つ送れば十秒もしないうちに返信が返ってくるというのに、今日に限って最初のメールから半日が経っても返ってこない返事に少女は困惑する。今までこんなこと一度だって無かったからこそ、余計に。

 

 とは言えもうすぐ少女の自宅に戻る。

 

 メールの送信相手である少女の兄もそこにいるはずなので、その時にでも問い詰めればいいか、と思い直し。

 窓の外の景色を見れば見慣れた風景が流れていく。

 そこから自宅に戻るまで何度となくメールを送ったが、けれど終ぞ返信は一通も無く。

 

「あの子なら他所に出しました」

 

 帰宅した少女の母親への問いに対する第一声がそれだった。

「……え?」

 思わずぽかん、としてしまう少女に母親は優しくその頭を撫でてくる。

「貴女も、もうあの子が付いていないといけない歳でも無いでしょう?」

「けど、お母様―――」

 それでもまだ言い淀む少女へと。

 

「愛里寿」

 

 ぴしゃ、と有無を言わせない鋭い声がそれを遮る。

 母としてではない、師としての強い眼差しに、やがて少女は頭を垂れて。

 

「はい……分かりました」

 

 告げる言葉に母親が破顔する。

「そう、分かれば良いの。それに他所に行ったと言っても一年の間だけよ。来年にはまた戻ってくるわ」

「本当ですか?!」

 心なし、声が弾むのが少女自身にも分かった。

 そしてそれは誰よりも目の前の人にも伝わってらしく。

 

「……やっぱりあと五年くらい放り込んでおこうかしら」

 

 ぼそりと呟いた一言に顔を上げてぶんぶんと首を振る。

 一瞬目を細めた母親だったが嘆息し、冗談よ、と返す。

 

「貴女も、あの子も……本当にべったりね。良いことなのでしょうけど、将来ちゃんと離れられるのか不安だわ」

「離れる必要なんてありません……兄さんのお嫁さんになれば万事解決です」

「問題しかないわよ!」

 

 手のひらで顔を覆いながら嘆くような表情の母親をここ最近時々見るようになったが一体何故だろう、少女には全く心当たりが無い。

「ホント、あっちで恋人の一人でも作ってくれればこの子も少しは兄離れできるかしらね」

 ぼそりと呟いた一言は、けれど確かに少女の耳に届いていて。

 

「……恋人」

 

 心なし、少女の声のトーンが落ちた。

 それ以降も母親が何か言っていたような気がするが、少女の耳には半分も入ってこず。

 おずおずと自室へと戻ってきた少女はそのままベッドへと体を投げ出す。

 ぼふん、と柔らかい布団の温もりに少しだけ心が落ち着く。

 そうしてくるり、と横になると少女と一緒にベッドに飛び込んだぬいぐるみを見つける。

 

「……兄さんの匂いがする」

 

 かつて少女の兄がくれた一番大切な宝物を胸に抱きながら目を閉じる。

 

「……ルイ兄さん」

 

 この世で最も大切な人の名を呼びながら、やがて微睡の中に落ちていった。

 

 




愛里寿ちゃんかわゆい……尚劇場版までこれで出番最後の予定(
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