&Ⅱ   作:水代

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ブレイクタイムワン

 

 

「え? 戦車道してるの? 西住ちゃんが?」

 

 放課後。

 近づく練習試合や突然任命された隊長という役割、そして練習試合に負けたら待ち受ける罰ゲームなどなど様々なストレスを抱え込んだみほが逃げ込むようにやってきたのはついこの間来たばかりの喫茶店だった。

 店に入ってまず見えたのは相変わらず可愛らしいメイド服の上にエプロンを付けた禿頭の男、店長。

 そしてカウンター脇で謎のシャドーボクシングをするルイだろうボコの姿だった。

 二度目となるとさすがに心の準備はできているのでさほど驚くことも無くカウンターに座り、珈琲を注文する。

 店内には他に客がいる様子も無く、この間もそうだったな、と内心もしかこの店流行っていないのだろうか、と思い。

 まあ店長がコレだしなあ、という当然の感想を抱きつつそもそも儲けに走っている様子も無い趣味の店なのだろうという予想も簡単にできたからこそ、きっとこうして時たまみほのような客がやってくるだけの店なのだろうと理解できた。

 まあ人が溢れている店など、みほからすれば落ち着かないだろうし、この店の静かな雰囲気は気に入っていた。

 そうこうしている内に店長が慣れた手際で珈琲を淹れ、銀製のトレイに載せたカップをボコぐるみを着たルイが運んでくる。

 というかそのボコの丸い手でどうやってカップ持つのだろう、と思ったら机のトレイを置いて器用に両手でソーサーの端を掴んで運んでいた。

 

「はい、珈琲ね。ミルクと砂糖はつけておくけど、良かったら今回は砂糖抜きで飲んでみて、きっとまた違う味わいがあるから」

「あ……はい、分かりました、やってみます」

 一瞬ぽかん、とするがすぐにぐっと両腕に力を込めて頷くみほにルイが苦笑し。

「それにしても一週間ぶりくらいだっけ、元気してた?」

 

 そんなことを言いながら、隣の席に座る。

 

「あ、はい……そのくらいですね。というか仕事は良いんですか?」

「店長?」

「しっかりもてなしなさい」

「良いって」

「あ……はぁ」

 

 本当に趣味の店だなあ、なんて思いつつもけれど話し相手がいてくれるのは嫌では無かった。

 特に今は、学校とは関わりの無い人間にため込んだものを吐き出したい気分だったから、なおさら。

 サービスだ、と言われてカウンターの向こう側の店長から差し出されたお皿には白黒色とりどりのクッキーが並べられていて、正直サービスなんて範疇で収めて良いものでは無かったが、本当に趣味のお店なんだなと実感しながら一つ摘まんでみる。

「……あ、美味しい」

 珈琲や紅茶の御茶請けとした前提で作られているせいか、本来のくどいほどの甘さは無く、じんわりと舌の上に控えめな甘みが広がった。

 そうして口の中に甘味が残しながら珈琲へと口をつけ。

 

「……ふわぁ」

 

 言葉も出なかった。

 幸せという言葉を形にしたかのような時間に、思わずみほもため息を吐き。

 体をじんわりと温める熱に、全身がほぐれていくようだった。

 そうして全身の力が抜け、気が緩むと口も軽くなるもので。

 

「実は……」

 

 そんな風にここ一週間の出来事のあれやこれやをざっくり説明すれば。

 

「え? 戦車道してるの? 西住ちゃんが?」

 

 ルイのこの台詞に行きつく。

「あーうん、そっか……戦車道、ね」

 ボコの着ぐるみを被っているので表情は伺えないが、声音が少しだけおかしいことに気づく。

「ルイさん?」

「え……あ、うん、いや、なんでも無いよ」

 明らかに様子がおかしいことは分かるが、どう声をかければいいのか分からず戸惑いながら店長へと視線を向ける。

 一瞬だけ目を細めた店長だったが、ふるふると首を振る。放っておけ、ということらしい。

 戸惑いながらもカップを手に取り、珈琲へと口をつける。

 前回と違い砂糖を抜いたミルクだけのため甘味は余りなく代わりに苦味だけが口の中に残る。

 とは言え、飲み口がすっきりと明瞭で、後味が引かないためそう悪いものではない。

 何より口の中いっぱいに広がる珈琲の香りが幸せを感じさせた。

 

 それでも少しだけ物足りない感じがして、お茶請けのクッキーをさらに一枚摘まみ。

 

「……あぁ」

 

 ぽりぽりと噛みしめるほどに口の中に広がる甘味がまだ口の中に残っていた多少の苦味をかき消していく。

 そうしてもう一度珈琲を飲み、今度は甘味を苦味で押し流す、その繰り返し。

 繰り返すたびに感じる幸福に、みほの表情もほぐれていく。

 美味しい物は人を幸せにする、この世の真理を得たような気分になりながらもみほがさらに皿へと手を伸ばし。

 

「あ……」

 

 すでに皿の上に並べられていたはずのクッキーが無くなっていたことにようやく気付いた。

 ついでに言えば、カップの中の珈琲も空っぽで。

 この幸せな時間が終わってしまったことに少しだけしゅん、とする。

 

「おかわりは?」

 

 そしてそんなみほの空気を敏感に感じ取った店長がお湯の入ったポッドを片手にそう尋ね。

 

「あ……えっと」

 

 正直言えば欲しい、のだが、そろそろ帰らなければ遅くなる。

 別に一人暮らしの身なのでいつ帰ろうと問題は無いのだが、そろそろ夕飯の時間でもある。

 みほの実家はそういうところに厳しかったので、自然とみほも同じ時間に食事を取る習慣ができてしまっていた。

 その実家もやや疎遠であり、そもそも実家でも無いこの場所で別に今それを破ったところで何があるというわけでも無いのだが。

 そんなみほの葛藤を見て店長が首を傾げ。

 

 そう言えばここって喫茶店だったよね?

 

 ふと気づく。

 

「あの……ここって、食事とか、あるんですか?」

 

 喫茶店と言われると珈琲や紅茶などと共に軽食も提供しているイメージがあるので言ってみたのだが、みほのそんな問いに店長が一つ頷き。

 

「ルイ」

「……え? あ、はい、何でしょう店長?」

 

 声をかけられたルイが鬱々とした空気から脱し、返事を返す。

 

「あんたの客よ」

「ん? ……ああ、そっちか。了解です」

 

 頷きながら起き上がり、ボコぐるみの頭を外す。

「なんか食べてくの? 取り合えずメニューあるから好きなの選んでくれていいよ」

 ちょっと着替えてくると言い残し、ルイが二階へと去っていくのを見やり。

「ほら、これメニューね」

 そう言いながら革製の表紙に金縁で装飾されたメニューを渡される。

 無駄に高級感を漂わせるメニュー表を開いてみれば、書かれているのは予想以上にオーソドックスなメニューの数々。

 サンドイッチやパスタ、サラダなどの軽食からハンバーグやカレー、それにオムライスなどの普通の食事までそう種類が多いわけではないが、この小さな店の規模で考えると十分過ぎるほどの品数だった。

 残念ながら写真は載っていなかったので、実際のところは分からないが、この店で提供される品の質を考えればどれもきっと美味しいのだろうことは容易に想像でき。

 

「えっと……それじゃあ、オムライスで」

「オムライスね」

 

 店長が手元の注文票らしきそれに殴り書きすると同時にたんたん、と階段を降りてくる音と共に着ぐるみを脱いでカッターシャツの上から黒いエプロンを付けたルイが戻って来た。

「やあやあ、お待たせ西住ちゃん。それでご注文は?」

「オムライス一つよ」

 告げながら店長が注文票をルイに手渡し、ルイをそれを受け取ると目を通す。

「西住ちゃん、嫌いなものとか食べられない物ある?」

「え? えっと……食べられない物はないですけど、ピーマンはちょっと苦手、です」

「なるほど、了解了解。それじゃちょっと待っててね」

 みほの答えに頷きながら注文票片手に二階へと上がっていくルイの姿を見て。

 

「え……? ルイさんが作るんですか、もしかして」

「そうよ。まあ安心しなさいな、あれで私よりも料理の腕は上なのよ、あの子」

 

 凄まじく意外……というわけでも無いのだろうか。何せあのボコぐるみを自作したと言うのだから器用なのは分かる。少なくともみほには絶対無理だ。

 だが裁縫だけでなく料理まで上手だとは思わなかった。

 何と言うか、あの言動さえなければ本当にハイスペックな人間だった……あの言動さえ無ければ。

 だからこそ、余計に先ほどの様子の異常さが浮き彫りになっていた。

 

「あの、私、ルイさんに何か失礼なこと言いましたか?」

「え……? ああ、さっきの」

 本人がいないためか、思わず口に出してしまった疑問に店長が一瞬きょとんとして、けれどすぐに意味を理解し納得したように頷いた。

「まああの子にも色々あるのよ、決して貴女が悪いわけでも無いし、そもそも本来ならあの子が気にするようなことでも無いのだけれどね」

「……それって、どういう」

 意図的にぼかした言い方に、余計に疑問が強まってしまったみほが、思わずさらに聞こうとして。

 

「お待たせ~、オムライスできたよ~」

 

 声が聞こえたと共にとたとたと階段を降りる音。

 そして直後にオムライスの皿の乗ったトレイを片手にルイが降りてきた。

 

「え、はや……まだそんな時間経ってないのに」

「お客様をお待たせしないようにしないとね……さ、オムライスです、温かいうちに食べてね?」

 

 そうして目の前に置かれた皿の上に乗っていたのは半熟卵が店内の照明に光りまるで黄金のような艶めきのある見事なオムライスだった。

 しかもオムライスを囲むようにかけてあるのはトマトソースだった。ケチャップではない、トマトソースである。

 

「ふわあ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れたのも仕方ないのないことである。

 少なくとも、西住みほという少女はそれほど料理が得意なわけではない。必然的に普段の食事はコンビニ弁当やスーパーの御惣菜となってしまうわけだが、まるで普段食べているそれらが味気ない物に思えてしまうほどに、温かくそしてトマトとバジルの香しい香りに思わず喉が鳴る。

 添えられたスプーンを手に取り、オムライスの端へと差し入れる。表面の卵が割れると中から出てきたチキンライスに卵が絡まり、それを周りのトマトソースと絡めて口に運べば。

 

「…………」

 

 最早言葉も出ない。

 西住みほの人生の中で最も美味しい食べ物として、今記録されたオムライスを見やり、スプーンを伸ばす。

 普段それほど食べるのが早いわけではないのだが、まさしく箸が止まらない、と言った様子でスプーンを動かすみほに店長が苦笑し、ルイが安堵したかのように息を吐く。

 止まらないスプーンの赴くままに食べていると、かちん、と音が鳴った。

 皿の上が空っぽになっていること、そして空っぽの皿にスプーンを当てた音だとその時初めて気づき、無我夢中で食べていたことを思い出して気恥ずかしさに赤面してしまう。

 

「美味しかった?」

 

 そしてこの場にルイや店長がいたことを思い出し、最早沸騰寸前のみほにルイが笑みを浮かべて尋ねる。

 空っぽになった皿やスプーンをトレイに載せていくルイに顔を真っ赤にしたみほが小さく。

 

「ご、ごちそうさま、です」

 

 そう呟けば、ルイが笑みを浮かべ。

 

「お粗末様です」

 

 そう答える。そのままトレイを片手に二階へと戻っていくルイの姿を何となく目を追いながら。

 

「ほら」

 

 かちゃん、と目の前に食器の置かれた音に視線を戻せば、湯気の立つ珈琲がそこにあって。

 

「食後の珈琲はいかがかしら?」

 

 なんて、そんな店長の言葉に、けれど目の前で香気を放つ珈琲を拒否できるはずも無く。

 

「イタダキマス」

 

 思わず棒読みになってしまいながらもカップを手に取り口をつける。

 どうやら最初からミルクが入っているらしい、茶褐色というより白濁色と言った色合いのそれを口に含み。

 瞬間、口の中に広がる僅かな苦みとまろやかな風味、そして感じる甘味。

 

「あれ……お砂糖」

「食後には甘い珈琲も乙でしょ?」

 

 先ほどと違い砂糖が入っているらしい珈琲へと口をつける。

 なるほど、確かに食後に飲む一杯としてはこれは格別だ。

 じんわりと口の中に広がる甘さが、食事の〆としてこれ以上ないくらいに相応しかった。

 

「……良いお店ですね」

 

 思わず呟いた一言に、店長がきょとん、と一瞬目を丸くし。

 

「ふふ……でしょう?」

 

 そうしてポッド片手に不敵に笑んだ。

 

 

 * * *

 

 

 時間を見やればそろそろ帰らなければ不味い時間だった。

 カップに残った僅かな珈琲を一気に飲み干し、ソーサーへと戻し、傍らの鞄を掴み立ち上がる。

 

「あら、お帰り?」

「あ、はい……そろそろ時間も遅くなりますし」

「そう……」

 

 カウンターに残されたコーヒーカップとソーサーを回収しながら店長が呟き。

 

「ルイ!」

 二階に向かって声を駆ければ。

「あ、はいはい」

 とたとたと音がして、ルイが二階から降りてくる。

「お客様がお帰りよ、見送ってきなさい」

「お? 了解です」

 ルイが頷きながらみほの元へとやってくる。

「ほい、西住ちゃんお会計」

「あ、はい」

 差し出された伝票を受け取り、視線を落とす。

 

「……安い」

 

 いや、普通のお店と比べるとやや高いような気もするが、あれだけ手間暇かけた珈琲や美味しかったクッキー、さらにあのオムライス全てをひっくるめた値段と考えると大分安い気がする。

 とは言えみほは別に経営者でも何でもないのであくまでそう感じるという程度なのだが。

 財布から代金を出せばルイがそれを受け取り、そのままカウンター端のレジを操作して代金を仕舞う。

 

「この辺ちょっと暗いからね、表通りまで送るよ」

「え……いや、その」

「まあまあ、すぐそこまでだからね」

 

 レジ打ちを終えたらしいルイがみほの背を叩きながら店の扉を開き、外に出る。

 それについて行くような形でみほもまた外へと出て。

 

「あぅ……暗い」

「だねえ、何だかんだでけっこう長居してたしね、西住ちゃん」

 

 すでに太陽は完全に沈んでしまっており、四月の街は暗く月の薄明かりだけが夜道を照らしていた。

 元々住宅街と商店街の中間の奥まったところにある店だけに夜になると明りも少なく本当に暗い。

 

「こっちだよ」

 

 先導するルイがいなければ、みほだけでは或いは迷ってしまうかもしれない、などと考えながら歩く。

 

「今日は変なところ見せちゃったね」

 

 そうしてふとルイが言葉を零す。

 

「え……あ……いえ」

 

 それが戦車道の話をした時のことだと気づき、みほが言葉に詰まる。

 

「ちょっとだけ、家の関係で俺も戦車道と関わったことがあってね、その時に色々あったせいで戦車道ってちょっとだけ好きじゃないんだ」

「え……」

 

 どこかで聞いたような話だと思った。

 家の関係で戦車道に関わり、色々あって戦車道が好きじゃなくなった。

 それはまるで。

 

 ―――私みたい。

 

 言葉にはしなかった言葉が心の内側で漏れた。

 

 だから、だろうか。

 

「あ、あの……ルイさん」

 

 そんなルイの境遇に感じたのは、同情か、それとも―――。

 

「もし良かったら」

 

 とにもかくにも。

 

「今度の試合……見に来てくれませんか?」

 

 その時、その場所で、西住みほがそう思ったことだけは事実だった。

 

 

 




一日にシュバ剣2本も拾ったのはさすがに初めてだ。
明日あたり揺り返しがきそうで怖いわ。




この喫茶店メンバー書きやすすぎて本当に……。
前話書くのに5時間かけたのに、今回は一時間ちょっとで終わった。
因みに役どころとしてルイくんとここの店長、和泉さんはひたすら西住ちゃんを甘やかすのが仕事。
アニメもそうだが序盤が多少鬱いからね。読んでる側が鬱々としないようにメシテロするのがこいつらの仕事だ。

飯の描写がやったら細かいのは俺が食べたいという願望も多分に含まれていたり。
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